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風葬のシルヴァ  作者: 桜
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第5話 招待状

 山頂。


 吹き抜ける風が、二人の服を揺らしていた。


 シルヴァは剣の柄へ手を置いたまま。


 ティナも細身の剣へ指をかけている。


 少し先。


 一人の男が立っていた。


 長身。


 細身。


 黒を基調とした長い外套。


 年齢は、見たところ三十前後。


 整った顔立ち。


 穏やかな笑み。


 少なくとも。


 山賊には見えない。


「――ようやく来ましたか」


 男が言った。


 シルヴァが眉を寄せる。


「俺たちを待ってた?」


「ええ」


「知り合い?」


「いいえ」


「じゃあ人違い」


「シルヴァ」


 ティナが低い声で止める。


「私たちの名前、まだ名乗ってない」


「……あ」


「今気づいたの?」


「うん」


「緊張感!」


 男が小さく笑った。


「面白い方々ですね」


「そっちは?」


 シルヴァが聞く。


「名乗らないの」


「失礼」


 男が胸へ手を当てる。


「ギラルーンと申します」


「所属は?」


 ティナが聞いた。


「所属?」


「私たちを待ち伏せしてた理由も含めて聞いてるの」


「なるほど」


 ギラルーンは少し考えるような仕草をする。


「今は――」


 微笑む。


「あなた方の敵、とだけ」


 ティナが剣を抜いた。


 シルヴァも。


 鞘から刃を滑らせる。


「分かりやすくて助かる」


「早いですね」


「敵って自分で言ったじゃん」


「だからといって、すぐ斬ろうとします?」


「俺はまだ斬ってない」


「抜いてるでしょ!」


 ティナが横から突っ込む。


 ギラルーンは楽しそうに二人を見る。


「なるほど」


「何が」


「聞いていたより、随分と賑やかだ」


 シルヴァの目が細くなる。


「誰から聞いた?」


「さて」


「答える気ない?」


「今は」


 ギラルーンが背後へ視線を向けた。


 山頂の向こう。


 そこから。


 巨大な都市が見えていた。


「……わ」


 ティナが僅かに息を呑む。


 山々に囲まれた広大な平地。


 巨大な城壁。


 無数の建物。


 中央には王城。


 さらに。


 その一角。


 円形の巨大建造物が見える。


 王都レグナ。


 目的地。


「見えましたね」


 ギラルーンが言った。


「王都です」


「知ってる」


 ティナが答える。


「初めて見た」


 シルヴァは素直に言った。


「大きいな」


「今そこに感動してる場合?」


「だって大きい」


「私だって久しぶりに見てちょっと感動したけど!」


「してるじゃん」


「今はこいつ!」


 ティナがギラルーンを指差した。


「こいつとは」


 ギラルーンが苦笑する。


「では、用件を済ませましょう」


 外套から。


 一枚の紙を取り出した。


 シルヴァが見る。


「何それ」


「招待状です」


「誰の?」


「あなた方お二人の」


「何に」


 ギラルーンが。


 王都を指差す。


「闘技大会」


「……」


「……」


 シルヴァとティナが顔を見合わせた。


 シルヴァ。


「ほら」


「何が」


「出られるって」


「嬉しそうにするな!」


 ティナが怒鳴る。


「あなた、あの張り紙見てからずっと気になってたでしょ!」


「賞金」


「目的変わってる!」


「参加費いる?」


「そこじゃない!」


 ギラルーンが声を殺して笑っている。


「……何」


 ティナが睨む。


「いえ」


「笑うな!」


「失礼しました」


 ギラルーンが招待状をひらひらと振る。


「正式な参加資格はこちらで用意しています」


「なんで俺たちを出したいの?」


 シルヴァが聞いた。


 先ほどまでの軽さが。


 少しだけ消えていた。


「それも今はお答えできません」


「じゃあ断る」


 シルヴァが即答した。


「シルヴァ?」


「怪しいし」


「珍しくまとも!」


「どういう意味」


「褒めてる!」


 ティナも剣を構えたまま言う。


「私たちは王都へ遊びに行くわけじゃない」


「存じています」


「魔王軍襲撃について報告するために行くの」


「それも存じています」


 ティナの目つきが変わる。


「……どこまで知ってるの」


「必要な程度には」


「なら余計に」


 ティナが一歩前へ出る。


「あなたの言うことを聞く理由はない」


「ありますよ」


「何?」


 ギラルーンの笑みが。


 ほんの少しだけ薄くなった。


「参加してください」


「だから――」


「そうでなければ」


 一瞬。


 山頂の空気が冷える。


「王都の人間が死にます」


 ティナの表情が止まった。


 シルヴァも。


 笑っていない。


「……もう一回言って」


「あなた方が大会へ参加しない場合」


 ギラルーンは淡々と言う。


「王都にいる人間を殺します」


 風。


 静寂。


「何人」


 シルヴァが聞く。


「必要なだけ」


「どうやって」


「それを説明する必要が?」


「……ないね」


 シルヴァの身体が。


 僅かに沈んだ。


 ティナが気づく。


「シルヴァ」


「うん」


「合わせて」


「分かった」


 ギラルーンが首を傾げる。


「おや」


「だったら」


 ティナの足元。


 オーラ。


「ここで捕まえる!」


 踏み込んだ。


     ◇


「《構装》!」


 ティナの剣の周囲へ、オーラの刃が形成される。


 最短距離。


 喉。


 速い。


 だが。


 スッ。


 刃が空を切った。


「……!」


 ギラルーンは。


 動いていないように見えた。


「外した?」


 ティナがすぐに反転。


 二撃。


 三撃。


 突き。


 横薙ぎ。


 斬り上げ。


 全て。


 あと僅か。


 紙一重。


 届かない。


「くっ……!」


「動きは悪くありませんね」


「余裕ぶって!」


 ティナが地面へ足場を構装。


 踏み抜く。


 加速。


 ギラルーンの背後へ。


「そこ!」


 突き。


 また。


 外れる。


「なっ……」


「ティナ、下がって」


「え?」


 風。


 シルヴァ。


「《風脚》」


 ドンッ!!


 空気が弾けた。


 一瞬。


 真正面。


 剣。


 ギラルーンの首へ。


 斬る。


 ――はずだった。


 ヒュン。


「……」


 シルヴァの剣が。


 空を抜けた。


「惜しい」


 真横。


 ギラルーン。


「……今」


 シルヴァが振り向く。


「避けた?」


「ええ」


「見えなかった」


「褒め言葉として受け取っておきましょう」


 剣。


 シルヴァが再び踏み込む。


 一閃。


 二閃。


 三閃。


 剣速が上がる。


 足。


 腰。


 肩。


 全てが繋がる。


 風だけに頼らない。


 二年間。


 旅の民を守る中で磨き続けた剣技。


 だが。


「……っ」


 届かない。


 一歩。


 半歩。


 指一本。


 ほんの僅かな差で。


 ギラルーンが攻撃線から外れている。


「シルヴァ!」


 ティナ。


 左右。


 二人で挟む。


「右!」


「分かってる!」


 ティナが突く。


 ギラルーンが避ける方向。


 そこへ。


 シルヴァの斬撃。


 完全に。


 逃げ道を潰した。


「取った!」


 ティナが叫ぶ。


 だが。


 シルヴァの剣も。


 また空を切った。


「……は?」


 二人の間。


 ギラルーンはいない。


「後ろです」


「――!」


 同時に振り返る。


 ギラルーンが。


 二人の背後に立っていた。


「いつ……」


 ティナの顔から余裕が消える。


 シルヴァは何も言わない。


 じっと。


 ギラルーンを見る。


「もう一度」


「シルヴァ?」


「行くよ」


「……うん」


 今度は。


 シルヴァが先。


 風脚。


 ギラルーンへ。


 直前。


 シルヴァが剣を止めた。


「おや」


 斬らない。


 代わりに。


 足元へ風。


 砂。


 石。


 周囲一帯を巻き上げる。


「ティナ!」


「了解!」


 ティナがオーラを構築。


 ギラルーンの左右。


 透明な壁。


 前。


 シルヴァ。


 後ろ。


 ティナ。


「逃げ道ないよ」


 シルヴァが言う。


「いい連携です」


「まだ余裕?」


「ええ」


 次の瞬間。


 二人。


 同時攻撃。


 シルヴァの剣。


 ティナの刺突。


 左右には壁。


 逃げ場はない。


 ギラルーンへ。


 刃が。


 届く。


 その瞬間。


 ズッ。


「……!」


 違和感。


 シルヴァの刃は。


 確かにギラルーンの身体を通った。


 だが。


 血が出ない。


 抵抗すらない。


「何……?」


 ティナの剣も。


 ギラルーンの胸を貫いているように見える。


 なのに。


 手応えがない。


「残念」


 ギラルーンの声。


 二人の刃の間。


 男の身体が。


 僅かに揺らぐ。


 次の瞬間には。


 一歩離れた場所に立っていた。


「今のは少し危なかった」


「嘘つけ」


 シルヴァが言った。


「全然そんな顔してない」


「顔には出にくい性格でして」


「腹立つ」


「あなたが言う!?」


 ティナが突っ込む。


 ギラルーンが笑う。


「本当に良い組み合わせですね」


「まだ終わってない!」


 ティナが突っ込もうとする。


「やめとこう」


 シルヴァが腕を掴んだ。


「え?」


「シルヴァ?」


「今は無理」


 ティナが驚く。


「あなたが言うの?」


「うん」


 シルヴァはギラルーンから視線を外さない。


「一発も当たってない」


「……」


「というか」


 剣を少し下げる。


「どう避けてるのかも分からない」


 ティナが歯を噛む。


「まだやれば――」


「時間の無駄」


「……」


「悔しいけどね」


 シルヴァが剣を鞘へ戻す。


 ギラルーンも。


 満足そうに頷いた。


「賢明です」


「じゃあ」


 シルヴァが聞く。


「俺たちが大会に出れば」


「王都には何もしません」


「信用できない」


「でしょうね」


「参加した後は?」


「その時になれば」


「またそれ?」


「秘密は多い方が楽しいでしょう」


「嫌いなタイプ」


「光栄です」


 ティナも剣を納める。


 ただし。


 視線は鋭いまま。


「もし王都の人間に何かしたら」


「はい」


「今度こそ殺す」


 ギラルーンは。


 微笑んだ。


「楽しみにしております」


「楽しみにするな!」


 ギラルーンが招待状を差し出す。


 ティナは受け取らない。


 シルヴァが取った。


「シルヴァ!」


「必要なんでしょ」


「そうだけど!」


 紙を見る。


 王都大闘技大会。


 特別招待枠。


 二名。


「受付でこれ出せばいい?」


「ええ」


「参加費は?」


 ティナがシルヴァを見る。


「今それ聞く!?」


「無料です」


「よし」


「よしじゃない!」


 ギラルーンが笑う。


「では」


 外套を翻す。


「王都でお待ちしております」


「待って」


 シルヴァが呼び止める。


 ギラルーンが振り返る。


「何でしょう」


「一つだけ」


「はい」


「魔王軍?」


 ティナも見る。


 ギラルーンは。


 一瞬だけ。


 何とも言えない笑みを浮かべた。


「……魔王軍、ですか」


「違うの?」


「さて」


 風が吹く。


「今は」


 ギラルーンの姿が揺らぐ。


「そう思っていただいて構いません」


「……」


 次の瞬間。


 姿が消えた。


     ◇


「…………」


「…………」


 山頂。


 残された二人。


 ティナがゆっくり口を開く。


「何なの、あいつ」


「強かった」


「そこ!?」


「だって強かった」


「私たち脅されたのよ!?」


「分かってる」


 シルヴァがギラルーンの消えた場所を見る。


 額には。


 薄く汗が滲んでいた。


「……本当に」


「何?」


「一発も当たらなかった」


 ティナも黙る。


 シルヴァが。


 自分の手を見る。


 剣を握っていた手。


 僅かに。


 震えている。


「シルヴァ?」


「ガルゼム」


「え?」


「部隊長だった」


「……そうね」


「あいつより」


 ギラルーンのいた場所を見る。


「多分、ずっと強い」


 ティナの顔が険しくなる。


「もしあいつも魔王軍なら……」


「層厚いね」


「軽く言わないで」


「いや」


 シルヴァが。


 口元を上げた。


「……何笑ってるの」


 ティナが怪訝な顔をする。


 シルヴァの額には冷や汗。


 心臓も。


 まだ少し速い。


 怖くないわけじゃない。


 むしろ。


 久しぶりだった。


 剣を振って。


 何一つ届かない相手。


 二年前。


 レオンたちと旅していた頃。


 何度も感じた。


 自分より強い存在を前にした時の。


 あの感覚。


「シルヴァ」


「……面白くなってきた」


「は?」


「久しぶりに」


 剣の柄を握る。


「どうやったら勝てるか、全然分からなかった」


「だからって笑う!?」


「ちょっとだけ」


「やっぱり戦闘狂じゃない!」


「違うよ」


「どこが!?」


 ティナが頭を抱える。


「先が思いやられる……」


「行こう」


 シルヴァが歩き始める。


「どこへ」


「王都」


「それは分かってる!」


「大会出るんでしょ」


「……出るしかないでしょうね」


 ティナがギラルーンから渡された招待状を見る。


「完全に罠だけど」


「うん」


「絶対何かあるけど」


「うん」


「それでも?」


 シルヴァが。


 山頂から見える王都を見る。


「人質にされてるなら」


 一呼吸。


「行くしかない」


 ティナも。


 王都を見る。


「……そうね」


 二人。


 山を下り始めた。


     ◇


「ねえ」


 途中。


 ティナが言った。


「何」


「さっきの戦い」


「うん」


「最後、私止めたでしょ」


「うん」


「珍しい」


「何が」


「あなたなら、もう一回突っ込むと思った」


「俺を何だと思ってるの」


「戦闘狂」


「違う」


「証拠は?」


「……」


「ないじゃない!」


「でも」


 シルヴァが少し考える。


「ギラルーンは俺たちを殺す気なかった」


「私もそう思った」


「だったら」


「だったら?」


「次会うまでに考えればいい」


「何を」


 シルヴァが軽く笑う。


「当て方」


「やっぱり戦う気満々じゃない!」


「当然」


「もう!」


     ◇


 夕方。


 山道を下り切った。


 そして。


 ついに。


 二人の前へ。


 巨大な城壁が現れた。


 王都レグナ。


 東方防衛拠点とは。


 比べ物にならない規模。


 大勢の人。


 馬車。


 騎士。


 商人。


 旅人。


 城門へ続く列だけで。


 一本の街のようになっている。


「でか」


 シルヴァが見上げる。


「山頂でも言ってたわね」


「近くで見るともっとでかい」


「感想それだけ?」


「人多い」


「見れば分かる!」


 シルヴァが周囲を見回す。


 出店。


 荷馬車。


 人。


 旗。


「ティナ」


「今度は何」


「いい匂いする」


「……」


「肉かな」


「大会の前に破産させる気?」


「まだ銅貨一枚ある」


「それを大事にしなさい!」


「一個くらい――」


「ダメ!」


 二人が言い合いながら城門へ向かう。


 その頭上。


 巨大な垂れ幕が風に揺れていた。


『王都大闘技大会』


『まもなく開幕』


 シルヴァが見上げる。


 ティナも。


 少し前まで。


 ただの王都への報告だった旅。


 それが。


 大きく形を変え始めている。


 そして。


 まだ二人は知らない。


 この王都で。


 もう一人。


 旅を共にすることになる少女と出会うことを。


 そして――。


 自分たちの力を。


 根底から揺さぶる戦いが。


 すでに準備されていることを。

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