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風葬のシルヴァ  作者: 桜
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第4話 二人旅

 朝。


 森の中。


「……お腹すいた」


「起きて最初の言葉がそれ?」


 ティナは呆れた顔で振り返った。


 焚き火はほとんど消えている。


 その横。


 黒いマントを羽織ったまま、シルヴァがぼんやり座っていた。


「昨日魚しか食べてないし」


「三匹食べたでしょ」


「魚は軽い」


「知らないわよ」


 ティナが荷物から保存食を取り出す。


 硬いパン。


 干し肉。


 干した果物。


 シルヴァの目が止まった。


「肉」


「一枚だけ」


「二枚」


「一枚」


「昨日戦った」


「私も戦った」


「俺、いっぱい倒した」


「私も倒した!」


「じゃあ二人で二枚ずつ」


「何で増えるのよ!」


 シルヴァが干し肉へ手を伸ばす。


 ティナが袋ごと遠ざけた。


「ダメ」


「ケチ」


「王都まで十日近くあるの!」


「途中で買えばいいじゃん」


「誰のお金で?」


「……」


「誰のお金で?」


 シルヴァが静かにパンを取った。


「いただきます」


「最初からそうしなさい」


 硬いパンを齧る。


「……硬い」


「保存食だから」


「エマの飯食べたい」


「昨日別れたばっかりでしょ!」


「もう帰ろうかな」


「王都行くって決めたでしょ!」


「冗談」


「顔が本気だった!」


 シルヴァが干し肉を見る。


「一枚」


「……」


「ティナ」


「何」


「一枚」


「分かったわよ!」


「ありがとう」


「子供みたいな顔するな!」


     ◇


 朝食を終え。


 二人は再び街道を歩き始めた。


 森を抜け。


 なだらかな丘陵地帯へ。


 右手には小さな川。


 左手には遠くまで続く草原。


 天気もいい。


 戦いもない。


 平和だった。


「……暇」


 シルヴァが言った。


「旅ってそういうものでしょ」


「キャラバンだと誰かいたから」


「今も私がいるじゃない」


「うん」


「何その反応」


「いや」


 シルヴァがティナを見る。


「ティナって何話せばいいか分からない」


「二年前から失礼ね!」


「だって二人で旅したことないし」


「私だってないわよ!」


「じゃあ無言でいい?」


「なんか嫌!」


「難しいな……」


「普通に話せばいいでしょ」


「何を?」


「だから……」


 ティナも考える。


「……」


「……」


 二人。


 無言で歩く。


 一分。


 二分。


「ほら」


 シルヴァが言った。


「何よ」


「話すことないじゃん」


「考えてるの!」


「遅い」


「じゃああなたが話題出しなさいよ!」


「昨日の魚美味しかったね」


「そこ!?」


「事実」


「もっとあるでしょ!」


「例えば?」


「……」


 ティナが考える。


「好きな食べ物とか」


「肉」


「知ってる!」


「じゃあ何で聞くの」


「会話ってそういうものなの!」


 シルヴァが少し考えた。


「ティナは?」


「え?」


「好きな食べ物」


「……甘いもの」


「へえ」


「何よ」


「意外」


「どういう意味!?」


「もっと硬いもの好きそう」


「食べ物に性格出さないで!」


「岩とか」


「食べ物じゃない!」


 シルヴァが笑う。


「笑うな!」


「ごめん」


「絶対悪いと思ってない!」


 草原へ。


 二人の声が響いていた。


     ◇


 昼過ぎ。


「あれ」


 ティナが前方を指差した。


 街道の先。


 石造りの門。


 その向こうには、何十もの建物。


 大きくはない。


 だが。


 旅人や商人が休むには十分な規模の宿場町だった。


「今日はここで泊まりましょう」


「もう?」


「昨日野宿したでしょ」


「別に毎日野宿でも」


「嫌」


「即答」


「お風呂入りたい」


「川あるよ」


「あなたと一緒にしないで!」


「俺も別に川好きじゃないけど」


「昨日びしょ濡れになって平気そうだったじゃない!」


「あれは事故」


「犯人が言うな!」


 町へ入る。


 東方防衛拠点とは違い。


 ここにはまだ戦争の傷跡が少ない。


 露店。


 食堂。


 武具屋。


 宿。


 旅人。


 商人。


 子供たち。


 シルヴァが辺りを見る。


「結構人いる」


「王都へ向かう街道沿いだから」


 その時。


 シルヴァの視線が一点で止まった。


「ティナ」


「何?」


「あれ」


「……?」


 肉の串焼き。


 店先で煙を上げている。


「ダメ」


「まだ何も言ってない」


「顔で分かる」


「一個」


「お金」


「立て替え」


「嫌」


「王都に着いたら返す」


「どうやって!?」


「何か仕事する」


「予定が雑すぎる!」


 シルヴァは串焼きを見続ける。


「……」


「そんな顔してもダメ」


「……」


「ダメ」


「……」


「…………一個だけよ」


「ありがとう」


「早っ!」


     ◇


「うまい」


「幸せそうね……」


 シルヴァが串焼きを食べながら歩く。


 ティナは隣で地図を確認していた。


「宿を探して、それから食料を補充して――」


「ティナ」


「何?」


「もう一本食べていい?」


「聞いてた!?」


「聞いてた」


「じゃあ今の話言ってみて」


「宿」


「そのあと!」


「……何か買う」


「全然聞いてない!」


 ティナが大きく溜息をつく。


 その時。


 広場。


 大きな掲示板の前に、人だかりができていた。


「何だろ」


 ティナが近づく。


 シルヴァも串焼きを食べながらついていく。


 貼られているのは。


 巨大な告知。


 王国の紋章。


 そして。


 大きな文字。


『王都大闘技大会――開催』


「闘技大会?」


 シルヴァが読む。


「王都で定期的に開かれてるのよ」


「ティナ出たことある?」


「ない」


「意外」


「防衛軍にいたらそんな暇ないの」


 周囲の旅人たちが騒いでいる。


「今年は賞金がすごいらしいぞ!」


「各地の剣士が集まってるって!」


「西方のあの剣士も出るらしい!」


「優勝すれば王から直接褒賞が出るんだろ!?」


 シルヴァ。


 動きが止まる。


「……賞金?」


 ティナが嫌な顔をする。


「見なくていい」


「いくら?」


「知らない」


「書いてある」


「読まなくていい!」


 シルヴァが告知へ近づく。


「……すごい」


「シルヴァ」


「これ優勝したら」


「出ないからね」


「借金返せる」


「借金って串焼き一本と旅費でしょ!」


「これから増える」


「増やすな!」


「いいじゃん。どうせ王都行くし」


「目的が違うでしょ!」


 ティナがシルヴァのマントを引っ張る。


「ほら、行く!」


「ちょっと」


「大会は無視!」


「賞金……」


「忘れなさい!」


 引きずられていく。


 だが。


 シルヴァは最後まで大会告知を見ていた。


     ◇


 宿。


「一泊二人」


 ティナが受付へお金を置く。


 宿の主人が申し訳なさそうに答えた。


「悪いね」


「何ですか?」


「今日は混んでて」


 嫌な予感。


「一部屋しか空いてない」


「…………」


 ティナが止まる。


 シルヴァは普通に聞いた。


「ベッドある?」


「二つあるよ」


「じゃあいいじゃん」


「よくない!」


 宿中にティナの声が響いた。


「何で?」


「何でって!」


「ベッド二つなんでしょ」


「そういう問題じゃなくて!」


 宿の主人が苦笑する。


「他を当たってもいいけど、今日は大会目当ての客も多くてね」


 ティナが固まる。


「……」


「俺、外で寝てもいいよ」


 シルヴァが言う。


「ダメ」


「じゃあ一部屋」


「ちょっと待って!」


「どっちなの」


「……」


 ティナが顔を押さえる。


「……二つ」


「何が?」


「ベッド、本当に二つですよね?」


「ああ」


「絶対?」


「あるよ」


「壁の反対側?」


「同じ部屋だよ」


「…………」


「ティナ」


「分かったわよ!」


 金を置く。


「泊まります!」


「毎度」


 シルヴァが首を傾げる。


「何でそんな嫌なの」


「うるさい!」


     ◇


 部屋。


 扉を開ける。


 ベッド。


 二つ。


 ちゃんと離れている。


「ほら」


 シルヴァが指差す。


「何」


「二つ」


「見れば分かる!」


 シルヴァが荷物を置く。


 そのまま。


 ベッドへ倒れた。


「はぁ……」


「ちょっと!」


「何」


「まだ昼よ!」


「歩いた」


「私も歩いた!」


「疲れた」


「私の方が荷物重い!」


「半分持ったじゃん」


「半分はね!」


 ティナがシルヴァのベッドを見る。


「靴!」


「ん?」


「靴脱いで!」


「寝ないよ」


「今完全に寝ようとしてた!」


「少しだけ」


「ダメ!」


 シルヴァがゆっくり起きる。


「細かいな」


「普通よ!」


     ◇


 夕方。


 町の共同浴場。


「…………」


 湯船。


 シルヴァが肩まで浸かっていた。


「生き返る……」


 隣には旅人の男たち。


 誰もシルヴァのことを知らない。


 それが。


 少し楽だった。


 東方防衛拠点では。


 ガルゼムの言葉を聞いた兵士たちが、


『風葬のシルヴァ』


という異名を知ってしまった。


 ここでは。


 ただの旅人。


「……」


 シルヴァが天井を見る。


 二年前。


 レオンたちと旅をしていた頃。


 こういう場所にも何度も入った。


『シルヴァ、お前ちゃんと身体洗えよ』


『洗ってる』


『昨日も同じ服だったろ』


『替えがない』


『買えよ』


『金ない』


『お前なぁ……』


 シルヴァの目が少し細くなる。


「……レオン」


 小さく呟いた。


     ◇


 女湯。


「はぁぁ……」


 ティナが湯船へ沈む。


「生き返る……」


 右腕には濡れないよう防水の布を巻いている。


「やっぱり宿取って正解……」


 目を閉じる。


 静か。


 そのまま。


 数秒。


「……」


 急に。


 目を開けた。


「何で私、あいつと同じ部屋なのよ……」


 一人で頭を抱えた。


     ◇


 夜。


「おいしい」


 ティナが笑った。


 宿の食堂。


 テーブルには。


 肉。


 スープ。


 パン。


 野菜料理。


「これも」


 シルヴァが肉を取る。


「ちょっと待って」


「何」


「それ私の」


「皿真ん中にあるじゃん」


「半分ずつ!」


「まだいっぱいある」


「あなたもう三分の二食べてる!」


「そう?」


「そう!」


 シルヴァが皿を見る。


「じゃあこれティナ」


 野菜を差し出す。


「肉を寄越しなさい!」


「野菜好きじゃない?」


「好きだけどそういう問題じゃない!」


「難しいな」


「あなたが全部食べるからでしょ!」


 シルヴァが笑う。


「何笑ってるのよ」


「いや」


「何?」


「ティナって」


 一呼吸。


「結構普通なんだなって」


「……何それ」


「二年前」


 シルヴァがパンを千切る。


「もっとずっと怒ってる人だと思ってた」


「誰のせいよ」


「俺?」


「ほぼあなた!」


「でも」


 シルヴァがティナを見る。


「甘いもの好きだし」


「それ関係ある?」


「お風呂好きだし」


「普通でしょ」


「荷物多いし」


「それは関係ない!」


「魚捕ると怒るし」


「捕り方が問題なの!」


「……普通だ」


「何なのよ!」


 ティナが少し頬を膨らませる。


 シルヴァが笑う。


「でも」


「何」


「二年前より話しやすい」


 ティナの動きが止まった。


「……」


「ティナ?」


「別に」


 水を飲む。


「私も」


「何?」


「二年前よりは」


「うん」


「少しだけ」


 シルヴァを見る。


「あなたのこと嫌いじゃなくなった」


「前は嫌いだったんだ」


「大嫌いだった」


「そこまで?」


「大会で私をボコボコにした男だからね」


「……」


「何」


「昨日のお返しかな」


「何が?」


「俺もボコボコにされた」


 ティナが。


 数秒黙る。


「……それで許したの?」


「うん」


「安いわね」


「だから言ったじゃん。怒ってないって」


 ティナが少し笑った。


「変なの」


「よく言われる」


「誰に?」


「エマ」


「納得」


「酷」


     ◇


 食事を終え。


 二人は夜の町を歩いていた。


「甘いの食べたい」


 ティナが突然言った。


「さっき食べたじゃん」


「あれは夕飯」


「いっぱい食べてた」


「別腹なの」


「別の胃あるの?」


「そういう意味じゃない!」


 露店。


 焼き菓子。


 蜂蜜をかけた小さなパン。


 ティナの目が止まる。


 シルヴァがそれを見る。


「食べれば」


「でもお金……」


「自分のあるんでしょ」


「あなたの旅費もあるから節約しないといけないの!」


「俺のせい?」


「完全にね!」


 シルヴァが店を見る。


「一個いくら?」


「銅貨二枚だよ」


 店主が答える。


 シルヴァ。


 腰の小袋を見る。


 銅貨三枚。


「……」


 一枚。


 二枚。


 店主へ渡す。


「一個」


「はいよ」


 受け取る。


 そのまま。


 ティナへ差し出した。


「はい」


「……え?」


「食べたいんでしょ」


「でも」


「俺まだ銅貨一枚ある」


「ほとんど全財産じゃない!」


「王都までティナがいるし」


「やっぱり私頼みじゃない!」


 ティナが怒りながらも。


 焼き菓子を受け取る。


「……ありがと」


「うん」


 一口。


 ティナの顔が緩む。


「おいしい」


「よかったね」


「一口食べる?」


「いい」


「珍しい」


「甘いのそんな好きじゃない」


「じゃあ何で買ったの」


 シルヴァが普通に答える。


「ティナが食べたそうだったから」


「…………」


「何」


「何でもない!」


 ティナが前を向く。


「顔赤いよ」


「暑いの!」


「夜だけど」


「お風呂入ったから!」


「結構前じゃない?」


「うるさい!」


     ◇


 宿。


「絶対そっちのベッドからこっち来ないで」


 ティナが言った。


「行かないよ」


「絶対よ」


「何しに行くの」


「知らないわよ!」


「じゃあ言わなくてよくない?」


「一応!」


 シルヴァは自分のベッドへ座る。


 剣を壁へ立てかける。


「寝る」


「早」


「明日歩くし」


「……そうね」


 明かりを消す。


 暗闇。


「……シルヴァ」


「何」


「起きてる?」


「まだ」


「昨日」


「うん」


「ちゃんと寝られた?」


「ティナが見張ってた時?」


「そう」


「寝たよ」


「夢は?」


 少し。


 間が空く。


「……見なかった」


「そっか」


「何で」


「別に」


 暗闇。


 ティナが天井を見る。


「キャラバンにいた時」


「うん」


「ずっと一人で見張ってたって言ってたから」


「毎日じゃないよ」


「でも多かったんでしょ」


「まあ」


「これからは」


 ティナが言う。


「交代だから」


 シルヴァは何も言わない。


「勝手に一人で全部やらないで」


「……」


「聞いてる?」


「うん」


「返事」


「分かった」


「本当に?」


「多分」


「多分をつけるな!」


「眠い」


「逃げた!」


「おやすみ」


「ちょっと!」


 数秒。


「……」


「シルヴァ?」


 返事がない。


「もう寝たの?」


「……」


「早すぎでしょ」


 ティナは呆れ。


 それから。


 少し笑った。


「……おやすみ」


     ◇


 翌朝。


「行くよ」


「うん」


 二人は宿場町を出た。


 街道は徐々に。


 山へ近づいていく。


 王都へ向かうには。


 この先にある山道を越える必要がある。


 途中。


 道端。


 一台の荷車が止まっていた。


「どうしたんですか?」


 ティナが声を掛ける。


 商人らしい男が困った顔をしている。


「車輪が溝にはまってしまって……」


 見る。


 荷車の片輪が大きな窪みへ落ちていた。


「馬だけじゃ上がらなくて」


「手伝う?」


 ティナがシルヴァを見る。


「いいよ」


 二人が荷車の後ろへ。


「せーの!」


 ティナが押す。


「……重っ!」


「荷物いっぱいだね」


「感想言ってないで押して!」


「押してるよ」


「もっと!」


 シルヴァが風を足元へ集める。


「ちょっと待って」


「何」


「昨日の魚みたいにならない?」


「……」


「ねえ」


「大丈夫」


「その間が怖い!」


 風。


 ゆっくり。


 荷車の下を支えるように流れる。


「今!」


 二人。


 商人。


 馬。


 一斉に力を入れる。


 ガタンッ!


 車輪が溝から抜けた。


「おお!」


 商人が笑顔になる。


「助かりました!」


「よかった」


 ティナも笑う。


 シルヴァが荷車を見る。


「壊れてない?」


「大丈夫そうです」


 商人が荷台から小さな袋を取り出した。


「お礼に」


「いや、大丈夫です」


 ティナが断ろうとする。


 シルヴァが受け取った。


「ありがとう」


「ちょっと!」


 中。


 干し肉。


「肉」


「だからって即受け取る!?」


「旅では助け合いですから」


 商人が笑う。


「ほら」


 シルヴァが言う。


「いい人」


「あなた都合いいわね……」


 商人が二人を見る。


「王都へ?」


「はい」


 ティナが答える。


「なら気をつけた方がいい」


「何か?」


「山道の先で最近、妙な男を見たって話があります」


 シルヴァの目が少し変わる。


「妙な男?」


「旅人でも山賊でもない」


 商人は首を傾げる。


「一人で山頂に立って」


「……」


「ずっと王都を見ていたそうです」


 ティナとシルヴァが顔を見合わせる。


「魔物は?」


「そっちは最近増えてます。ただ……」


 商人が声を潜める。


「その男がいる辺りだけ」


 一呼吸。


「魔物すら近づかないらしい」


     ◇


 午後。


 山道。


 ティナが前を歩く。


「怪しいわね」


「うん」


「絶対怪しい」


「うん」


「何なのよ、その反応」


「同意してる」


「もうちょっと緊張感持ちなさいよ!」


「あるよ」


「どこに?」


 シルヴァが干し肉を食べている。


「今?」


「食べてるじゃない!」


「腹減ったから」


「さっきも食べてた!」


「山道だから消費する」


「何の理屈!?」


 歩く。


 登る。


 王都へ近づく。


 空気が少しずつ冷たくなる。


 やがて。


 道の先。


 山頂へ続く最後の坂が見えてきた。


 ティナが地図を見る。


「ここを越えれば」


「王都?」


「見えるはず」


「やっと」


「まだ着かないわよ」


「分かってる」


 二人は坂を登り始める。


 シルヴァの表情から。


 少しずつ笑みが消えていった。


「……ティナ」


「何?」


「いる」


 ティナも立ち止まる。


「……さっきの男?」


「たぶん」


「どこ?」


「上」


 山頂。


 逆光。


 一人。


 人影が立っていた。


 長い外套。


 細身の身体。


 風に揺れる髪。


 二人を。


 待っていたかのように。


「…………」


 ティナが剣へ手を伸ばす。


 シルヴァも。


 腰の剣へ。


 人影がゆっくり振り返った。


 そして。


 遠く離れているにもかかわらず。


 はっきりと。


 笑った。


「――ようやく来ましたか」


 シルヴァの目が細くなる。


 王都を見下ろす山頂で。


 二人を待つ者。


 その名は――。


 まだ。


 二人は知らない。

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