第63話 見える道
創都リメア。
《創成庭》。
シルヴァとティナとの模擬戦を終えたギラルーンは、少し休息を取ったあと、再び中央へ立った。
頬にはティナにつけられた細い傷。
胸元にはシルヴァの剣が残した浅い線。
二人とも敗れた。
それでも。
三か月前とは、明らかに違う戦いだった。
そして。
最後に残ったのが。
クジャ。
「お待たせいたしました」
ギラルーンが剣を抜く。
「大丈夫?」
「ええ。十分休ませていただきました」
「ならいい」
クジャは手元の五枚を見る。
《♠4》。
《♣8》。
《♦6》。
《♥3》。
《♠Q》。
攻撃札が二枚。
拘束が一枚。
防御が一枚。
補助が一枚。
悪くない。
ただし。
ギラルーン相手に最も重要なのは、威力ではなかった。
「クジャ」
ミルスが声をかける。
「右眼は?」
「必要な時だけ」
「それでいい」
「長く見ない」
「うん」
クジャは右眼を覆う黒い眼帯へ、一度だけ触れた。
そして。
手を離す。
ギラルーンが静かに構えた。
「私としては」
「?」
「貴女が一番、戦いづらいかもしれません」
シルヴァが反応する。
「クジャが?」
「はい」
「俺より?」
「相性のお話でございます」
「なるほど……」
少し残念そうなシルヴァを、ティナが見る。
「何で張り合ってるの?」
「張り合ってないよ」
「顔に出てる」
クジャが二人を見る。
「静かにして」
「はい」
二人が同時に黙った。
ミルスが苦笑しながら手を上げる。
「始め」
◇
ギラルーンが動いた。
最初は。
普通に。
正面から。
クジャは下がらない。
右手。
《♠4》。
投げる。
黒いスペードの札が鋭く回転しながら、ギラルーンの顔へ向かう。
ギラルーンは首を傾けるだけで避けた。
カードが横を抜ける。
だが。
クジャは追わない。
使用した《♠4》が手札から離れたことで。
新しい一枚。
引く。
《♦9》。
「……悪くない」
ギラルーンが踏み込む。
剣。
速い。
クジャは《♦6》を前へ出した。
六のダイヤ。
複数のオーラ片が重なり。
小さな盾となる。
剣がぶつかる。
完全には止められない。
《♦6》が割れ。
クジャの身体が後ろへ押された。
だが。
その間に。
左手。
《♣8》。
「そこ」
八のクラブが地面へ刺さる。
拘束のオーラが伸びた。
ギラルーンの右足へ。
「おっと」
足首を捉える。
一瞬。
動きが止まる。
クジャは攻撃しない。
距離を取る。
ギラルーンが剣で拘束を切った。
「攻めないのでございますか?」
「今はいい」
「随分慎重ですね」
「ギラルーンだから」
「光栄でございます」
《♣8》を使ったことで。
新しい札。
《♣3》。
さらに。
壊れた《♦6》の代わり。
《♥7》。
手札は。
《♠Q》。
《♥3》。
《♦9》。
《♣3》。
《♥7》。
クジャは一瞬だけ確認する。
高火力は《♠Q》だけ。
拘束は弱い《♣3》。
防御は《♦9》。
この手札で。
どう作るか。
◇
ギラルーンが再び踏み込む。
クジャは《♦9》を構える。
だが。
今度は。
剣が届く前に。
ギラルーンが消えた。
《遊歩》。
クジャの表情が変わる。
「来た」
眼帯。
上げる。
右眼。
開く。
世界。
変わる。
ギラルーンが歩いた場所。
普通なら。
何もない空間。
そこへ。
淡い痕跡が残っている。
一つ。
正面。
二つ。
右側。
三つ。
先ほど《♣8》を置いた近く。
さらに。
クジャの左後方。
繋がり。
細い線のように。
見える。
「……四つ」
二秒。
閉じる。
直後。
左後方。
ギラルーンが現れた。
剣。
クジャは。
すでに《♦9》を向けていた。
「!」
九のダイヤ。
厚い防壁。
剣がぶつかる。
今度は。
防ぐ。
「やはり見えますか」
「少しだけ」
ギラルーンが消える。
右。
クジャは振り返らない。
カード。
《♣3》。
投げる。
ギラルーンが。
ちょうどその位置へ現れた。
「っ」
三のクラブ。
拘束力は低い。
それでも。
出現直後の足首へ絡む。
ほんの一瞬。
止まった。
クジャが《♠Q》へ指を掛ける。
だが。
使わない。
代わりに。
地面に落ちていた。
先ほどの《♠4》。
動かす。
背後。
ギラルーンへ。
「後ろからもでございますか」
ギラルーンが身体を捻る。
《♠4》。
避ける。
その間に。
クジャはまた距離を取る。
シルヴァが外から見ていた。
「全然仕留めにいかないな」
「準備してる」
ティナが言う。
「何を?」
「多分」
ミルスが答える。
「戦場」
◇
クジャは。
使ったカードを。
回収していない。
《♠4》。
《♣8》。
《♦6》。
《♣3》。
地面。
壁際。
ギラルーンの通った場所。
少しずつ。
札が増えていく。
普通なら。
使用済み。
だが。
クジャにとっては。
場に残っているカードも。
まだ戦力だった。
維持できる限り。
何度でも。
動かせる。
「なるほど」
ギラルーンも気づく。
「私の歩いた場所へ」
足元。
《♣8》が浮く。
「札を残しているのでございますね」
「うん」
「《遊歩》の戻り先を塞ぐために」
「全部は無理」
「でしょうね」
ギラルーンが笑う。
「なら」
一歩。
今まで通っていない場所へ。
「増やせばよろしい」
走る。
クジャの周囲。
大きく。
円を描く。
一歩。
二歩。
三歩。
新しい足跡。
新しいアンカー。
クジャが眼帯へ触れる。
だが。
開かない。
「見ないのでございますか?」
「今はいい」
「なぜ?」
「歩いてるから」
クジャは。
普通の左眼で。
ギラルーンを見る。
足。
方向。
通った場所。
全部。
覚える。
右眼を使えば。
簡単に見える。
でも。
使わなくていいものまで。
右眼で見る必要はない。
三か月。
それを。
何度も教えられた。
「……確かに」
ギラルーンの声に。
少しだけ感心が混じる。
◇
ギラルーンが消える。
今度は。
連続。
右。
左。
背後。
前。
クジャは。
全部を追わない。
《♦9》。
防御。
一撃。
受ける。
次。
避ける。
背後。
《♥7》。
身体へ。
薄い補助。
足運びが僅かに軽くなる。
剣。
紙一重で避けた。
《♥7》使用。
新しい札。
《♣J》。
クジャの目が。
ほんの僅か。
変わった。
「来た」
ジャック。
高位の拘束札。
ギラルーンが。
その反応を見る。
「良い札でございますか?」
「教えない」
「残念です」
消える。
クジャは。
眼帯を上げた。
一秒。
右眼。
八つ。
見える。
ギラルーンが残した。
複数のアンカー。
その中で。
現在使えるもの。
古くなり。
消えかけているもの。
新しいもの。
そして。
今。
どの地点へ力が繋がったか。
「そこ」
閉じる。
クジャは。
《♣J》を投げた。
何もない空間へ。
次の瞬間。
ギラルーンが現れる。
ジャックのクラブ。
正面。
「!」
強い拘束帯が。
両腕と胴へ絡みついた。
「捕まえた」
「見事」
だが。
ギラルーンは慌てない。
剣。
腕。
無理やり動かす。
《♣J》の拘束が軋む。
「強い……」
クジャは。
拘束へオーラを送る。
長くは保たない。
ここで。
《♠Q》。
高位攻撃札。
使えば。
大きな一撃を狙える。
だが。
クジャは。
ギラルーンを見た。
「……違う」
《♠Q》を戻す。
シルヴァが驚く。
「使わない?」
ミルスは何も言わない。
クジャが選んだのは。
場に残していたカード。
《♠4》。
低位。
威力は小さい。
飛ばす。
ギラルーンの右側。
当然。
ギラルーンは避けられる。
だが。
避けた先。
《♣8》。
地面から。
再び。
拘束。
「なるほど」
《♣J》を切り。
避ける。
その先へ。
古い《♣8》。
二重。
一瞬。
ギラルーンの動きが止まる。
「高い札だけが」
クジャが言う。
「強いわけじゃない」
シルヴァが。
少し笑った。
「クジャっぽい」
◇
ギラルーンは。
《♣8》も切った。
距離を取る。
初めて。
少し。
息を吐く。
「これは」
「想像以上に厄介でございますね」
「まだ?」
クジャが聞く。
「もちろん」
ギラルーンが。
歩き始める。
クジャの表情が。
僅かに変わる。
一歩。
二歩。
三歩。
八つ。
戦場へ。
新しい地点を作る。
「シルヴァ様にも」
「ティナ様にも」
歩きながら。
静かに。
「使用いたしましたので」
八歩目。
ギラルーンが止まる。
「貴女だけ使わないのも」
剣を構える。
「失礼でしょう」
クジャも。
眼帯へ指を置く。
「うん」
少しだけ。
笑う。
「待ってた」
「《遊歩・八景》」
ギラルーンが消えた。
◇
一つ目。
右。
クジャは避ける。
二つ目。
背後。
《♦9》。
防ぐ。
三つ目。
左。
剣。
肩を掠める。
「っ……」
四つ目。
正面。
クジャは。
眼帯を上げた。
右眼。
開く。
見える。
八つ。
点。
そして。
線。
ギラルーンが。
どのアンカーへ繋がるか。
力が走る。
五つ目。
右後方。
「そこ」
クジャは攻撃しない。
見る。
六つ目。
上。
「……」
七つ目。
左。
頭痛。
始まる。
三秒。
もう。
閉じるべき。
だが。
あと一つ。
クジャの右眼から。
涙が。
一筋。
流れた。
「クジャ!」
ティナの声。
「大丈夫」
まだ。
血ではない。
八つ目。
ギラルーンの力が。
最後のアンカーへ。
繋がる。
クジャが。
右眼を閉じた。
眼帯を戻す。
「見えた」
ギラルーンが。
最後の地点へ現れる。
そこには。
何もない。
ように見えた。
「――?」
足元。
一枚。
カード。
戦いの序盤。
最初に使った。
《♦6》。
すでに防壁として壊れたはずの札。
それが。
わずかなオーラを残したまま。
地面に置かれている。
「それは――」
クジャが指を動かす。
《♦6》。
壁ではない。
地面から。
斜めに。
小さな防壁を作った。
ギラルーンの足元。
出現直後。
ほんの僅かに。
踏み位置がずれる。
「っ」
たった。
半歩。
それだけ。
だが。
《遊歩・八景》の連続使用直後。
次の動作へ移る。
その一瞬。
姿勢が。
崩れた。
「今」
クジャの右手。
《♠Q》。
投げる。
ギラルーンが剣を上げる。
だが。
クイーンのスペードは。
真っ直ぐ飛ばない。
途中。
二つへ軌道を変えた。
正面から。
そして。
場に残されていた《♠4》が。
背後から。
同時。
「……!」
ギラルーンが。
正面の《♠Q》を剣で弾く。
背後の《♠4》を避ける。
そのため。
一歩。
左へ。
そこに。
《♣J》。
先ほど切られた。
ジャックのクラブ。
まだ。
完全には消えていない。
「捕まえた」
最後のオーラ。
拘束。
ギラルーンの足首。
一瞬。
止まる。
そして。
弾かれたはずの《♠Q》。
空中で。
旋回。
戻る。
ギラルーンの首元へ。
止まった。
刃のように鋭いオーラを纏った。
スペードのクイーン。
数センチ。
「……」
静寂。
ギラルーンの剣も。
クジャへ届かない位置にある。
クジャは。
息を切らしている。
右眼。
痛む。
頭も。
重い。
それでも。
《♠Q》は。
ギラルーンの首元にある。
「そこまで」
ミルスの声。
クジャが。
カードを止めた。
◇
数秒。
ギラルーンは動かなかった。
やがて。
ゆっくり。
剣を下ろす。
「私の負けでございます」
シルヴァが。
勢いよく立ち上がった。
「勝った!?」
「うん」
クジャが答える。
声は。
いつも通り。
でも。
少しだけ嬉しそうだった。
ティナも駆け寄る。
「クジャ!」
「何?」
「すごかった!」
「ありがとう」
「眼、大丈夫?」
「少し痛い」
「そっち先に言ってよ!」
ミルスもすぐに近づく。
眼帯を外させる。
右眼。
充血。
涙。
だが。
血は出ていない。
「三秒超えたでしょう」
「少し」
「少し?」
「四秒くらい」
「次は閉じなさい」
「うん」
「勝つためなら無理していい、にはしないから」
「分かってる」
ミルスは。
少しだけ。
厳しい目で見る。
クジャも。
素直に頷いた。
「ごめん」
「ならいい」
◇
シルヴァは。
ギラルーンを見る。
「クジャ勝った……」
「何でちょっと悔しそうなの?」
ティナが聞く。
「悔しくないよ」
「顔」
「いや」
シルヴァはクジャを見る。
「普通にすごい」
クジャが言う。
「私の方が強い?」
「それは違う」
即答。
「早い」
「そこは大事だから」
ギラルーンが笑う。
「シルヴァ様の仰る通りかと」
クジャが見る。
「負けたのに?」
「相性でございます」
ギラルーンは。
戦場に残されたカードを眺める。
「私の《遊歩》は、通った地点を残し」
「そこへ戻る能力」
「対して貴女は」
クジャを見る。
「その地点を見ることができる」
「さらに」
地面。
大量のカード。
「自分が一度使った場所へ」
「札を残し続ける」
ギラルーンが苦笑する。
「私が歩けば歩くほど」
「貴女の罠も増えていく」
「かなり相性が悪うございます」
「じゃあ」
クジャが聞く。
「普通に戦ったら?」
「条件次第では私が勝つでしょう」
「条件次第?」
「狭い場所」
「カードを配置する時間がない戦闘」
「最初から最大速度で攻め続ける状況」
「逆に」
ギラルーンは。
周囲の広い《創成庭》を見る。
「このように時間を与えてしまえば」
クジャへ。
視線を戻す。
「次は、さらに厳しいでしょうね」
クジャが少し笑った。
「じゃあ覚えておく」
「私は忘れていただきたいのですが」
◇
ミルスは。
三人を並ばせた。
シルヴァ。
ティナ。
クジャ。
「これで全員」
シルヴァはギラルーンに敗北。
ただし。
《遊歩・八景》まで引き出し。
剣を届かせた。
ティナも敗北。
それでも。
《構装》だけで通常の《遊歩》へ食らいつき。
ギラルーンの頬へ一撃。
そして。
クジャ。
相性。
右眼。
カード。
全てを使い。
勝った。
「どう?」
ミルスが聞く。
「三か月前と比べて」
シルヴァが答える。
「強くなった」
「うん」
ティナも。
「でも」
クジャが続ける。
「まだ上がいる」
ギラルーン。
ディーン。
軍団長。
六魔王。
そして。
ゼノア。
三か月。
長かった。
確かに。
前へ進んだ。
けれど。
終わりではない。
ミルスが頷く。
「それが分かってるなら十分」
シルヴァが。
腰の剣へ手を置いた。
「じゃあ次は」
「何?」
「実戦だね」
ティナの表情も変わる。
クジャは。
使ったカードを一枚ずつ拾い始めた。
その時。
ギラルーンの腰元。
黒い通信結晶が。
光った。
「……」
ギラルーンが手に取る。
シルヴァたちの表情が。
すぐに切り替わった。
ギラルーンは。
届いた情報へ目を通す。
そして。
ミルスを見る。
「ミルス様」
「何?」
ほんの僅か。
間。
「魔王軍側に」
「新たな動きがございます」
訓練を終えたばかりの三人。
その前で。
次の戦いへ繋がる。
最初の知らせが。
届いた。




