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風葬のシルヴァ  作者: 桜
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63/81

第63話 見える道

 創都リメア。


 《創成庭》。


 シルヴァとティナとの模擬戦を終えたギラルーンは、少し休息を取ったあと、再び中央へ立った。


 頬にはティナにつけられた細い傷。


 胸元にはシルヴァの剣が残した浅い線。


 二人とも敗れた。


 それでも。


 三か月前とは、明らかに違う戦いだった。


 そして。


 最後に残ったのが。


 クジャ。


「お待たせいたしました」


 ギラルーンが剣を抜く。


「大丈夫?」


「ええ。十分休ませていただきました」


「ならいい」


 クジャは手元の五枚を見る。


 《♠4》。


 《♣8》。


 《♦6》。


 《♥3》。


 《♠Q》。


 攻撃札が二枚。


 拘束が一枚。


 防御が一枚。


 補助が一枚。


 悪くない。


 ただし。


 ギラルーン相手に最も重要なのは、威力ではなかった。


「クジャ」


 ミルスが声をかける。


「右眼は?」


「必要な時だけ」


「それでいい」


「長く見ない」


「うん」


 クジャは右眼を覆う黒い眼帯へ、一度だけ触れた。


 そして。


 手を離す。


 ギラルーンが静かに構えた。


「私としては」


「?」


「貴女が一番、戦いづらいかもしれません」


 シルヴァが反応する。


「クジャが?」


「はい」


「俺より?」


「相性のお話でございます」


「なるほど……」


 少し残念そうなシルヴァを、ティナが見る。


「何で張り合ってるの?」


「張り合ってないよ」


「顔に出てる」


 クジャが二人を見る。


「静かにして」


「はい」


 二人が同時に黙った。


 ミルスが苦笑しながら手を上げる。


「始め」


     ◇


 ギラルーンが動いた。


 最初は。


 普通に。


 正面から。


 クジャは下がらない。


 右手。


 《♠4》。


 投げる。


 黒いスペードの札が鋭く回転しながら、ギラルーンの顔へ向かう。


 ギラルーンは首を傾けるだけで避けた。


 カードが横を抜ける。


 だが。


 クジャは追わない。


 使用した《♠4》が手札から離れたことで。


 新しい一枚。


 引く。


 《♦9》。


「……悪くない」


 ギラルーンが踏み込む。


 剣。


 速い。


 クジャは《♦6》を前へ出した。


 六のダイヤ。


 複数のオーラ片が重なり。


 小さな盾となる。


 剣がぶつかる。


 完全には止められない。


 《♦6》が割れ。


 クジャの身体が後ろへ押された。


 だが。


 その間に。


 左手。


 《♣8》。


「そこ」


 八のクラブが地面へ刺さる。


 拘束のオーラが伸びた。


 ギラルーンの右足へ。


「おっと」


 足首を捉える。


 一瞬。


 動きが止まる。


 クジャは攻撃しない。


 距離を取る。


 ギラルーンが剣で拘束を切った。


「攻めないのでございますか?」


「今はいい」


「随分慎重ですね」


「ギラルーンだから」


「光栄でございます」


 《♣8》を使ったことで。


 新しい札。


 《♣3》。


 さらに。


 壊れた《♦6》の代わり。


 《♥7》。


 手札は。


 《♠Q》。


 《♥3》。


 《♦9》。


 《♣3》。


 《♥7》。


 クジャは一瞬だけ確認する。


 高火力は《♠Q》だけ。


 拘束は弱い《♣3》。


 防御は《♦9》。


 この手札で。


 どう作るか。


     ◇


 ギラルーンが再び踏み込む。


 クジャは《♦9》を構える。


 だが。


 今度は。


 剣が届く前に。


 ギラルーンが消えた。


 《遊歩》。


 クジャの表情が変わる。


「来た」


 眼帯。


 上げる。


 右眼。


 開く。


 世界。


 変わる。


 ギラルーンが歩いた場所。


 普通なら。


 何もない空間。


 そこへ。


 淡い痕跡が残っている。


 一つ。


 正面。


 二つ。


 右側。


 三つ。


 先ほど《♣8》を置いた近く。


 さらに。


 クジャの左後方。


 繋がり。


 細い線のように。


 見える。


「……四つ」


 二秒。


 閉じる。


 直後。


 左後方。


 ギラルーンが現れた。


 剣。


 クジャは。


 すでに《♦9》を向けていた。


「!」


 九のダイヤ。


 厚い防壁。


 剣がぶつかる。


 今度は。


 防ぐ。


「やはり見えますか」


「少しだけ」


 ギラルーンが消える。


 右。


 クジャは振り返らない。


 カード。


 《♣3》。


 投げる。


 ギラルーンが。


 ちょうどその位置へ現れた。


「っ」


 三のクラブ。


 拘束力は低い。


 それでも。


 出現直後の足首へ絡む。


 ほんの一瞬。


 止まった。


 クジャが《♠Q》へ指を掛ける。


 だが。


 使わない。


 代わりに。


 地面に落ちていた。


 先ほどの《♠4》。


 動かす。


 背後。


 ギラルーンへ。


「後ろからもでございますか」


 ギラルーンが身体を捻る。


 《♠4》。


 避ける。


 その間に。


 クジャはまた距離を取る。


 シルヴァが外から見ていた。


「全然仕留めにいかないな」


「準備してる」


 ティナが言う。


「何を?」


「多分」


 ミルスが答える。


「戦場」


     ◇


 クジャは。


 使ったカードを。


 回収していない。


 《♠4》。


 《♣8》。


 《♦6》。


 《♣3》。


 地面。


 壁際。


 ギラルーンの通った場所。


 少しずつ。


 札が増えていく。


 普通なら。


 使用済み。


 だが。


 クジャにとっては。


 場に残っているカードも。


 まだ戦力だった。


 維持できる限り。


 何度でも。


 動かせる。


「なるほど」


 ギラルーンも気づく。


「私の歩いた場所へ」


 足元。


 《♣8》が浮く。


「札を残しているのでございますね」


「うん」


「《遊歩》の戻り先を塞ぐために」


「全部は無理」


「でしょうね」


 ギラルーンが笑う。


「なら」


 一歩。


 今まで通っていない場所へ。


「増やせばよろしい」


 走る。


 クジャの周囲。


 大きく。


 円を描く。


 一歩。


 二歩。


 三歩。


 新しい足跡。


 新しいアンカー。


 クジャが眼帯へ触れる。


 だが。


 開かない。


「見ないのでございますか?」


「今はいい」


「なぜ?」


「歩いてるから」


 クジャは。


 普通の左眼で。


 ギラルーンを見る。


 足。


 方向。


 通った場所。


 全部。


 覚える。


 右眼を使えば。


 簡単に見える。


 でも。


 使わなくていいものまで。


 右眼で見る必要はない。


 三か月。


 それを。


 何度も教えられた。


「……確かに」


 ギラルーンの声に。


 少しだけ感心が混じる。


     ◇


 ギラルーンが消える。


 今度は。


 連続。


 右。


 左。


 背後。


 前。


 クジャは。


 全部を追わない。


 《♦9》。


 防御。


 一撃。


 受ける。


 次。


 避ける。


 背後。


 《♥7》。


 身体へ。


 薄い補助。


 足運びが僅かに軽くなる。


 剣。


 紙一重で避けた。


 《♥7》使用。


 新しい札。


 《♣J》。


 クジャの目が。


 ほんの僅か。


 変わった。


「来た」


 ジャック。


 高位の拘束札。


 ギラルーンが。


 その反応を見る。


「良い札でございますか?」


「教えない」


「残念です」


 消える。


 クジャは。


 眼帯を上げた。


 一秒。


 右眼。


 八つ。


 見える。


 ギラルーンが残した。


 複数のアンカー。


 その中で。


 現在使えるもの。


 古くなり。


 消えかけているもの。


 新しいもの。


 そして。


 今。


 どの地点へ力が繋がったか。


「そこ」


 閉じる。


 クジャは。


 《♣J》を投げた。


 何もない空間へ。


 次の瞬間。


 ギラルーンが現れる。


 ジャックのクラブ。


 正面。


「!」


 強い拘束帯が。


 両腕と胴へ絡みついた。


「捕まえた」


「見事」


 だが。


 ギラルーンは慌てない。


 剣。


 腕。


 無理やり動かす。


 《♣J》の拘束が軋む。


「強い……」


 クジャは。


 拘束へオーラを送る。


 長くは保たない。


 ここで。


 《♠Q》。


 高位攻撃札。


 使えば。


 大きな一撃を狙える。


 だが。


 クジャは。


 ギラルーンを見た。


「……違う」


 《♠Q》を戻す。


 シルヴァが驚く。


「使わない?」


 ミルスは何も言わない。


 クジャが選んだのは。


 場に残していたカード。


 《♠4》。


 低位。


 威力は小さい。


 飛ばす。


 ギラルーンの右側。


 当然。


 ギラルーンは避けられる。


 だが。


 避けた先。


 《♣8》。


 地面から。


 再び。


 拘束。


「なるほど」


 《♣J》を切り。


 避ける。


 その先へ。


 古い《♣8》。


 二重。


 一瞬。


 ギラルーンの動きが止まる。


「高い札だけが」


 クジャが言う。


「強いわけじゃない」


 シルヴァが。


 少し笑った。


「クジャっぽい」


     ◇


 ギラルーンは。


 《♣8》も切った。


 距離を取る。


 初めて。


 少し。


 息を吐く。


「これは」


「想像以上に厄介でございますね」


「まだ?」


 クジャが聞く。


「もちろん」


 ギラルーンが。


 歩き始める。


 クジャの表情が。


 僅かに変わる。


 一歩。


 二歩。


 三歩。


 八つ。


 戦場へ。


 新しい地点を作る。


「シルヴァ様にも」


「ティナ様にも」


 歩きながら。


 静かに。


「使用いたしましたので」


 八歩目。


 ギラルーンが止まる。


「貴女だけ使わないのも」


 剣を構える。


「失礼でしょう」


 クジャも。


 眼帯へ指を置く。


「うん」


 少しだけ。


 笑う。


「待ってた」


「《遊歩・八景》」


 ギラルーンが消えた。


     ◇


 一つ目。


 右。


 クジャは避ける。


 二つ目。


 背後。


 《♦9》。


 防ぐ。


 三つ目。


 左。


 剣。


 肩を掠める。


「っ……」


 四つ目。


 正面。


 クジャは。


 眼帯を上げた。


 右眼。


 開く。


 見える。


 八つ。


 点。


 そして。


 線。


 ギラルーンが。


 どのアンカーへ繋がるか。


 力が走る。


 五つ目。


 右後方。


「そこ」


 クジャは攻撃しない。


 見る。


 六つ目。


 上。


「……」


 七つ目。


 左。


 頭痛。


 始まる。


 三秒。


 もう。


 閉じるべき。


 だが。


 あと一つ。


 クジャの右眼から。


 涙が。


 一筋。


 流れた。


「クジャ!」


 ティナの声。


「大丈夫」


 まだ。


 血ではない。


 八つ目。


 ギラルーンの力が。


 最後のアンカーへ。


 繋がる。


 クジャが。


 右眼を閉じた。


 眼帯を戻す。


「見えた」


 ギラルーンが。


 最後の地点へ現れる。


 そこには。


 何もない。


 ように見えた。


「――?」


 足元。


 一枚。


 カード。


 戦いの序盤。


 最初に使った。


 《♦6》。


 すでに防壁として壊れたはずの札。


 それが。


 わずかなオーラを残したまま。


 地面に置かれている。


「それは――」


 クジャが指を動かす。


 《♦6》。


 壁ではない。


 地面から。


 斜めに。


 小さな防壁を作った。


 ギラルーンの足元。


 出現直後。


 ほんの僅かに。


 踏み位置がずれる。


「っ」


 たった。


 半歩。


 それだけ。


 だが。


 《遊歩・八景》の連続使用直後。


 次の動作へ移る。


 その一瞬。


 姿勢が。


 崩れた。


「今」


 クジャの右手。


 《♠Q》。


 投げる。


 ギラルーンが剣を上げる。


 だが。


 クイーンのスペードは。


 真っ直ぐ飛ばない。


 途中。


 二つへ軌道を変えた。


 正面から。


 そして。


 場に残されていた《♠4》が。


 背後から。


 同時。


「……!」


 ギラルーンが。


 正面の《♠Q》を剣で弾く。


 背後の《♠4》を避ける。


 そのため。


 一歩。


 左へ。


 そこに。


 《♣J》。


 先ほど切られた。


 ジャックのクラブ。


 まだ。


 完全には消えていない。


「捕まえた」


 最後のオーラ。


 拘束。


 ギラルーンの足首。


 一瞬。


 止まる。


 そして。


 弾かれたはずの《♠Q》。


 空中で。


 旋回。


 戻る。


 ギラルーンの首元へ。


 止まった。


 刃のように鋭いオーラを纏った。


 スペードのクイーン。


 数センチ。


「……」


 静寂。


 ギラルーンの剣も。


 クジャへ届かない位置にある。


 クジャは。


 息を切らしている。


 右眼。


 痛む。


 頭も。


 重い。


 それでも。


 《♠Q》は。


 ギラルーンの首元にある。


「そこまで」


 ミルスの声。


 クジャが。


 カードを止めた。


     ◇


 数秒。


 ギラルーンは動かなかった。


 やがて。


 ゆっくり。


 剣を下ろす。


「私の負けでございます」


 シルヴァが。


 勢いよく立ち上がった。


「勝った!?」


「うん」


 クジャが答える。


 声は。


 いつも通り。


 でも。


 少しだけ嬉しそうだった。


 ティナも駆け寄る。


「クジャ!」


「何?」


「すごかった!」


「ありがとう」


「眼、大丈夫?」


「少し痛い」


「そっち先に言ってよ!」


 ミルスもすぐに近づく。


 眼帯を外させる。


 右眼。


 充血。


 涙。


 だが。


 血は出ていない。


「三秒超えたでしょう」


「少し」


「少し?」


「四秒くらい」


「次は閉じなさい」


「うん」


「勝つためなら無理していい、にはしないから」


「分かってる」


 ミルスは。


 少しだけ。


 厳しい目で見る。


 クジャも。


 素直に頷いた。


「ごめん」


「ならいい」


     ◇


 シルヴァは。


 ギラルーンを見る。


「クジャ勝った……」


「何でちょっと悔しそうなの?」


 ティナが聞く。


「悔しくないよ」


「顔」


「いや」


 シルヴァはクジャを見る。


「普通にすごい」


 クジャが言う。


「私の方が強い?」


「それは違う」


 即答。


「早い」


「そこは大事だから」


 ギラルーンが笑う。


「シルヴァ様の仰る通りかと」


 クジャが見る。


「負けたのに?」


「相性でございます」


 ギラルーンは。


 戦場に残されたカードを眺める。


「私の《遊歩》は、通った地点を残し」


「そこへ戻る能力」


「対して貴女は」


 クジャを見る。


「その地点を見ることができる」


「さらに」


 地面。


 大量のカード。


「自分が一度使った場所へ」


「札を残し続ける」


 ギラルーンが苦笑する。


「私が歩けば歩くほど」


「貴女の罠も増えていく」


「かなり相性が悪うございます」


「じゃあ」


 クジャが聞く。


「普通に戦ったら?」


「条件次第では私が勝つでしょう」


「条件次第?」


「狭い場所」


「カードを配置する時間がない戦闘」


「最初から最大速度で攻め続ける状況」


「逆に」


 ギラルーンは。


 周囲の広い《創成庭》を見る。


「このように時間を与えてしまえば」


 クジャへ。


 視線を戻す。


「次は、さらに厳しいでしょうね」


 クジャが少し笑った。


「じゃあ覚えておく」


「私は忘れていただきたいのですが」


     ◇


 ミルスは。


 三人を並ばせた。


 シルヴァ。


 ティナ。


 クジャ。


「これで全員」


 シルヴァはギラルーンに敗北。


 ただし。


 《遊歩・八景》まで引き出し。


 剣を届かせた。


 ティナも敗北。


 それでも。


 《構装》だけで通常の《遊歩》へ食らいつき。


 ギラルーンの頬へ一撃。


 そして。


 クジャ。


 相性。


 右眼。


 カード。


 全てを使い。


 勝った。


「どう?」


 ミルスが聞く。


「三か月前と比べて」


 シルヴァが答える。


「強くなった」


「うん」


 ティナも。


「でも」


 クジャが続ける。


「まだ上がいる」


 ギラルーン。


 ディーン。


 軍団長。


 六魔王。


 そして。


 ゼノア。


 三か月。


 長かった。


 確かに。


 前へ進んだ。


 けれど。


 終わりではない。


 ミルスが頷く。


「それが分かってるなら十分」


 シルヴァが。


 腰の剣へ手を置いた。


「じゃあ次は」


「何?」


「実戦だね」


 ティナの表情も変わる。


 クジャは。


 使ったカードを一枚ずつ拾い始めた。


 その時。


 ギラルーンの腰元。


 黒い通信結晶が。


 光った。


「……」


 ギラルーンが手に取る。


 シルヴァたちの表情が。


 すぐに切り替わった。


 ギラルーンは。


 届いた情報へ目を通す。


 そして。


 ミルスを見る。


「ミルス様」


「何?」


 ほんの僅か。


 間。


「魔王軍側に」


「新たな動きがございます」


 訓練を終えたばかりの三人。


 その前で。


 次の戦いへ繋がる。


 最初の知らせが。


 届いた。

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