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風葬のシルヴァ  作者: 桜
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61/80

第61話 風はもう遅れない

 創都リメア。


 三か月の修行を終えた翌朝。


 シルヴァたちは《創成庭》へ呼び出されていた。


 時間を引き延ばしていた特殊な領域はすでに消えている。


 今ここにあるのは、以前から使われていた通常の訓練場だけだ。


 平らな石造りの地面。


 点在する岩柱。


 周囲を囲む高い壁。


 その中央に。


 ギラルーンが一人で立っていた。


「……ギラルーン?」


 シルヴァが首を傾げる。


「はい」


「今日は何するの?」


「私と戦っていただきます」


 シルヴァの顔が明るくなった。


「三人で?」


「いいえ」


 答えたのはミルスだった。


「一人ずつ」


 三人がミルスを見る。


「一対一?」


 ティナが聞く。


「そう」


「どうして?」


「三人で戦えば、連携がどれくらい伸びたかは分かる。でも今回は、それぞれが三か月で何を身につけたのか見たい」


 ミルスは順番に三人を見る。


「シルヴァ」


「ティナ」


「クジャ」


「一人ずつ、ギラルーンと戦う」


 クジャがギラルーンを見る。


「大変そう」


「私が、でございますか?」


「うん」


「お気遣いありがとうございます」


「別に心配してない」


「左様でございますか」


 ティナが苦笑する。


「クジャとギラルーンって、たまに会話似てるよね」


「そう?」


「光栄でございます」


「私は微妙」


「残念でございます」


「やっぱ似てる」


 シルヴァはそんな二人を横目に、すでに剣へ手を置いていた。


「で、誰から?」


 ミルスが見る。


「やりたそうね」


「うん」


「じゃあシルヴァ」


「よし」


 返事が早い。


 ティナが呆れる。


「迷わないんだ」


「だってやってみたい」


「三か月でそこは全然変わらなかったね」


「変える必要ある?」


「少しはあると思う」


 シルヴァは笑いながら中央へ歩いていく。


 ギラルーンも剣を抜いた。


 細身の片手剣。


 構えは静かだった。


「ルールは?」


 シルヴァが聞く。


 ミルスが答える。


「致命傷は禁止。どちらかが明確に戦闘不能になるか、私が止めたら終了」


「一撃入れたら勝ちとかじゃないんだ」


「それだとギラルーンの《遊歩》相手は相性が特殊すぎるから」


「なるほど」


 シルヴァは一度。


 深く息を吐いた。


 黒いマントが。


 静かに揺れている。


 まだ。


 何もしていない。


 ただ立っているだけ。


 それでも。


 風はそこにあった。


 ギラルーンがその様子を見る。


「本当に変わりましたね」


「分かる?」


「ええ」


「まだ戦ってないけど」


「だからこそ、でございます」


 シルヴァが少し笑う。


「じゃあ」


 剣を抜く。


「もっと分からせる」


 ギラルーンの口元も僅かに上がった。


「楽しみにしております」


 ミルスが片手を上げる。


「始め」


 その声と同時に。


 ギラルーンが動いた。


 正面から。


 速い。


 だが。


 《遊歩》ではない。


 普通の踏み込み。


 シルヴァも前へ出る。


 剣と剣。


 ぶつかる。


 甲高い音が響いた。


 一撃。


 二撃。


 三撃。


 ギラルーンの剣は軽い。


 しかし。


 速く、正確だった。


 無駄がない。


 シルヴァは三撃目を受け流しながら、身体を沈める。


 下段。


 斬り上げ。


 ギラルーンが半歩下がる。


 そのまま。


 シルヴァが踏み込む。


 以前なら。


 ここで風を出していた。


 足を踏み込んで。


 次に。


 風で加速する。


 今は違う。


 足が動く。


 同時に。


 風が流れる。


 間がない。


「っ」


 ギラルーンの目が僅かに細くなる。


 シルヴァの剣。


 首元へ。


 ギラルーンが身体を傾けて避ける。


 髪が。


 数本。


 切れた。


「惜しい」


「まだ!」


 シルヴァが剣を返す。


 横薙ぎ。


 受ける。


 その瞬間。


 シルヴァの左脚が動いた。


 蹴り。


 ギラルーンの脇腹へ。


 剣で受けられない角度。


 ギラルーンは腕で防ぐ。


 それでも。


 一歩。


 下がった。


「体術も健在でございますね」


「むしろ増えた!」


 シルヴァが追う。


 拳。


 剣。


 蹴り。


 剣術だけではない。


 身体全部で。


 間合いを崩す。


 ギラルーンは一つずつ対応する。


 だが。


 三か月前ほど余裕はない。


「では」


 ギラルーンが。


 一歩。


 斜め後ろへ歩いた。


「こちらも」


 シルヴァの目が変わる。


 来る。


 ギラルーンが消えた。


 《遊歩》。


 以前なら。


 姿が消えた瞬間。


 目で探していた。


 右か。


 左か。


 後ろか。


 だが。


 シルヴァは動かない。


 目を閉じる必要もない。


 ただ。


 周囲の風を感じる。


 右後方。


 ほんの僅か。


 流れが乱れた。


 シルヴァの身体が先に動く。


 振り返りながら。


 剣。


 ギラルーンが現れた。


「――!」


 刃。


 ぶつかる。


 ギラルーンが初めて。


 はっきり驚いた。


「読まれましたか」


「見えたわけじゃない」


 鍔迫り合い。


 シルヴァが笑う。


「風が教えてくれた」


 押す。


 ギラルーンが離れる。


 そのまま。


 再び消える。


 今度は左。


 風。


 揺れる。


 シルヴァ。


 避ける。


 剣先が頬の横を通過する。


 反撃。


 ギラルーンが受ける。


 また消える。


 前。


 後ろ。


 石柱の脇。


 何度も。


 位置を変える。


 だが。


 シルヴァは。


 完全には見失わない。


 出現の直前。


 空気が変わる。


 わずかな断絶。


 その瞬間を。


 身体の周囲にある風が拾う。


「すごい……」


 外から見ていたティナが呟いた。


「前は全然追えてなかったよね」


「うん」


 クジャもギラルーンを見る。


「今は、出てきた瞬間にはもう動いてる」


 ミルスが頷く。


「風を感知するために出してるんじゃない」


 二人がミルスを見る。


「ずっとそこにあるから、何かが変われば勝手に分かる」


 それこそが。


 三か月かけて作った状態だった。


     ◇


 ギラルーンがシルヴァの背後へ出る。


 だが。


 シルヴァは振り返らない。


 一歩。


 横へ。


 剣が空を切る。


 そのまま身体を回し。


 肘。


 ギラルーンが上体を引く。


 シルヴァの肘が鼻先を掠める。


「危ないですね」


「余裕あるじゃん」


「先ほどからかなり危険でございます」


「顔がそう見えない」


「生まれつきでございます」


「絶対嘘だろ」


 シルヴァが剣を振る。


 ギラルーンは受けながら。


 足を動かす。


 一歩。


 二歩。


 三歩。


 シルヴァが気づく。


 ただ逃げているわけではない。


 《遊歩》のための地点を。


 増やしている。


「……」


 シルヴァの表情が変わった。


 ギラルーンが消える。


 右。


 受ける。


 消える。


 左前方。


 避ける。


 また。


 背後。


 シルヴァが剣を合わせる。


 だが。


 次第に。


 間隔が短くなる。


 一か所。


 二か所。


 三か所。


 複数の地点を使い始めた。


 シルヴァの風は。


 出現そのものは捉えられる。


 だが。


 問題は。


 分かってから間に合うか。


「っ!」


 右。


 剣。


 シルヴァが受ける。


 直後。


 ギラルーンが消える。


 背後。


 今度は間に合わない。


 剣の柄が。


 シルヴァの肩へ入った。


「ぐっ!」


 身体が前へ。


 だが。


 倒れない。


 風が。


 身体の崩れに自然に沿う。


 一歩。


 二歩。


 そのまま姿勢を戻した。


「今のも」


 ギラルーンが言う。


「以前なら転んでおりましたね」


「褒めるなら攻撃止めてよ」


「それは別でございます」


 また。


 消える。


 シルヴァは歯を食いしばる。


 分かる。


 出てくる場所は。


 以前よりずっと分かる。


 でも。


 ギラルーンの強さは。


 《遊歩》だけではない。


 剣術。


 判断。


 経験。


 どこへ出れば。


 シルヴァが一番対応しづらいか。


 毎回。


 選んでいる。


「だったら……」


 シルヴァが。


 追うのをやめた。


 ティナが目を見開く。


「止まった?」


 ギラルーンが。


 シルヴァの左後方へ出る。


 剣。


 シルヴァは。


 避けるだけ。


 反撃しない。


 次。


 右。


 また。


 避ける。


「なるほど」


 ミルスが小さく言う。


「何?」


 ティナが聞く。


「全部追うのをやめた」


 シルヴァは。


 ギラルーンを倒そうとするのではなく。


 観察している。


 風。


 出現。


 剣。


 消える。


 次。


 風。


 出現。


 ギラルーンが。


 地面に足を着ける。


 一瞬。


 次へ消える前。


 ほんの僅かな。


 間。


「……そこ」


 シルヴァが呟いた。


 次。


 ギラルーンが出る。


 シルヴァは攻撃しない。


 さらに。


 次。


 そして。


 もう一度。


 ギラルーンが消える。


 シルヴァの周囲。


 風が。


 右後方で乱れた。


 だが。


 シルヴァは。


 右を向かなかった。


 前へ。


 一歩。


 踏み込む。


 剣を。


 何もない場所へ振った。


「――!」


 そこへ。


 ギラルーンが現れた。


 刃が。


 肩へ迫る。


 ギラルーンが。


 咄嗟に剣を入れる。


 受ける。


 激突。


 今度は。


 ギラルーンが大きく後退した。


「……今」


 ティナが立ち上がりかける。


「出てくる前に振った?」


 ミルスが頷く。


「そう」


 クジャも見る。


「予測した」


     ◇


「驚きました」


 ギラルーンが剣を構え直す。


「今のは」


「毎回、好きなところに出てるわけじゃない」


 シルヴァが言う。


「そうでございますね」


「一回自分で通った場所に戻ってる」


「はい」


「それに」


 シルヴァは。


 ギラルーンの足元を見る。


「出てきてから次へ行くまで」


「ほんの少しだけ間がある」


 ギラルーンの目が細くなる。


「そこまで」


「三か月ずっと細かいところ直されてたから」


 シルヴァが笑う。


「前より、そういうの見るようになった」


「それは」


 ギラルーンも笑う。


「大変喜ばしいことでございます」


 一歩。


 歩く。


「ですが」


 さらに。


 もう一歩。


「理解しただけで攻略できるほど」


 三歩。


 四歩。


 五歩。


 六歩。


 七歩。


 八歩。


「《遊歩》も単純ではございません」


 シルヴァが構える。


「来い」


 ギラルーンが。


 消えた。


「《遊歩・八景》」


 一瞬。


 右。


 シルヴァが反応。


 剣。


 ぶつかる。


 消える。


 左。


 受ける。


 消える。


 背後。


 避ける。


 次。


 上。


「っ!」


 シルヴァが剣を上げる。


 受けた瞬間。


 ギラルーンはもういない。


 次。


 前。


 次。


 右。


 次。


 左後方。


 八つ。


 連続。


 シルヴァの風が。


 すべて。


 捉えている。


 だが。


 身体が。


 追いつかない。


「くそ……!」


 剣。


 肩を掠める。


 次。


 脇腹。


 避けきれない。


 浅い。


 それでも。


 シルヴァは止まらない。


 風。


 出現。


 足。


 剣。


 全部。


 必死に繋ぐ。


 七つ目。


 シルヴァが。


 突然。


 踏み込んだ。


 攻撃を避けるのではなく。


 ギラルーンが次に使う地点へ。


「――そこ!」


 剣を振る。


 八つ目。


 ギラルーンが。


 まさに。


 そこへ現れた。


「!」


 シルヴァの剣。


 ギラルーンの胸元へ。


 速い。


 間に合わない。


 ギラルーンが。


 身体を捻る。


 刃が。


 服を切り裂いた。


 胸元。


 浅い線。


 血。


 ほんの少し。


 シルヴァの目が開く。


「入った!」


「ええ」


 だが。


 ギラルーンは。


 止まっていない。


 シルヴァの剣を避けた体勢から。


 左手。


 シルヴァの手首を取る。


 引く。


「うわっ!」


 体勢が崩れる。


 そこへ。


 足。


 払う。


 シルヴァが倒れかける。


 風。


 身体を支える。


 だが。


 その一瞬。


 剣先が。


 シルヴァの喉元へ。


 止まった。


「……」


 静かになる。


 シルヴァは。


 剣を握ったまま。


 動けない。


 ギラルーンも。


 肩で。


 僅かに息をしていた。


「そこまで」


 ミルスの声。


 ギラルーンが剣を下ろす。


 シルヴァも。


 大きく息を吐いた。


「……負けた」


「はい」


「そこは否定してくれないんだ」


「勝敗は正確に」


「厳しいな」


 ギラルーンは。


 自分の胸元を見る。


 服。


 切れている。


 その下。


 浅い傷。


「ですが」


 シルヴァが見る。


「三か月前でしたら」


 ギラルーンが。


 剣を収める。


「《遊歩・八景》を使う必要すらございませんでした」


 シルヴァの表情が変わった。


「今は?」


「使わなければ」


 少しだけ。


 ギラルーンが笑う。


「私が負けていた可能性が高いでしょう」


「……本当?」


「ええ」


「よし!」


 シルヴァが急に元気になる。


「負けたんだよ?」


 ティナが近づきながら言う。


「分かってる」


「じゃあ何でそんな嬉しそうなの」


「次なら勝てそうだから」


「そういうところ全然変わってないね」


「そこは変えなくていい」


 クジャも近づく。


「でも」


 ギラルーンの胸元を見る。


「ちゃんと当てたね」


「うん」


「前よりかなり強い」


 シルヴァが少し驚く。


「クジャが普通に褒めた」


「失礼」


「いや、嬉しい」


 クジャは少しだけ笑った。


     ◇


 ミルスがシルヴァの前へ来る。


「どうだった?」


「強かった」


「それだけ?」


 シルヴァは少し考える。


「前は」


 ギラルーンを見る。


「《遊歩》されたら、何してるかほとんど分からなかった」


「うん」


「でも今日は」


 自分の手を見る。


 薄い風。


 まだ。


 そこにある。


「分かった」


「どこから来るか」


「どう動いてるか」


「全部じゃないけど」


 シルヴァが笑う。


「戦えるって思えた」


 ミルスが頷く。


「それで十分」


「勝たなくていい?」


「今日はね」


「次は勝つけど」


「本人の前で言うのね」


 ギラルーンが一礼する。


「その時は、こちらもさらに工夫いたしましょう」


「それやめてよ」


「お互い様でございます」


 ティナが。


 二人を見たあと。


 一歩前へ出た。


「じゃあ」


 剣へ手を置く。


「次、私?」


 ギラルーンが。


 シルヴァから。


 ティナへ視線を移す。


「よろしいのでございますか?」


「もちろん」


 白い《構装》が。


 ティナの指先へ。


 ほんの一瞬だけ現れ。


 消える。


「三か月」


 ティナが剣を抜く。


「シルヴァだけが強くなったわけじゃないから」


 ギラルーンが。


 もう一度。


 剣を構えた。


「では」


 少し楽しそうに。


「拝見いたしましょう」

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