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風葬のシルヴァ  作者: 桜
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第56話 二ヶ月目

 二か月目に入ってから、修行の内容は明らかに変わった。


 最初の一か月は、それぞれの癖を削る時間だった。


 シルヴァは、身体を動かしてから風を呼ぶ癖。


 ティナは、《構装》を必要以上に維持する癖。


 クジャは、手札だけで戦いを組み立てようとする癖。


 それらを一度崩し。


 今度は。


 実戦の中で作り直していく。


     ◇


 修行開始から三十五日目。


「シルヴァ、右」


「分かってる!」


 《創成庭》の森。


 木々の隙間を、シルヴァが駆け抜ける。


 正面。


 三体。


 右。


 二体。


 背後からも一体。


 合わせて六体の人工兵。


 以前のシルヴァなら。


 一気に風を爆発させ、まず包囲から抜けていた。


 だが。


 今は違う。


 右足。


 木の根を踏む。


 身体を傾ける。


 薄い風が。


 最初から身体の周囲にある。


 強くする必要はない。


 踏み込みに合わせて流れ。


 身体を僅かに横へ滑らせる。


 一体目の剣が。


 シルヴァの肩を掠める。


 そのまま懐へ。


 拳。


 腹。


 人工兵が折れる。


 二体目。


 シルヴァは剣を抜かない。


 相手の腕を取り。


 身体を回す。


 投げる。


 二体目が三体目を巻き込んだ。


「よし」


 しかし。


 背後。


 木剣。


 シルヴァは振り返らない。


 風が。


 僅かに乱れた。


「そこ」


 一歩だけ前へ。


 木剣が空を切る。


 振り返りながら抜剣。


 一閃。


 最後の一体が消える。


 森が静かになった。


「……どう?」


 シルヴァが剣を収める。


 少し離れた木の上。


 ミルスが座っていた。


「今の最後」


「うん」


「見てなかったでしょう?」


「見てない」


「音?」


「いや」


 シルヴァは少し考えた。


「風が変だった」


 ミルスの口元が僅かに上がる。


「やっとそこまで来た」


「何?」


「風を動かすだけじゃなくて、風から受け取れるようになってきた」


 シルヴァが自分の周囲を見る。


「受け取る?」


「あなたの周りにずっと風があるなら」


 ミルスが木から降りる。


「そこへ何かが入ってきた時、流れは変わるでしょう?」


「……あ」


「剣でも、人でも」


「空気を押す」


「そう」


 シルヴァは少し嬉しそうに自分の手を見る。


「じゃあ、後ろ見なくても分かるようになる?」


「何でも分かるわけじゃない」


 ミルスはすぐ釘を刺した。


「風が届いている範囲だけ。しかも複雑な戦場なら流れも増える」


「そっか」


「でも」


 ミルスは続ける。


「今までみたいに、全部目で見てから動く必要はなくなる」


 シルヴァの目が少し変わった。


「それ」


「かなり大きくない?」


「大きいわよ」


「もっと早く教えてよ」


「教えて出来るなら、とっくに言ってる」


「……それもそうか」


 ミルスは笑った。


「まず風がそこにいる状態を作らないと、感じるも何もないから」


 シルヴァが頷く。


「もう一回やる」


「休まないの?」


「今ちょっと掴めた」


「そういう時だけ元気ね」


「そういう時って何」


     ◇


 四十二日目。


 ティナは一人。


 何もない平原に立っていた。


 剣を構えている。


 正面には。


 ミルスが作った一体の騎士。


 これまでの人工兵とは違う。


 鎧。


 剣。


 盾。


 動きも速い。


「今日の相手、強くない?」


 ティナが聞く。


「強くした」


「やっぱり」


「嫌?」


「まさか」


 ティナの表情が変わる。


 《構装》。


 白いオーラが身体へ展開する。


 ただし。


 ほとんど薄い。


 全身を守るための最低限。


 騎士が踏み込む。


 速い。


 剣。


 ティナは横へ。


 避ける。


 盾が続く。


 その瞬間だけ。


 左腕。


 《構装》が厚くなる。


 受けた。


 衝撃。


 身体が僅かに浮く。


「っ!」


 着地と同時。


 脚へ。


 白い光。


 一気に距離を詰める。


 剣。


 騎士の盾。


 当たる瞬間だけ。


 ティナの剣を覆う構装が、一段厚くなった。


 激突。


 盾がひび割れる。


「まだ!」


 騎士が反撃。


 ティナは身体を捻る。


 肩。


 構装。


 受け流す。


 剣。


 脚。


 腕。


 胴。


 必要な場所だけ。


 一瞬ずつ。


 白いオーラが移り続ける。


 以前のような。


 鎧を纏って戦う感覚ではない。


 必要な場所に。


 必要な瞬間だけ。


 構築する。


 騎士の剣を受け流し。


 ティナが踏み込む。


「ここ!」


 剣へ。


 構装を集中。


 白い刃が。


 騎士の胸を貫いた。


 人工騎士が崩れる。


「はぁ……」


 ティナが息を吐いた。


「今の、かなり良かった」


 ミルスの声。


「本当?」


「オーラもほとんど無駄にしてない」


 ティナの顔が少し明るくなる。


 しかし。


「もう一回」


「え?」


 新しい騎士が現れた。


「今ので終わりじゃないの?」


「実戦なら、次が来るでしょう?」


「……そうだけど」


「始め」


「ちょっと待って!」


 騎士が踏み込む。


 ティナも慌てて剣を構えた。


     ◇


 そこから。


 さらに。


 三体。


 五体。


 七体。


 相手が増える。


 ティナの呼吸が荒くなる。


 構装の切り替え。


 判断。


 剣。


 脚。


 防御。


 攻撃。


 休む暇がない。


 最後の一体。


 正面から。


 大剣が振り下ろされる。


 ティナは受ける。


 腕へ構装。


 だが。


 疲労で。


 僅かに遅れた。


「っ――!」


 剣が押し込まれる。


 膝が沈む。


 足元の地面が割れた。


 重い。


 受け切れない。


 その時。


 ティナの胸の奥で。


 何かが。


 脈打った。


「……!」


 白。


 その中に。


 金。


 ほんの一瞬。


 ティナの全身を。


 白金の光が包んだ。


 大剣が。


 止まる。


 ティナの瞳が見開かれた。


「なに……?」


 身体が。


 軽い。


 いや。


 それだけではない。


 相手の動きが。


 遅く見える。


 押し込まれていた剣を。


 片腕で弾く。


 人工騎士の身体が大きく崩れた。


 ティナは踏み込む。


 一瞬。


 地面が弾ける。


「っ!」


 本人が驚くほどの速度。


 間合いが消える。


 一閃。


 騎士の胴が。


 真っ二つになった。


 そして。


 光が消えた。


「……え」


 ティナの身体から。


 一気に力が抜けた。


「ティナ!」


 少し離れた場所にいたシルヴァが走る。


 倒れる前に。


 身体を支えた。


「大丈夫?」


「……うん」


「本当に?」


「ちょっと」


 ティナは息を整えようとする。


「身体が、重い……」


 ミルスもすぐに近づいた。


 ティナの腕。


 瞳。


 呼吸。


 オーラ。


 順番に確認する。


「オーラは?」


「残ってる」


「どれくらい?」


「まだ……戦えるくらい」


 ミルスの表情が僅かに変わる。


「やっぱり」


「何?」


「今の光」


 シルヴァが聞く。


「《構装》じゃないの?」


「違う」


 ミルスは断言した。


「オーラの流れと別だった」


 ティナが自分の手を見る。


「でも私」


「何もしてない」


「うん」


「出そうともしてない?」


「してない」


 ミルスは黙る。


 白金の光。


 身体能力。


 反応。


 知覚。


 剣の出力。


 そして。


 オーラとは別の力。


 思い当たるものが。


 一つだけある。


 だが。


 まだ。


 言わない。


「今日は終わり」


「え?」


「休んで」


「でも」


「倒れてからじゃ遅い」


 シルヴァも頷く。


「今日は休んだ方がいいよ」


 ティナが少し不満そうにシルヴァを見る。


「シルヴァに言われると嫌なんだけど」


「何で?」


「一番無茶するから」


「今はしてないよ」


 少し間。


 クジャが遠くから言う。


「今は」


「クジャまで」


 ティナは小さく笑った。


 それから。


 支えていたシルヴァの腕から離れようとして。


 ふらつく。


「危ない」


 もう一度。


 シルヴァが支える。


「……ごめん」


「いいよ」


 その様子を。


 クジャがじっと見る。


 ティナが気づいた。


「何?」


「別に」


「その顔絶対何かあるでしょ」


「今日は言わない」


「今日はって何!?」


 シルヴァだけ。


 よく分かっていなかった。


     ◇


 四十七日目。


 クジャの前には。


 一つの迷路が作られていた。


 壁。


 通路。


 分岐。


 見た目は普通。


 ただし。


 中には。


 透明な壁。


 偽物の通路。


 見えない穴。


 《創造》で作られた罠が大量に隠されている。


「眼を使って進む?」


 クジャが聞く。


「そう」


 ミルスが答える。


「でも開きっぱなしは禁止」


「何秒?」


「自分で決めて」


「それも修行?」


「そう」


 クジャが眼帯へ手を掛ける。


「始めていい?」


「どうぞ」


 迷路へ入る。


 最初の分岐。


 右。


 左。


 見た目は同じ。


 クジャは眼帯を上げた。


 右眼。


 開く。


 世界が変わる。


 壁の奥。


 地面。


 力の流れ。


 人工的に作られた構造。


「……右は違う」


 閉じる。


 三秒。


 右眼を使ったのは。


 それだけ。


 左へ進む。


 次。


 床。


 一部。


 何かがおかしい。


 また。


 開く。


 一秒。


「穴」


 閉じる。


 避ける。


 さらに。


 前。


 透明な壁。


 開く。


 二秒。


 流れの歪み。


 閉じる。


 迂回。


 ミルスは外から。


 何も言わず見ている。


 以前のクジャなら。


 正体を確かめようと長く見ていた。


 今は違う。


 必要な情報だけ。


 取る。


 閉じる。


 進む。


 十回。


 二十回。


 右眼を使う。


 それでも。


 開いている時間は。


 ほとんど数秒。


     ◇


 出口。


 クジャが迷路から出てくる。


「……終わり」


「どう?」


 ミルスが聞く。


「少し痛い」


「血は?」


「出てない」


「視界は?」


「普通」


 ミルスが頷く。


「かなり良くなった」


 クジャは眼帯を直す。


「眼が強くなった?」


「違う」


「使い方が上手くなった」


「……それならいい」


「それが一番大事」


 ミルスは言う。


「その眼は、多分」


 少し言葉を選ぶ。


「無理に使えば使うほど強くなる種類じゃない」


「分かってる」


「見る必要がある瞬間だけ見る」


「見えたら閉じる」


「欲張らない」


 クジャが頷いた。


「じゃあ」


 カードケースへ手を置く。


「次はカード?」


「その前に」


 ミルスが指を鳴らした。


 迷路が崩れる。


 代わりに。


 広い円形の訓練場が作られた。


 そこに。


 シルヴァとティナが立っている。


「……何?」


 クジャが見る。


 シルヴァが肩を回す。


「俺も今聞いた」


 ティナも剣を抜く。


「今日から三人の修行も始めるって」


「三人?」


 ミルスが頷く。


「個人で強くなるだけじゃ足りないから」


 クジャがカードを出す。


「誰と戦うの?」


「まず」


 ミルスが手を上げた。


 地面が震える。


 一体。


 二体。


 五体。


 十体。


 さらに。


 次々と人工兵が現れる。


 剣士。


 槍兵。


 弓兵。


 大型兵。


 全部で。


 二十体以上。


 シルヴァが苦笑する。


「多くない?」


「六魔王と戦うんでしょう?」


「まだ戦うって決まったわけじゃないけど」


「いずれ戦う」


「……まあ」


 シルヴァが剣を抜く。


「そうだね」


 ティナが隣に立つ。


 クジャも。


 反対側へ。


 三人。


 並ぶ。


「ルールは?」


 ティナが聞いた。


「倒すだけ」


「簡単」


 クジャ。


「簡単かな?」


 シルヴァ。


「言うだけなら」


「それはそう」


 人工兵が。


 一斉に構えた。


「始め」


     ◇


 最初に動いたのは。


 シルヴァ。


「前開ける!」


 走る。


 薄い風。


 最初から。


 一緒に動く。


 三体の剣士が前へ。


 シルヴァは一体目を受け流し。


 二体目を蹴り。


 三体目を投げる。


 その間に。


 ティナが横から入る。


「右、もらう!」


 《構装》。


 脚。


 一瞬だけ強化。


 槍兵の間合いへ飛び込み。


 二体。


 続けて斬る。


 背後。


 弓。


 クジャ。


「♦」


 カードが重なる。


 矢を防ぐ。


「シルヴァ、左」


「分かった!」


 シルヴァが振り返る前に。


 風の流れが変わる。


 敵。


 三体。


 来る。


 前へ出る。


 だが。


「行きすぎ」


 クジャの声。


「え?」


 シルヴァの目の前。


 ♣のカード。


 人工兵の足を拘束する。


「そこ私の」


「ごめん!」


「前見て」


「見てる!」


「見てない」


 ティナが横から剣を受けながら言う。


「喋ってる場合?」


「ティナも喋ってる!」


 その間にも。


 大型兵が迫る。


 ティナが受けようとする。


「待って」


 クジャが言った。


「何?」


「足」


 ♣。


 拘束。


 大型兵の動きが止まる。


「今」


 ティナ。


 剣。


 構装を集中。


 脚。


 一歩。


 一閃。


 大型兵の膝を破壊する。


「シルヴァ!」


「任せて!」


 倒れた巨体の背中を。


 シルヴァが踏む。


 跳ぶ。


 風。


 身体と同時。


 空中。


 回転。


 剣を振り下ろす。


 人工兵の頭部が割れた。


「次!」


 三人が。


 また動く。


     ◇


 結果。


 二十三体。


 全滅。


 シルヴァたちは。


 勝った。


 ただし。


「……痛い」


 シルヴァが肩を押さえる。


「私は脚」


 ティナも座っている。


 クジャは地面に散らばったカードを回収していた。


「十二枚落とした」


 ミルスが三人を見る。


「ひどいわね」


「勝ったよ?」


 シルヴァ。


「勝っただけ」


「厳しい」


「連携が雑」


 ミルスは指摘する。


「シルヴァは前へ出すぎ」


「……はい」


「ティナはシルヴァを追いすぎ」


「……はい」


「クジャは二人を見すぎて、自分の位置が止まる」


「……うん」


 三人とも。


 反論できない。


「今まで一緒に戦ってきたでしょう?」


 ティナが答える。


「うん」


「でも、ちゃんと三人で戦う練習はしてない」


 ミルスが頷く。


「そういうこと」


 アルセリア。


 王都。


 旅の途中。


 三人は何度も一緒に戦った。


 けれど。


 その多くは。


 それぞれが判断し。


 その場で合わせていただけ。


「もっとできる」


 ミルスが言う。


「三人なら」


「三人分じゃなくて」


 少し笑う。


「それ以上になれる」


 シルヴァが顔を上げた。


 ティナも。


 クジャも。


「じゃあ」


 シルヴァが立ち上がる。


「もう一回」


「肩痛いんじゃなかった?」


 ティナが聞く。


「動く」


「本当に?」


「多分」


 クジャが言う。


「壊れたら置いていこう」


「置いていかないでよ」


 ティナが笑いながら立ち上がる。


「私もやる」


 クジャもカードを揃えた。


「じゃあ私も」


 ミルスが三人を見る。


「次は三十体」


「増えるの!?」


     ◇


 五十日目。


 五十五日目。


 少しずつ。


 三人の戦い方が変わっていく。


 シルヴァが前へ出る。


 ティナは追わない。


 別の場所を取る。


 クジャが二人の間にカードを散らす。


 シルヴァが戻る場所。


 ティナが踏み込む場所。


 敵を縛る場所。


 逃げ道。


 防御。


 全部。


 戦場に置いていく。


 ティナがシルヴァの背中を守る。


 シルヴァが。


 風の変化で。


 ティナへ向かう敵を先に察知する。


 クジャの♣へ押し込む。


 クジャが。


 捕まえる。


 ティナが。


 仕留める。


 言葉が。


 少なくなっていく。


 視線。


 位置。


 動き。


 それだけで。


 分かるようになる。


     ◇


 六十日目。


 二か月。


 外界では。


 二日目。


 再び。


 通信の時間が来た。


 四人が集まる。


 壁に術式。


 光。


 ギラルーンが映る。


 だが。


 昨日――彼にとっては。


 前日と比べて。


 明らかに表情が硬かった。


「どうしたの?」


 シルヴァが聞く。


『黒牙山脈の戦況が大きく動きました』


 映像が切り替わる。


     ◇


 黒牙山脈。


 二日目。


 森が。


 燃えている。


 第四軍団の兵士たちが。


 谷全体へ展開していた。


 前日まで。


 ネグロスは山を使い。


 軍を削り続けていた。


 正面からぶつからない。


 奇襲。


 離脱。


 飛行。


 地上。


 そのたび。


 《喰装》で身体を変える。


 だが。


 バルガンも。


 すでに対応していた。


「第一隊、左を閉じろ!」


 兵士たちが一斉に動く。


「第二隊、後退!」


 別の部隊が退く。


 だが。


 逃げているわけではない。


 誘っている。


 山の奥。


 赤い瞳。


 ネグロスが。


 それを見る。


 巨大な翼。


 広げる。


 空へ。


「今だ」


 バルガンの声。


 その瞬間。


 軍全体のオーラが。


 同じ脈動を始めた。


 《戦鳴》。


 数百の兵が。


 一つの意思で動く。


 弓兵。


 同時。


 放つ。


 魔術兵。


 一斉。


 空へ。


 無数の攻撃。


 ネグロスが。


 翼を畳む。


 急降下。


 避ける。


 そこへ。


 地上。


 巨大な鎖。


 何本も。


 飛び上がる。


 ネグロスの脚へ絡みついた。


 咆哮。


 巨体が。


 地面へ叩き落とされる。


 山が揺れた。


「引け!」


 兵士たちが。


 鎖を引く。


 ネグロスが暴れる。


 一本。


 切れる。


 二本。


 だが。


 次。


 さらに。


 打ち込まれる。


 バルガンが歩く。


 軍の中央から。


 前へ。


「ようやく」


 大剣を抜く。


「捕まえた」


 ネグロスが。


 赤い瞳で。


 バルガンを見る。


 次の瞬間。


 黒い毛皮の下。


 身体が。


 大きく膨らんだ。


 翼。


 縮む。


 代わりに。


 肩。


 胸。


 脚。


 黒い外殻が。


 一気に厚くなる。


 鎖が。


 軋む。


 バルガンの目が細くなった。


「飛行を捨てたか」


 ネグロスが。


 地面へ爪を突き立てる。


 そして。


 全力で。


 身体を起こした。


 鎖が。


 一本。


 二本。


 三本。


 次々と。


 引き千切られる。


「総員!」


 バルガンが叫ぶ。


「散開!」


 直後。


 ネグロスが突進した。


 巨大な黒い塊が。


 軍の中央へ。


 突っ込む。


     ◇


 映像が止まった。


 シルヴァたちは。


 何も言わない。


 ギラルーンが続ける。


『第四軍団の損害は大きい。しかし』


「ネグロスも削られてる」


 ティナが言う。


『はい』


「あと一日……」


 シルヴァが呟く。


 ミルスの表情が険しい。


「バルガンはもう、ネグロスの切り替え方を読み始めてる」


 クジャが聞く。


「ネグロスも読んでる?」


「当然」


 ミルスが答える。


「だから三日目は」


 映像の中。


 ネグロスの身体。


 傷。


 血。


 だが。


 まだ。


 赤い瞳は死んでいない。


「一番ひどい戦いになる」


 その時。


 ギラルーンが静かに言った。


『もう一つ』


「何?」


『第四軍団とは別に』


 ミルスが見る。


『黒牙山脈へ向かっている者がございます』


「誰?」


 ギラルーンは。


 ほんの僅か。


 間を置いた。


『魔王直属特務官』


 ミルスの目が。


 鋭くなる。


『《炎翼》リエル』


 シルヴァたちは。


 その名前を知らない。


 だが。


 ミルスだけは。


 知っていた。


「……来たのね」


 ティナが振り返る。


「知ってるの?」


 ミルスは。


 通信の向こうを見たまま。


 答えた。


「知ってる」


 一拍。


「私たちより」


「ずっと昔から生きてる人よ」


 遠く。


 黒牙山脈の夜空。


 赤い光が。


 一つ。


 山へ近づいていた。

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