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風葬のシルヴァ  作者: 桜
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55/82

第55話 一ヶ月目

 修行領域に入ってから、七日が経った。


 外では。


 まだ半日も経っていない。


     ◇


「もう一回」


「……これで何回目?」


「数えてない」


「俺は数えてる。四十三回目」


「なら四十四回目ね」


「そういうことじゃないんだけど」


 《創成庭》の一角。


 シルヴァは剣を片手に、息を整えていた。


 正面にはミルスが作った五体の訓練兵。


 最初の数日間。


 シルヴァがやらされたことは、驚くほど地味だった。


 走る。


 止まる。


 跳ぶ。


 着地する。


 剣を振る。


 拳を打つ。


 蹴る。


 受け流す。


 投げる。


 ただし。


 風に頼らない。


 今まで無意識に風で補っていた身体の癖を、一つずつ修正していく。


「始め」


 ミルスの合図。


 五体が一斉に動いた。


 シルヴァは正面から来た剣を半歩ずれてかわす。


 懐へ入り、肘。


 一体目の姿勢が崩れたところへ足を掛け、そのまま横へ投げる。


 すぐに二体目。


 斬撃を剣で受けるのではなく、刃の側面を滑らせるように流した。


 三体目が背後から迫る。


 振り向く。


 足元で。


 風が起きかけた。


「……っ」


 シルヴァは止める。


 自分の脚だけで踏み込んだ。


 ぎりぎり。


 剣をかわす。


 切り返し。


 三体目を斬る。


 だが。


 その一瞬の遅れを、四体目は見逃さなかった。


 肩へ木剣が直撃する。


「痛っ!」


 シルヴァが距離を取る。


「今の」


 ミルスが言った。


「風を使おうとしたでしょう?」


「……使ってない」


「使おうとはした」


「それも駄目?」


「今はね」


 シルヴァは肩を回した。


「一週間ずっとこれなんだけど」


「たった一週間でしょう」


「中ではちゃんと一週間だよ」


「三か月あるもの」


「長いなあ……」


「嫌?」


 シルヴァは五体の訓練兵を見る。


 少しだけ。


 笑った。


「いや」


 剣を構え直す。


「もう一回」


 ミルスも小さく笑った。


     ◇


 同じ頃。


 別の訓練区画。


 ティナの前には、一体の大型訓練兵が立っていた。


 両手には巨大な剣。


 体格はティナの二倍近い。


「来るよ」


 ミルスが遠隔で作った声が、訓練場に響く。


 大型兵が踏み込む。


 ティナは《構装》を展開した。


 白いオーラが腕、脚、胴、剣へ薄く形成される。


 巨大な剣が振り下ろされた。


 以前なら。


 腕と剣へ多めにオーラを回し、そのまま受けていた。


 今日は違う。


 攻撃が当たる。


 その瞬間だけ。


 右腕と剣へ《構装》を集中。


 衝撃を受ける。


 すぐに解除。


 次の瞬間。


 脚へ。


 オーラが移る。


「っ!」


 一歩。


 一気に懐へ入る。


 大型兵が反応する。


 横薙ぎ。


 今度は胴。


 一瞬だけ。


 構装を厚くする。


 刃を受け流した瞬間、胴の構装を落とす。


 剣へ。


 集中。


「はあっ!」


 斬撃。


 大型兵の胸へ深く入った。


 巨体が崩れる。


 ティナは息を吐いた。


「……できた」


 少し離れた場所から見ていたクジャが言う。


「前より忙しそう」


「すごく忙しい」


 ティナは苦笑した。


「戦いながらずっと考えるから」


「疲れる?」


「頭が」


 そこへ。


 ミルスが歩いてくる。


「でもオーラ消費は減ったでしょう?」


 ティナが確認する。


「……本当だ」


 いつもなら同じ時間戦えば、もっと消耗している。


「全身をずっと強くする必要はない」


 ミルスが言った。


「必要な場所に、必要な瞬間だけ」


「分かってはきたけど」


 ティナは自分の右腕を見る。


「まだ遅い」


「最初はそういうものよ」


「シルヴァは?」


「まだ風を使おうとして怒られてる」


 クジャが答えた。


「聞こえてたの?」


「遠くから声が」


 ティナが少し笑う。


「シルヴァらしい」


     ◇


 さらに数日後。


 修行開始から十二日目。


 クジャは草原の中央に立っていた。


 周囲には。


 大量のカード。


 十枚。


 二十枚。


 三十枚。


 地面。


 木。


 岩。


 様々な場所へ刺さり、あるいは落ちている。


「多い……」


 クジャがぼそりと呟いた。


 手元には五枚。


 いつもの手札。


 だが。


 今の訓練は手札だけで戦うものではない。


「右から三体」


 ミルスの声。


 人工兵が走ってくる。


 クジャは手札から♣を一枚放つ。


 先頭の脚を拘束。


 二体目。


 ♠。


 斬る。


 三体目が回避する。


 その先。


 地面に落ちていた別の♠が浮き上がった。


 背後から。


 斬撃。


 三体目が消える。


「次」


「休ませて」


「まだ十二分」


「私には長い」


 左側から四体。


 クジャは♦を展開。


 防ぐ。


 その裏で、先ほど使用した♣を再び操作する。


 別の一体へ絡ませる。


 だが。


 一瞬。


 十枚以上を同時に維持していたカードのうち、三枚が地面へ落ちた。


「……切れた」


「今、何枚?」


「十七」


「昨日より二枚多い」


「嬉しくない」


「成長してるじゃない」


「疲労も成長してる」


 ミルスが笑う。


 クジャは一度、全てのカードを落とした。


 額に汗が浮いている。


「カードはここまで」


「終わり?」


「今日は右眼も」


「……」


 クジャの表情が少しだけ変わる。


 ミルスはそれを見て、すぐに続けた。


「嫌なら明日でもいい」


「やる」


 クジャは眼帯へ手を掛けた。


「でも短く」


「もちろん」


 眼帯を外す。


 右眼が開く。


 世界の見え方が変わる。


 ミルスの作った草原。


 人工兵。


 地面の奥を走る《創造》の力。


 そして。


 少し離れた場所に設置された、見えない障壁。


「どこ?」


 ミルスが聞く。


 クジャはゆっくり視線を動かした。


「左奥」


「理由は?」


「そこだけ」


 少し目を細める。


「流れが曲がってる」


 ミルスが指を鳴らした。


 何もなかった場所に、透明な壁が一瞬だけ姿を見せる。


「正解」


「……もう閉じる」


「いいわ」


 クジャはすぐに眼帯を戻した。


 頭痛。


 少し。


 でも以前より軽い。


「どう?」


「痛い」


「前より?」


「まし」


「それで十分」


 クジャは座り込みながら、落ちたカードを拾い始める。


「三か月で痛くなくなる?」


「ならないと思う」


「ならないんだ」


「身体に負担がある力を、負担がないものに変える修行じゃないから」


 ミルスも一枚カードを拾う。


「無理する前に閉じられるようになる。それだけでも大きい」


 クジャは少しだけ考えて。


「それならできそう」


 と答えた。


     ◇


 二十日目。


 三人の生活にも、すっかりこの場所の時間が馴染んでいた。


 朝。


 食事。


 修行。


 昼。


 修行。


 夕方。


 治療。


 夜。


 食事。


 眠る。


 最初の数日は妙に感じていた人工の太陽も。


 今では誰も気にしない。


「今日何?」


 朝食中。


 シルヴァがミルスへ聞く。


「走る」


「また?」


「今日は風あり」


 シルヴァの手が止まる。


「……本当?」


「二十日よく我慢したから」


「やった」


 クジャ。


「子供みたい」


「二十日風封じられてみてよ」


「嫌」


「でしょ?」


 ティナが笑う。


「でも普通に使うわけじゃないんでしょ?」


「もちろん」


 シルヴァの笑顔が止まる。


「やっぱり」


 ミルスはパンを食べながら言った。


「今日から、薄い風を身体の周囲へ維持してもらう」


「昨日までと逆?」


「そう」


「どれくらい?」


「消える寸前」


「それを?」


「一日中」


「一日中?」


「食事も」


「移動も」


「戦闘も」


「寝るまで」


 シルヴァは少し黙った。


「……やっと次?」


「やっと」


 その言葉に。


 シルヴァは嬉しそうに笑った。


     ◇


 二十五日目。


 シルヴァの白銀の髪が。


 常に。


 僅かに揺れるようになっていた。


 黒いマントも。


 無風の場所で。


 ほんの少し。


 動いている。


 ただし。


 まだ意識している。


 食事中に気を抜けば消える。


 誰かに急に呼ばれれば強くなる。


 戦闘になれば、以前の癖で一気に風を出してしまう。


 そのたび。


「強くしない」


「分かってる!」


「今強くした」


「反射!」


「だから直すの」


 何度も繰り返す。


 それでも。


 少しずつ。


 変わる。


 歩く。


 風。


 一緒。


 止まる。


 風。


 一緒。


 剣を抜く。


 風。


 一緒。


 身体の後ろから。


 風を呼ぶ回数が。


 減っていく。


     ◇


 二十八日目。


 ティナは十体の訓練兵に囲まれていた。


 《構装》。


 以前とは見た目が違う。


 全身に同じ厚さで纏っていない。


 薄い。


 必要な時だけ。


 その部分が強くなる。


 剣が来る。


 左腕。


 一瞬だけ白く輝く。


 受ける。


 消える。


 踏み込む。


 右脚。


 輝く。


 消える。


 斬る。


 剣。


 白くなる。


 消える。


 流れるように。


 配分が変わる。


 以前より。


 明らかに速い。


「いい」


 ミルスが言った。


 ティナは最後の一体を斬り伏せる。


 息。


 多少。


 上がっている。


 でも。


 オーラにはかなり余裕があった。


「前なら」


 ティナが言う。


「もう半分以上使ってた」


「今は?」


「三割くらい」


「上出来」


 ティナが少し笑う。


「珍しくちゃんと褒めた」


「私、そんな褒めない?」


 遠くからシルヴァ。


「褒めない!」


「シルヴァは怒られすぎ」


「俺だけ厳しくない?」


「直すところ多いから」


「やっぱり?」


 その時。


 ティナの剣。


 ほんの一瞬。


 白い《構装》の表面を。


 淡い金色が走った。


「……」


 ミルスの目が止まる。


「ティナ」


「何?」


「今」


「?」


 ティナ自身は。


 気づいていない。


 すでに。


 光は消えていた。


「……何でもない」


 ミルスはまだ言わなかった。


 確信には。


 早い。


     ◇


 三十日目。


 一か月。


 修行領域での最初の一か月が終わった。


 外界では。


 ようやく一日。


 その夜。


 生活拠点の一室に。


 四人が集まっていた。


「来る?」


 シルヴァが聞く。


「そろそろ」


 ミルスが壁へ手を置く。


 術式。


 浮かぶ。


 外界との連絡。


 一日一度。


 つまり。


 内部では一か月ぶり。


 光が繋がる。


 その向こう。


 ギラルーンの姿が映った。


『ご無沙汰しております』


 シルヴァが思わず言う。


「こっちは一か月ぶりだけど」


『こちらでは昨日お別れしたばかりでございます』


「変な感じ」


『同感でございます』


 ミルスがすぐに本題へ入る。


「黒牙山脈は?」


 ギラルーンの表情が少し変わった。


『交戦中です』


 ティナが身を乗り出す。


「まだ?」


『はい』


「状況は?」


『第四軍団は山脈内部へ侵攻。先遣隊を含め、すでにかなりの損害を出しております』


 シルヴァ。


「ネグロスは?」


『健在です』


 少し。


 安堵。


 だが。


 ギラルーンは続けた。


『ただし、戦況が変わり始めています』


「何が?」


『ネグロスが』


 一瞬。


 通信の向こうで。


 轟音。


 遠く。


 何かが。


 響いた。


 ギラルーンではない。


 黒牙山脈から入った情報を。


 そのまま転送している。


 映像。


 乱れる。


 そして。


 映った。


 黒い空。


 巨大な影。


「……え」


 ティナが声を漏らした。


 黒牙山脈。


 夜。


 ネグロス。


 その背中から。


 巨大な翼が伸びている。


 黒い狼の巨体が。


 空を飛んでいた。


「翼……?」


 シルヴァが呟く。


 ミルスの表情が険しくなる。


「《喰装》」


 ギラルーンが答えた。


『本日、飛行型魔獣を捕食したようです』


 ネグロスが空から急降下する。


 魔王軍の陣地へ。


 轟音。


 映像が大きく揺れた。


『第四軍団は現在、夜間戦へ移行しております』


「一日目からこれ……」


 ティナが呟く。


『軍団長バルガンも健在です』


 ミルスは静かに頷いた。


「分かった」


 通信が切れる前。


 シルヴァが聞いた。


「ギラルーン」


『はい』


「あと二日」


『はい』


「持ちそう?」


 ギラルーンは少しだけ間を置いた。


『それは』


 いつもの穏やかな声。


『ネグロスと第四軍団次第かと』


 通信が途切れる。


 部屋に静寂が戻った。


 一か月。


 自分たちは。


 ここで過ごした。


 外では。


 たった一日。


 それでも。


 すでに。


 多くの命が失われている。


 シルヴァは自分の手を見る。


 その周囲。


 薄い風が。


 まだ。


 流れている。


「あと二か月」


 シルヴァが言った。


 ミルスを見る。


「もっとやれる?」


 ミルスの口元が。


 僅かに上がる。


「そのために作った場所よ」


 ティナも立ち上がる。


 クジャは机の上に置いていたカードを集めた。


 二か月目。


 ここからは。


 基礎だけではない。


 実戦へ。


 三人の修行は。


 次の段階へ進む。

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