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風葬のシルヴァ  作者: 桜
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第53話 三日の猶予

「第四軍団が、黒牙山脈へ」


 ギラルーンから告げられた言葉に、部屋の空気が変わった。


 机の上には、六魔王を表した六つの黒い石が並んでいる。


 その一つ。


 《黒牙の魔王》ネグロスを示す石を、シルヴァはじっと見つめていた。


「もう山に入ってるの?」


「先遣隊は間違いなく」


 ギラルーンが答える。


「本隊も、そう時間を置かず到着するでしょう」


「だったら――」


 シルヴァが立ち上がる。


「行こう」


 ティナも顔を上げた。


 クジャは黙ったまま、シルヴァを見る。


 ミルスだけは動かなかった。


「黒牙山脈へ?」


「うん」


「行ってどうするの?」


「魔王軍を止める」


「ネグロスは?」


「……そっちも何とかする」


「何とかって?」


 シルヴァが言葉に詰まる。


 ミルスはため息をついたわけでも、怒ったわけでもない。


 ただ、淡々と続けた。


「第四軍団は軍団長込み。相手は六魔王のネグロス。その二つが殺し合っている場所へ、三人で飛び込むの?」


「でも、核を取られたらゼノアが強くなるんだろ」


「そうよ」


「なら放っておけない」


「放っておけとは言ってない」


 ミルスは立ち上がった。


「今行くなって言ってるの」


 シルヴァの眉が僅かに寄る。


「今?」


「ええ」


 ミルスは机の上から、ゼノアとネグロスを示す二つの石を取った。


「今のゼノアが持っている核は一つ」


 右手にゼノア。


「ネグロスの核が戻れば二つ」


 左手の石を近づける。


「単純に力が倍になるわけじゃない。でも、元々一つだったものが戻る。身体も、力も、ゼノアという存在そのものも、確実に完成へ近づく」


「だからこそ――」


「分かってる」


 ミルスがシルヴァの言葉を止めた。


「私だって渡したくない」


 その一言で。


 シルヴァも黙った。


 ミルス自身も、魔王核を抱えて二年間逃げ続けてきた。


 核をゼノアに返さないために。


「アルセリアでは、ヴァイラ一人を倒すために何人必要だった?」


 シルヴァが視線を落とす。


「……俺たち三人と、ディーンと、ガルド」


「そう」


 ミルスは続ける。


「今回は最初から軍を率いた軍団長。そして、その軍団を単独で相手にできる六魔王」


「……」


「今のあなたたちが入っても、戦況を変えられる可能性より、核を増やす材料になる可能性の方が高い」


「言い方きついね」


 クジャが言う。


「命がかかってるから」


「それもそう」


 ティナも少し考えてから口を開いた。


「私も行きたい」


 シルヴァがティナを見る。


「でも、ミルスの言うことも分かる」


「ティナ」


「今の私たちじゃ、六魔王と軍団長を同時に相手にはできない」


 言いたくない言葉だったのだろう。


 それでもティナは言った。


「行けばどうにかなる、で行くには危険すぎるよ」


 シルヴァは拳を握った。


 悔しい。


 けれど。


 否定できない。


 少し前までなら、それでも走り出していたかもしれない。


 今は違う。


 ティナがいる。


 クジャがいる。


 一人で決める必要はない。


「……じゃあ」


 シルヴァがミルスを見る。


「どうすればいい?」


 ミルスの表情が、少しだけ変わった。


「それを待ってた」


「何その言い方」


「二年前なら、もう部屋からいなくなってたと思うから」


「俺そんなだった?」


「そんなだった」


 ティナ。


「そんなだったね」


 クジャ。


「二人とも即答しないでよ」


 少しだけ空気が緩む。


 しかし。


 ミルスはすぐに真剣な顔へ戻った。


「三日」


「え?」


「おそらく、それくらい」


 ミルスはノクティスの地図を作り出した。


 黒牙山脈。


 その周囲に、第四軍団の進軍経路が淡い光で浮かぶ。


「ネグロスは山脈全体を縄張りにしてる。魔王軍が突入して、一戦して終わりにはならない」


「逃げ回る?」


「逃げるというより、山全体を使う」


 ミルスが言った。


「奇襲して、消えて、別の場所から襲う。魔王軍も包囲網を作る。補給線を確保する。ネグロスも喰装で戦い方を変える」


「長期戦になる?」


「何週間も、はない」


「なんで?」


「軍団規模の兵力を、魔獣だらけの山脈に長期間置けない。逆にネグロスも、軍団全体を相手に何週間も戦い続けられるわけじゃない」


 ミルスが地図を消す。


「決着がつくなら、数日」


「……三日」


「それくらいを見てる」


 シルヴァが考える。


「三日で強くなれってこと?」


「普通なら無理ね」


「普通なら?」


 今度はクジャが反応した。


 ミルスが三人を見る。


「ついてきて」


「どこに?」


「見せた方が早い」


     ◇


 中央塔。


 その地下。


 シルヴァたちがリメアへ来てからも、一度も入ったことのない区画だった。


 長い階段を下る。


 壁には、淡い光を放つ細い線が無数に走っている。


「ここ、街の他の場所と違うね」


 クジャが言った。


「分かる?」


「うん」


 眼帯の下。


 右眼を開いていなくても。


 何か大きな力がある。


 それくらいは感じるらしい。


 やがて。


 巨大な扉の前へ出た。


 高さはシルヴァの何倍もある。


 扉そのものが、幾重もの術式で覆われていた。


「何ここ」


 シルヴァが見上げる。


「リメアの蓄積炉」


「蓄積?」


「私の《創造》って、何かを作るたび当然力を使うでしょう?」


「うん」


「でも毎日、限界まで使ってるわけじゃない」


 ミルスが扉へ手を置く。


 術式が一つずつ光った。


「この二年間」


 重い音を立てて、扉が開いていく。


「使わなかった分の一部を、ずっとここへ蓄えてた」


 扉の向こう。


 広大な空間。


 中央には、巨大な光の塊が浮かんでいた。


 桃色。


 紫。


 白。


 様々な色の光が、ゆっくり渦を巻いている。


 シルヴァが思わず足を止めた。


「……これ全部?」


「二年分の一部」


「一部でこれ?」


「街を作ったり維持したりもしてるからね」


 ティナが巨大な光を見上げる。


「何に使うために貯めてたの?」


「本来はリメアの非常用」


「非常用?」


「街が襲われた時。結界を強化する。人工生命を増やす。防衛設備を一気に作る。必要なら街そのものを作り替える」


「じゃあ」


 ティナの表情が変わる。


「使っちゃっていいの?」


 ミルスは少しだけ黙った。


「本当なら、残しておくべきでしょうね」


「だったら――」


「でも」


 ミルスが三人を見る。


「今使わない力なら、貯めてる意味がない」


 シルヴァが目を細める。


「何するつもり?」


「部屋を作る」


「部屋?」


「正確には、閉じた領域」


 ミルスが光へ手を向ける。


「外と中で、時間の流れが違う場所」


 誰もすぐには理解できなかった。


 最初に反応したのはティナだった。


「時間の……流れ?」


「そう」


「止めるの?」


「そんな便利なことはできない」


 ミルスは苦笑した。


「私がやるのは《創造》で、時間そのものを操る能力じゃない」


 光の塊から一筋。


 ミルスの手へ流れ込む。


「閉鎖された領域を作って、その中だけ極端に時間密度を高くする」


「……」


 シルヴァはまだ分かっていない。


 クジャが聞いた。


「外とどれくらい違う?」


 ミルスは答えた。


「外で一日」


 一拍。


「中で約一か月」


 沈黙。


「……は?」


 シルヴァがやっと声を出した。


「一日が?」


「一か月」


「三日入ったら?」


「三か月」


「待って」


 ティナもさすがに驚いている。


「じゃあ私たち、外では三日しか経ってないのに、中では三か月過ごすってこと?」


「その通り」


「そんなことできるの?」


「普通は無理」


「ミルス」


「何?」


「さっきから普通は無理なことばっかりやってない?」


「魔王だから」


「便利だな、その言葉」


 クジャが小さく言う。


 だが。


 ミルスの顔は笑っていなかった。


「ただし」


 やはり続きがある。


「この領域を三日維持したら」


 背後。


 二年間蓄えた光を見る。


「ほぼ全部なくなる」


 シルヴァたちが振り返る。


「二年分?」


「そう」


「また作れる?」


「時間をかければ」


「どれくらい?」


「同じ規模なら、また年単位」


 ティナが険しい顔になる。


「やっぱり、それ街のために取っておいた方が……」


「そうかもしれない」


 ミルスは否定しない。


「でも」


 静かに。


「ゼノアが核を集め始めた」


 それだけで。


 理由は十分だった。


「リメアだけ守ってても」


 ミルスが言う。


「いずれ守れなくなる」


 シルヴァはミルスを見る。


「だから俺たちに使う?」


「あなたたちだけじゃない」


「え?」


「私も入る」


「ミルスも?」


「教える人間が外にいたら意味ないでしょう?」


 クジャ。


「それもそう」


 ミルスが扉の奥へ歩き出す。


「それに」


「?」


「三か月」


 少しだけ。


 楽しそうな顔になった。


「徹底的に鍛えるには、悪くない時間よ」


 シルヴァが少し引く。


「今ちょっと怖かった」


「気のせい」


「絶対気のせいじゃない」


     ◇


 黒牙山脈。


 同じ頃。


 第四軍団の先遣隊が。


 山脈内部へ足を踏み入れていた。


 深い霧。


 巨大な樹木。


 足元には、何の魔獣かも分からない骨。


「警戒を怠るな」


 隊長の声。


 兵士たちが武器を構えながら進む。


 その頭上。


 崖のさらに上。


 霧の中。


 二つの赤い瞳が開いた。


 誰も。


 気づかない。


 黒い巨体が。


 音もなく。


 ゆっくり立ち上がる。


 《黒牙の魔王》ネグロス。


 その視線の先。


 自分の縄張りへ入った。


 無数の敵。


 唇がめくれ。


 巨大な牙が覗く。


 低い唸り声が。


 山に響いた。


 これから三日。


 黒牙山脈は。


 巨大な戦場になる。


 そして。


 同じ三日の間。


 創都リメアでは。


 三か月という時間が始まろうとしていた。

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