第52話 六魔王
「残っている魔王核について話すなら、先に知っておいた方がいいことがあるわ」
ミルスはそう言うと、机の上に置かれていたティーカップを端へ寄せた。
シルヴァ、ティナ、クジャの三人は、その動きを黙って見ている。
つい先ほどまで話していたのは、二年前のことだった。
レオンがゼノアの体内から魔王核を六つに分けたこと。
その一つを、ミルス自身が取り込んだこと。
そして今も、その核が彼女の中にあること。
ようやく過去の話が終わったと思ったところだった。
「《六魔王》って呼ばれてる存在についてよ」
ミルスの言葉に、シルヴァが眉を上げた。
「六魔王?」
「ええ」
「魔王が六人いるってこと?」
「半分正解」
「半分?」
シルヴァが首を傾げると、隣でクジャも同じようにミルスを見る。
ミルスは指先を机へ向けた。
淡い光が集まり、掌ほどの黒い石が一つ、机の上に作り出される。
「元々、魔王核は一つだった。リベリオン・ゼノアが持っていた、たった一つの核」
二つ目の石。
三つ目。
それが六つまで増えていく。
「それをレオンが六つに分けた。そして散った核は、それぞれ別の存在と結びついた」
シルヴァが六つの石を見つめる。
「じゃあ、その六人が六魔王?」
「そういうこと」
「魔王軍の幹部ってわけじゃないんだ」
「全然違うわ」
ミルスは即答した。
「六魔王っていうのは組織の名前じゃない。六つの魔王核を持っている者を、便宜上そう呼んでいるだけ」
「じゃあ、仲間でもない?」
「むしろ敵同士の方が多いんじゃないかしら」
「六魔王なのに?」
「だから六魔王って呼び方が紛らわしいのよ」
ミルスが少しだけ肩をすくめた。
クジャが六つの石を眺めながら言う。
「じゃあミルスも、その中に入ってる?」
「もちろん」
「やっぱり魔王なんだ」
「まだそこ引っかかってたの?」
「見えないから」
「それはどうも」
ミルスが苦笑する。
シルヴァも改めて目の前の女を見る。
長い桃色の髪。
同じ色へ変わった瞳。
以前とは明らかに違う外見。
そして身体の中には、ゼノアから分かれた魔王核。
それでもやはり、シルヴァにはミルスを「魔王」と呼ぶ感覚がなかった。
「じゃあさ」
「何?」
「誰がいるの?」
ミルスは一瞬だけ考えてから、六つの石の一つへ指を置いた。
「まず、ゼノア」
その名前が出た瞬間、部屋の空気が僅かに変わる。
「六つに分かれた核のうち、一つはゼノア自身に残った。正確には、ゼノア本人の意識と記憶を最も強く残した核が、もう一度身体を作ったと考えた方が近い」
ティナが静かに聞いた。
「今いるゼノアは……本人なの?」
「本人よ」
ミルスは迷わなかった。
「別人でも、ゼノアを名乗っている何かでもない。リベリオン・ゼノア本人」
シルヴァは何も言わず、その石を見つめた。
二年前。
あの場所にいた存在。
レオンを殺した相手。
胸の奥に重いものが沈む。
けれど、それだけだった。
視線を逸らさない。
ミルスはその様子を見てから、隣の石へ指を移した。
「二人目は私」
「そこは知ってる」
シルヴァがすぐに返した。
「じゃあ省略」
「雑じゃない?」
「本人が目の前にいるんだから、詳しく聞きたければいつでも聞けるでしょう?」
「まあそうだけど」
「能力も知ってるしね」
クジャが部屋の壁を見ながら言う。
「《創造》」
「そう」
ミルスは頷く。
「私はゼノアには従ってない。向こうからすれば、取り戻すべき核を持って逃げている存在でしょうけど」
「勝手だね」
「ゼノアに言って」
三つ目の石。
「ラース」
初めて聞く名前だった。
シルヴァがすぐに反応する。
「どんな奴?」
「人間の少年。十六歳」
「同い年?」
「そうね」
シルヴァの目に、少しだけ興味が浮かぶ。
ミルスはそれを見逃さなかった。
「剣士よ」
「剣士?」
「そこだけ反応早い」
ティナが横から言った。
「いや、同い年で剣士って気になるじゃん」
「もう楽しそう」
「別に楽しそうじゃないけど」
クジャがシルヴァを見る。
「楽しそう」
「二人とも何なの」
ミルスが小さく笑う。
「詳しい能力までは私も把握してない。ただ、氷を使う。それと――かなり速いらしいわ」
「速い?」
「ええ」
シルヴァの顔がまた少し変わった。
ティナがため息をつく。
「絶対戦いたいと思ってる」
「まだ何も言ってないよ」
「顔」
「顔で分かる?」
「分かる」
シルヴァは不満そうだったが、否定はしなかった。
「ラースもゼノアには従ってない」
ミルスが話を戻す。
「魔王軍とも何度か衝突してるみたい。でも、だからといって私たちの味方でもない」
「なんで?」
「自分以外の誰かに従うことを、極端に嫌うから」
「自由人」
クジャが言う。
「かなりね」
ミルスは四つ目の石へ移った。
「ネグロス」
「こいつは?」
「獣」
「……獣?」
シルヴァだけでなく、ティナまで聞き返した。
「人間でも魔族でもない。黒牙山脈に棲んでいる古代魔獣よ」
「魔王核持ってるのに?」
「六魔王は種族じゃないって言ったでしょう?」
「そうだけど、獣もありなんだ」
「飛んできた魔王核を、そのまま食べたらしいわ」
「食べた?」
シルヴァの声が少し大きくなった。
クジャは逆に淡々としている。
「食べられるんだ」
「普通は食べない」
「それもそう」
ミルスは苦笑した。
「ネグロスについては後で詳しく話すわ。今、大きく動きそうなのはあいつだから」
「動く?」
その言葉に、ティナが反応する。
「どういうこと?」
「その話は最後に」
五つ目。
「ヴェルグ」
「どんな奴?」
「《剣王》ヴェルグ」
シルヴァの目がまた光った。
「剣王?」
「ほら」
ティナが言った。
「何が?」
「また顔」
「もう顔の話いいって」
ミルスはそんな二人を見ながら続ける。
「ヴェルグは数百年前に存在した王よ。当時から大陸でも有数の剣士だったらしい」
「数百年前?」
「ええ」
「まだ生きてるの?」
「いいえ」
ミルスは静かに答えた。
「一度、死んでる」
シルヴァの表情が止まった。
「……一度?」
「正確な仕組みはまだ調査中。でもヴェルグは死んだ後も、オーラと意識の一部をこの世界に残し続けた。そして二年前、その場所へ魔王核が落ちた」
「まさか」
ティナが呟く。
「核が身体を作り直した」
ミルスは頷いた。
「今のヴェルグは、死んだ王が魔王核によって再び肉体を得た存在」
「何してるの、そいつ」
シルヴァが聞いた。
「国を作り直してる」
「……国?」
「死人でね」
一瞬、誰も何も言わなかった。
やがてクジャが口を開く。
「それは会いたくない」
「私も積極的には会いたくないわ」
「シルヴァは?」
ティナが見る。
「いや……剣はちょっと気になるけど」
「気になるんだ」
「剣王だよ?」
「そこじゃないでしょ」
最後の石。
「レヴィナ」
ミルスの声が、少しだけ呆れたような響きになる。
「二年前まで、ノクティスでは《盗賊女帝》と呼ばれていた女」
「盗賊女帝?」
クジャが少し興味を示した。
「有名なの?」
「悪い意味でね」
「何盗んだの?」
「色々」
「色々?」
「王族の宝物庫、古代遺跡、魔族領主の禁庫、立入禁止区域……『入るな』と言われた場所にはだいたい入る」
「嫌な人だね」
「かなり」
「何のために?」
ティナが聞く。
「金だけじゃない」
ミルスは首を振った。
「むしろ、『誰にも盗めない』と言われているものほど欲しがる」
シルヴァが苦い顔をする。
「絶対面倒じゃん」
「面倒よ」
「能力は?」
「空間に関係するもの」
ミルスは短く答えた。
「離れた場所同士を繋げることができる。魔王核を得てから、さらに厄介になったらしいけど……詳しいところまでは分からない」
「ミルスでも分からないこと多いんだね」
「私を何だと思ってるの?」
「何でも知ってる人」
「買いかぶりすぎ」
六つ。
机の上に並んだ黒い石。
シルヴァは改めて見回した。
ゼノア。
ミルス。
ラース。
ネグロス。
ヴェルグ。
レヴィナ。
人間もいれば、魔族もいる。
獣もいる。
死者までいる。
「……本当にバラバラだな」
「そういうこと」
ミルスが言った。
「六魔王という名前だけ聞けば、六人の強い魔王がゼノアの下に並んでいるように聞こえる。でも実際は違う」
彼女の指が、六つの石の中央をなぞる。
「共通しているのは――魔王核を持っていることだけ」
ティナが六つの石を見る。
「ゼノアは、この全部を取り戻そうとしてる?」
「ええ」
「自分の元に戻すために」
「そう」
シルヴァがゼノアを示す石へ視線を落とす。
「全部戻ったら?」
ミルスはすぐには答えなかった。
「少なくとも、二年前より遥かに危険になる」
「昔のゼノアに戻る?」
「それで済めばいいけど」
シルヴァが顔を上げる。
「どういう意味?」
「それはまだ分からない」
ミルスは自分の胸元に手を置いた。
「この二年間、それぞれの核は別の宿主と結びついてる。何を蓄積して、何を変化させているのか。それをゼノアが再吸収した時、元通りになるだけなのか――」
わずかに目を細める。
「それ以上になるのか」
部屋の空気が静まった。
「だから」
ミルスは続ける。
「これから重要なのは、六魔王を倒すことじゃない」
「核を取らせないこと?」
ティナが聞いた。
「そう」
シルヴァも理解する。
敵を倒せば終わり。
そんな単純な話ではない。
倒した瞬間こそ。
最も危険になる。
その時だった。
コン、コン、コン。
扉が三度、静かに叩かれた。
「ミルス様」
ギラルーンの声。
「入って」
扉が開き、ギラルーンが部屋へ入ってくる。
いつもと変わらない落ち着いた顔だった。
しかしミルスは、その姿を見ただけで何かを察したようだった。
「何かあった?」
「はい。外部より、少々厄介な情報が」
ギラルーンは机へ近づき、六つの石を見た。
その視線が、一つの石で止まる。
「ちょうど、その話をされていたようですね」
「どれ?」
シルヴァが聞く。
ギラルーンの指先が示した。
ネグロス。
「魔王軍が動きました」
ミルスの表情から笑みが消える。
「どこへ?」
「黒牙山脈です」
シルヴァたちの空気が変わった。
「規模は?」
「第四軍団」
その答えに、ティナの表情も険しくなる。
「軍団長まで?」
「確認されています」
ギラルーンは静かに続けた。
「目的は、まず間違いないかと」
六つの石。
その一つ。
ネグロス。
「《黒牙の魔王》の――魔王核です」
シルヴァは机へ手をついた。
「もう始まってるってこと?」
「ええ」
ミルスが答える。
その目はもう、六魔王を説明していた時のものではなかった。
「ゼノアが」
机の上。
一つの石と。
もう一つの石。
ミルスの指が、ゆっくり近づける。
「自分以外の核を、取り戻し始めた」
六つに分かれたからこそ。
ゼノアは弱体化した。
なら。
取り戻せば。
戻っていく。
少しずつ。
あの怪物へ。
シルヴァは、ネグロスを示す黒い石を見つめた。
六魔王を巡る戦いは。
もう。
始まっていた。




