第49話 剣だけでは
「……届かなかった?」
シルヴァは。
しばらく。
ミルスを見ていた。
「何が?」
「だから」
ミルスが。
平然と答える。
「私からの伝言」
「……」
「……」
シルヴァが。
ゆっくり。
ティナを見る。
ティナも。
同じ顔をしている。
次に。
クジャを見る。
「私に聞かないで」
「だよね」
シルヴァは。
もう一度。
ミルスへ向き直った。
「待って」
「うん」
「あれが?」
「ええ」
「伝言?」
「そう」
「俺と同じ顔した奴が」
「剣持って」
「本気で斬りかかってきたんだけど」
「ええ」
「死にかけたんだけど」
「知ってる」
「……」
一拍。
「手紙にしてよ!」
シルヴァの声が。
部屋に響いた。
ティナが。
「それは本当にそう!」
クジャも。
「同意」
ミルスだけが。
少し不思議そうな顔。
「でも」
「手紙だったら」
「あなた読んで終わるでしょう」
「手紙ってそういうものだよ!」
「理解はしない」
「決めつけないで!」
ミルスが。
茶へ手を伸ばす。
「じゃあ」
「理解した?」
「してないから今聞いてる!」
「……やっぱり届いてないじゃない」
「俺のせい!?」
◇
少しして。
ようやく。
シルヴァが落ち着く。
椅子へ座り直し。
ミルスを見る。
「ちゃんと説明して」
「分かった」
さっきまで。
少しふざけていたミルスの表情が。
静かに変わった。
「まず」
「あれは」
「あなたの複製じゃない」
シルヴァ。
「でも」
「顔も」
「剣も」
「戦い方も」
「ほとんど俺だった」
「外見は寄せた」
「身体能力も」
「剣術も」
「戦闘時の癖も」
「可能な限り」
「二年前のあなたを基礎に作った」
ティナ。
「二年前?」
「ええ」
ミルスが。
シルヴァを見る。
「私が知っていた」
「最後のシルヴァ」
二年前。
勇者一行にいた頃。
十四歳。
ディーンから剣を教わり。
レオンと共に戦い。
ミルスが隣で見ていた。
少年。
「剣の振り方」
「踏み込み」
「間合いの取り方」
「追い込まれた時の癖」
「相手を観察する順番」
「攻撃へ切り替える瞬間」
「全部」
「覚えてたの?」
「あなた」
ミルスの眉が。
少しだけ上がる。
「私が何年一緒にいたと思ってるの?」
「……」
シルヴァ。
「ちょっと怖い」
「今さら?」
「今さら」
ミルスは。
続ける。
「それを基礎に」
「無駄を削った」
「迷いを削った」
「感情による判断の揺れを削った」
「剣を振ることだけを考えるなら」
「こう動く」
「こう斬る」
「こう避ける」
「それだけを」
「積み重ねた」
シルヴァは。
王都での戦いを思い出す。
自分と。
同じ構え。
同じ踏み込み。
なのに。
僅かに。
自分より速い。
自分より正確。
一歩先。
二歩先。
まるで。
自分が選ぶはずだった動きを。
先に知っているような剣。
「……だから」
シルヴァが呟く。
「あんなに」
「やりにくかったのか」
「そう」
「あれは」
「二年前のあなたの剣を」
「私なりに完成させたもの」
ティナの表情が。
少し険しくなる。
「でも」
「それなら余計に分かりません」
「何のために」
「そんなものを」
「シルヴァにぶつけたんですか」
ミルスは。
少しだけ。
目を伏せる。
「確認したかったから」
「何を?」
「シルヴァが」
一拍。
「まだ」
「あの頃のままなのか」
シルヴァ。
「……」
「私が」
「生きているあなたの情報を」
「ようやく確信できた時」
「最初に気になったのは」
「そこだった」
「二年間」
「何をしていたのか」
「誰といたのか」
「何を失って」
「何を得たのか」
「私は知らなかった」
「でも」
「もし」
ミルスのピンクの瞳が。
真っ直ぐ。
シルヴァを見る。
「二年前のまま」
「レオンを失ったところで」
「止まっているなら」
「あなたは」
「いずれ死ぬ」
部屋が。
静かになる。
シルヴァは。
反論しなかった。
「当時のあなたは」
「強くなることと」
「剣が上手くなることを」
「ほとんど同じだと思ってた」
「……」
「違う?」
シルヴァが。
少し考える。
「多分」
「そうだった」
「ディーンに習ったこと」
「レオンに習ったこと」
「自分で覚えたこと」
「全部」
「もっと上手く使えれば」
「もっと速く斬れれば」
「もっと強ければ」
「次は」
「誰も失わないと思ってた」
ミルス。
「そうでしょうね」
「だから」
「あれを作った」
シルヴァが。
少し眉を寄せる。
「それが」
「どう繋がるの?」
ミルスは。
テーブルの上。
一本の指を立てる。
「剣だけを考えたシルヴァ」
「迷わない」
「恐れない」
「感情に振り回されない」
「疲れても」
「痛くても」
「最も効率のいい行動を選ぶ」
「技術だけなら」
「本物のあなたより」
「完成していた」
シルヴァ。
「……うん」
認める。
あの戦い。
剣だけなら。
押されていた。
「だったら」
ミルスが聞く。
「どうして勝てたの?」
「……」
シルヴァの目が。
少し動く。
ティナ。
クジャ。
王都。
戦い。
声。
自分一人では。
選ばなかった動き。
昔なら。
使わなかった方法。
「俺が」
「二年前と違ったから?」
「それも」
「でも」
「もっと具体的に」
シルヴァは。
考える。
「あいつ」
「俺の動き」
「すごく読んでた」
「うん」
「剣も」
「風の使い方も」
「昔の癖も」
「でも」
一拍。
「途中から」
「少しずつ」
「外れた」
ミルスの口元が。
ほんの少し。
上がる。
「どうして?」
「……ティナと」
「クジャがいたから」
二人が。
シルヴァを見る。
「二人と戦うようになってから」
「俺」
「戦い方変わった」
「自分だけで」
「全部やろうとしなくなった」
「クジャが何かするかもしれないって考えるし」
「ティナが守ってくれる場所なら」
「普通ならやらない動きもできる」
ティナ。
「……」
クジャ。
「それだけ?」
「まだある」
「俺」
「キャラバンでも」
「色んな人と戦ったし」
「護衛もした」
「魔物相手に」
「逃げたこともある」
「剣抜かないで済ませたこともある」
「子供守りながら戦ったこともある」
「昔だったら」
「しなかったこと」
「いっぱいやった」
「だから」
シルヴァが。
少しだけ。
笑う。
「あいつの知ってる俺から」
「ずれてた」
「正解」
ミルスが言った。
「ダークシルヴァは」
「二年前のあなたを基礎にしている」
「どれだけ完成させても」
「そこから先へは進めない」
「でも」
「あなたは」
「二年間生きた」
「人に会った」
「失敗した」
「怒られた」
「笑った」
「守った」
「助けてもらった」
「それが」
「全部」
一拍。
「戦い方にも出てた」
シルヴァは。
静かに聞いている。
「だから」
ミルスが。
シルヴァを指差す。
「あなたが勝った時」
「安心した」
「……安心?」
「ええ」
「ちゃんと」
「私の知らないシルヴァになってたから」
◇
シルヴァは。
しばらく。
何も言わなかった。
それから。
「……でもさ」
「何?」
「あれ」
「普通に」
「俺のこと殺そうとしてたよね?」
ティナ。
「そう!」
「そこ!」
「私もずっと聞きたかった!」
ミルス。
「ええ」
「ええじゃない!」
ティナが。
机へ身を乗り出す。
「もしシルヴァが負けてたらどうするつもりだったんですか!」
「死んでた?」
クジャ。
「可能性はあったわね」
三人。
「……」
ミルス。
「そんな顔しないで」
シルヴァ。
「するよ!」
「殺される可能性あったって言われたんだけど!」
「だから」
「ギラルーンを同行させた」
扉の外。
「はい」
ギラルーンの声。
シルヴァ。
「またいる!」
「おります」
ティナ。
「じゃあ」
「あの時」
「本当に危なくなったら止める予定だったんですか?」
「そのつもりでございました」
「……」
シルヴァが。
じっと。
ギラルーンを見る。
「本当に?」
「ええ」
「どのくらいで?」
「シルヴァ様が」
「明確に戦闘不能となる直前」
「遅くない!?」
「早すぎれば」
「試験になりませんので」
「二人ともおかしい!」
クジャ。
「似た者同士」
ミルス。
「それは嫌」
扉の外。
「私も少々」
「ギラルーンまで!?」
シルヴァが。
頭を抱える。
「俺」
「よく生きてたな……」
「だから言ったでしょう」
ミルス。
「よく生きたわねって」
「意味違ったの!?」
◇
少し。
騒がしい時間が過ぎ。
再び。
静かになる。
シルヴァは。
椅子の背へ身体を預ける。
「……でも」
「分かった」
ミルス。
「本当に?」
「多分」
「多分」
「全部納得したわけじゃないよ」
「そりゃ」
「もっと普通に連絡できたと思うし」
「それは難しかった」
ミルスの答えが。
少しだけ真面目になる。
「どうして?」
「私は」
「自由にアステラへ行ける立場じゃない」
「魔王軍は」
「私を探してる」
「……」
「私が動けば」
「痕跡が残る」
「《創造》を大きく使えば」
「もっと残る」
「誰かへ直接連絡を取れば」
「その相手から」
「私の居場所まで辿られる可能性もある」
シルヴァが。
リメアへ来る途中。
飛行艇について聞いた話を思い出す。
「だから」
「ギラルーン?」
「ええ」
「彼なら」
「私の力をほとんど使わずに」
「外で動ける」
「それでも」
「直接あなたをここへ連れてくるには」
「確信が欲しかった」
「何の?」
「あなたが」
「本当にあなたなのか」
シルヴァ。
「……偽物だと思った?」
「可能性の話」
「今のノクティスで」
「外見が同じだから本人です」
「なんて判断したら」
「長生きできないわ」
クジャ。
「ミルスが言うと説得力ある」
「でしょ」
ティナ。
「自分で偽物作ってますしね」
「そうとも言う」
シルヴァ。
「言うんだ……」
◇
ミルスが。
椅子から立つ。
窓の前へ。
創都リメア。
夜。
無数の灯り。
「シルヴァ」
「何?」
「あの子を」
「見た時」
「どう思った?」
「ダークシルヴァ?」
「うん」
シルヴァは。
少し考える。
「嫌だった」
「何が?」
「俺みたいで」
「俺じゃなくて」
「俺より剣が上手くて」
「……」
「最初」
「見てて」
「腹立った」
ミルス。
「それだけ?」
「怖かった」
素直に。
答える。
「もし」
「あいつの方が」
「俺より完成してるなら」
「俺が今までやってきたこと」
「何だったんだろうって」
「ちょっと思った」
ティナが。
シルヴァを見る。
初めて聞いた。
「でも」
シルヴァが。
続ける。
「戦ってる途中で」
「違うなって思った」
「俺」
「あんなに」
「一人じゃない」
一拍。
ミルスが。
微かに笑う。
「それよ」
「……」
「私が」
「伝えたかったのは」
「それ」
ミルスは。
シルヴァへ向き直る。
「ディーンから習った剣も」
「レオンから教わったことも」
「あなた自身が覚えた風の使い方も」
「全部」
「あなたの力」
「でも」
「それだけを」
「どこまで磨いても」
一歩。
シルヴァへ近づく。
「あなたにはならない」
シルヴァの青い瞳と。
ミルスのピンクの瞳が。
正面から重なる。
「あなたは、剣だけでは完成しない」
静かな声。
「人と出会って」
「変わって」
「迷って」
「守られて」
「守って」
「その全部を持って」
「初めて」
「今のシルヴァになる」
シルヴァは。
何も言わない。
「剣だけなら」
「あの子の方が」
「二年前のあなたより完成していた」
「でも」
一拍。
「あなたの方が」
「強かった」
「……」
シルヴァは。
横を見る。
ティナ。
クジャ。
二人とも。
何も言わない。
ただ。
そこにいる。
シルヴァが。
小さく息を吐く。
「……届いた」
ミルス。
「今?」
「今」
「遅いわね」
「送り方が悪いんだよ」
「そう?」
「そう!」
ティナ。
「そこだけは完全にシルヴァが正しいです」
クジャ。
「私も」
ミルス。
「三対一」
シルヴァ。
「いつも俺がやられるやつ」
「今日は味方多い」
「嬉しい」
少しだけ。
笑う。
◇
その笑いが。
消えたあと。
シルヴァは。
ミルスを見る。
「……じゃあ」
「次」
ミルスの表情が。
静かに変わる。
「うん」
シルヴァの手が。
膝の上で。
僅かに握られる。
「二年前」
「俺が飛ばされた後」
一拍。
「何があった?」
ティナも。
姿勢を正す。
クジャも。
ミルスを見る。
今まで。
ずっと。
シルヴァの中で。
空白だった時間。
「レオンは」
「何をした?」
ミルスは。
すぐには答えなかった。
窓の外。
夜のリメア。
遠く。
人工の鳥が。
一羽。
塔の間を飛んでいく。
「……長い話になるわ」
シルヴァ。
「いいよ」
「聞きに来たから」
「そうね」
ミルスは。
椅子へ。
ゆっくり座り直した。
そして。
二年前。
あの戦場を。
思い出す。
黒い空。
崩れた大地。
血。
ゼノア。
レオン。
最後まで。
笑っていた男。
「あなたが消えた後」
一拍。
「レオンは、ゼノアに取り込まれた」
シルヴァの瞳が。
止まった。




