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風葬のシルヴァ  作者: 桜
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第44話 封鎖港ネレイス

 翌朝。


 海沿いの街道には、薄い霧が残っていた。


 波の音。


 潮の匂い。


 遠くで鳴く海鳥。


 三人は宿を出て、再び西へ歩いていた。


「眠い」


 ティナが言う。


「昨日寝るの遅かった?」


 シルヴァが振り返る。


「誰のせいだと思ってるの」


「俺?」


「半分」


「また半分?」


 クジャが。


 隣で静かに歩く。


「私」


「自覚あるのね」


「うん」


「じゃあ反省して」


「してる」


 ティナが横目で見る。


「本当に?」


「少し」


「少しなんだ……」


 シルヴァが笑う。


「仲良くなったね」


「誰と誰が?」


「二人」


 ティナとクジャが同時に。


「普通」


「そこ揃うんだ」


 街道は。


 海を右手に見ながら。


 なだらかな坂を上っていく。


 遠く。


 霧の向こう。


 何か。


 大きな影。


「……あれ」


 シルヴァが。


 足を止めた。


 ティナも前を見る。


「街?」


「多分」


 クジャが。


 目を細める。


 高い塔。


 並ぶ倉庫。


 巨大な防波堤。


 何本もの桟橋。


 そして。


 海へ向かって伸びる。


 古い石造りの港湾施設。


 ネレイス。


 かつて。


 アステラとノクティスを繋いだ。


 西の大港。


「大きい……」


 ティナが呟いた。


「人いるのかな」


 シルヴァ。


「煙出てる」


 クジャが。


 街の方を見る。


 確かに。


 いくつかの煙突から。


 白い煙。


「じゃあいるね」


 三人は。


 そのまま坂を下った。


 ◇


 ネレイスへ入って。


 最初に感じたのは。


 静かさだった。


「……港町って」


 ティナが周囲を見る。


「もっと騒がしいものじゃないの?」


「普通は」


 シルヴァが答える。


「船乗りとか商人とか」


「もっといる」


 大通り。


 店はある。


 人もいる。


 魚を運ぶ男。


 網を直す老人。


 荷車を引く女。


 子供。


 だが。


 どこか。


 街全体が眠っているようだった。


 店の半分は。


 扉を閉ざしている。


 大きな倉庫も。


 使われていないものが多い。


 古い看板。


 消えかけた文字。


 海運商会。


 ノクティス交易所。


 大陸間貨物。


 どれも。


 過去の名残。


「昔は栄えてたんだね」


 シルヴァが言う。


「二年前までは」


 背後から。


 声。


 三人が振り返る。


 魚籠を抱えた老人。


 日に焼けた顔。


 太い腕。


 片足を少し引きずっている。


「二年前?」


 ティナが聞く。


「そうだ」


 老人は。


 海の方を見る。


「あっちが終わってから」


「この街も終わった」


 シルヴァの目が。


 僅かに細くなる。


「あっちって」


「ノクティス」


「昔は」


「毎日のように船が行き来してた」


「魔族も人間も」


「商売になりゃ関係なかった」


「それが」


 老人は。


 遠く。


 海の向こうを見る。


「二年前」


「全部止まった」


 ティナが。


「どうして?」


「どうしても何も」


「向こうで何が起きたか」


「知らねえのか」


 老人の目が。


 三人を順に見る。


「魔王軍」


「魔物」


「海の上まで変なもんが出る」


「船を出した奴は」


「帰ってこない」


「帰ってきても」


「半分」


 シルヴァ。


「半分?」


「人数が」


 老人が言う。


「十人で出て」


「五人」


「二十人で出て」


「八人」


「ひどい時は」


「誰も戻らん」


 ティナの表情が。


 少し固くなる。


「それで航路が」


「閉じた」


「国が止めた」


「商会も逃げた」


「残ったのは」


「ここでしか生きられない奴だけだ」


 老人は。


 自分の魚籠を持ち直す。


「観光なら」


「見るもんなんざないぞ」


「観光じゃない」


 シルヴァ。


「ノクティスに行きたい」


 老人の足が止まる。


「……何?」


「船を探してる」


「向こうまで」


 老人は。


 数秒。


 シルヴァを見る。


 それから。


 大きく。


 ため息。


「若いのに」


「頭悪いな」


「よく言われる」


「認めるな」


 ティナが即座に突っ込む。


 老人は。


 少しだけ笑った。


「やめとけ」


「船はねえ」


「一隻も?」


「ノクティスへ行く船はな」


「漁船ならある」


「沿岸貨物も」


「でも」


「海を渡る奴はいない」


「金払っても?」


「命より高い金なら」


「……いくら?」


 ティナ。


「聞かない!」


「一応」


「一応でもダメ!」


 クジャが。


「密航船」


 老人が。


 クジャを見る。


「昔はあった」


「今は?」


「知らん」


「知ってても」


「俺なら教えん」


「なんで」


 クジャ。


「死にたくねえからだ」


 老人は。


 そう言って。


 街の奥へ歩いていった。


 三人。


 残される。


「……」


 シルヴァ。


「思ったより」


「厳しいね」


 ティナ。


「だから言ったでしょ」


「何を?」


「来れば何とかなるみたいに思わないの」


「でも」


 クジャが。


 港の奥を見る。


「ギラルーンは来てる」


「そうなのよね」


 ティナも。


 地図を出す。


「ヴァイラの記録が本当なら」


「ここに何度も」


 シルヴァ。


「じゃあ」


「方法はある」


「多分」


「多分ね」


 三人は。


 港へ向かった。


 ◇


 ネレイス港。


「……広い」


 シルヴァが。


 素直に呟く。


 石造りの巨大な防波堤。


 何十隻もの船を収容できる桟橋。


 荷揚げ用の大型クレーン。


 高い見張り塔。


 だが。


 使われている場所は。


 ほんの一部。


 小型漁船。


 沿岸用の貨物船。


 船体の傷んだ帆船。


 海の向こうへ行けそうな大型船も。


 何隻か停まっている。


「あるじゃん」


 シルヴァが言う。


「船」


「動くかどうかよ」


 ティナ。


 三人は。


 一番近い大型帆船へ。


 甲板で作業していた男へ。


「すみません」


 シルヴァが声をかける。


「ノクティスまで――」


「行かねえ」


「まだ全部言ってない」


「顔見りゃ分かる」


 男は。


 縄を巻きながら。


「帰れ」


「お金払うよ」


「いらねえ」


「かなり」


「いらねえ」


「すごく」


「いらねえ!」


 シルヴァ。


「強い」


 ティナ。


「交渉下手すぎ」


 次。


「ノクティス?」


 船長らしき女。


「嫌よ」


「なんで?」


「死にたくないから」


「ですよね」


 次。


「向こうへ?」


 若い漁師。


「無理無理」


「海流もおかしくなってる」


「海流?」


「最近な」


「急に船が流されたりする」


「風はこっちなのに」


「船だけ逆に行ったり」


 シルヴァの表情が。


 少し変わる。


「それ」


「普通じゃないね」


「ああ」


「だから誰も行かねえ」


 次。


 酒場。


「ノクティスへ渡る船?」


 酒臭い船乗り。


「昔は月に二十便」


「今はゼロ」


「密航なら?」


 クジャ。


「……」


 船乗りが。


 酒を飲む。


「知らんな」


「目逸らした」


 クジャ。


「逸らしてねえ」


「逸らした」


「逸らしてない!」


 シルヴァが。


「知ってる?」


「知らねえ!」


「声大きい」


「お前ら帰れ!」


 追い出された。


 ◇


 昼。


 三人は。


 港近くの食堂。


「……詰んだ?」


 シルヴァが。


 机へ突っ伏している。


「まだ来て半日!」


 ティナ。


「十二人くらい聞いた」


「十人ね」


「似たようなもの」


「二人は大きいわよ」


 クジャは。


 魚のスープを飲んでいる。


「おいしい」


「クジャだけ普通に楽しんでる」


「食事は大事」


 シルヴァも。


 パンをちぎる。


「泳ぐ?」


 ティナ。


「やめて」


「冗談」


「あなたはたまに本気か分からないの」


「風で少しは行ける」


「海の途中で力尽きたら終わりでしょ」


「クジャ乗せて」


「私も?」


「軽いから」


「昨日の忘れてない」


「まだ覚えてた」


「覚えててって言った」


「律儀」


 ティナが。


 額を押さえる。


「話進まない……」


 クジャが。


 スプーンを置く。


「港の外れ」


「ん?」


「まだ見てない」


 シルヴァ。


「何かある?」


「分からない」


「でも」


 クジャの視線が。


 窓の向こう。


 港の西側。


 古い倉庫群へ向く。


「さっきから」


「見られてる」


 ティナの表情が。


 瞬時に変わった。


「誰に?」


「分からない」


「いつから?」


「港入ってから」


 シルヴァも。


 さりげなく周囲を見る。


「敵?」


「多分違う」


「なんで分かるの?」


「殺気ない」


 クジャが。


 静かに。


 窓の向こうを見る。


「でも」


「いる」


 三人。


 少しだけ。


 目を合わせる。


「じゃあ」


 シルヴァ。


「行ってみようか」


「待って」


 ティナ。


「食べ終わってから」


「そこ?」


 クジャ。


「大事」


「クジャは絶対言うと思った」


 ◇


 午後。


 港の西側。


 人通りは。


 一気に減った。


 古い倉庫。


 崩れかけた石壁。


 錆びた鎖。


 使われなくなった荷揚げ場。


「こっち?」


 ティナが。


 小声で聞く。


 クジャ。


「うん」


「まだ見られてる?」


「……」


 一度。


 止まる。


「今はない」


「消えた?」


「多分」


 シルヴァが。


 周囲を見る。


「逃げたかな」


「気づかれた?」


 ティナ。


「クジャが見すぎたとか」


「見てない」


「気配だけ?」


「うん」


 三人は。


 さらに奥へ。


 古い船渠。


 水面。


 長年使われていない。


 半分沈んだ小舟。


 壁には。


 古い航路図。


 ほとんど消えている。


 シルヴァが。


 その図を見る。


「これ」


「ノクティス?」


 ティナが。


 近づく。


 アステラ西岸。


 ネレイス。


 そして。


 海を渡った先。


 ノクティス東岸。


 複数の航路。


「昔のルートね」


「今使えない?」


「図だけで渡れるなら苦労しないでしょ」


「風向き分かれば」


「海流が変だって言ってたでしょ」


「そうだった」


 クジャは。


 少し離れた場所。


 壁際に。


 しゃがみ込んだ。


「これ」


「何?」


 床。


 薄い埃。


 その上。


 足跡。


 新しい。


 シルヴァも。


 しゃがむ。


「誰か来てる」


「一人?」


 クジャ。


「多分」


「靴大きい」


 ティナ。


「ここ」


 壁際。


 古いロープ。


 埃が。


 一部だけ払われている。


「最近使った跡がある」


「船?」


 シルヴァ。


「ここから?」


 三人は。


 船渠の水面を見る。


 今。


 船はない。


 だが。


 誰かが。


 確実に。


 この場所を使っている。


「ギラルーン?」


 シルヴァ。


「分からない」


 クジャ。


「でも」


 ティナが。


 少しだけ笑う。


「来た意味はあったみたいね」


 シルヴァ。


「さっき詰んだって言ったけど」


「撤回」


「早い」


 その瞬間。


 クジャが。


 振り返る。


「……」


「どうした?」


「また」


「見られてる」


 三人の表情が変わる。


 シルヴァは。


 剣へ手を伸ばす。


 ティナも。


 クジャが。


 右手へカードを挟む。


 だが。


 次の瞬間。


 気配は。


 消えた。


「……速い」


 ティナ。


「追う?」


 シルヴァ。


「無理」


 クジャが答える。


「もう遠い」


 シルヴァの眉が。


 少しだけ上がる。


「クジャが追えない?」


「うん」


「じゃあ」


「結構すごい人」


「感心してる場合?」


 ティナ。


「敵じゃなかったらいいけど」


 クジャは。


 何も言わない。


 ただ。


 使われていない倉庫の屋根を。


 見上げた。


 誰もいない。


 ◇


 同じ頃。


 港から少し離れた。


 古い時計塔。


 最上部。


 一人の男が。


 静かに立っていた。


 長い髪。


 細身。


 整った服装。


 風に揺れる。


 男は。


 遠く。


 船渠を歩く三人を眺めていた。


「……なるほど」


 柔らかな声。


「無事に」


「辿り着かれましたか」


 口元に。


 僅かな笑み。


「それにしても」


「相変わらず」


「勘の鋭いお嬢様ですね」


 男は。


 静かに。


 一歩下がった。


 そして。


 姿が。


 消えた。


 ◇


 夕方。


 三人は。


 宿へ戻っていた。


「今日はここまでね」


 ティナが言う。


「明日」


「もう一回あの船渠を調べる」


「あと港の外側」


「うん」


 シルヴァ。


「密航船の人も探す」


「無茶な交渉しないでよ」


「しない」


「金いくらなら行く?」


「それを無茶って言うの!」


「じゃあ聞くだけ」


「同じ!」


 クジャは。


 少し前。


 歩いていた。


 新しいカードの箱を。


 指で弄びながら。


「クジャ」


 シルヴァが呼ぶ。


「何?」


「さっきの人」


「また来ると思う?」


 クジャは。


 少し考える。


「来る」


「なんで?」


「分からない」


「でも」


 一拍。


「ずっと見てた」


「だったら」


「何かある」


 ティナ。


「敵じゃないといいけど」


「敵なら」


 シルヴァが。


 少しだけ。


 笑う。


「聞けばいい」


「何を?」


「ミルス知ってる?って」


「戦いながら?」


「場合によっては」


「その発想やめなさい」


 三人は。


 宿へ入った。


 ◇


 夜。


 ネレイス港。


 人の姿が消え。


 波の音だけが残る。


 灯台。


 古い倉庫。


 停泊する船。


 その間を。


 一人の男が歩いていた。


 足音。


 一つ。


 二つ。


 三つ。


 そして。


 止まる。


 男は。


 海を見る。


 ノクティスのある方角。


「ご到着は」


「確認いたしました」


 誰もいない。


 だが。


 男は。


 誰かへ報告するように。


 静かに続ける。


「シルヴァ様」


「ティナ様」


「そして」


「クジャ様」


 一拍。


「三名」


「予定通りでございます」


 風が吹く。


 長い髪が揺れる。


 男。


 ギラルーンは。


 夜の海へ。


 静かに笑った。


「それでは」


「明日」


「お迎えに参りましょう」

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