第42話 また三人
アルセリアを出て、半日。
街道はゆるやかな丘陵地帯へ入っていた。
背後を振り返れば。
白い大聖堂の尖塔も、もうかなり小さい。
前には。
どこまでも続く道。
草原。
遠くの森。
そして。
三人。
「……なんか」
シルヴァが言った。
「久しぶりだね」
ティナが横を見る。
「何が?」
「三人だけ」
クジャも。
少し考える。
「確かに」
王都。
エルニア。
アルセリア。
途中からディーン。
そしてガルド。
いつの間にか。
三人以外の誰かが隣にいる時間が増えていた。
今。
久しぶりに。
街道を歩いているのは。
シルヴァ。
ティナ。
クジャ。
それだけ。
「最初みたい」
クジャが言う。
「最初?」
「王都出た頃」
「あー」
シルヴァが頷く。
「ティナ、あの頃もっと怒ってたよね」
「今も怒ってるけど?」
「なんで?」
「まずその荷物を置きなさい」
シルヴァが背負っている大きな荷物。
食料。
水。
野営道具。
どう見ても。
三人の中で一番重い。
「これ?」
「それ」
「普通だけど」
「あなた」
ティナが。
シルヴァの脇腹を指差す。
「昨日まで包帯巻いてたでしょ」
「今日は巻いてない」
「治ったって意味じゃない!」
「だいぶ治ったよ」
「だいぶ!」
「つまり治ってない」
クジャ。
「そういうこと」
「なんで二人ともティナ側なの?」
「正しいから」
シルヴァが。
少し不満そうに。
荷物を背負い直す。
その瞬間。
「っ」
一瞬。
表情が歪んだ。
ティナの目が光る。
「ほら!」
「今のは」
「ほら!」
「石踏んだ」
「脇腹押さえたじゃない!」
「たまたま」
「荷物貸して」
「大丈夫」
「貸して」
「でもティナの方が――」
「貸して」
「……はい」
シルヴァが。
渋々。
荷物の一部を渡す。
ティナはそれを受け取る。
クジャが。
二人を見ながら呟く。
「過保護」
「違う!」
「即答」
「怪我人を普通に扱ってるだけ!」
「普通?」
クジャ。
「普通!」
シルヴァが横から。
「じゃあ荷物戻していい?」
「ダメ」
クジャ。
「過保護」
「クジャ!」
シルヴァが笑う。
「ティナ負けてるよ」
「誰のせいだと思ってるの!」
街道に。
三人の声が響く。
◇
昼過ぎ。
三人は小さな川沿いで休憩を取っていた。
流れは穏やか。
水は透明。
川底の石まで見える。
シルヴァは靴を脱ぎ。
足だけ水へ入れていた。
「冷たっ」
「だからやる前に分かるでしょ」
ティナ。
「気持ちいいよ」
「風邪引かないでよ」
「ティナも入れば?」
「いい」
「クジャは?」
クジャは。
川辺の石に座って。
新しいカードを広げている。
「今忙しい」
「何してるの?」
「馴染ませてる」
「カードって馴染ませるものなの?」
「使うから」
一枚。
指で弾く。
カードが。
クジャの周囲を一周。
空中で静止。
そのまま手元へ戻る。
「おお」
シルヴァ。
「新品でも動くんだ」
「普通」
「前のカードじゃないとダメなのかと思ってた」
「カード自体は普通」
クジャが一枚摘まむ。
「オーラを通せれば使える」
「じゃあいっぱい買えば最強じゃん」
「使える枚数は私次第」
「なるほど」
ティナが。
水筒へ水を補充しながら言う。
「今までのは?」
「使う」
「新しい方は予備?」
「うん」
少しだけ。
クジャの手が止まる。
昨日。
聞こえた。
昔の声。
――これ、クジャにあげる。
まだ。
思い出せない。
でも。
今持っている古いカードを見ると。
胸の奥が。
少しだけざわつく。
「クジャ?」
ティナ。
「何でもない」
クジャは。
すぐにカードをしまった。
シルヴァが川から足を上げる。
「よし」
「行こう」
「ちゃんと拭いてから靴履きなさい」
「平気」
「靴擦れする」
「大丈夫」
クジャ。
「ティナ、お母さんみたい」
「誰が!?」
シルヴァが笑う。
「ちょっと分かる」
「シルヴァ!」
「ごめんごめん」
◇
夕方。
予定していた宿場には。
辿り着かなかった。
「……」
ティナが。
無言で地図を見る。
シルヴァも。
その横から覗く。
「あとちょっとじゃない?」
「この地図だとね」
「じゃあ行ける」
「もう日が落ちる」
「風使えば――」
「使わない」
「まだ何も言ってない」
「言おうとしたでしょ」
「ちょっとだけ」
「ダメ」
クジャが。
空を見る。
西の空が。
赤く染まり始めている。
「野営でいい」
「そうね」
ティナが地図を畳む。
「今日はここまで」
「賛成」
シルヴァ。
「じゃあ薪拾ってくる」
「待って」
「今度は何?」
「一人で行かない」
「薪だよ?」
「転んで傷開いたら困る」
「俺そこまで弱ってないよ」
クジャが立つ。
「私行く」
「クジャ?」
「薪」
シルヴァを見る。
「シルヴァは火の準備」
「……俺が一番動かない役?」
「そう」
「過保護が二人に増えた」
ティナが。
少し満足そうに腕を組む。
「分かった?」
「納得してない」
◇
しばらくして。
川から少し離れた木々の間。
小さな焚き火が灯っていた。
シルヴァは。
鍋を覗く。
「そろそろ?」
ティナ。
「まだ」
「さっきも言った」
「まだ」
「もう匂いしてる」
「生煮えだったらどうするの?」
「食べる」
「食べない!」
クジャは。
焚き火の前に座り。
じっと鍋を見ている。
「まだ?」
「クジャまで」
「お腹空いた」
「あと少し」
「何分?」
「五分」
シルヴァ。
「長い」
ティナ。
「子供二人連れてる気分なんだけど」
「俺たち同い年だよ」
「精神年齢の話」
「クジャは?」
クジャ。
「大人」
「自分で言う?」
「ティナより冷静」
「それは否定できないのが腹立つ……」
結局。
五分も待たず。
シルヴァが。
こっそり鍋へ手を伸ばした。
ぱしっ。
ティナに叩かれる。
「痛っ」
「待ちなさい」
「一口だけ」
「ダメ」
「味見」
「さっきした」
「もう一回」
「ダメ」
クジャが。
その隙に。
反対側から。
鍋へ手を伸ばす。
「クジャ!」
「失敗」
「連携しないで!」
シルヴァ。
「惜しかった」
「褒めない!」
それから数分。
ようやく。
三人の前に。
温かい煮込みが並んだ。
「いただきます」
シルヴァ。
早い。
一口。
二口。
三口。
「……おいしい」
「でしょ?」
ティナが。
少し得意げ。
「ティナ料理上手くなったね」
「前からできるわよ」
「最初の頃、肉焦がしてた」
「忘れなさい」
「黒かった」
クジャ。
「クジャまで覚えてるの!?」
「炭みたいだった」
「そこまでじゃない!」
シルヴァが笑う。
火。
食事。
三人。
夜。
何でもない。
ただの旅の途中。
でも。
シルヴァには。
こういう時間が。
少し好きだった。
◇
食事のあと。
三人は。
焚き火を囲んでいた。
昼間より。
会話は少ない。
夜の森。
虫の声。
薪の爆ぜる音。
シルヴァは。
火を見ながら。
ずっと。
何か考えていた。
クジャが気づく。
「シルヴァ」
「ん?」
「静か」
「俺だって静かな時あるよ」
「珍しい」
「今日それ何回言われるの」
ティナも。
シルヴァを見る。
「何考えてたの?」
シルヴァは。
すぐには答えなかった。
「……ミルス」
一言。
空気が。
少しだけ変わる。
「生きてると思う?」
ティナは。
焚き火を見る。
「可能性は高いんでしょ」
「うん」
「でも」
シルヴァが。
手の中の小枝を折る。
「変なんだよね」
「何が?」
「生きてるなら」
「なんで二年間」
「何も言ってこなかったんだろうって」
ティナは答えない。
「俺が生きてるって」
「知らなかったのかな」
「それとも」
「知ってたけど」
「会いたくなかったとか」
「……」
少しだけ。
シルヴァの声が。
弱くなる。
「闘技場のあいつも」
「ミルスが作った可能性が高いんでしょ」
「だったら」
「俺が生きてることは」
「知ってた」
焚き火。
ぱちっ。
薪が弾けた。
「なのに」
「何も言ってこなかった」
ティナが。
ゆっくり口を開く。
「理由があったんじゃない」
「分かんないよ」
「だから会いに行くんでしょ」
シルヴァが顔を上げる。
ティナは。
真っ直ぐ。
彼を見る。
「今ここで考えても」
「ミルスが何を考えてたかなんて分からない」
「生きてたら」
「直接聞けばいい」
「……」
「怒りたいなら怒ればいいし」
「聞きたいこと全部聞けばいい」
「それでいいじゃない」
シルヴァが。
少しだけ。
目を細める。
「ティナ」
「何」
「結構いいこと言うね」
「結構って何よ!」
「褒めたのに」
「褒め方!」
クジャが。
火の向こうから。
「ティナはたまにいいこと言う」
「クジャまで!?」
シルヴァ。
「やっぱりたまになんだ」
「シルヴァ!」
また。
少しだけ。
笑いが戻る。
そして。
クジャが。
静かに言った。
「私も」
二人を見る。
「ミルスに聞きたい」
「何を?」
「いろいろ」
「眼のこと?」
クジャは。
一瞬だけ。
右眼の眼帯へ触れる。
「それも」
「あと」
「魔王」
シルヴァ。
「ゼノア?」
「うん」
クジャは。
それ以上。
言葉を続けなかった。
自分でも。
なぜ。
ゼノアという名前に。
こんなにも。
違和感があるのか分からない。
でも。
何か。
繋がっている。
そんな感覚。
「そっか」
シルヴァが言った。
「じゃあ」
「三人とも」
「ミルスに用事あるね」
ティナ。
「そうね」
クジャ。
「うん」
シルヴァが。
焚き火を見る。
「じゃあ絶対見つけよう」
それは。
少しだけ。
力の入った声だった。
◇
夜更け。
ティナは。
小さな物音で目を覚ました。
目を開く。
焚き火は。
ほとんど消えている。
クジャは。
毛布に包まれて眠っている。
シルヴァは。
いない。
「……シルヴァ?」
身体を起こす。
周囲を見る。
少し離れた場所。
木にもたれかかって。
シルヴァが座っていた。
「何してるの?」
「起きた?」
「何してるのって聞いてるの」
「ちょっと風に当たってた」
「夜中に?」
「眠れなくて」
ティナは。
ため息をつきながら。
隣へ座った。
「傷?」
「違う」
「本当に?」
「うん」
しばらく。
二人とも。
話さなかった。
夜空。
星。
木々の間から。
白い月が見える。
「怖い?」
ティナが聞いた。
シルヴァは。
少し驚いた顔をする。
「何が?」
「ノクティスに戻るの」
「……」
「二年前」
「あそこで全部終わったんでしょ」
シルヴァは。
夜空を見る。
「怖いよ」
意外なくらい。
素直だった。
「うん」
「怖い」
「でも」
「行きたい」
「ミルスに会いたいから?」
「それも」
一拍。
「俺」
「ずっと」
「あの日の続きが止まってる気がする」
ティナは黙って聞く。
「レオンが死んだ」
「ミルスがいなくなった」
「ディーンとも離れた」
「俺だけ」
「何も知らないまま」
「飛ばされて」
「二年経った」
シルヴァが。
自分の手を見る。
「だから」
「ちゃんと行きたい」
「あそこに」
「今度は」
「自分で」
ティナが。
僅かに笑う。
「そっか」
「うん」
「じゃあ行きましょう」
「三人で」
シルヴァが横を見る。
「ティナ」
「何?」
「ありがとう」
ティナの目が。
少しだけ。
見開かれる。
「……急に何よ」
「言いたくなった」
「そういうの」
「急に言わないで」
「なんで?」
「なんでも!」
暗くて。
よかった。
少しだけ。
顔が熱い。
その時。
「……妬いてない」
背後。
二人同時に振り返る。
毛布の中。
クジャ。
目を閉じたまま。
ティナ。
「寝てないでしょ!?」
「寝てる」
「喋ってる!」
「寝言」
「絶対嘘!」
シルヴァが。
吹き出した。
「クジャ起きてたんだ」
「今寝た」
「だから喋ってるって!」
夜の森。
三人の声。
その夜は。
結局。
少しだけ。
寝るのが遅くなった。
◇
翌朝。
「眠い」
ティナが言った。
「自業自得」
クジャ。
「あなたのせいよ!」
「私は寝てた」
「嘘つけ!」
シルヴァが。
先を歩きながら笑う。
「今日も平和だね」
「誰のせいで寝不足だと思ってるの!」
「俺?」
「半分!」
「もう半分は?」
「クジャ!」
「理不尽」
三人は。
また歩き始める。
西へ。
ネレイスへ。
その向こう。
海。
さらに。
ノクティス。
まだ。
その道の先に。
何が待っているのか。
三人は知らない。
ただ。
今は。
また三人で。
同じ道を歩いていた。




