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風葬のシルヴァ  作者: 桜
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第41話 次の場所

 翌朝。


 アルセリア大聖堂の一室には、数枚の地図と大量の書類が広げられていた。


 中央の机を囲んでいるのは。


 シルヴァ。


 ティナ。


 クジャ。


 ディーン。


 そしてガルド。


「……多い」


 シルヴァが机を見下ろした。


「読むの?」


「読むために集めた」


 ガルドが即答する。


「全部?」


「全部だ」


「帰っていい?」


「ダメに決まってるでしょ」


 隣からティナに肩を掴まれた。


「痛い痛い」


「そこ怪我してないでしょ」


「心が」


「元気そうね」


 クジャはすでに椅子へ座り、ヴァイラから回収した書類を一枚ずつ眺めている。


 その横でディーンが呆れたように息を吐いた。


「昨日あれだけ遊び歩いてた奴とは思えねえな」


「必要な買い物だったよ」


「菓子袋三つが?」


「必要」


 クジャが答えた。


「お前に聞いてねえ」


「必要」


「二回言うな」


 ティナが机を叩く。


「とにかく!」


「今日は今後どうするか決めるんでしょ?」


「ああ」


 ガルドの一言で。


 空気が変わった。


 五人の視線が机へ向く。


 広げられているのは。


 ヴァイラ率いる第二軍団が残した記録。


 進軍経路。


 偵察報告。


 各地の戦力調査。


 そして。


 魔王軍が長期間追っていたらしい、いくつかの存在についての記述。


 ガルドが一枚の紙を取り上げる。


「ヴァイラの目的は、アルセリアを落とすことだけではなかった」


 ティナが頷く。


「私たちの戦力調査」


「それもある」


 ガルドの指が文面をなぞる。


「恩寵保持者の所在」


「各地に残る古代の封印」


「そして――」


 一度。


 言葉を切る。


「魔王核」


 シルヴァの目が僅かに細くなった。


「またそれ」


「ああ」


 ディーンが椅子へ深く座る。


「ヴァイラの手帳にも何度も出てきた」


「ただ」


「肝心の説明がほとんどない」


「知ってる奴向けに書かれてる感じ」


 クジャが紙から顔を上げる。


「魔王軍では普通の言葉?」


「少なくとも上の連中にとってはな」


 ディーンが答える。


 シルヴァが机へ頬杖をついた。


「で」


「ミルスとそれが関係あるんだよね」


「ああ」


 ガルドが別の紙を出す。


「これを見ろ」


 そこには。


 複数の地名。


 日付。


 目撃情報。


 そして。


 同じ記号が何度も記されている。


 ティナが覗き込む。


「人の移動記録?」


「正確には」


「魔王軍が追跡していた対象の記録だ」


「誰?」


 ガルドは。


 答えを知っているように。


 シルヴァを見る。


「ギラルーン」


 空気が止まった。


 シルヴァの眉が寄る。


「……あいつ」


 王都レグナ。


 闘技場。


 何度攻撃しても。


 一度も剣が届かなかった男。


 そして。


 ミルスの名を知っていた男。


「王都を離れた後」


 ガルドが続ける。


「ギラルーンと思われる人物が、アステラ西部で複数回確認されている」


 指が地図を滑る。


 レグナ。


 西へ。


 さらに西。


 アルセリアよりも先。


 大陸の端。


「最後の記録はここだ」


 指が止まる。


 港町。


「ネレイス」


 シルヴァが読む。


「聞いたことない」


「封鎖港だからな」


 ディーン。


「昔はノクティスとの交易で栄えた港だ」


「今は?」


「二年前から正規航路はほぼ死んでる」


 シルヴァの表情が僅かに変わる。


 二年前。


 その言葉には。


 まだ反応してしまう。


 ティナも気づいたが。


 何も言わなかった。


「なんで封鎖されたの?」


 クジャが聞く。


「ノクティス側の情勢悪化」


「魔物の増加」


「魔王軍の活動」


 ガルドが答える。


「そして最終決戦以降、向こう側の状況がほとんど把握できなくなった」


「船を出す者がいなくなった」


 ティナが腕を組む。


「でも」


「ギラルーンはそこへ行った」


「ああ」


「一度だけではない」


 ガルドが別の記録を置く。


「数か月おきに」


「ネレイス周辺で似た特徴の男が目撃されている」


 シルヴァが地図を見る。


「行ったり来たりしてる?」


「可能性はある」


 ディーン。


「ってことは」


「向こうへ渡る方法を知ってるか」


「ネレイスに何か拠点があるか」


「どっちか」


 クジャが呟く。


「ミルスにつながる」


 シルヴァの指が。


 ネレイスの名前の上で止まった。


「……行こう」


 早かった。


 ティナが横を見る。


「もう決めたの?」


「うん」


「まだ説明途中なんだけど」


「ミルスがいるかもしれないんでしょ」


「だったら行く」


 ディーンが笑う。


「そこだけは昔から変わらねえな」


「何が?」


「決めるのが早い」


「考えてるよ」


「三秒くらいな」


「十分」


「短い」


 クジャ。


「でも私も行く」


 ティナも地図を見る。


「……私も」


 シルヴァが二人を見る。


「いいの?」


 ティナの眉が上がった。


「今さら何言ってるのよ」


「いや」


「ノクティスだよ」


 一拍。


「危ないと思う」


「知ってる」


「今回よりもっと」


「知ってる」


「魔王軍もいるし」


「知ってるって言ってるでしょ」


 シルヴァが黙った。


 ティナは。


 真っ直ぐシルヴァを見る。


「一人で行かせると思ってる?」


「……思ってない」


「なら聞かない」


 クジャも。


「三人」


 それだけ言った。


 シルヴァは。


 少しだけ笑った。


「うん」


 そして。


 机の反対側。


 ディーンを見る。


「ディーンも来る?」


「行かねえ」


「即答」


「お前に言われたくねえ」


 ディーンは立ち上がり。


 地図の別の場所を指した。


 ネレイスとは逆方向。


「俺は東へ戻る」


「東?」


「ああ」


「ヴァイラがどうやってこっちの情報を集めてたか」


「それを追う」


 ティナが聞く。


「第二軍団の残党?」


「それもある」


「それと」


 ディーンが。


 ヴァイラの手帳を軽く叩いた。


「こいつら」


「俺たちが思ってたよりずっと広い範囲で動いてる」


「アルセリアだけ見てても何も分からねえ」


 シルヴァが少し不満そうな顔をする。


「一緒に来ればいいのに」


「嫌だね」


「なんで」


「お前ら三人の旅に」


「俺みたいなおっさんが毎日混ざってどうすんだ」


「おっさんではないでしょ」


「そこ?」


 ティナが突っ込む。


 ディーンはシルヴァを見る。


「それに」


「いつまで俺が隣にいるつもりだ」


「……別に」


「先生じゃないんだから」


「先生だぞ」


「違うよ」


「剣教えた」


「ちょっとだけ」


「オーラも教えた」


「ちょっとだけ」


「昔泣きながら――」


「それ昨日も聞いた!」


 ティナが吹き出した。


 クジャが興味深そうにシルヴァを見る。


「まだ聞きたい」


「聞かなくていい!」


 ディーンが笑う。


「まあ」


「今のお前なら」


「俺がいなくても簡単には死なねえ」


「……褒めてる?」


「半分な」


「残り半分は?」


「調子乗るな」


「やっぱり嫌い」


「知ってる」


 そう言って。


 ディーンは。


 シルヴァの肩を一度だけ叩いた。


「ミルスに会ってこい」


 表情が。


 少しだけ真面目になる。


「生きてるなら」


「お前が聞かなきゃならねえことがある」


「二年前のこと?」


「ああ」


「俺も知りたい」


「ティナも」


 その言葉に。


 ティナの顔から笑みが消える。


 レオン。


 ミルス。


 あの日。


 何があったのか。


 シルヴァだけではない。


 自分にも。


 知りたいことは山ほどある。


「分かった」


 シルヴァが言った。


「聞いてくる」


「全部」


「そうしろ」


「ディーンも」


「何だ」


「死なないでね」


 ディーンは。


 一瞬だけ。


 目を細めた。


 そして。


「誰に言ってんだ」


 笑った。


「お前より長生きする」


「それは嫌」


「なんでだよ」


「百歳くらいまで説教されそう」


「するか」


「しそう」


 クジャ。


「する」


「お前らな」


 ガルドが。


 大きく息を吐いた。


「話は終わったか」


「あ」


 ティナ。


「ガルドのこと忘れてた」


「私の部屋だぞ」


「ごめんなさい」


 シルヴァ。


「ガルドは?」


「行けるわけがないだろう」


「だよね」


 ガルドは窓の外を見る。


 アルセリア。


 その地下。


 今も。


 大地の恩寵によって押さえ続けているものがある。


「私はここを離れられん」


「昨日の侵入で」


「封印にも負荷がかかっている」


「当分はアルセリアに残る」


 シルヴァが。


 少しだけ。


 ガルドを見る。


「……そっか」


「ああ」


「だから」


 ガルドは三人へ向き直る。


「お前たちが行け」


「ネレイスへ」


「ミルスがそこにいるとは限らない」


「ギラルーンが協力する保証もない」


「ノクティスへ渡れるとも限らん」


「それでも」


「今ある情報の中では」


「最も可能性が高い」


 ティナが頷く。


「出発は?」


「明日」


 ガルド。


「早っ」


 シルヴァ。


「お前が言うな」


「俺は今日でもいいよ」


「傷を治してからにしなさい!」


 ティナが即座に怒鳴る。


 クジャ。


「過保護」


「だから違う!」


 ディーンが椅子から立ち上がる。


「じゃ」


「俺は先に出る」


 シルヴァが振り向く。


「今日?」


「ああ」


「早くない?」


「お前に言われたくねえって」


「二回目」


 ディーンは扉を開ける。


 そのまま。


 手だけ上げる。


「じゃあな」


 シルヴァは。


 少しだけ迷って。


「ディーン」


 男の足が止まる。


「またね」


 一拍。


「ああ」


 それだけ。


 扉が閉じた。


 追いかけない。


 引き止めない。


 また会えると。


 思っているから。


 ◇


 その日の午後。


 三人は旅支度を整えた。


「水」


 ティナ。


「ある」


「保存食」


「ある」


「薬」


「ある」


「予備の包帯」


「ある」


「着替え」


「ある」


「クジャのカード」


 クジャが。


 新しく買った箱を見せる。


「ある」


「シルヴァの――」


「ある」


「まだ何も言ってないんだけど」


「たぶんある」


「そういうのが一番危ないのよ」


「剣?」


「ある」


「財布?」


 シルヴァが止まった。


「……」


 ティナ。


「シルヴァ?」


「ある」


「今の間何?」


「確認」


「見せて」


「信用ないなあ」


 袋を探る。


 一秒。


 二秒。


 三秒。


「……ない」


「ほら!!」


「昨日使ったから」


「どこ置いたの!?」


「父さんの家かも」


「取りに行ってきなさい!」


「はい」


 クジャが。


 シルヴァの背中を見る。


「財布なくす人」


「まだなくしてないよ!」


「場所分からない」


「なくしてる」


「……確かに」


 ティナが頭を抱えた。


「ノクティス行く前から不安なんだけど……」


 ◇


 翌朝。


 アルセリア西門。


 城壁の向こう。


 長い道が伸びている。


 シルヴァ。


 ティナ。


 クジャ。


 三人。


 以前と同じようで。


 少し違う。


 王都を出た時より。


 多くのことを知った。


 多くの敵と戦った。


 そして。


 それぞれ。


 少しだけ。


 前へ進んだ。


 ガルドが門の前に立つ。


「ネレイスまでは」


「順調なら五日から六日」


「街道を西へ進め」


「海が見えれば迷うことはない」


「大丈夫」


 シルヴァが言う。


「方向は分かる」


 ティナ。


「あなた一人なら絶対迷う」


「失礼だな」


「王都で三回迷ったでしょ」


「あれは街が複雑」


 クジャ。


「二回同じ店通った」


「覚えてるの?」


「うん」


「忘れて」


「無理」


 ガルドは。


 三人を見た。


 それから。


 シルヴァへ視線を止める。


「シルヴァ」


「何?」


「戻ってこい」


 短かった。


 シルヴァは。


 少しだけ目を見開く。


 そして。


「うん」


 笑う。


「また来る」


 ティナも頭を下げる。


「行ってきます」


 クジャ。


「また」


 ガルドが頷く。


「行ってこい」


 三人は。


 門を出た。


 風が吹く。


 シルヴァの新しい黒いマントが。


 大きく揺れた。


「ネレイスまで五日か」


「怪我してるから六日で考える」


 ティナ。


「五日で行けるよ」


「六日」


「五日」


「六日」


「じゃあ五日半」


「そういう問題じゃない!」


 クジャが二人の間を歩きながら。


「六日でいい」


「クジャまで!」


「途中でおいしいものあったら七日」


 シルヴァ。


「それいい」


「よくない!」


 三人の声が。


 アルセリアから少しずつ遠ざかっていく。


 目的地。


 封鎖港ネレイス。


 その先に。


 ミルスがいるかもしれない。


 そして。


 さらにその先。


 二年前。


 全てが終わった場所。


 魔大陸ノクティス。


 シルヴァは。


 一度だけ。


 西の空を見た。


「……待ってて」


 誰へ言ったのか。


 自分でも。


 まだ分からなかった。


 ◇


 遥か遠く。


 魔大陸ノクティス。


 光の届かない巨大な城。


 黒い石柱が並ぶ広間の中央。


 一人の男が。


 玉座に座っていた。


 長い黒髪。


 角。


 黒い鎧。


 赤黒い外套。


 魔王。


 リベリオン・ゼノア。


 その前で。


 一人の魔族が片膝をついている。


「ヴァイラの《魔装》より回収された情報」


「整理が完了いたしました」


 ゼノアは。


 何も言わない。


 魔族が続ける。


「風の恩寵保持者」


「シルヴァ・ライズ」


「光を用いる可能性のある少女」


「ティナ・ルクス」


「カードを使用する隻眼の少女」


「クジャ・ローズ」


「雷のオーラ剣士」


「ディーン」


「そして」


「大地の恩寵保持者ガルド」


 ゼノアの赤い瞳が。


 僅かに動く。


「……風」


 低い声。


 二百年前。


 存在しなかった恩寵。


 今。


 そこにいる少年。


「はい」


「ヴァイラは交戦」


「その後死亡しております」


 ゼノアは。


 静かに。


 肘掛けへ指を置いた。


「面白い」


 声に。


 喜びはない。


 ただ。


 興味だけ。


 その時。


 別の兵が広間へ入ってくる。


「報告!」


「獣王ネグロスの所在を確認!」


「北西部」


「黒牙山域です!」


 広間の空気が。


 僅かに変わる。


 ゼノアが。


 ゆっくり顔を上げる。


「確実か」


「はい」


「魔王核反応を確認しております」


 沈黙。


 そして。


「第四軍団を向かわせろ」


「はっ」


「生死は問わん」


 一拍。


 赤い瞳が。


 暗闇の中で光る。


「核を持ち帰れ」


 兵が頭を下げる。


「御意」


 その背後。


 暗い広間のさらに奥。


 一瞬だけ。


 赤い炎が。


 静かに揺れた。


 誰かが。


 そこに立っていた。

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