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風葬のシルヴァ  作者: 桜
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第39話 レオンが開けた扉

 記録庫を出たあとも。


 シルヴァの頭には、さっき見た五つの紋章が残っていた。


 風。


 炎。


 水。


 大地。


 光。


 そして、その下に残っていたという。


 恩寵とは違う、正体不明の痕跡。


「……考えても分かんないな」


 大聖堂の廊下を歩きながら、シルヴァが小さく呟く。


「珍しい」


 隣を歩くクジャが言った。


「何が?」


「ちゃんと考えてる」


「俺いつも考えてるよ」


「たまに」


「たまになんだ」


 少し前を歩いていたティナが振り返る。


「二人とも、今する話?」


「ティナも考えてる?」


「考えてるわよ。当たり前でしょ」


「光のこと?」


「……っ」


 一瞬。


 ティナの肩が跳ねた。


 シルヴァは首を傾げる。


「どうしたの?」


「何でもない!」


「声大きい」


「クジャは黙ってて!」


 その様子を少し離れたところから見ていたガルドが、低く息を吐く。


「緊張感がないな」


「昨日死にかけたからね」


 シルヴァが返す。


「今日くらいいいでしょ」


「昨日死にかけた人が階段を三段飛ばししてたけど?」


 ティナ。


「まだ言う?」


「言う」


 そんな会話をしながら。


 四人は大聖堂の奥。


 人の少ない回廊へ入る。


 窓の外には、アルセリアの街並み。


 修復作業をしている人々の姿が見える。


 ガルドが足を止めた。


「シルヴァ」


「ん?」


「少し話がある」


「また地下?」


「違う」


「じゃあ聞く」


「地下だったら聞かないの?」


 ティナが呆れたように言う。


「内容による」


 ガルドは一つの部屋へ入った。


 簡素な応接室。


 机。


 椅子。


 古い棚。


 窓から朝の光が入っている。


「お前たちも座れ」


 ティナとクジャも椅子へ。


 シルヴァは最後に座った。


「何?」


 ガルドはすぐには答えなかった。


 机の上に。


 一枚の古い書類を置く。


 シルヴァが見る。


「……これ」


 そこには。


 十四歳だった頃の。


 自分の名前。


 そして。


 選抜大会への参加許可。


「まだ残ってたんだ」


「ああ」


「これがどうしたの?」


 ガルドはシルヴァを見る。


「お前は」


「なぜ自分があの大会へ出られたと思っている」


 シルヴァの目が僅かに細くなる。


「レオンが来たから」


「それだけか」


「……他にある?」


「ある」


 ガルドが椅子へ腰を下ろす。


「お前を外へ出すことに」


「アルセリアの上層部は最後まで反対していた」


 シルヴァは黙る。


 ティナも口を閉じた。


「当然だ」


 ガルドは続ける。


「当時のお前は、風の恩寵を完全には制御できていなかった」


「街の外へ出せば何が起きるか分からない」


「危険だと判断された」


「……知ってる」


「私も同じ判断をしていた」


 シルヴァの指が、僅かに動く。


「それも知ってる」


「だが」


「レオンは違った」


 その名前で。


 空気が少し変わった。


 シルヴァが顔を上げる。


「何したの」


「最初は」


「私に直接会いに来た」


「ガルドに?」


「ああ」


「面倒だった?」


「非常にな」


 シルヴァが少しだけ笑う。


「想像できる」


 ガルドの視線が遠くなる。


 昔を思い出すように。


 ――二年前より、さらに前。


 アルセリア大聖堂。


「この少年を外へ出せ」


 金髪の青年が。


 真正面から言った。


 ガルドはその言葉を聞いて。


 眉一つ動かさなかった。


「却下する」


「早いな」


「検討する必要がない」


「あるだろ」


「ない」


「ある」


「ない」


「あるって」


「ない」


「頑固だなあ」


「帰れ」


 レオンは帰らなかった。


 椅子に座った。


「じゃあさ」


「一個だけ聞いていい?」


「何だ」


「いつなら外へ出せる?」


「……何?」


「危険だから閉じ込める」


「それは分かった」


「じゃあ、いつ安全になる?」


「力を制御できるようになれば――」


「どこで?」


 ガルドが止まる。


 レオンは机に頬杖をついた。


「地下で?」


「誰とも戦わず?」


「誰とも話さず?」


「何も知らないまま?」


「それでどうやって安全になる?」


 沈黙。


「外に出したら危険」


「地下に置いたら成長しない」


「じゃあ一生閉じ込めとく?」


「……必要なら」


「それ」


 レオンの表情から。


 少しだけ笑みが消えた。


「生かしてるって言わないだろ」


 ガルドの目が鋭くなる。


「綺麗事で街は守れん」


「知ってるよ」


「だから」


 レオンは立ち上がった。


「ちゃんと街を守りながら」


「あいつを外に出す方法を考えようって言ってんの」


 場面が戻る。


 シルヴァは何も言わない。


 ガルドが続ける。


「レオンは」


「お前を勝手に連れ出すこともできた」


「……できたの?」


「あいつならな」


「でもしなかった」


「なぜだと思う」


 シルヴァは考える。


「俺が」


「また逃げたことになるから?」


 ガルドが少しだけ目を細めた。


「ああ」


「レオンは言った」


「自分が扉を壊せば」


「お前は一生、逃がされた少年になる」


「だが」


「自分の力で正式に外へ出れば違う」


 ティナが気づく。


「……だから選抜大会」


「そうだ」


「勇者一行へ加わる者を選ぶ公式大会」


「アルセリア側も」


「その結果まで否定することは難しい」


 シルヴァは机の上の書類を見る。


 昔は。


 ただ。


 レオンが突然現れ。


 大会へ出ろと言った。


 それだけだと思っていた。


「……そんなことしてたんだ」


「あいつは何度も来た」


「何度も?」


「十七回」


 シルヴァが顔を上げる。


「そんなに?」


「私は十九回だと思っていたが」


 部屋の入口から声。


 三人が振り返る。


 壁へ背を預けて。


 ディーンが立っていた。


「二回くらい俺も一緒だった」


「ディーン」


「勝手に入るな」


 ガルドが言う。


「扉開いてたぞ」


「閉め忘れだ」


「歳だな」


「出ていけ」


「やだね」


 ディーンはそのまま入ってきて、空いている椅子へ座った。


 シルヴァが聞く。


「ディーンも知ってたの?」


「一部はな」


「レオンがアルセリアと揉めてるのは知ってた」


「揉めてたって言い方やめろ」


「揉めてただろ」


「交渉だ」


「十九回来た交渉な」


 ガルドの額に青筋が浮かぶ。


 ティナが小さく咳払いした。


「続けてもらっていいですか」


「……ああ」


 ガルドは気を取り直す。


「最終的に」


「レオンは選抜大会への特例参加枠を作らせた」


「ただし条件があった」


「暴走すれば即失格」


「危険と判断されれば拘束」


「大会後、選ばれなければ地下へ戻る」


 シルヴァの顔が少し曇る。


「……最後のは知らなかった」


「レオンがお前に言わなかった」


「なんで?」


 ディーンが答える。


「勝つと思ってたからだろ」


「いや」


 ガルド。


「本人はこう言っていた」


『言ったら、あいつ絶対変な力入るだろ』


『負けたら地下に戻るとか考えながら剣振らせたくない』


『普通にやらせよう』


『普通に』


 シルヴァは。


 一瞬。


 笑った。


「……レオンっぽい」


「ああ」


 ディーンも僅かに口元を緩めた。


「その後は知っている通りだ」


 ガルド。


「お前は決勝まで勝ち進んだ」


 ティナが腕を組む。


「で」


「私に勝った」


 シルヴァが横を見る。


「まだ根に持ってる?」


「持ってない」


「顔が持ってる」


「持ってない!」


「ティナ、ちょっと持ってる」


「クジャ!」


 短い笑い。


 だが。


 シルヴァは。


 もう一度。


 書類を見る。


「じゃあ」


「俺が外に出たのって」


「レオンが勝手に助けたわけじゃなくて」


「俺が勝ったから?」


「そうだ」


 ガルドが頷く。


「レオンは道を作った」


「だが」


「そこを通ったのはお前だ」


 シルヴァの指が。


 書類の端へ触れる。


 しばらく。


 誰も喋らなかった。


 やがて。


 ディーンが言う。


「レオンは」


「そういう奴だったよ」


「全部やってくれるように見えて」


「最後の一歩は絶対本人にやらせる」


「……うん」


 シルヴァは。


 少しだけ俯いた。


「ずるいな」


「何が?」


「今さら知ったら」


「もっと会いたくなる」


 静かになった。


 ティナも。


 クジャも。


 何も言わない。


 ガルドも。


 視線を逸らさなかった。


「私からも」


 ガルドが言う。


「一つだけ言っておく」


 シルヴァが見る。


「お前を閉じ込めたことを」


「正しかったとは言わん」


「……」


「だが」


「当時の私は」


「それ以外でお前を生かす方法を見つけられなかった」


 シルヴァの表情が消える。


「それって」


「言い訳?」


「そう聞こえても構わん」


 ガルドは続ける。


「許せとも言わん」


「お前を殺させなかったことと」


「お前を傷つけたことは」


「別の話だ」


 シルヴァは。


 しばらくガルドを見る。


「……うん」


 それだけ。


 今は。


 それ以上答えなかった。


 ディーンが椅子の背へ身体を預ける。


「まあ」


「昔話はそれくらいにしとけ」


「まだあるの?」


 シルヴァ。


「俺にはない」


「お前にある」


「俺?」


「ミルス」


 その名前で。


 三人の表情が変わる。


 ディーンが机へ一枚の紙を置く。


「ヴァイラの記録」


「生存可能性」


「かなり高い」


 シルヴァの目が。


 真っ直ぐになる。


「……うん」


「会いに行くんだろ」


「そのつもり」


「なら」


 ディーンはシルヴァを見る。


「ちゃんと聞いてこい」


「何を?」


「全部だ」


「二年前」


「レオンが死んだ時」


「何が起きたのか」


「ミルスがどうなったのか」


「今」


「何をしてるのか」


 シルヴァは頷く。


「ディーンは?」


「俺は別で調べる」


「別?」


「ああ」


「魔王軍」


「魔王核」


「ノクティス」


「気になることが増えすぎた」


 シルヴァが眉を寄せる。


「一緒に来ないの?」


 ディーンは少しだけ笑う。


「いつまで先生付きで旅する気だ」


「別に先生って思ってない」


「昔泣きながら剣教えてって言ってた奴が」


「泣いてない!」


「泣いてた」


「十二歳だぞ!」


「十四だ」


「もっとダメじゃん!」


 クジャが。


「シルヴァ、泣くんだ」


「泣くよ!」


「見たい」


「やだよ!」


 ティナが笑う。


 ほんの少しだけ。


 重かった空気がほどけた。


 ディーンは立ち上がる。


 そして。


 シルヴァの頭を軽く叩いた。


「痛っ」


「お前は」


「昔よりちゃんと剣振れるようになった」


「急に何?」


「でも」


「まだ弱い」


「……褒めるかどっちかにしてよ」


「事実だ」


 ディーンは扉へ向かう。


「ミルスが生きてるなら」


「会ってこい」


 シルヴァが。


 その背中を見る。


「うん」


 ディーンは振り返らない。


「今度は」


「お前自身の耳で聞け」


「誰かに教えてもらうんじゃなく」


「自分で」


 扉が閉まる。


 部屋に。


 静けさが戻る。


 シルヴァは。


 机の上に残された。


 昔の選抜大会参加許可証を見る。


 レオンが作った。


 出口。


 でも。


 歩いたのは。


 自分。


「……レオン」


 小さく。


 名前を呼ぶ。


 返事はない。


 それでも。


 昔より。


 少しだけ。


 前へ進めた気がした。


 シルヴァは書類を置いた。


 立ち上がる。


「行こう」


 ティナが聞く。


「どこに?」


「まだ決めてない」


「決めてから言いなさいよ」


 クジャが立つ。


「とりあえずご飯」


「それだ」


「話まとまってないんだけど!」


 三人の声が。


 朝の大聖堂へ響いた。

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