第37話 届いた報告
魔大陸ノクティス。
遥か東。
黒い城。
窓の外には。
赤黒い雲が。
低く垂れ込めていた。
その最深部。
巨大な玉座。
「…………」
一人の男が。
目を閉じている。
長い黒髪。
人の形をしていながら。
その周囲だけ。
空気が重い。
第一魔王。
その胸元。
突然。
黒い光が。
小さく。
灯った。
――ドクン。
「……」
瞼が。
開く。
赤い瞳。
次の瞬間。
流れ込む。
◇
東方。
破壊された防衛拠点。
白銀の髪。
風。
◇
王都レグナ。
白金の光を纏う少女。
◇
学術都市エルネア。
右眼を開く。
眼帯の少女。
◇
雷。
黒衣の剣士。
◇
聖都アルセリア。
大地の恩寵。
地下封印。
地脈の亀裂。
◇
そして。
ヴァイラ。
最後の戦い。
風。
雷。
《構装》。
大地。
特殊な眼。
五つの力が。
一つへ重なる。
胸。
剣。
貫通。
『この大陸は――』
『想定より、高くつく』
◇
映像。
音。
感覚。
そして。
ヴァイラ自身が得た。
判断。
推測。
戦力評価。
全て。
第一魔王へ。
流れ込んでいく。
「…………」
黒い光が。
消えた。
玉座の脇。
一体の魔族が。
跪いている。
「第二軍団との連絡が」
「途絶えました」
「知っている」
「……?」
「ヴァイラは死んだ」
魔族が。
顔を上げる。
「軍団長が……?」
「ああ」
第一魔王の声に。
怒りはない。
「だが」
「役目は果たした」
右手を。
ゆっくり開く。
「《魔装》は」
「ただ力を与えるためのものではない」
「我が力を預けた時点で」
「軍団長と私は」
「僅かに繋がっている」
「では……」
「ヴァイラが見たもの」
「知ったもの」
「戦ったもの」
「死の直前まで」
赤い瞳。
細くなる。
「全て届いている」
魔族が。
息を呑む。
「風の恩寵」
「シルヴァ・ライズ」
「光の後継者と思われる少女」
「大地を預かる最高司祭」
「元勇者一行の雷剣士」
そして。
一瞬。
止まる。
「……眼帯の娘」
「その者が何か?」
「いや」
第一魔王は。
何も答えない。
だが。
あの右眼を通して。
ヴァイラが感じた。
妙な違和感。
オーラでもない。
恩寵でもない。
そして。
完全な他人の力とも。
思えない。
「面白い」
「……?」
「アステラは」
第一魔王が。
僅かに笑う。
「まだ」
「思ったより」
「多くを残しているらしい」
◇
「第二軍団の再編を?」
跪く魔族が聞いた。
「急ぐ必要はない」
「しかし軍団長を失いました」
「ヴァイラ一人の死と」
「得た情報」
第一魔王。
即答。
「比べるものではない」
「…………」
「次に攻める時は」
指。
玉座の肘掛け。
軽く叩く。
「もう」
「知らない相手ではない」
コツ。
コツ。
「風は空へ逃げる」
「雷は接触に強い」
「構装は戦場そのものを作る」
「大地は侵入系統の天敵」
「眼は」
少し。
間。
「力の構造を見る」
その全てを。
もう。
知っている。
「ヴァイラの敗北は」
「次の勝利に使う」
第一魔王の目が。
暗闇の中で。
赤く光った。
◇
翌朝。
聖都アルセリア。
ゲイルの家。
「…………」
シルヴァが。
目を開けた。
「痛い」
最初の一言。
胸。
肩。
脇腹。
全部。
痛い。
「……昨日より痛い」
起き上がろうとする。
「っっ……」
やめる。
「寝よ」
コンコン。
「起きてる?」
ティナ。
「今寝るところ」
「起きてるじゃない」
扉。
開く。
ティナ。
その後ろ。
クジャ。
「おはよう」
「おはよう」
クジャの手。
パン。
「それ俺の?」
「私の」
「朝から?」
「うん」
「元気だね」
ティナが。
シルヴァの横へ。
「熱は?」
「ない」
額。
手。
触れる。
「…………」
シルヴァ。
ティナを見る。
「何」
「近い」
「昨日の仕返し?」
「違う!」
ティナ。
すぐ離れる。
クジャが。
パンを食べながら。
「顔赤い」
「朝だから!」
「関係ある?」
「ある!」
「ないと思う」
「クジャ!」
◇
朝食。
ゲイルが。
スープ。
パン。
卵。
並べる。
「今日は大聖堂へ行くんだろう」
「うん」
シルヴァ。
片手。
パン。
「本当に行くのか」
「ディーンが待ってる」
「医務室の人間には?」
「安静って言われた」
「なら安静にしろ」
「大聖堂まで歩くだけ」
ティナが言う。
「私が見張ります」
「頼む」
「父さんとティナが仲良くなってる」
「あなたが言うこと聞かないからよ」
クジャ。
「共同戦線」
「何それ」
◇
大聖堂。
昨日の戦闘跡は。
まだ。
至る所に残っている。
割れた石床。
欠けた柱。
運び出される瓦礫。
修復を始める人々。
「……結構壊れたね」
シルヴァが言った。
「誰の戦闘?」
クジャ。
「半分くらい俺かも」
「反省して」
「敵が」
「反省して」
「はい」
ティナが。
少し笑った。
◇
地下資料室。
扉。
開く。
「遅え」
ディーン。
机。
座っている。
「安静にしてた」
「珍しい」
「皆それ言う」
ガルドも。
奥。
大量の書類。
確認している。
「座れ」
「ガルドまで」
「昨日死にかけた人間が立つな」
「はい」
シルヴァ。
素直に椅子。
「……」
ガルドが。
僅かに見る。
「何?」
「本当に素直だな」
「もういいって」
◇
「ヴァイラの持ち物を調べた」
ディーンが。
黒い記録帳を。
机へ置く。
「かなり面白えもんが出た」
「俺の悪口?」
「それもある」
「あるの?」
「危険度評価だ」
「悪口じゃん」
「違う」
ティナが記録帳を覗く。
「何が書いてあるんですか?」
「アステラ各地の戦力」
「道路」
「補給路」
「都市」
「軍隊」
「恩寵」
「強いオーラ使い」
「全部だ」
クジャが言う。
「戦争の準備」
「ああ」
ディーン。
ページ。
めくる。
「ただ」
「俺たちにとって重要なのは」
「こっちだ」
一枚。
止める。
シルヴァ。
文字。
見る。
目。
止まる。
《旧勇者一行生存者に関する再調査》
「…………」
ディーン。
指。
一人。
「俺」
次。
「シルヴァ」
そして。
もう一つ。
ミルス。
「…………」
シルヴァ。
身を乗り出す。
「何て?」
「読め」
「…………」
その下。
ヴァイラの記録。
生存可能性――極めて高。
「……!」
ティナが。
シルヴァを見る。
「ミルスさん」
「生きてる……?」
シルヴァの声。
小さい。
「可能性は高い」
ディーンが答える。
「少なくとも」
「魔王軍もそう判断してた」
「どこにいる?」
「そこが問題だ」
ページ。
さらに。
下。
ノクティス。
複数の情報。
異常な魔物。
存在しないはずの生物。
突然現れた建造物。
人間に近い姿の。
正体不明の女。
「これ」
ティナが聞く。
「全部同じ場所?」
「周辺地域は近い」
ディーンが答える。
「ただし」
「ミルス本人だと断定はされてねえ」
シルヴァは。
記録から。
目を離さない。
「でも」
「生きてる可能性は高い」
「ああ」
「…………」
少し。
笑う。
「よかった」
ディーンが。
その顔を見る。
「まだ喜ぶのは早えぞ」
「分かってる」
「何が起きてるか」
「分からねえ」
「うん」
「昔のミルスと同じ状態とも限らない」
「……うん」
それでも。
シルヴァは。
もう一度。
名前を見る。
ミルス。
「死んでるって決まってるより」
「いい」
ディーンは。
何も言わなかった。
◇
ガルドが。
別の紙を。
机へ置く。
「もう一つ」
「何?」
「ヴァイラの報告形式だ」
「報告?」
「ああ」
「記録帳の一部に」
「送信済みを示す符号がある」
ティナが。
顔を上げる。
「誰に?」
「恐らく」
ガルド。
少し。
間を置く。
「第一魔王」
シルヴァの表情。
変わる。
「ヴァイラが言ってた」
「《魔装》は第一魔王から預けられた力だって」
「私も気になっていた」
ガルドが答える。
「そして」
「ヴァイラが死んだ直後」
「地下に残っていた魔王由来の力が」
「一瞬」
「ノクティス方向へ消えた」
クジャの右眼。
眼帯の下。
僅かに。
疼く。
「戻った?」
全員。
クジャを見る。
「多分」
「また多分?」
シルヴァ。
「でも」
クジャが。
胸元を指す。
「ヴァイラの中にあった」
「ヴァイラじゃない力」
「死んだ時」
「消えた」
「ただ消滅した感じじゃなかった」
ディーンの表情が。
険しくなる。
「持ち主に帰った」
「……かも」
「つまり」
ティナが言う。
「今回」
「ヴァイラが調べたこと」
「私たちの能力も」
「戦い方も」
「全部」
ディーン。
「あっちに伝わったと思った方がいい」
沈黙。
「…………」
シルヴァが。
口を開く。
「じゃあ」
「次会った時」
「同じやり方は通じない?」
「その可能性が高い」
「面倒」
クジャ。
「だね」
「お前ら軽いな」
ディーンが呆れる。
シルヴァ。
少しだけ。
笑う。
「でも」
「向こうが俺たちのこと知ったなら」
「俺たちも」
ヴァイラの記録帳。
指。
「向こうのこと」
「もっと知ればいい」
ガルドが。
シルヴァを見る。
「そのために」
「アルセリアへ来たのだろう」
「うん」
◇
ガルド。
立つ。
「なら」
「見せるべきものがある」
「何?」
「五大恩寵について」
部屋。
奥。
巨大な書架。
さらに。
その裏。
「現存する」
「最古の記録だ」
ティナの目が。
大きくなる。
「光についても?」
「ああ」
「風も?」
「ある」
シルヴァ。
すぐ立とうとする。
「行こう」
「座れ」
「でも」
「逃げん」
「…………」
「明日だ」
「また明日?」
「お前はまず治せ」
シルヴァ。
不満。
「ミルスの記録も?」
「整理しておく」
ディーンが言う。
「逃げねえって言ったろ」
「……うん」
「だから今日は」
ティナ。
シルヴァの肩を押す。
「帰る」
「まだ昼」
「帰る」
「甘いもの」
「…………」
ティナが。
一瞬。
黙る。
「一個だけ」
「やった」
クジャ。
「妬く?」
「何に!?」
「シルヴァと甘いもの」
「もう意味分かんない!」
◇
ノクティス。
黒い城。
第一魔王は。
一人。
地図を見ていた。
アステラ。
聖都アルセリア。
そして。
そこから。
西北。
海。
「…………」
ヴァイラの記憶。
ミルス。
旧勇者一行。
シルヴァ。
その目的。
繋がる。
「来るか」
赤い瞳が。
細くなる。
ノクティスへ。
「シルヴァ・ライズ」
今度は。
第一魔王も。
彼の名を。
知っていた。




