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風葬のシルヴァ  作者: 桜
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36/82

第36話 戦いのあと

 第二軍団長。


 ヴァイラ。


 死亡。


 その報せが。


 地上へ届くまで。


 そう時間はかからなかった。


     ◇


 聖都アルセリア。


 東南区。


「軍団長が――!?」


 魔族兵の顔色が変わる。


「ヴァイラ様が討たれた!」


「ドレグ部隊長も!」


「メルザ部隊長も反応なし!」


「セイル様も戻っていない!」


 指揮系統。


 崩壊。


 命令を失った兵たちが。


 一斉に。


 動揺する。


 さらに。


 《血標》による統率を失った魔獣。


 ヴァイラの《侵脈》も消え。


 街の各所に伸びていた。


 黒い脈も。


 次々と。


 止まっていく。


「撤退だ!」


「南東へ抜けろ!」


「負傷者を回収しろ!」


「魔獣は捨てろ!」


 聖都兵が。


 追おうとする。


「追撃隊!」


「待て!」


 兵長が止めた。


「市街地の安全確保が先だ!」


「だが敵が――」


「門が壊れている!」


「負傷者もいる!」


「避難民を戻すな!」


「まず街を立て直せ!」


「……はっ!」


 魔王軍第二軍団。


 その残存部隊は。


 聖都から。


 退いていった。


     ◇


 大聖堂地下。


「…………」


 シルヴァが。


 壁にもたれている。


「帰った?」


「地上から戦闘音は減ったな」


 ディーンが答える。


「なら俺も――」


「休め」


 ティナ。


「でも」


「休む」


「はい」


 シルヴァが。


 素直に座り直す。


 クジャが。


 隣に座った。


「素直」


「痛いから」


「さっきまで戦ってた」


「あれは必要だった」


「今は?」


「必要じゃない」


「成長」


「もっと褒めて」


「偉い」


「雑」


 ティナが。


 シルヴァの胸の傷を見る。


 クジャの♥4で。


 出血自体は抑えられている。


 だが。


 それだけ。


「医務室行った方がいい」


「うん」


「……本当に素直ね」


「だから痛いって」


「どこが一番?」


「全部」


「それは困る!」


 ディーンが笑う。


「ヴァイラ相手に一人で粘った代金だ」


「高かった」


「安いくらいだ」


「死んでねえんだからな」


 シルヴァが。


 少しだけ。


 ヴァイラの亡骸を見る。


「…………」


「どうした」


 ディーンが聞く。


「セイルも」


「ドレグも」


「メルザも」


「ヴァイラも」


「死んだんだよね」


「ああ」


「強かった」


「そうだな」


「魔王軍って」


 シルヴァの声が。


 少し真面目になる。


「これが普通なの?」


 ディーンは。


 すぐには答えなかった。


「いや」


「?」


「軍団長は別格だ」


「やっぱり?」


「あれが何人もその辺歩いてたら」


 ディーンが肩をすくめる。


「とっくにアステラは終わってる」


「……それもそうか」


 ティナが聞く。


「《魔装》については?」


「俺も初めて見た」


「ディーンさんも?」


「ああ」


「二年前のノクティスでも?」


「少なくとも俺は知らねえ」


 クジャが言う。


「魔王の力」


「混ざってた」


「あれが問題だな」


 ディーンの表情が。


 険しくなる。


「ヴァイラ本人のオーラだけじゃない」


「軍団長へ」


「別の奴が力を渡してる」


「第一魔王」


 シルヴァが言う。


「ヴァイラがそう言ってた」


「……ああ」


「その名前も」


「覚えといた方がよさそうだ」


     ◇


「話は後にしろ」


 ガルド。


 最深部。


 まだ。


 封印陣の前にいる。


「ガルド」


「何だ」


「手伝う?」


「お前は何を聞いていた」


「休めって」


「なら休め」


「全員それ言う」


「正しいからだ」


 ガルドが。


 聖杖を地面へ。


 静かに突く。


 茶金色。


 損傷した封印術式へ。


 流れる。


「完全修復には」


「数日かかる」


 ティナが聞く。


「危険は?」


「今すぐ亀裂が開くことはない」


「よかった……」


「だが」


 ガルドの目が。


 ヴァイラの《侵脈》が残した傷へ向く。


「想定以上に深く侵されている」


「どうするの?」


 シルヴァが聞く。


「直す」


「一人で?」


「聖職者たちも使う」


「恩寵の部分は私がやる」


「そっか」


「だから」


「休め?」


「そうだ」


「分かった」


 ガルドが。


 少しだけ。


 シルヴァを見る。


「…………」


「何」


「いや」


「何か言いたそう」


「お前が素直に言うことを聞く日が来るとはな」


「今日それ何回目?」


     ◇


 地上。


 大聖堂前。


「負傷者をこちらへ!」


「包帯が足りません!」


「西礼拝堂から持ってこい!」


「水!」


「担架!」


 戦闘が終わっても。


 街は。


 止まらない。


 崩れた石壁。


 破壊された東南門。


 傷ついた兵士。


 不安そうな住民。


 その中。


 大聖堂地下への扉が。


 開いた。


「出てきたぞ!」


 先頭。


 ディーン。


 次。


 クジャ。


 そして。


「ちょっと待って」


「何」


「歩ける」


「さっきふらついたでしょ」


 ティナの肩へ。


 シルヴァが腕を回している。


「恥ずかしい」


「今さら!?」


「人多い」


「戦場でそこ気にする!?」


 クジャが振り返る。


「お似合い」


「クジャ!」


「何?」


「後で覚えてなさい!」


「何するの」


「……考えてない!」


 シルヴァが。


 少し笑う。


「ティナ」


「何!」


「元気だね」


「誰のせいよ!」


     ◇


「シルヴァ!」


 聞き覚えのある声。


「……?」


 人混み。


 男が。


 走ってくる。


「父さん」


 ゲイル。


 顔色。


 真っ青。


 シルヴァを見る。


 血。


 裂けた服。


 傷。


 ティナに支えられている身体。


「お前……!」


「大丈夫」


「どこがだ!」


「今日そればっか言われる」


「笑ってる場合か!」


 ゲイルが。


 シルヴァの肩へ手を伸ばして。


 傷に気づく。


 止める。


「……触っていいのか」


 シルヴァが。


 一瞬。


 黙る。


「うん」


 ゲイルの手が。


 そっと。


 傷のない方の肩へ置かれる。


「……馬鹿」


「父さんまで?」


「帰ってきて」


「二日も経ってないのに」


「何でこんな姿になる」


「色々あって」


「色々で済ませるな」


 ディーンが横から言う。


「昔からそうなんだよ」


「ディーン」


 ゲイルが。


 初めて。


 そちらを見る。


「……生きていたのか」


「おう」


「久しぶりだな」


「本当に……」


 ゲイルが。


 少し。


 泣きそうな顔になる。


「お前も」


「シルヴァも」


「二人とも」


 ディーンが。


 少し困ったように。


 頭を掻いた。


「そういう顔すんな」


「まだ死んでねえよ」


     ◇


 大聖堂医務室。


「脱いで」


「え」


「上」


「ここで?」


「治療室よ!」


 女性聖職者が怒る。


「早く!」


「はい」


 シルヴァ。


 破れた黒い上衣を。


 脱ぐ。


「…………」


 ティナ。


 視線。


 少し。


 横。


 クジャが見る。


「ティナ」


「何」


「見ないの?」


「治療の邪魔になるでしょ!」


「顔赤い」


「暑いの!」


「地下寒かった」


「ここは暑いの!」


「二人とも」


 シルヴァが言う。


「何してるの?」


「あなたは黙って治療されて!」


「はい」


 聖職者が。


 傷を確認する。


「胸部裂傷」


「肩部裂傷」


「脇腹は強い打撲」


「肋骨……」


 触れる。


「痛い?」


「ちょっと」


 押す。


「いっっ……!」


「痛いんじゃない」


「今のは痛い」


「骨折はなさそう」


「ただし数日は安静」


「数日?」


 シルヴァの顔が。


 本気で嫌そうになる。


「無理」


「無理じゃない!」


 ティナと聖職者。


 声。


 重なる。


「…………」


 シルヴァ。


「はい」


 クジャが。


 小さく拍手した。


     ◇


 夕方。


 聖都。


 黒煙は。


 ほとんど消えていた。


 死者。


 負傷者。


 被害。


 まだ。


 全ては確認できていない。


 それでも。


 街は。


 残った。


 大聖堂も。


 立っている。


 第二軍団は。


 退いた。


     ◇


 ゲイルの家。


「何で」


 ティナが聞く。


「ここにいるの」


「帰ってきたから」


 シルヴァ。


 寝台。


「医務室に泊まれって言われたでしょ」


「嫌だった」


「安静は!?」


「家でもできる」


「…………」


 ゲイルが。


 台所から顔を出す。


「俺が連れて帰った」


「お父さん!」


「すまない」


「でも」


「こいつが」


 ゲイルが。


 少し笑う。


「家で寝たいって言ったから」


「…………」


 ティナの怒りが。


 少し。


 止まる。


「……そう言われると」


「怒りづらい」


 シルヴァが言う。


「ガルドと同じこと言ってる」


「誰のせいよ!」


     ◇


 食卓。


 ゲイル。


 ティナ。


 クジャ。


 ディーン。


 そして。


 包帯だらけのシルヴァ。


「食えるのか?」


 ディーンが聞く。


「食べる」


「さっきまで寝てたぞ」


「お腹空いた」


「元気じゃねえか」


「治ったかも」


「治ってない!」


 ティナ。


 即答。


 ゲイルが。


 スープを置く。


「母さんがよく作ってたものだ」


 シルヴァの手が。


 止まる。


「…………」


 白い豆。


 野菜。


 少しだけ。


 香草。


 昔。


 母が。


 地下へ持ってきてくれた。


「覚えてる?」


「ああ」


「そう」


 一口。


「…………」


 ティナが。


 そっと見る。


「どう?」


「同じ」


 ゲイルが。


 小さく笑う。


「母さんに教わった」


「知らなかった」


「作る機会がなかったからな」


「…………」


 シルヴァ。


 もう一口。


「美味しい」


「そうか」


 それだけ。


 ゲイルは。


 答えた。


     ◇


 しばらく。


 戦いとは関係のない。


 食事。


 クジャがパンを三つ食べ。


 ティナに食べすぎだと言われ。


 ディーンが肉を追加し。


 シルヴァも取ろうとして。


「病人は消化いいもの」


 ティナに止められた。


「一個だけ」


「駄目」


「半分」


「駄目」


「一口」


「……一口だけ」


「やった」


 クジャが言う。


「甘い」


「誰が!?」


「ティナ」


「シルヴァに」


「違う!」


 ディーンが。


 静かに肉を食べながら。


「分かりやすいな」


「ディーンさんまで!」


 ゲイルは。


 何も言わず。


 少しだけ。


 笑っていた。


     ◇


 食事の後。


 ディーンが。


 立ち上がる。


「俺は大聖堂戻る」


「今から?」


 シルヴァが聞く。


「ああ」


「ガルドに確認したいことがある」


「何?」


「ヴァイラの残したもの」


「魔王軍の資料」


「それと」


 少し。


「二年前の記録だ」


 シルヴァが。


 顔を上げる。


「レオン?」


「ああ」


「ミルスも?」


「……ああ」


「俺も行く」


「寝ろ」


「でも」


「明日だ」


「…………」


「逃げねえよ」


 ディーンが。


 シルヴァの頭へ。


 手を置く。


 ぐしゃ。


 銀髪を。


 乱す。


「今度は」


「ちゃんと待っててやる」


「…………」


 シルヴァが。


 少しだけ。


 黙る。


「絶対?」


「ああ」


「勝手にいなくならない?」


 ディーンの手が。


 止まる。


「……ああ」


「約束する」


 シルヴァが。


 ゆっくり頷いた。


「分かった」


「じゃあ寝る」


「おう」


 ディーン。


 玄関へ。


「ディーン」


「あ?」


「おやすみ」


「……おう」


 扉。


 閉じる。


     ◇


 夜。


 シルヴァの部屋。


 昔使っていた。


 小さな部屋。


 寝台。


 その横。


 木の練習剣。


 母の布。


「…………」


 シルヴァは。


 天井を見ていた。


 眠れない。


 身体は。


 疲れ切っている。


 でも。


 頭の中。


 ヴァイラ。


 《魔装》。


 魔王の力。


 第一魔王。


 二年前。


 六つへ散った。


 ゼノアの気配。


 そして。


 ミルス。


「…………」


 コン。


 扉。


「起きてる?」


 ティナ。


「起きてる」


「入るよ」


「うん」


 扉が開く。


 ティナ。


 水。


 持っている。


「薬」


「忘れてた」


「だから来た」


「ありがとう」


 渡す。


 シルヴァ。


 飲む。


「…………」


 ティナが。


 寝台横。


 椅子へ。


 座った。


「何?」


「何でもない」


「帰らないの?」


「もう少しいる」


「そっか」


 静か。


 少しして。


 ティナが言う。


「怖かった」


「今日?」


「うん」


「聖都が襲われたのも」


「怖かったけど」


 シルヴァを見る。


「地下で」


「あなた見つけた時」


「…………」


「本当に」


「死ぬかと思った」


 シルヴァが。


 視線を天井へ戻す。


「ごめん」


 ティナが。


 少し驚く。


「……素直」


「今日そればっか」


「だって」


「あなたが謝ると思わなかった」


「俺も」


「一人で勝てるかなって思ってた」


「馬鹿」


「うん」


「ヴァイラの方が強かった」


「うん」


「普通に?」


「普通に」


「…………」


 ティナ。


 ため息。


「ちゃんと分かってるならいい」


「でも」


「?」


「次会ったら」


「一人でも勝ちたい」


「反省してない!」


「一人で行くとは言ってない」


「…………」


「皆がいるなら」


「皆で戦う」


 ティナが。


 シルヴァを見る。


「……ならいい」


「うん」


 少し。


 沈黙。


「ティナ」


「何?」


「今日」


「来てくれてありがとう」


「…………」


「ディーンも」


「クジャも」


「ガルドも」


「一人だったら」


 シルヴァが。


 少し笑う。


「多分死んでた」


「笑って言わないで」


「ごめん」


「…………」


 ティナの頬。


 少しだけ。


 赤くなる。


「もう寝なさい」


「うん」


「明日」


「大聖堂行くんでしょ」


「行く」


「私も行くから」


「クジャも?」


「もちろん」


「じゃあ三人」


「うん」


 シルヴァが。


 目を閉じる。


「おやすみ」


「おやすみ」


 ティナが。


 立ち上がる。


 扉へ。


 その時。


「ティナ」


「何?」


「明日」


「甘いもの食べたい」


「…………」


「今いい感じだったのに!」


「駄目?」


「治ったら!」


「明日には治る」


「治らない!」


     ◇


 同じ頃。


 大聖堂。


 地下資料庫。


 ディーン。


 ガルド。


 二人。


 机。


 その上。


 回収された。


 ヴァイラの持っていた。


 一冊の黒い記録帳。


「…………」


 ディーンが。


 ページをめくる。


 軍事道路。


 防衛拠点。


 五大恩寵。


 シルヴァ。


 ティナ。


 ディーン。


 ガルド。


 細かな評価。


「本当に」


「何でも調べてやがる」


「軍団長としては優秀だったのだろう」


「敵じゃなきゃな」


 数枚。


 ページ。


 進む。


「…………」


 ディーンの手が。


 止まった。


「ガルド」


「何だ」


「これ」


 一行。


 ヴァイラの筆跡。


 ノクティス。


 その下。


 ある記録。


 《旧勇者一行生存者に関する再調査》


 そして。


 その中。


 名前。


 ディーン。


 シルヴァ。


 さらに。


 一つ。


「…………」


 ディーンの顔から。


 表情が消えた。


 ガルドが。


 ページを見る。


 そこには。


 こう書かれていた。


 ミルス――生存可能性、極めて高。

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