第36話 戦いのあと
第二軍団長。
ヴァイラ。
死亡。
その報せが。
地上へ届くまで。
そう時間はかからなかった。
◇
聖都アルセリア。
東南区。
「軍団長が――!?」
魔族兵の顔色が変わる。
「ヴァイラ様が討たれた!」
「ドレグ部隊長も!」
「メルザ部隊長も反応なし!」
「セイル様も戻っていない!」
指揮系統。
崩壊。
命令を失った兵たちが。
一斉に。
動揺する。
さらに。
《血標》による統率を失った魔獣。
ヴァイラの《侵脈》も消え。
街の各所に伸びていた。
黒い脈も。
次々と。
止まっていく。
「撤退だ!」
「南東へ抜けろ!」
「負傷者を回収しろ!」
「魔獣は捨てろ!」
聖都兵が。
追おうとする。
「追撃隊!」
「待て!」
兵長が止めた。
「市街地の安全確保が先だ!」
「だが敵が――」
「門が壊れている!」
「負傷者もいる!」
「避難民を戻すな!」
「まず街を立て直せ!」
「……はっ!」
魔王軍第二軍団。
その残存部隊は。
聖都から。
退いていった。
◇
大聖堂地下。
「…………」
シルヴァが。
壁にもたれている。
「帰った?」
「地上から戦闘音は減ったな」
ディーンが答える。
「なら俺も――」
「休め」
ティナ。
「でも」
「休む」
「はい」
シルヴァが。
素直に座り直す。
クジャが。
隣に座った。
「素直」
「痛いから」
「さっきまで戦ってた」
「あれは必要だった」
「今は?」
「必要じゃない」
「成長」
「もっと褒めて」
「偉い」
「雑」
ティナが。
シルヴァの胸の傷を見る。
クジャの♥4で。
出血自体は抑えられている。
だが。
それだけ。
「医務室行った方がいい」
「うん」
「……本当に素直ね」
「だから痛いって」
「どこが一番?」
「全部」
「それは困る!」
ディーンが笑う。
「ヴァイラ相手に一人で粘った代金だ」
「高かった」
「安いくらいだ」
「死んでねえんだからな」
シルヴァが。
少しだけ。
ヴァイラの亡骸を見る。
「…………」
「どうした」
ディーンが聞く。
「セイルも」
「ドレグも」
「メルザも」
「ヴァイラも」
「死んだんだよね」
「ああ」
「強かった」
「そうだな」
「魔王軍って」
シルヴァの声が。
少し真面目になる。
「これが普通なの?」
ディーンは。
すぐには答えなかった。
「いや」
「?」
「軍団長は別格だ」
「やっぱり?」
「あれが何人もその辺歩いてたら」
ディーンが肩をすくめる。
「とっくにアステラは終わってる」
「……それもそうか」
ティナが聞く。
「《魔装》については?」
「俺も初めて見た」
「ディーンさんも?」
「ああ」
「二年前のノクティスでも?」
「少なくとも俺は知らねえ」
クジャが言う。
「魔王の力」
「混ざってた」
「あれが問題だな」
ディーンの表情が。
険しくなる。
「ヴァイラ本人のオーラだけじゃない」
「軍団長へ」
「別の奴が力を渡してる」
「第一魔王」
シルヴァが言う。
「ヴァイラがそう言ってた」
「……ああ」
「その名前も」
「覚えといた方がよさそうだ」
◇
「話は後にしろ」
ガルド。
最深部。
まだ。
封印陣の前にいる。
「ガルド」
「何だ」
「手伝う?」
「お前は何を聞いていた」
「休めって」
「なら休め」
「全員それ言う」
「正しいからだ」
ガルドが。
聖杖を地面へ。
静かに突く。
茶金色。
損傷した封印術式へ。
流れる。
「完全修復には」
「数日かかる」
ティナが聞く。
「危険は?」
「今すぐ亀裂が開くことはない」
「よかった……」
「だが」
ガルドの目が。
ヴァイラの《侵脈》が残した傷へ向く。
「想定以上に深く侵されている」
「どうするの?」
シルヴァが聞く。
「直す」
「一人で?」
「聖職者たちも使う」
「恩寵の部分は私がやる」
「そっか」
「だから」
「休め?」
「そうだ」
「分かった」
ガルドが。
少しだけ。
シルヴァを見る。
「…………」
「何」
「いや」
「何か言いたそう」
「お前が素直に言うことを聞く日が来るとはな」
「今日それ何回目?」
◇
地上。
大聖堂前。
「負傷者をこちらへ!」
「包帯が足りません!」
「西礼拝堂から持ってこい!」
「水!」
「担架!」
戦闘が終わっても。
街は。
止まらない。
崩れた石壁。
破壊された東南門。
傷ついた兵士。
不安そうな住民。
その中。
大聖堂地下への扉が。
開いた。
「出てきたぞ!」
先頭。
ディーン。
次。
クジャ。
そして。
「ちょっと待って」
「何」
「歩ける」
「さっきふらついたでしょ」
ティナの肩へ。
シルヴァが腕を回している。
「恥ずかしい」
「今さら!?」
「人多い」
「戦場でそこ気にする!?」
クジャが振り返る。
「お似合い」
「クジャ!」
「何?」
「後で覚えてなさい!」
「何するの」
「……考えてない!」
シルヴァが。
少し笑う。
「ティナ」
「何!」
「元気だね」
「誰のせいよ!」
◇
「シルヴァ!」
聞き覚えのある声。
「……?」
人混み。
男が。
走ってくる。
「父さん」
ゲイル。
顔色。
真っ青。
シルヴァを見る。
血。
裂けた服。
傷。
ティナに支えられている身体。
「お前……!」
「大丈夫」
「どこがだ!」
「今日そればっか言われる」
「笑ってる場合か!」
ゲイルが。
シルヴァの肩へ手を伸ばして。
傷に気づく。
止める。
「……触っていいのか」
シルヴァが。
一瞬。
黙る。
「うん」
ゲイルの手が。
そっと。
傷のない方の肩へ置かれる。
「……馬鹿」
「父さんまで?」
「帰ってきて」
「二日も経ってないのに」
「何でこんな姿になる」
「色々あって」
「色々で済ませるな」
ディーンが横から言う。
「昔からそうなんだよ」
「ディーン」
ゲイルが。
初めて。
そちらを見る。
「……生きていたのか」
「おう」
「久しぶりだな」
「本当に……」
ゲイルが。
少し。
泣きそうな顔になる。
「お前も」
「シルヴァも」
「二人とも」
ディーンが。
少し困ったように。
頭を掻いた。
「そういう顔すんな」
「まだ死んでねえよ」
◇
大聖堂医務室。
「脱いで」
「え」
「上」
「ここで?」
「治療室よ!」
女性聖職者が怒る。
「早く!」
「はい」
シルヴァ。
破れた黒い上衣を。
脱ぐ。
「…………」
ティナ。
視線。
少し。
横。
クジャが見る。
「ティナ」
「何」
「見ないの?」
「治療の邪魔になるでしょ!」
「顔赤い」
「暑いの!」
「地下寒かった」
「ここは暑いの!」
「二人とも」
シルヴァが言う。
「何してるの?」
「あなたは黙って治療されて!」
「はい」
聖職者が。
傷を確認する。
「胸部裂傷」
「肩部裂傷」
「脇腹は強い打撲」
「肋骨……」
触れる。
「痛い?」
「ちょっと」
押す。
「いっっ……!」
「痛いんじゃない」
「今のは痛い」
「骨折はなさそう」
「ただし数日は安静」
「数日?」
シルヴァの顔が。
本気で嫌そうになる。
「無理」
「無理じゃない!」
ティナと聖職者。
声。
重なる。
「…………」
シルヴァ。
「はい」
クジャが。
小さく拍手した。
◇
夕方。
聖都。
黒煙は。
ほとんど消えていた。
死者。
負傷者。
被害。
まだ。
全ては確認できていない。
それでも。
街は。
残った。
大聖堂も。
立っている。
第二軍団は。
退いた。
◇
ゲイルの家。
「何で」
ティナが聞く。
「ここにいるの」
「帰ってきたから」
シルヴァ。
寝台。
「医務室に泊まれって言われたでしょ」
「嫌だった」
「安静は!?」
「家でもできる」
「…………」
ゲイルが。
台所から顔を出す。
「俺が連れて帰った」
「お父さん!」
「すまない」
「でも」
「こいつが」
ゲイルが。
少し笑う。
「家で寝たいって言ったから」
「…………」
ティナの怒りが。
少し。
止まる。
「……そう言われると」
「怒りづらい」
シルヴァが言う。
「ガルドと同じこと言ってる」
「誰のせいよ!」
◇
食卓。
ゲイル。
ティナ。
クジャ。
ディーン。
そして。
包帯だらけのシルヴァ。
「食えるのか?」
ディーンが聞く。
「食べる」
「さっきまで寝てたぞ」
「お腹空いた」
「元気じゃねえか」
「治ったかも」
「治ってない!」
ティナ。
即答。
ゲイルが。
スープを置く。
「母さんがよく作ってたものだ」
シルヴァの手が。
止まる。
「…………」
白い豆。
野菜。
少しだけ。
香草。
昔。
母が。
地下へ持ってきてくれた。
「覚えてる?」
「ああ」
「そう」
一口。
「…………」
ティナが。
そっと見る。
「どう?」
「同じ」
ゲイルが。
小さく笑う。
「母さんに教わった」
「知らなかった」
「作る機会がなかったからな」
「…………」
シルヴァ。
もう一口。
「美味しい」
「そうか」
それだけ。
ゲイルは。
答えた。
◇
しばらく。
戦いとは関係のない。
食事。
クジャがパンを三つ食べ。
ティナに食べすぎだと言われ。
ディーンが肉を追加し。
シルヴァも取ろうとして。
「病人は消化いいもの」
ティナに止められた。
「一個だけ」
「駄目」
「半分」
「駄目」
「一口」
「……一口だけ」
「やった」
クジャが言う。
「甘い」
「誰が!?」
「ティナ」
「シルヴァに」
「違う!」
ディーンが。
静かに肉を食べながら。
「分かりやすいな」
「ディーンさんまで!」
ゲイルは。
何も言わず。
少しだけ。
笑っていた。
◇
食事の後。
ディーンが。
立ち上がる。
「俺は大聖堂戻る」
「今から?」
シルヴァが聞く。
「ああ」
「ガルドに確認したいことがある」
「何?」
「ヴァイラの残したもの」
「魔王軍の資料」
「それと」
少し。
「二年前の記録だ」
シルヴァが。
顔を上げる。
「レオン?」
「ああ」
「ミルスも?」
「……ああ」
「俺も行く」
「寝ろ」
「でも」
「明日だ」
「…………」
「逃げねえよ」
ディーンが。
シルヴァの頭へ。
手を置く。
ぐしゃ。
銀髪を。
乱す。
「今度は」
「ちゃんと待っててやる」
「…………」
シルヴァが。
少しだけ。
黙る。
「絶対?」
「ああ」
「勝手にいなくならない?」
ディーンの手が。
止まる。
「……ああ」
「約束する」
シルヴァが。
ゆっくり頷いた。
「分かった」
「じゃあ寝る」
「おう」
ディーン。
玄関へ。
「ディーン」
「あ?」
「おやすみ」
「……おう」
扉。
閉じる。
◇
夜。
シルヴァの部屋。
昔使っていた。
小さな部屋。
寝台。
その横。
木の練習剣。
母の布。
「…………」
シルヴァは。
天井を見ていた。
眠れない。
身体は。
疲れ切っている。
でも。
頭の中。
ヴァイラ。
《魔装》。
魔王の力。
第一魔王。
二年前。
六つへ散った。
ゼノアの気配。
そして。
ミルス。
「…………」
コン。
扉。
「起きてる?」
ティナ。
「起きてる」
「入るよ」
「うん」
扉が開く。
ティナ。
水。
持っている。
「薬」
「忘れてた」
「だから来た」
「ありがとう」
渡す。
シルヴァ。
飲む。
「…………」
ティナが。
寝台横。
椅子へ。
座った。
「何?」
「何でもない」
「帰らないの?」
「もう少しいる」
「そっか」
静か。
少しして。
ティナが言う。
「怖かった」
「今日?」
「うん」
「聖都が襲われたのも」
「怖かったけど」
シルヴァを見る。
「地下で」
「あなた見つけた時」
「…………」
「本当に」
「死ぬかと思った」
シルヴァが。
視線を天井へ戻す。
「ごめん」
ティナが。
少し驚く。
「……素直」
「今日そればっか」
「だって」
「あなたが謝ると思わなかった」
「俺も」
「一人で勝てるかなって思ってた」
「馬鹿」
「うん」
「ヴァイラの方が強かった」
「うん」
「普通に?」
「普通に」
「…………」
ティナ。
ため息。
「ちゃんと分かってるならいい」
「でも」
「?」
「次会ったら」
「一人でも勝ちたい」
「反省してない!」
「一人で行くとは言ってない」
「…………」
「皆がいるなら」
「皆で戦う」
ティナが。
シルヴァを見る。
「……ならいい」
「うん」
少し。
沈黙。
「ティナ」
「何?」
「今日」
「来てくれてありがとう」
「…………」
「ディーンも」
「クジャも」
「ガルドも」
「一人だったら」
シルヴァが。
少し笑う。
「多分死んでた」
「笑って言わないで」
「ごめん」
「…………」
ティナの頬。
少しだけ。
赤くなる。
「もう寝なさい」
「うん」
「明日」
「大聖堂行くんでしょ」
「行く」
「私も行くから」
「クジャも?」
「もちろん」
「じゃあ三人」
「うん」
シルヴァが。
目を閉じる。
「おやすみ」
「おやすみ」
ティナが。
立ち上がる。
扉へ。
その時。
「ティナ」
「何?」
「明日」
「甘いもの食べたい」
「…………」
「今いい感じだったのに!」
「駄目?」
「治ったら!」
「明日には治る」
「治らない!」
◇
同じ頃。
大聖堂。
地下資料庫。
ディーン。
ガルド。
二人。
机。
その上。
回収された。
ヴァイラの持っていた。
一冊の黒い記録帳。
「…………」
ディーンが。
ページをめくる。
軍事道路。
防衛拠点。
五大恩寵。
シルヴァ。
ティナ。
ディーン。
ガルド。
細かな評価。
「本当に」
「何でも調べてやがる」
「軍団長としては優秀だったのだろう」
「敵じゃなきゃな」
数枚。
ページ。
進む。
「…………」
ディーンの手が。
止まった。
「ガルド」
「何だ」
「これ」
一行。
ヴァイラの筆跡。
ノクティス。
その下。
ある記録。
《旧勇者一行生存者に関する再調査》
そして。
その中。
名前。
ディーン。
シルヴァ。
さらに。
一つ。
「…………」
ディーンの顔から。
表情が消えた。
ガルドが。
ページを見る。
そこには。
こう書かれていた。
ミルス――生存可能性、極めて高。




