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風葬のシルヴァ  作者: 桜
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第28話 囮

 聖都アルセリア郊外。


 放棄された礼拝所。


 地下。


 床を這っていた黒い脈が。


 一斉に。


 止まった。


「…………」


 黒い軍装の男が。


 ゆっくりと地面から手を離す。


 ヴァイラ。


 傍らには。


 胸と脇腹に傷を負ったセイルが立っていた。


「切断されましたか」


「違う」


 ヴァイラが答える。


「封じられた」


「大地の力で?」


「ああ」


 右手。


 指を軽く開く。


 まだ。


 微かな感覚が残っている。


 聖都地下。


 広大な封印。


 そこへ流し込んだ《侵脈》。


 大地の力。


 雷。


 風。


 《構装》。


 そして。


「…………」


 ヴァイラの赤い瞳が細くなる。


「眼帯の娘」


「はい」


「こちらまで見た」


 セイルの表情が僅かに変わる。


「発信地点まで?」


「おそらく」


 ヴァイラは。


 足元を見る。


 地下を通じ。


 こちらへ向いた。


 あの視線。


「大した眼だ」


「移動しますか」


「いや」


「……?」


「もう必要ない」


 ヴァイラが立ち上がる。


「聖都地下の封印」


「大地の恩寵」


「雷の剣士」


「風の保持者」


「《構装》を使う女」


「あの眼」


 淡々と。


 一つずつ。


「必要なものは見た」


「では」


「次へ移る」


 ヴァイラが。


 階段へ向かう。


 セイルも続こうとして。


「セイル」


 足が止まった。


「は」


「お前は残れ」


「…………」


 静寂。


「ここへ」


 セイルが尋ねる。


「奴らが来ると?」


「来る」


 迷いのない返事。


「眼帯の娘がこの場所を捉えた」


「そして」


 ヴァイラが振り返る。


「風の少年たちは」


「こちらを放置する性格ではない」


「なるほど」


 セイルが薄く笑う。


「私が囮ですか」


「そうだ」


 誤魔化さない。


「敵は」


「風」


「雷」


「《構装》」


「眼」


「四名」


「はい」


「勝つ必要はない」


「…………」


「ここへ引きつけろ」


「そして」


「可能な限り長く留めろ」


 セイルが。


 自分の傷を見る。


「生還率は?」


「低い」


「随分率直ですね」


「嘘を言う理由がない」


「……そうでした」


 セイルは。


 少しだけ笑った。


「承知しました」


 ヴァイラが。


 そのまま階段へ向かう。


「セイル」


「は」


「必要以上に死ぬな」


 セイルの目が。


 僅かに見開かれた。


「時間を稼いだ後」


「逃げられるなら逃げろ」


「命令ですか」


「そうだ」


「…………」


 セイルは。


 頭を下げた。


「承知しました」


 ヴァイラは。


 振り返らない。


 古びた階段を。


 一人。


 上っていった。


     ◇


 数日前。


 白嶺山脈南側。


 今は使われていない旧巡礼路。


 夜。


 山の中を。


 巨大な軍勢が進んでいた。


 魔族兵。


 武器。


 鎧。


 何十体もの魔物。


 鉄の鎖。


 本来なら。


 山中へ轟音を響かせるほどの隊列。


 だが。


 ――何も聞こえない。


 足音。


 ない。


 鎧が擦れる音。


 ない。


 武器がぶつかる音。


 ない。


 魔物の唸り声さえ。


 ない。


 静寂。


 隊列中央。


 セイルが。


 歩いていた。


 周囲へ広がる。


 《消響》。


 ただし。


 戦闘時のように。


 広大な範囲を覆ってはいない。


 軍勢の周囲。


 必要な幅だけ。


 細長く。


 移動する無音領域。


 先頭。


 ヴァイラが地図を見る。


「右へ」


 兵が。


 無言で方向を変える。


 旧道。


 森林。


 谷。


 人の目が届きづらい場所だけを。


 正確に進む。


 巨大な鉄棍を担いだ男が。


 口を動かした。


「なあ」


 声は。


 自分にすら聞こえない。


「…………」


 男――ドレグが。


 眉を寄せる。


 セイルを見る。


 口を大きく動かす。


『しゃべれねえの面倒くせえ!!』


 セイルは無視した。


 隣。


 黒赤色の髪の女。


 メルザが。


 口だけで答える。


『黙ってればいいでしょう』


『聞こえてねえぞ!』


『知ってる』


『お前絶対馬鹿にしてんだろ!』


 ヴァイラが振り返る。


 二人が。


 同時に黙った。


 声は。


 最初から聞こえていない。


 それでも。


 怒られたことだけは分かった。


     ◇


 そして。


 軍勢は。


 聖都からそう遠くない山間部まで到達した。


 周囲を山に囲まれ。


 街道からも見えない谷。


 そこで。


 第二軍団の主力を。


 隠した。


 ドレグ。


 メルザ。


 魔族兵。


 強化魔獣。


 全て。


 待機。


 ヴァイラとセイルだけが。


 そこから廃礼拝所へ移動した。


 聖都地下を調べるために。


     ◇


 現在。


 ヴァイラは。


 再び。


 その谷へ戻っていた。


「軍団長」


 メルザが迎える。


「状況は」


「問題ありません」


「聖都側の斥候は?」


「二組確認」


「接触は?」


「なし」


「避けました」


「よし」


 奥。


 ドレグが巨大な鉄棍を肩へ担いでいる。


「やっとか」


「何がだ」


「待ちくたびれた」


「まだ動くな」


「は?」


「合図まで待機」


「またかよ!」


 ドレグが顔をしかめる。


「セイルは?」


 メルザが聞いた。


「礼拝所に残した」


「…………」


「囮ですか」


「ああ」


 ドレグが眉を寄せる。


「あいつ一人で?」


「四人を相手にする」


「死ぬぞ」


「可能性は高い」


「……冷てえな」


「違う」


 ヴァイラが答える。


「通常兵を置けば」


「一分も持たん」


「セイルなら」


「必要な時間を作れる」


 メルザが。


 少しだけ目を細めた。


「信頼しているということですか」


「能力を評価している」


「似たようなものだ」


 ドレグが言う。


 ヴァイラは答えなかった。


「準備を」


「はい」


 メルザが。


 強化魔獣を見る。


 何十体。


 その皮膚の下。


 黒い筋。


 《獣刻》。


「三群に分けます」


「東南防壁」


「南居住区」


「大聖堂外周」


「その通りだ」


 ドレグが鉄棍を肩へ乗せる。


「俺は門か?」


「東南門」


「壊せばいいんだな」


「ああ」


 ドレグが笑った。


「やっと簡単な仕事だ」


「門だけだ」


「分かってる」


「街まで壊すな」


「分かってるって」


「本当に?」


 メルザが言う。


「お前は黙れ」


 ヴァイラは。


 遠く。


 山の向こうを見る。


 聖都アルセリア。


「まだだ」


 静かに言った。


「奴らが聖都を離れるまで」


     ◇


 一方。


 大聖堂。


「本当に残るの?」


 シルヴァが聞いた。


「ああ」


 ガルドは。


 長い聖杖を手にしている。


「封印を空にできん」


「また黒いの来るかもしれない」


「その通りだ」


 ディーンが壁へ寄りかかる。


「場所は分かった」


「こっちは四人」


「十分だ」


 クジャが言う。


「多分」


 ガルドの眉が。


 僅かに動いた。


「その『多分』は何だ」


「大体分かるって意味」


「大体では困る」


「でも見えた」


 クジャは。


 眼帯の上から右眼へ触れる。


「聖都の外」


「山側」


「一個の場所から」


「全部来てた」


 ティナが地図を広げる。


「方角と距離を考えると」


 指。


「ここ」


 放棄された礼拝所。


「昔の巡礼施設ね」


 ガルドが頷く。


「百年以上使われていない」


「なら」


 シルヴァが言う。


「確認する」


 ガルドがシルヴァを見る。


「無茶はするな」


「分かってる」


 ティナ。


 クジャ。


 ディーン。


 三人が一斉にシルヴァを見る。


「…………」


「何?」


「本当に?」


 ティナが聞いた。


「分かってるって」


「信用薄いね」


 クジャが言う。


「俺そんなに?」


 ディーンが笑う。


「昔よりはマシだ」


「昔どれだけひどかったの?」


 ティナが聞く。


「後で教えてやる」


「余計なこと言わなくていい!」


     ◇


 四人は。


 大聖堂を出た。


 聖都。


 南へ。


 歩きながら。


 シルヴァは。


 ずっと。


 ディーンのすぐ隣にいた。


「……近え」


「何が?」


「お前」


「二年ぶりだからいいじゃん」


「歩きづらい」


「昔も一緒に歩いてた」


「後ろからついてきてただけだろ」


「同じ」


「違う」


 少し後ろ。


 ティナがクジャへ小さく聞く。


「シルヴァ、あんな感じなのね」


「ディーン好きそう」


「言い方」


「違う?」


「違わないけど……」


 ディーンが振り返る。


「聞こえてるぞ」


「地獄耳」


 クジャが言う。


「お前結構言うな」


「普通」


     ◇


 しばらく歩いて。


 シルヴァが聞いた。


「ディーン」


「何だ」


「二年前」


 ディーンの歩調が。


 僅かに落ちる。


「俺が飛ばされた後」


「何があった?」


 ティナとクジャも。


 静かになった。


「今聞くのか」


「今聞きたい」


「……そうか」


 ディーンは。


 少しだけ空を見る。


「お前が消えた後」


「レオンはそのままゼノアと戦った」


「俺とミルスも残った」


「うん」


「ただ」


 低い声。


「もう全員限界だった」


 ディーンが。


 自分の脇腹へ触れる。


「俺はゼノアにぶっ飛ばされた」


「かなり遠くまでな」


「意識は?」


「飛んだ」


「どれくらい?」


「分からねえ」


「目ぇ覚ました時には」


 ディーンの目が。


 少し遠くなる。


「レオンの姿はなかった」


「…………」


 シルヴァの表情から。


 笑みが消える。


「ミルスは?」


「いた」


「!」


「だが」


「すぐ見失った」


「どういうこと?」


 ティナが聞く。


「戦場が崩壊してたんだよ」


「城も」


「地面も」


「何がどこにあるのか分からねえくらいにな」


 ディーンが。


 拳を握る。


「その時」


「ゼノアの中から」


「光が出た」


 シルヴァが顔を上げる。


「レオン?」


「多分な」


「白金?」


 ティナが聞いた。


「ああ」


「お前のと似てるかは知らねえ」


「俺が見たのは」


 ディーンが続ける。


「化け物の身体の内側から」


「全部を裂くみたいに溢れた光だ」


「…………」


「直後」


「ゼノアの気配が」


 一度。


 言葉を切る。


「六つに割れた」


「六つ?」


 シルヴァが止まった。


「ああ」


「一つだった巨大な力が」


「六方向へ散った」


「俺は」


「その一つを追った」


「追いついた?」


「いや」


 ディーンの表情が険しくなる。


「見失った」


「それから」


「俺はずっと調べてる」


「ゼノア」


「魔王核」


「神魔大戦」


「恩寵」


「全部?」


「全部だ」


「だからエルネアにいたんだ」


「ああ」


「ミルスは?」


 ディーンの返事が。


 少し遅れた。


「……分からねえ」


「死体は?」


「見てない」


「じゃあ生きてるかもしれない」


「可能性はある」


 シルヴァの目に。


 小さく。


 光が戻る。


 だが。


 ディーンが続けた。


「ただ」


「何?」


「ノクティスで」


「妙な話も聞いた」


「どんな?」


「まだ話さねえ」


 シルヴァの眉が。


 一瞬で寄った。


「なんで」


「確証がねえ」


「俺が決める」


「だったら確証取るまで待て」


「また隠す?」


「シルヴァ」


 ディーンが振り返る。


「今のお前に」


「曖昧な話だけして」


「ノクティス行くなって言えると思うか?」


「行く」


「だからだよ」


「…………」


 ティナが。


 小さく笑う。


「さすがですね」


「何が」


「扱い方」


「二年前に散々覚えた」


「扱われてない」


「扱われてる」


 クジャが言った。


「二対一」


「また多数決?」


     ◇


 四人が。


 聖都南門を出る。


 その頃。


 山間部。


 ヴァイラの元へ。


 一人の斥候が戻っていた。


「報告」


「言え」


「対象四名」


「南門を通過」


 ヴァイラが。


 目を開く。


「大聖堂に残った者は」


「最高司祭と聖職兵」


「大地の力を使う者は?」


「確認できず」


「それでいい」


 ヴァイラが立つ。


 ドレグが。


 鉄棍を担ぎ直す。


「やっとか」


「まだ」


「またかよ!」


「距離を取らせる」


 ヴァイラが。


 聖都から。


 廃礼拝所へ続く道を見る。


「セイルが接触した後に動く」


「合図は?」


 メルザが聞いた。


「《侵脈》で送る」


 長槍。


 地面。


 コン。


 黒い脈が。


 静かに。


 地中へ沈んだ。


     ◇


 廃礼拝所へ向かう道。


「ティナ」


「何?」


「腕」


「大丈夫」


「さっき地下で使ったでしょ」


「少し張るだけ」


「見せて」


「大丈夫だって」


 シルヴァが近づく。


「傷開いてたら」


「近い!」


 ティナが額を押す。


「何で毎回覗き込むのよ!」


「見えない」


「聞いたでしょ!」


「聞いたけど」


「私が大丈夫って言った!」


 クジャがディーンへ言う。


「いつもこれ」


「ああ」


「慣れてる?」


「シルヴァには慣れてる」


「ティナは?」


 ディーンが。


 少しだけ考える。


「……苦労してんな」


「何がですか!?」


「そのうち分かる」


「何ですかその言い方!」


 シルヴァが首を傾げる。


「何の話?」


「お前は黙ってろ」


「最近よく言われる」


     ◇


 二時間弱。


 山道を進み。


 四人は。


 木々の向こうに。


 古い石造りの建物を見つけた。


「見えた」


 クジャが言う。


 廃礼拝所。


 屋根は崩れ。


 壁には蔦。


 窓は割れている。


「ここ」


 ティナが地図を見る。


「間違いない」


 ディーンが。


 剣の柄へ手を置く。


「いる」


「分かる?」


 シルヴァが聞く。


「ああ」


「俺も」


 風。


 建物の中から。


 僅かに。


 血の匂い。


「怪我してる」


「ディーンさんが斬った傷?」


「多分な」


 ティナが。


 シルヴァを見る。


「弱ってると思って突っ込まない」


「まだ何もしてない」


「先に言ってるの!」


 ディーンが言う。


「特にお前はな」


「ディーンまで?」


「追い詰められた奴は何するか分からねえ」


「分かった」


「今度は早い」


「成長した」


 クジャが言う。


「もっと褒めて」


「ちょっと」


「減った」


     ◇


 礼拝所。


 扉。


 半分。


 開いている。


 シルヴァが。


 ゆっくり押した。


 ギィィィ……。


 内部。


 暗い。


 古い長椅子。


 崩れた神像。


 祭壇。


 その前。


 一人。


 立っている。


「…………」


 黒い外套。


 赤い瞳。


 短剣。


 胸と脇腹。


 新しい傷。


 セイル。


「来ましたか」


 シルヴァの目が細くなる。


「やっぱりお前」


「ええ」


 ティナが。


 周囲を見る。


「一人?」


「見ての通りです」


 シルヴァも。


 風を流す。


 人の気配。


 他にはない。


「他の奴は?」


「さあ」


「ここにいたのはお前だけ?」


 セイルが。


 少し笑う。


「何故」


「私が全て答えると思うのです」


 ディーンが。


 剣を抜く。


「なら斬ってから聞く」


「本当にそればかりですね」


「便利だからな」


 雷。


 バヂッ。


 シルヴァ。


 剣。


 風。


 ティナ。


 《構装》。


 右手に白い剣。


 クジャ。


 五枚。


 引く。


 ♠6。


 ♦5。


 ♣8。


 ♥3。


 ♠10。


「…………」


 セイルは。


 四人を見る。


「豪華な顔ぶれだ」


「嫌?」


 シルヴァが聞く。


「非常に」


 セイルの口元が。


 ほんの少しだけ上がった。


「ですが」


 右手。


 広げる。


「歓迎します」


 瞬間。


 ――音が消えた。


     ◇


 静寂。


 シルヴァ。


 前。


 《風脚》。


 一気に距離を詰める。


 セイル。


 短剣。


 剣と衝突。


 音はない。


 火花だけ。


「――!」


 横。


 クジャ。


 ♠6。


 斬撃。


 セイルが屈む。


 その頭上。


 ディーン。


 《迅雷》。


 一瞬。


 青白い光。


 雷剣。


 セイル。


 短剣で受ける。


「……!」


 腕。


 痺れる。


 体勢。


 崩れる。


 ティナ。


 《構装》。


 足場。


 空中。


 踏む。


 斬撃。


 セイルの肩。


 血。


「――っ」


 着地。


 そこへ。


 ♣8。


 クジャ。


 オーラの帯。


 右足。


 拘束。


「!」


 シルヴァ。


 風。


 剣。


 首。


 セイルが。


 短剣を滑り込ませる。


 受ける。


 押される。


 足。


 拘束。


 後退できない。


 シルヴァの剣が。


 肩口へ。


 深く入る。


「――!」


 血。


 それでも。


 セイルは。


 笑っていた。


「…………?」


 シルヴァの眉が寄る。


     ◇


 セイル。


 短剣を捨てる。


 袖。


 隠し刃。


 シルヴァの腹。


 クジャ。


 ♦5。


 防御。


 刃を弾く。


 ディーン。


 横から。


 剣。


 セイルが身体を捻る。


 避けきれない。


 胸。


 さらに深い傷。


 《消響》が揺らぐ。


 音。


 戻る。


 バヂィッ!!


「ぐっ……!」


 セイルが。


 膝をつく。


 ディーンは。


 追撃しようとして。


 止まった。


「…………」


「ディーン?」


 シルヴァが見る。


「おかしい」


「何が?」


 ディーンが。


 礼拝所の入口を見る。


 窓。


 地下への階段。


「こいつ」


 セイルを見る。


「逃げようとしてねえ」


「……!」


 ティナも気づく。


 確かに。


 戦闘開始から。


 一度も。


 逃走経路へ向かっていない。


 クジャが。


 小さく言う。


「戦いたいんじゃない」


「じゃあ?」


 シルヴァが聞く。


「待ってる」


「何を」


 セイルの笑みが。


 深くなる。


「…………」


 ディーンが。


 顔を上げた。


「シルヴァ」


「何?」


「こいつは」


 低く。


「時間稼ぎだ」


 その瞬間。


 遠く。


 ――ゴォォォォン……。


「…………?」


 ティナが振り返る。


 もう一度。


 ゴォォォォン――!!


 そして。


 三度。


 四度。


 聖都アルセリア。


 非常時の。


 警鐘。


「……嘘」


 ティナの顔から。


 血の気が引いた。


 シルヴァが。


 礼拝所の外へ走る。


 木々の隙間。


 遥か遠く。


 白い街。


 その一角から。


 黒い煙が。


 上がっていた。


「――っ!」


 振り返る。


「お前!!」


 セイルは。


 血を流しながら。


 静かに笑っていた。


「……ようやく」


「何した!」


「私は」


 セイルが。


 ゆっくり立ち上がろうとして。


 膝をつく。


「何も」


「何も?」


「私の役目は」


 口元から。


 血。


「あなた方を」


 一度。


 息を吸う。


「ここへ呼ぶことでも」


「倒すことでもない」


 ディーンの顔が。


 険しくなる。


 セイルが。


 聖都の方角を見る。


「聖都から」


「遠ざけることです」


「――!」


 シルヴァが踏み込む。


 剣。


 セイルも。


 最後の短剣を構えた。


「シルヴァ!」


 ティナの声。


 剣と。


 短剣。


 交差。


 風。


 一閃。


「……」


 セイルの身体が。


 止まった。


 胸。


 斜めに。


 深い斬撃。


 短剣が。


 床へ落ちる。


 カラン――。


 セイルが。


 ゆっくり膝をついた。


「誰が」


 シルヴァが。


 低く聞く。


「誰が聖都に行った」


「…………」


「答えろ」


 セイルは。


 最後まで。


 名前を言わなかった。


 ただ。


 薄く。


 笑った。


「もう」


 血を吐く。


「遅い」


「…………」


「第二軍団は」


 呼吸が。


 途切れる。


「すでに……」


 そして。


 最後の言葉。


「動いています」


 セイルの身体が。


 静かに。


 床へ倒れた。


「…………」


 動かない。


 シルヴァが。


 剣を握ったまま。


 立っている。


「……倒したのに」


 声が。


 低い。


「やられたの?」


「ああ」


 ディーンが答えた。


 セイルの亡骸を見る。


「こいつを倒すこと自体が」


「罠だった」


 ティナが。


 聖都を見る。


 警鐘。


 黒煙。


「戻らないと」


 クジャも。


 すでにカードをしまっていた。


「急ぐ」


 シルヴァが。


 剣を鞘へ戻す。


「ディーン」


「ああ」


「全速で行く」


「今度は止めねえ」


 風。


 青白い雷。


 白い《構装》。


 四人が。


 礼拝所を飛び出した。


     ◇


 その頃。


 聖都アルセリア。


 東南門。


「敵襲――!!」


 鐘。


 兵士たちの叫び。


 城壁の向こう。


 魔族兵。


 強化魔獣。


 その先頭。


 ドレグが。


 巨大な鉄棍を肩へ担ぐ。


「やっとだ」


 鉄棍を。


 両手で構える。


 オーラ。


 武器へ。


 集中。


 《加重》。


「一発で」


 ドレグが笑う。


「開けてやるよ」


 振り下ろす。


 ――ドォォォォン!!!


 聖都の巨大な門が。


 内側へ。


 大きく歪んだ。


「魔獣隊」


 メルザが。


 鉤槍を掲げる。


「前へ」


 何十もの獣が。


 一斉に。


 唸る。


 そのさらに後ろ。


 黒い軍装。


 黒い長槍。


 赤い瞳。


 ヴァイラは。


 静かに。


 聖都を見上げていた。


「開始する」


 第二軍団長の声。


「聖都アルセリア」


「防衛能力の測定を」

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