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風葬のシルヴァ  作者: 桜
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第26話 封印区

 大聖堂地下。


 石段を下りるたび。


 空気が。


 少しずつ冷たくなっていく。


「…………」


 先頭。


 ガルド。


 長い聖杖の先から、淡い茶金色の光が漏れている。


 その後ろ。


 ディーン。


 シルヴァ。


 ティナ。


 クジャ。


 五人。


 足音だけが。


 暗い階段へ響いていた。


 コツ。


 コツ。


 コツ。


「長い」


 クジャが言った。


「昔から」


 シルヴァが答える。


「何段?」


「知らない」


「数えなかった?」


「閉じ込められてる時に?」


「暇そう」


「…………」


 シルヴァが振り返る。


「クジャ」


「何?」


「そういうこと言う?」


「駄目だった?」


「……いや」


 少し考えて。


「ちょっと面白かった」


「シルヴァ!」


 ティナが小声で怒る。


「何?」


「こんな時まで!」


「暗いまま歩く方が嫌じゃない?」


「それは……」


 ティナが言葉に詰まる。


 前を歩くディーンが鼻で笑った。


「相変わらずだな」


「何が?」


「嫌な時ほど余計なこと喋る」


「…………」


 シルヴァが黙った。


「図星」


 クジャが言う。


「うるさい」


「今度は黙った」


「クジャ」


 ティナが少し笑った。


 その声が。


 地下の重い空気を。


 ほんの少しだけ軽くした。


     ◇


 階段の終わり。


 巨大な石扉。


 ガルドが聖杖を地面へ突く。


 ――ゴン。


 茶金色の光が。


 石床へ広がる。


 幾何学模様。


 複数の円。


 文字。


 古い封印陣。


 ズズズズ……。


 石扉が開く。


「ここから先は」


 ガルドが言った。


「大聖堂でも限られた者しか入れん」


「俺はいたけど」


 シルヴァが答える。


「住んでたね」


 クジャが言った。


「住みたくて住んでたみたいに言わないで」


「地下生活」


「クジャ!」


「……すまない」


「普通に謝るんだ」


「怒られたから」


 ティナが額を押さえる。


「二人とも……」


 ガルドが。


 ちらりとシルヴァを見る。


「昔のお前は」


「?」


「もっと静かだった」


 シルヴァの目が僅かに細くなる。


「喋る相手いなかったからね」


「…………」


 ガルドは何も返さなかった。


 ディーンが。


 横目で二人を見る。


 だが。


 彼も口を挟まない。


     ◇


 封印区。


 長い石造りの廊下。


 左右。


 いくつもの扉。


 壁には。


 大地の恩寵による封印文字。


「全部牢屋?」


 ティナが聞く。


「違う」


 ガルドが答える。


「危険な遺物」


「呪具」


「封印指定された古代遺産」


「そういったものを保管する区画でもある」


「人を入れる場所じゃないじゃん」


 シルヴァが言った。


 ガルドの足が。


 一瞬だけ止まった。


「……ああ」


 また歩き出す。


 ティナが。


 黙ってシルヴァを見る。


 シルヴァは前だけを見ていた。


 少し進む。


「…………」


 クジャが壁を見る。


「何?」


 ティナが聞く。


「いっぱいある」


「封印?」


「力」


 眼帯は外していない。


 それでも。


 この場所は濃い。


「右眼使わなくても分かる?」


「少し」


 クジャが壁へ顔を近づける。


「地面と壁」


「同じ力が繋がってる」


 ガルドが答えた。


「この区画全体が一つの封印陣だ」


「全部?」


「ああ」


「私一人の力だけではない」


「歴代の術式」


「聖都の地脈」


「そして」


 聖杖の底。


 石床。


「大地の恩寵」


「それらを重ねている」


 シルヴァが言う。


「だから風が逃げなかったんだ」


「……そうだ」


「上に出しても」


「横に出しても」


「全部地面に持ってかれた」


「ああ」


 淡々と。


 短いやり取り。


 だが。


 ティナには。


 一言ごとに。


 何かが削れているように聞こえた。


     ◇


 やがて。


 シルヴァの足が。


 止まった。


「…………」


 廊下の右側。


 鉄格子。


 奥。


 小さな部屋。


 石の床。


 石の壁。


 簡素な寝台。


 小さな机。


 それだけ。


「……ここ」


 ティナが呟いた。


 シルヴァは答えない。


 ゆっくり。


 鉄格子へ近づく。


 右手。


 伸ばす。


 触れる。


 冷たい。


「まだ残してたんだ」


 声は。


 思ったより普通だった。


「封印区の一部だ」


 ガルドが答える。


「壊す理由がない」


「そう」


 シルヴァが。


 格子の向こうを見る。


 何も変わっていない。


 寝台。


 机。


 壁。


「…………」


 ただ。


 一つだけ。


「これ」


 クジャが格子越しに壁を見る。


 低い位置。


 何本もの傷。


 細い線。


 何度も。


 何度も。


 硬いもので削った跡。


 シルヴァの顔が。


 僅かに止まる。


「何?」


 ティナが聞く。


「…………」


「シルヴァ?」


「数えてた」


「何を?」


「日」


 クジャが壁を見る。


 一本。


 一本。


 何十。


 何百。


 途中から。


 滅茶苦茶になっている。


「最初は毎日」


 シルヴァが言う。


「朝になったら一本」


「でも」


 笑う。


 薄く。


「地下だと朝分かんないんだよね」


「…………」


「だから途中から」


「多分ずれてる」


 ティナは。


 何も言えなかった。


 クジャも。


 壁から目を離す。


 ディーンが。


 拳を握っていた。


 そして。


 ガルドは。


 静かに。


 鉄格子を見ていた。


     ◇


「開けて」


 シルヴァが言った。


 ガルドが見る。


「中へ入るのか」


「うん」


「……分かった」


 聖杖。


 床。


 ゴン。


 茶金色の光が。


 格子の下へ走る。


 ガチャ。


 錠が外れる。


 シルヴァが。


 扉を押した。


 ――ギィィ。


「…………」


 一歩。


 中へ。


 昔。


 何度。


 この扉が開く音を待ったか。


 食事。


 母。


 ガルド。


 聖職者。


 誰でもいい。


 扉が開けば。


 外へ出られる気がした。


 でも。


 毎回。


 閉じた。


 今。


 自分で。


 扉を開けて。


 自分で。


 入っている。


「狭い」


 クジャが入口から言った。


「そう?」


「うん」


「昔は広く感じた」


 シルヴァが寝台へ手を置く。


 小さい。


 当然だ。


 子供だった。


「…………」


 ティナは。


 入口に立ったまま。


 中へ入ろうとしない。


「入らないの?」


 シルヴァが聞く。


「……いいの?」


「何が?」


「ここ」


「別に」


「…………」


「今は」


 シルヴァが言う。


「ただの部屋だよ」


 ティナが。


 ゆっくり中へ入る。


 クジャも。


 最後に。


 ディーン。


「俺は外でいい」


「何で?」


「狭え」


「確かに」


「お前ら三人でいっぱいだろ」


 ガルドは。


 最初から入らなかった。


     ◇


 シルヴァが机を見る。


 傷。


 端。


 その下。


「……まだある」


「何?」


 ティナが覗く。


 小さな文字。


 子供の字。


『外に出る』


 ティナの目が。


 止まる。


「…………」


 シルヴァが笑った。


「毎日書いてた」


「同じこと?」


「うん」


「何で?」


「忘れないように」


「…………」


「ここが普通になったら」


 少し。


 声が低くなる。


「多分」


「出られなくなると思ってた」


 クジャが。


 机を見つめる。


「出られた」


「うん」


「レオンが来たから?」


「……うん」


 シルヴァの目が。


 少しだけ柔らかくなる。


「最初」


「変な奴だと思った」


「どんなふうに来たの?」


 ティナが聞く。


「普通に」


「普通?」


「勝手に座った」


「ここに?」


「うん」


 寝台を指す。


「俺が睨んでたら」


『腹減ってる?』


「って」


「……レオンらしい」


 ティナが笑った。


「俺」


「なんでこいつ飯の話してんだって思った」


「シルヴァが今同じことしてる」


 クジャが言った。


「……そうかも」


 少し。


 三人が笑った。


 その笑い声が。


 昔。


 何もなかった部屋へ。


 初めて。


 自然に響いた。


     ◇


「ガルド」


 シルヴァが。


 入口を見る。


「何だ」


「聞いていい?」


「ああ」


「この部屋」


「全部あんたが作ったの?」


「違う」


「封印は?」


「私だ」


「…………」


 シルヴァが。


 格子を見る。


「俺が風使うたび」


「強くしてた?」


「ああ」


「何で」


「暴走を防ぐためだ」


「それだけ?」


「…………」


 ガルドが。


 少し黙る。


「当時」


「お前は風を使うたび」


「制御を失う危険があった」


「だから止めた」


「それは分かる」


 シルヴァが。


 まっすぐ見る。


「でも」


「何年?」


「…………」


「いつまで」


「俺をここに置くつもりだった?」


 ティナとクジャが。


 動かない。


 ディーンも。


 壁にもたれたまま。


 ガルドを見る。


「答えて」


「…………」


 長い沈黙。


「分からなかった」


 ガルドが答えた。


 シルヴァの眉が。


 僅かに動く。


「分からなかった?」


「ああ」


「お前が完全に制御できるようになるまで」


「そう考えていた」


「それ何歳?」


「分からん」


「十六?」


「二十?」


「三十?」


「…………」


「一生?」


 ガルドは。


 答えなかった。


 その沈黙が。


 答えだった。


「……そっか」


 シルヴァが目を逸らす。


「やっぱり」


「レオン来なかったら」


 少し笑う。


「俺、まだここにいたかもね」


「シルヴァ」


 ティナが呼ぶ。


「大丈夫」


 いつもの言葉。


 でも。


 少しだけ。


 無理があった。


     ◇


「違う」


 ガルドが言った。


 シルヴァが見る。


「何が」


「今なら」


「違うと言える」


「…………」


「当時の私は」


 ガルドが鉄格子へ手を置く。


「危険を封じることしか考えていなかった」


「聖都を守る」


「民を守る」


「お前を処刑から守る」


「それらを一つにする方法が」


「ここへ置くことだった」


「…………」


「だが」


 シルヴァを見る。


「それは」


「お前が生きることとは違った」


 シルヴァの目が。


 僅かに動く。


「今さら?」


「ああ」


「遅いね」


「遅い」


「…………」


「だが」


 ガルドは目を逸らさない。


「遅いから言わぬ理由にはならん」


 沈黙。


 ガルドが。


 ゆっくり。


 頭を下げた。


「すまなかった」


 ティナが息を止める。


 クジャも。


 ディーンでさえ。


 少し目を見開いた。


 聖都最高司祭。


 長く。


 この街の頂点に立つ男。


 その頭が。


 シルヴァへ下がっている。


「お前を生かすためという理由で」


「お前の人生を」


「ここへ閉じ込めた」


「その責任は私にある」


「…………」


 シルヴァは。


 何も言わなかった。


 許せない。


 今すぐ。


 許したいとも。


 思わない。


 でも。


 昔なら。


 ガルドがこんな言葉を口にするとは。


 想像もしなかった。


「……頭上げて」


 ガルドが上げる。


「許してないから」


「ああ」


「まだ嫌い」


「知っている」


「多分これからも」


「それでいい」


「…………」


「でも」


 シルヴァが。


 少し困ったような顔をする。


「謝られると」


「怒りづらい」


 ディーンが吹き出した。


「お前そこかよ」


「だって」


 ティナも。


 堪えきれず少し笑う。


 クジャが言う。


「ガルドの作戦勝ち」


「作戦ではない」


「ほら本人否定してる」


 ほんの少し。


 空気がほどけた。


     ◇


「行こう」


 ガルドが言った。


「最深部はまだ先だ」


 シルヴァが。


 最後に。


 部屋を見る。


 石床。


 寝台。


 壁の傷。


 机。


『外に出る』


「…………」


 シルヴァは。


 机の文字へ。


 指を触れた。


「出たよ」


 小さく。


 誰に言うでもなく。


「ちゃんと」


 そして。


 部屋を出た。


 自分で。


 鉄格子を閉める。


 ガチャン。


「閉じるの?」


 クジャが聞く。


「うん」


「いいの?」


「いい」


 シルヴァは。


 もう振り返らなかった。


     ◇


 さらに深部。


 空気が。


 変わっていく。


 壁の封印文字。


 数が増える。


 茶金色の光。


 濃くなる。


「……」


 ディーンが突然止まった。


「何?」


 シルヴァが聞く。


「黙れ」


「?」


「…………」


 全員が止まる。


 静寂。


 遠く。


 何か。


 ――カリ。


「今」


 ティナが言う。


「聞こえた」


「ああ」


 ディーンが剣の柄へ手を置く。


「石を削る音だ」


「地下に誰かいる?」


 シルヴァも剣へ。


 ガルドが聖杖を構える。


「この先へ入れる者はいない」


「じゃあ」


 クジャが言う。


「いるのおかしい」


「そういうことだ」


 ディーンの剣に。


 小さな雷。


 バチッ。


「クジャ」


 ティナが見る。


「眼はまだ」


「分かってる」


 クジャは。


 眼帯に触れない。


 五人が。


 ゆっくり進む。


 一つ。


 角。


 その先。


「……!」


 ティナが息を飲む。


 壁。


 石床。


 無数の封印文字。


 その間を。


 黒い。


 細い脈が。


 這っていた。


「これか」


 シルヴァがしゃがむ。


「触るな」


 ガルドが止める。


「分かってる」


 黒い脈。


 まるで。


 石の中へ根を張る植物のように。


 奥へ。


 奥へ。


 伸びている。


「増えてる」


 ディーンが言う。


「昨日より?」


「ああ」


 ガルドの顔が険しくなる。


「早すぎる」


「どこ向かってる?」


 ティナが聞く。


 ガルドは。


 脈の先を見る。


「最深部だ」


「封印?」


「ああ」


 その瞬間。


 ――ドクン。


「!」


 黒い脈が。


 一斉に。


 膨らんだ。


「下がれ!」


 ガルドが聖杖を突く。


 ――ゴン!!


 茶金色の光。


 床。


 壁。


 一気に広がる。


 大地の恩寵。


 黒い脈へ。


 ぶつかる。


 ビキィッ!


 石床に亀裂。


「……っ!」


 ガルドの目が見開く。


「押し返した?」


 シルヴァが聞く。


「違う」


 クジャが言った。


 全員が見る。


 クジャ。


 眼帯。


 その下。


 僅かに。


 右眼が疼いている。


「何?」


 ティナが聞く。


「今」


「見えた?」


「眼帯したまま」


 クジャが。


 黒い脈を見る。


「向こうから」


 声が低くなる。


「ガルドの力」


「調べた」


「…………」


 ディーンの表情が変わった。


「どういう意味だ」


「ぶつかって」


「すぐ引いた」


「壊そうとしてない」


 クジャが答える。


「触って」


「見てた」


 沈黙。


 シルヴァが。


 黒い脈を睨む。


「……こいつ」


「俺たちが何できるか」


「試してる?」


「その可能性は高い」


 ガルドが答えた。


     ◇


 遠く。


 聖都アルセリアの外。


 山中。


 誰も使っていない古い礼拝所。


 地下。


 一人の男が。


 地面へ手を置いていた。


 黒い軍装。


 長い指。


 その腕から。


 地面へ。


 黒い脈。


「…………」


 男が。


 ゆっくり目を開く。


 傍ら。


 傷を負ったセイルが立っている。


「どうでしたか」


「大地だ」


「……大地?」


「間違いない」


 男の声は。


 静かだった。


「聖都地下の封印を維持している力」


「通常の術式ではない」


「では」


「五大恩寵の一つと?」


「可能性は極めて高い」


 男は。


 床を這う黒い脈を見る。


「保持者は」


 少し考える。


「地下にいる」


「特定できますか」


「まだいい」


「……?」


「名前など」


「戦場では後で足りる」


 男が立ち上がる。


「知りたいのは」


「その力が」


 黒い脈。


 指先。


「どこまで私を止められるかだ」


 セイルが静かに頭を下げる。


「では次の段階へ?」


「ああ」


 男は。


 聖都の方角を見る。


「封印を壊す必要はない」


「まず」


「壊せるかを知る」


 黒い脈が。


 地中で。


 再び。


 ゆっくり動き始めた。

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