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風葬のシルヴァ  作者: 桜
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25/80

第25話 最高司祭

 翌朝。


 シルヴァが階段を下りると。


「遅い」


 食卓に座っていたクジャが言った。


「おはようじゃないの?」


「おはよう。遅い」


「追加された」


 その向かい。


 ティナがパンを切っている。


「昨日ちゃんと寝た?」


「寝たよ」


「何時?」


「分かんない」


「眠れなかったんでしょ」


「寝たって」


「目の下」


 クジャが自分の目元を指差す。


「少し黒い」


「…………」


 シルヴァが顔を擦った。


「寒かったから」


「部屋暖かかったわよ」


「便利だね、その言い訳」


「ティナがよく使うから」


「私は顔が赤い時しか使ってない!」


「自覚あったんだ」


「……あ」


 ティナが止まった。


 クジャがパンを食べる。


「認めた」


「今のなし!」


 シルヴァが笑いながら椅子へ座った。


 その時。


 台所からゲイルが鍋を持ってきた。


「朝から元気だな」


「この二人が」


 シルヴァが言う。


「あなたでしょ」


 ティナが即座に返した。


 ゲイルは小さく笑い。


 鍋を置いた。


「今日は大聖堂へ行くんだったな」


「うん」


 シルヴァの声が。


 少しだけ変わった。


「ディーンもいる」


「おそらくな」


「それと」


「ガルド」


「ああ」


 ゲイルは。


 それ以上何も言わなかった。


 昨日。


 父とは。


 少し話せた。


 全部が解決したわけではない。


 許したわけでもない。


 それでも。


 二年前より。


 ずっと昔より。


 少しだけ。


 父の顔を見ていられるようになった。


「シルヴァ」


「何?」


「それ」


 ティナが指差す。


 シルヴァの皿。


「私のパン」


「え?」


「今取ったでしょ!」


「同じじゃん」


「同じでも私の!」


「まだあるよ」


「そういう問題じゃない!」


 クジャがゲイルを見る。


「いつもこんな感じ」


「そうか」


 ゲイルが微笑む。


「安心した」


「何で?」


 シルヴァが聞く。


「いや」


 ゲイルは首を振った。


「何でもない」


     ◇


 朝食を終え。


 三人は家を出た。


「行ってくる」


 シルヴァが言う。


「ああ」


 ゲイルが玄関に立つ。


「シルヴァ」


「何?」


 一瞬。


 ゲイルが何か言おうとした。


 だが。


「……気をつけろ」


「うん」


 シルヴァはそれだけ答えた。


 三人が歩き出す。


 少し離れてから。


 ティナが横を見る。


「普通だったわね」


「何が?」


「お父さんと」


「そう?」


「昨日より」


「…………」


 シルヴァは前を向いた。


「まだ分かんない」


「うん」


「でも」


 少し考える。


「昔思ってたのと」


「全部同じじゃなかった」


 ティナは小さく頷いた。


「それでいいんじゃない?」


「何が?」


「今は」


「…………」


 クジャが二人の間へ顔を出した。


「朝から真面目」


「たまにはね」


 シルヴァが言う。


「珍しい」


「クジャ?」


     ◇


 聖都中央区。


 大聖堂へ近づくほど。


 街の空気が変わっていく。


 白い法衣を纏った聖職者。


 祈りを捧げる巡礼者。


 道沿いには。


 神魔大戦を描いた石碑や彫像。


 そして。


 正面。


 聖都アルセリア大聖堂。


「近くで見ると大きい……」


 ティナが見上げた。


 白い石造りの大階段。


 何十本もの柱。


 天へ伸びる尖塔。


 巨大な正門には。


 五つの意匠が彫られている。


 風。


 炎。


 水。


 大地。


 光。


 クジャが見上げる。


「五つ」


「昔からあるよ」


 シルヴァが言う。


「知ってたの?」


「模様としては」


「五大恩寵だって?」


「知らなかった」


「教えてもらってなかったの?」


「俺、地下にいたし」


「…………」


 ティナが少し眉を寄せる。


「また怖い顔」


 シルヴァが言った。


「誰のせいよ」


「俺?」


「あなたじゃない!」


 クジャが言う。


「ガルド」


「……そう」


 ティナが大聖堂を見る。


「ちょっと腹立ってる」


「まだ会ってないのに?」


「会ってないからよ」


「難しい」


「シルヴァは怒ってないの?」


 聞かれ。


 シルヴァは。


 大聖堂の入口を見る。


「…………」


「分かんない」


 そのまま。


 階段を上り始めた。


     ◇


 大聖堂正門。


「止まれ」


 二人の衛兵が槍を交差させた。


「参拝ですか?」


「最高司祭に会いたい」


 シルヴァが答えた。


「面会の予約は?」


「ない」


「では受付を――」


「名前伝えて」


 衛兵の眉が寄る。


「名前は?」


「シルヴァ・ライズ」


 空気が。


 僅かに止まった。


「…………」


 片方の衛兵が。


 シルヴァの顔を見る。


「シルヴァ……ライズ?」


「うん」


 もう一人も。


 銀髪。


 青い瞳。


 剣。


 順番に見る。


「少々待て」


 衛兵の一人が。


 大聖堂内へ入っていった。


「また」


 クジャが言う。


「名前で止まった」


「嫌だね」


「有名」


「嬉しくない方のね」


 ティナが腕を組む。


「でも二年前にレオンと勇者一行に入ったなら、今はそっちでも知られてるんじゃない?」


「どうだろ」


「風葬も」


「それはもっと嫌」


 しばらくして。


 衛兵が戻ってきた。


「最高司祭がお会いになります」


「早い」


 シルヴァが呟く。


「ただし」


 衛兵がティナとクジャを見る。


「同行者については――」


「一緒」


 シルヴァが即答した。


「しかし」


「二人も一緒じゃないなら俺も行かない」


「シルヴァ」


 ティナが小声で呼ぶ。


「いいじゃん」


「まだ揉めてないのに喧嘩売らない!」


「売ってない」


「売りかけてる!」


 衛兵が困った顔をする。


 そこへ。


「構わん」


 奥から声。


 三人が見る。


 年配の聖職者が立っていた。


「最高司祭より、三名とも通すよう指示が出ています」


「……そう」


 シルヴァは。


 少しだけ。


 意外そうな顔をした。


     ◇


 大聖堂内部。


 高い天井。


 色ガラスから差し込む光。


 巨大な神像。


 祈りの声。


 足音さえ。


 静かに響く。


「綺麗……」


 ティナが周囲を見る。


 クジャは。


 床を見ていた。


「どうしたの?」


「何かある」


「眼?」


「使ってない」


「じゃあ?」


 クジャが靴裏で。


 石床を軽く擦る。


「感じる」


 シルヴァも。


 少しだけ。


 足元を意識する。


「……俺も」


 大地。


 その奥。


 薄い。


 重さ。


 白嶺山脈で感じたものより。


 もっと濃い。


「やっぱりここなんだ」


 シルヴァが呟いた。


 案内役の聖職者が振り返る。


「何か?」


「何でもない」


 しばらく歩く。


 参拝区画を抜け。


 一般人が入れない奥へ。


 廊下。


 階段。


 さらに。


 大きな扉。


「こちらです」


 聖職者が扉を開いた。


「最高司祭がお待ちです」


 シルヴァの足が。


 止まった。


「…………」


 ティナが横を見る。


「シルヴァ」


「何?」


「一緒よ」


「うん」


 クジャも言う。


「二人」


「面倒なのが?」


「今日は言ってない」


「言おうとしてた?」


「少し」


 シルヴァが。


 ほんの少しだけ笑った。


 そして。


 部屋へ入った。


     ◇


 広い執務室。


 壁一面の本棚。


 古い宗教画。


 中央。


 長い机。


 窓から。


 聖都の街が見える。


 その前に。


 一人の男が立っていた。


 五十歳前後。


 大柄ではない。


 だが。


 真っ直ぐ立っているだけで。


 部屋全体が重くなるような。


 独特の圧がある。


 白と土色を基調とした法衣。


 傍ら。


 長い聖杖。


 厳格な顔。


「…………」


 シルヴァと。


 男の目が合う。


 二年。


 いや。


 シルヴァにとっては。


 もっと長い。


 地下。


 鉄格子。


 石壁。


 何度も見た顔。


「……久しいな」


 男が言った。


「シルヴァ・ライズ」


「…………」


 最高司祭。


 ガルド。


 シルヴァの返事は。


「会いたくなかった」


 だった。


「シルヴァ!」


 ティナが小声で止める。


 だが。


 ガルドの表情は変わらない。


「そうだろうな」


 シルヴァの眉が。


 僅かに動く。


「分かってるなら」


「何故呼んだ、か?」


「呼ばれてない」


「そうだったな」


「俺から来た」


「ああ」


「…………」


 開始数十秒。


 空気が。


 ものすごく重い。


 クジャがティナへ小さく聞く。


「帰る?」


「まだ早い!」


 ガルドの視線が。


 クジャへ向いた。


「聞こえている」


「そう」


「クジャ!」


     ◇


 ガルドが。


 三人を順番に見る。


 最後に。


 ティナ。


「……君は」


「はい?」


 ガルドの目が。


 僅かに細くなった。


「名を」


「ティナ・ルクスです」


「ルクス」


「はい」


「王都で行われた選抜大会に」


 シルヴァが言う。


「俺と戦った」


「二年前の話は聞いていない」


「そう?」


「そうだ」


「…………」


 ティナが少し困る。


「昔からこうなの?」


 小声。


「もっと嫌だった」


「聞こえている」


「耳いいね」


「シルヴァ!」


 ガルドは。


 もう一度。


 ティナを見る。


「妙な気配がある」


「……え?」


「君自身のオーラではない」


 ティナの表情が変わった。


 シルヴァも。


 クジャも。


 ガルドを見る。


「レオンを」


 ガルドが言った。


「知っているな」


「……はい」


「直接?」


「はい」


「そうか」


 それだけ。


「待って」


 シルヴァが割り込む。


「分かるの?」


「何がだ」


「ティナの中の」


 ガルドの目が。


 シルヴァへ向く。


「お前も気づいているのか」


「出たところ見た」


「何が」


「光」


 沈黙。


「…………」


 ガルドの顔が。


 初めて。


 明確に変わった。


「いつだ」


「王都」


「どの程度」


「一瞬」


「本人の意思で?」


 ティナが答える。


「違います」


「戦闘中」


「追い込まれて」


「気づいたら……」


 白金の光。


 身体を包み。


 全てが。


 急激に速く。


 強くなった。


「…………」


 ガルドが。


 ゆっくり息を吐く。


「そうか」


 今度の「そうか」は。


 重かった。


「何?」


 シルヴァが聞く。


「レオンの次が」


 ガルドはティナを見る。


「君なのかもしれんな」


 ティナの手が。


 僅かに握られた。


「……やっぱり」


「まだ断定はせん」


「でも分かるんですか?」


「長く」


 ガルドが答える。


「あの男の光を見てきた」


「完全に同じではない」


「だが」


「近い」


 ティナは。


 自分の胸元へ手を当てる。


 シルヴァが横を見る。


 何も言わない。


 ただ。


 少しだけ。


 近くに立った。


     ◇


「それより」


 シルヴァが言った。


「聞きたいことある」


「何だ」


「山」


「白嶺山脈?」


「崩落止めた?」


「いつの話だ」


「昨日」


「…………」


 ガルドが黙る。


「俺たちが見た時」


「地面に力が残ってた」


「クジャが見た」


 ガルドの視線が。


 クジャへ。


「眼で」


「……」


 クジャは眼帯へ手を触れた。


「オーラじゃなかった」


「シルヴァの風と」


「ティナの光に近かった」


「茶色っぽい金」


「大地を止めてた」


「…………」


 ガルドが。


 少し長く。


 クジャを見る。


「その眼」


「何を見る」


「力の流れ」


「どこまで」


「分からない」


「分からない?」


「見えるけど」


 クジャが答える。


「何なのか知らない時ある」


「…………」


 ガルドは。


 何か考えるように。


 視線を逸らした。


「答えて」


 シルヴァが言う。


「山のやつ」


「……私のものだ」


 ティナが息を飲む。


 クジャは。


 シルヴァを見る。


 シルヴァだけは。


 動かなかった。


「じゃあ」


 低い声。


「あの時も?」


 ガルドの目が。


 シルヴァへ戻る。


「地下」


「俺の風を封じてた力」


「…………」


「同じ?」


「ああ」


 短い。


 答え。


 シルヴァの指が。


 強く握られた。


「大地の恩寵?」


「ああ」


 今度は。


 はっきり。


「私は」


 聖杖へ手を置く。


「大地の恩寵を預かっている」


 シルヴァは。


 何も言わない。


 これで。


 確定した。


 昔。


 自分を。


 あの地下へ閉じ込めていた力。


 五大恩寵。


 その一つ。


 大地。


「……そう」


 それだけ。


 だった。


     ◇


「では」


 ガルドが言う。


「こちらからも聞こう」


「何?」


「何故アルセリアへ戻った」


「色々」


「具体的に」


「ディーン」


「…………」


「恩寵」


「魔王軍」


「あと」


 少し考える。


「甘いもの」


「シルヴァ!」


 ティナが叫ぶ。


 ガルドが。


 数秒。


 シルヴァを見る。


「二年前より」


「?」


「余計なことを言うようになったな」


「褒めてる?」


「褒めていない」


「そっか」


「…………」


 ガルドが。


 僅かに。


 目元を押さえた。


「何か疲れてる?」


「誰のせいだと思っている」


「俺?」


「お前だ」


「シルヴァ」


 ティナが小声で言う。


「ちょっと嬉しそうじゃない?」


「何が?」


「ガルドさん困らせて」


「そんなことない」


「ある」


 クジャが言う。


「楽しそう」


「二人ともひどい」


     ◇


「ディーンならいる」


 その一言で。


 シルヴァの表情が変わった。


「どこ?」


「地下だ」


「地下?」


「ああ」


「何で?」


 ガルドが答えようとした。


 その時。


 扉の向こう。


「説明長えんだよ」


 声。


 シルヴァの身体が。


 固まった。


「…………」


 足音。


 一歩。


 二歩。


 扉が開く。


 黒い旅装。


 黒髪。


 長身。


 腰には。


 一本の剣。


「最高司祭様は昔から話が堅え」


 男が。


 部屋へ入ってくる。


「結論から言えばいいんだよ」


「ディーン」


 ガルドが険しい顔をする。


「勝手に入るな」


「扉開いてたぞ」


「お前が開けたんだろう」


「細かいな」


「…………」


 シルヴァは。


 何も言わなかった。


 男が。


 シルヴァを見る。


「…………」


 二秒。


 三秒。


 そして。


 口元が。


 少し上がった。


「よう」


 それだけ。


「でかくなったな」


「…………」


 シルヴァの喉が。


 動いた。


「ディーン」


「ああ」


「…………」


「何だ」


「生きてた」


「見りゃ分かる」


「…………」


「死んでるように見えるか?」


「思ってた」


 ディーンの表情が。


 少し変わる。


「……そうか」


「二年」


「うん」


「ずっと」


 シルヴァの手が。


 拳になる。


「何してたんだよ」


 声が。


 少し震えた。


「…………」


 ディーンは答えない。


「俺」


 一歩。


「レオン死んだって分かって」


 もう一歩。


「ミルスもいなくて」


「ディーンも」


「生きてるか分かんなくて」


「…………」


「何で」


 シルヴァが。


 ディーンの胸元を掴んだ。


「何で何も言わなかったんだよ」


「…………」


 ティナも。


 クジャも。


 見ている。


 ガルドさえ。


 何も言わなかった。


 ディーンは。


 掴まれた手を見て。


 それから。


 シルヴァの頭へ。


 大きな手を置いた。


「悪かった」


 シルヴァが。


 止まった。


「…………」


「俺も」


 ディーンが言う。


「余裕なかった」


「…………」


「お前が生きてるって分かったのも」


「ずっと後だ」


「じゃあ」


「探せよ」


「探した」


「…………」


 シルヴァの目が。


 僅かに上がる。


「見つからなかった」


「キャラバンと動き回ってただろ」


「……うん」


「東方まで行ってるとは思わねえよ」


「…………」


「それに」


 ディーンの手が。


 シルヴァの銀髪を。


 ぐしゃっと掻き回す。


「二年前のガキより」


「ずいぶん元気そうじゃねえか」


「髪」


「うるせえ」


「やめろって」


「昔もっとやってたろ」


「昔から嫌だった」


「嘘つけ」


「本当」


 それでも。


 シルヴァは。


 手を振り払わなかった。


 ティナが。


 少し笑う。


 クジャが言う。


「シルヴァ」


「何?」


「嬉しそう」


「…………」


「顔」


「うるさい」


 ディーンが笑った。


「仲間か?」


「うん」


 シルヴァが。


 今度は。


 迷わず答えた。


「ティナとクジャ」


「そうか」


 ディーンが二人を見る。


「面倒見てもらってんのか」


「違う」


「完全に面倒見てます」


 ティナが即答した。


「ティナ!」


「食費から生活まで!」


「そこまで!?」


 ディーンが笑う。


「変わってねえな、お前」


「何が?」


「後で教えてやる」


「いらない」


     ◇


 少しして。


 四人は。


 ガルドの机を囲んでいた。


「それで」


 シルヴァが聞く。


「地下で何してたの?」


「これだ」


 ディーンが。


 一枚の紙を机へ置いた。


 簡単な地下図。


 その上。


 黒い線。


「何?」


 ティナが覗く。


「地下の封印に」


 ガルドが答える。


「異物が入り込んでいる」


「異物?」


「これ」


 ディーンが黒い線を指す。


「俺が山で会った魔族の気配と似てる」


「山で?」


 シルヴァが身を乗り出す。


「赤い眼?」


「知ってんのか」


「エルネアにいた」


 ティナが続ける。


「研究院へ潜入していた魔族です」


「周りの音を消す能力を使う」


 クジャが言った。


「同じだ」


 ディーンの目が鋭くなる。


「やっぱりお前らも会ってんのか」


「逃げられた」


「俺もだ」


「ディーンでも?」


「一発斬ったけどな」


「…………」


「ちょっと嬉しそう」


 ティナが言う。


「師弟ね」


 クジャも言った。


「誰が師弟だ」


「そうだけど」


 シルヴァが言う。


「お前は黙れ」


     ◇


「奴らは」


 ガルドが話を戻す。


「エルネアで何をしていた」


「調査」


 ティナが答えた。


「五大恩寵」


「古代封印」


「軍の配置」


「街道」


「高位のオーラ使い」


 ガルドの表情が。


 徐々に険しくなる。


「それだけではありません」


「強化された魔物もいました」


「外からオーラを流し込まれてた」


 クジャが言う。


「東方砦を襲った魔物も」


 シルヴァが続ける。


「同じだった可能性がある」


 ディーンが腕を組む。


「こっちの山にもいた」


「やっぱり?」


「ああ」


「何匹か斬った」


「強かった?」


「普通よりはな」


「…………」


 シルヴァが。


 少しだけ嬉しそうにディーンを見る。


「何だ」


「いや」


「戦いたかったとか思ってねえだろうな」


「ちょっと」


「シルヴァ!」


     ◇


 ガルドが。


 地下図へ視線を落とす。


「彼らが何者であれ」


「目的は」


 地図。


 大聖堂地下。


「ここにあると考えるべきだろう」


「何があるの?」


 ティナが聞く。


「古い封印だ」


「何を封じてる?」


「…………」


 ガルドが。


 すぐには答えなかった。


 シルヴァが眉を寄せる。


「また隠す?」


「そういう意図ではない」


「昔もそうだった」


「シルヴァ」


 ティナが小さく呼ぶ。


 だが。


 シルヴァは止めない。


「何も教えない」


「危ないからって閉じ込める」


「聞いても答えない」


「今も同じ?」


「…………」


 ガルドが。


 シルヴァを見た。


「違う」


「じゃあ教えて」


 しばらく。


 沈黙。


 そして。


 ガルドが。


 ゆっくり口を開いた。


「二百年前」


「神魔大戦の後」


 全員が聞く。


「この聖都の地下には」


 聖杖の先が。


 床へ触れる。


「世界の傷と呼ばれるものが残った」


「世界の……傷?」


「地脈の亀裂だ」


 ティナが聞く。


「地脈?」


「大地の奥を巡る巨大な力の流れ」


「その一部が」


「神とゼノアの戦いによって破損した」


「…………」


「放置すれば」


 ガルドが続ける。


「大地そのものが崩れ」


「そこから」


「古い瘴気と異質な力が噴き出す」


「聖都だけの話では済まない」


「白嶺山脈一帯が?」


「最悪の場合は」


「それ以上だ」


 シルヴァが。


 床を見る。


「それを」


「ガルドが封じてる?」


「ああ」


「大地の恩寵で」


「ああ」


 ガルドが答える。


「代々の聖都が築いた封印を」


「私の恩寵で補強している」


「だから」


 ディーンが壁に寄りかかりながら言う。


「こいつは二年前もノクティスに来なかった」


 シルヴァがディーンを見る。


「そうなの?」


「ああ」


「レオンも誘った」


 ガルドが答える。


「断った?」


「離れられなかった」


「…………」


「私がここを離れ」


「封印が崩れれば」


「聖都が消える」


 シルヴァは。


 何も言わなかった。


 昔なら。


 ただ。


「ガルドは俺を閉じ込めた」


 それだけだった。


 今。


 少しずつ。


 知らなかったものが見えてくる。


 だが。


 それでも。


 過去が消えるわけではない。


     ◇


「問題は」


 ガルドが。


 地下図の黒い線を指した。


「この異物だ」


「三日前」


「最深部の封印に変化が起きた」


「地面を通り」


「何者かのオーラが」


「少しずつ内部へ侵入している」


「地面の中?」


 クジャが聞く。


「ああ」


 ディーンが言う。


「壁も」


「床も」


「岩も」


「関係なく通ってる」


 シルヴァが眉を寄せる。


「何のために?」


「分からん」


「壊すためか」


「調べるためか」


「あるいは」


 ガルドが言う。


「その両方か」


 クジャが。


 右眼の眼帯へ手を触れた。


「見れるかも」


 三人が見る。


「地下の黒いの」


「クジャ」


 ティナが言う。


「眼、まだ完全に休ませてないでしょ」


「でも」


「無理は駄目」


「少しだけ」


「…………」


 ガルドが聞く。


「その眼で」


「地中を通る力まで見えるのか」


「近ければ」


「なら」


「駄目」


 シルヴァが遮った。


 ガルドの目が。


 シルヴァへ。


「クジャが痛くなったら終わり」


「必要なら使う」


 クジャが言う。


「必要かどうかは」


 シルヴァがガルドを見る。


「俺たちで決める」


「…………」


 ガルドは。


 シルヴァをしばらく見ていた。


「分かった」


「え?」


 シルヴァが逆に驚く。


「何だ」


「もっと揉めると思った」


「お前は私を何だと思っている」


「嫌な爺」


「シルヴァ!」


「間違ってねえ」


 ディーンが言った。


「ディーン」


「何だよ」


「お前まで話を増やすな」


     ◇


「地下へ行く」


 ガルドが言った。


「俺たちも?」


「ああ」


「いいの?」


「お前は行きたいのだろう」


「…………」


 シルヴァが。


 少し黙る。


「地下には」


 ガルドが続ける。


「封印の最深部へ向かう道がある」


「同時に」


 一瞬。


 言葉が止まった。


「お前がいた区画も」


「通る」


 シルヴァの顔から。


 表情が消えた。


「…………」


 ティナがシルヴァを見る。


「別の道は?」


「ない」


「…………」


 クジャも。


 何も言わない。


 ディーンだけが。


 シルヴァを見る。


「どうする」


「…………」


「無理なら俺らだけで行く」


 シルヴァは。


 拳を握った。


 冷たい床。


 鉄格子。


 閉じた扉。


 母の声。


 ガルド。


 一人。


 長い時間。


「行く」


 シルヴァが答えた。


「シルヴァ」


「行くよ」


「……分かった」


 ティナが頷く。


 クジャも。


「一緒」


「うん」


 ディーンが。


 ほんの少し。


 口元を上げた。


「じゃあ行くぞ」


     ◇


 大聖堂。


 最奥。


 巨大な石扉。


 ガルドが。


 聖杖を地面へ突く。


 ゴン――。


 茶金色の光。


 床一面へ。


 広がる。


 クジャの右眼を使わなくても。


 今度は。


 はっきり見えた。


 大地の恩寵。


 石扉に刻まれた紋様が。


 一つずつ光る。


 ズズズズ……。


 重い音。


 扉が開く。


 冷たい空気。


 地下へ続く。


 長い階段。


「…………」


 シルヴァは。


 その暗闇を見下ろした。


 二年前ではない。


 もっと。


 ずっと昔。


 何度も。


 上を見ながら。


 登りたいと思った階段。


 今。


 自分は。


 逆に。


 自分の足で。


 そこへ降りようとしている。


「シルヴァ」


 ティナが。


 隣に立つ。


「うん」


 クジャも。


 反対側。


「行こう」


 シルヴァが。


 一歩。


 踏み出した。


 石段へ。


 その瞬間。


 地下の奥。


 誰にも見えない場所で。


 黒い脈が。


 ――ドクン。


 まるで。


 何かの鼓動のように。


 一度だけ。


 大きく脈打った。

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