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風葬のシルヴァ  作者: 桜
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23/78

第23話 聖都アルセリア

 翌朝。


 白嶺山脈を越えた三人は。


 長い下り坂の先にある白い街へ向かって歩いていた。


 昨日。


 山の上から見下ろした時より。


 近くで見る聖都アルセリアは、遥かに大きい。


 白い石造りの建物。


 青みを帯びた屋根。


 街の至るところに建つ小さな礼拝堂。


 そして。


 どこからでも見える。


 街の中心。


 巨大な大聖堂。


「……すごい」


 ティナが見上げる。


「王都とは全然違うわね」


「うん」


 クジャも街を見る。


「白い」


「そこ?」


「いっぱい白い」


「まあ、それはそうだけど」


 ティナが隣を見る。


 シルヴァは。


 黙っていた。


「シルヴァ?」


「何?」


「静かね」


「そう?」


「そうよ」


「山で疲れた」


「あなた昨日あんなにディーンさん見つけて元気だったじゃない」


「今日は疲れた」


「分かりやすい……」


 シルヴァは前を見る。


 聖都の外壁。


 大きな正門。


 二年前。


 ここを出た。


 レオンと。


 ディーンと。


 ミルスと。


 あの日。


 もう二度と戻らないと思っていた。


「…………」


 ティナが少し歩調を落とす。


 シルヴァの隣。


「やっぱり嫌?」


「何が?」


「入るの」


「…………」


 少し考える。


「嫌」


「即答ね」


「でも入る」


「うん」


「ディーン探さないと」


「恩寵も」


 クジャが続ける。


「カードも」


「それは優先度低いから!」


「♣4死んだ」


「死んではないでしょ!」


 シルヴァが少し笑った。


「甘いものも」


「あなたまで!」


「ティナが食べたいって」


「言ったけど!」


「じゃあ行こう」


「何か上手く丸め込まれてる気がする……」


 三人は。


 聖都アルセリアの正門へ向かった。


     ◇


「次!」


 門前。


 巡礼者や商人の列。


 聖都だけあって。


 王都ほどではないものの、人の出入りは多い。


 三人の番。


 門兵が顔を上げた。


「入都目的は?」


「調査と人探しです」


 ティナが答える。


「三名?」


「はい」


「名前を」


「ティナ・ルクス」


「クジャ・ローズ」


 そして。


「シルヴァ・ライズ」


 門兵の筆が。


 止まった。


「…………」


 シルヴァが見る。


「何?」


「いや」


 門兵が顔を上げる。


 シルヴァの顔。


 銀髪。


 腰の剣。


 もう一度。


 記録簿。


「シルヴァ・ライズ?」


「うん」


「……聖都出身の?」


 ティナがシルヴァを見る。


「知ってるの?」


「知らない」


「自分のことなのに!?」


 門兵は奥へいる別の兵士を呼ぼうとして。


 少し迷い。


 やめた。


「二年前に聖都を出た?」


「そうだけど」


「…………」


「何?」


「いや」


 門兵が記録へ印を押した。


「問題ない」


「何かあるでしょ」


「ない」


「今絶対あった」


「シルヴァ」


 ティナが袖を引く。


「行くわよ」


「気になる」


「後で聞けばいいでしょ」


 門兵の横を通り。


 街へ入る。


 少し離れてから。


 クジャが言った。


「有名人?」


「嫌な意味でね」


 シルヴァが答えた。


「昔から?」


「多分」


「何したの?」


「何も」


「じゃあ何で?」


「風が暴れた」


「シルヴァが?」


「俺の風が」


「同じじゃない?」


「違う」


「どう違うの?」


「…………」


「説明できないんじゃない」


 ティナが呆れる。


「でも」


 シルヴァが前を見る。


「昔は」


 歩く人々。


 店。


 子供。


 巡礼者。


「俺が外歩くことなんてなかったから」


 二人が黙る。


「名前だけ知ってる人の方が多いと思う」


「…………」


 ティナが聞く。


「嫌な名前で?」


「多分ね」


「忌み子」


 クジャが小さく言った。


 シルヴァが見る。


「覚えてた?」


「前聞いた」


「そっか」


 ティナは。


 少しだけ眉を寄せた。


「気にしないで」


 シルヴァが言う。


「私、何も言ってないけど」


「顔」


「……そんな分かりやすい?」


「うん」


 クジャも頷く。


「すごく」


「二人に言われるの腹立つ!」


     ◇


 聖都アルセリア。


 大通り。


「…………」


 シルヴァが周囲を見る。


「変わってない?」


 ティナが聞いた。


「店は変わってる」


「分かるの?」


「少し」


「外歩いてなかったんじゃないの?」


「十四歳になってから」


 シルヴァが答える。


「レオンに連れ出された後は、少しだけ街歩いた」


「レオンと?」


「うん」


「何したの?」


「飯」


「やっぱり!」


 シルヴァが一軒の店を指差す。


「あそこ」


「何?」


「レオンに初めて連れてってもらった飯屋」


 古い食堂。


 木製の看板。


 まだ残っている。


「入る?」


 ティナが聞く。


「…………」


「シルヴァ?」


「入る」


「即決」


「腹減った」


「思い出よりそっち!?」


「思い出もある」


「今付け足したでしょ!」


     ◇


 昼。


 《麦穂亭》。


「いらっしゃ――」


 店の女主人が。


 入口に立ったシルヴァを見る。


「…………」


 止まった。


「?」


 シルヴァが首を傾げる。


 女主人。


 五十歳くらい。


 少しふっくらした女性。


 しばらく。


 シルヴァの顔を見て。


「……シルヴァ?」


「え?」


「やっぱり」


 女性が目を見開く。


「あんたシルヴァだろ!」


「知ってるの?」


「何言ってんだい!」


 女主人が近づいてくる。


「二年前、レオンさんたちと来たじゃないか!」


「……覚えてるんだ」


「そりゃ覚えてるよ!」


 シルヴァの肩を叩く。


「馬鹿みたいに食べて!」


「そんな食べた?」


「七皿!」


「…………」


 ティナが見る。


「七?」


「成長期」


「言い訳になってない!」


 女主人が笑う。


「帰ってきたんだねえ」


「……うん」


「レオンさんたちは?」


 シルヴァの表情が。


 ほんの一瞬。


 止まった。


「…………」


 ティナも。


 クジャも。


 何も言わない。


 女主人が気づく。


「あ……」


「レオンは」


 シルヴァが答えた。


「もういない」


「…………」


「ディーンは生きてる」


「そうかい」


「ミルスも……多分」


 最後だけ。


 少し曖昧。


「そうか」


 女性は。


 それ以上聞かなかった。


「座りな」


「うん」


「今日は食べな」


 シルヴァが目を輝かせる。


「無料?」


「そういう意味じゃない!」


 ティナが即座に突っ込んだ。


 女主人が大笑いした。


     ◇


「これ」


 ティナが料理を見る。


「美味しい」


「でしょ」


 シルヴァが少し誇らしげ。


「あなたが作ったんじゃないでしょ」


「でも知ってた」


「それはそうだけど」


 肉と野菜を煮込んだ濃いスープ。


 焼きたてのパン。


 山羊乳のチーズ。


 香草焼きの鶏肉。


 クジャが静かに食べている。


「クジャ」


「何?」


「美味しい?」


「うん」


「よかった」


「何でシルヴァが嬉しそうなの?」


「好きな店だから」


「…………」


 ティナが。


 少しだけ笑う。


「やっと」


「何?」


「あなたの昔の話で」


 パンをちぎる。


「普通の思い出聞いた気がする」


「普通?」


「食事して」


「店の人に覚えてもらって」


「そういうの」


「…………」


 シルヴァも。


 女主人を見る。


 二年前。


 レオンが。


『腹減ったな』


 と。


 勝手にこの店へ入った。


『お前、何食う?』


『分からない』


『じゃあ全部頼むか』


『全部?』


『レオン、馬鹿か』


 ディーンに怒られて。


 ミルスが笑っていた。


「……うん」


 シルヴァが少し笑う。


「ここは好きだった」


 クジャが言った。


「じゃあまた来よう」


「うん」


「カード屋見つけた後」


「まだ諦めてないの?」


「重要」


 ティナがため息。


「分かったわよ」


「やった」


「ただし、先に調査!」


「甘いのは?」


 シルヴァが聞く。


「あなたまで乗るな!」


     ◇


 食事を終え。


 宿を取った後。


 三人は聖都の大通りを歩いた。


「どこから?」


 ティナが聞く。


「大聖堂?」


 クジャが言う。


 シルヴァの足が。


 ほんの一瞬。


 止まる。


「…………」


 ティナが気づいた。


「後でもいいわよ」


「いや」


「でも」


「行く」


 シルヴァは。


 大聖堂を見る。


「どうせ行かないと駄目だから」


「ガルド?」


「それも」


「ディーンのことも聞きたいし」


「資料も」


「うん」


 歩き出す。


 しかし。


 数十歩進んだところで。


 シルヴァが別の道を見る。


「…………」


「どうしたの?」


 ティナが聞く。


「家」


「え?」


「あっち」


 細い坂道。


 大聖堂から離れる方向。


「実家?」


「うん」


「……お父さん」


 シルヴァは答えない。


 父。


 ゲイル。


 二年間。


 一度も会っていない。


「先に行く?」


 ティナが聞いた。


「…………」


「シルヴァ?」


「嫌」


「どっちも嫌じゃない!」


「聖都嫌なもの多い」


「自分の故郷でしょ!?」


「だから」


 クジャが言う。


「どっちがもっと嫌?」


「難しい」


「そんな基準で決めるの!?」


 シルヴァは。


 大聖堂。


 そして。


 実家へ続く道。


 何度か見比べた。


「……家」


「いいの?」


「ガルドよりは」


「比較対象が酷い……」


 ティナが苦笑した。


「じゃあ行きましょう」


     ◇


 聖都西区。


 中心部から離れるにつれ。


 建物は小さく。


 人通りも減っていく。


「こっち」


 シルヴァが歩く。


 さっきまでとは違う。


 迷わない。


 一本。


 二本。


 細い道を曲がる。


 古い井戸。


 小さな礼拝堂。


 石造りの階段。


「覚えてるんだ」


 クジャが言う。


「家だから」


「地下にいたのに?」


「その前は普通に住んでた」


「何歳まで?」


「…………」


 シルヴァが少し考える。


「小さい頃」


「何歳?」


「分からない」


「覚えてない?」


「色々あったから」


「そっか」


 クジャは。


 それ以上聞かなかった。


 少し歩く。


 シルヴァが止まった。


「ここ」


 二人が見る。


 大きくもない。


 小さくもない。


 二階建ての石造りの家。


 庭。


 古い木。


 玄関。


 窓。


「…………」


 シルヴァは。


 動かなかった。


「シルヴァ?」


「変わってない」


 庭の木。


 昔。


 母が。


 よく洗濯物を干していた。


『シルヴァー!』


『危ないから降りなさい!』


 木へ登る自分。


 その下。


 笑う母。


 母――エリナ。


「…………」


 窓。


 昔。


 母がいた部屋。


 もう。


 いない。


 胸の奥が。


 締め付けられる。


「入る?」


 ティナが聞く。


「…………」


「無理なら」


「行く」


 シルヴァは。


 玄関へ近づいた。


 一歩。


 一歩。


 足が。


 重い。


 ガルドへ会う時とは。


 また違う。


 怒りではない。


 何を言えばいいのか。


 分からない。


 父は。


 自分を地下へ入れることに同意した。


 それだけは。


 今も覚えている。


 母が死んだ後も。


 父は自分を出さなかった。


「…………」


 扉の前。


 シルヴァが手を上げる。


 止まる。


「叩かないの?」


 クジャが聞く。


「今から」


「三十秒くらい止まってる」


「数えてた?」


「うん」


「やめて」


 ティナが少し笑う。


「代わりに私が?」


「それは嫌」


「じゃあ自分で」


「…………」


 コン。


 小さく。


「小さい」


「聞こえるよ」


 返事はない。


「もう一回」


 コンコン。


 今度は。


 少し強く。


 家の中。


 物音。


 シルヴァの身体が。


 僅かに固まる。


 足音。


 近づいてくる。


「…………」


 扉が。


 ゆっくり開いた。


「はい――」


 男。


 五十歳前後。


 少し伸びた灰混じりの黒髪。


 以前より。


 痩せている。


 シルヴァと。


 目が合う。


「…………」


「…………」


 男の顔から。


 血の気が引いた。


 口が。


 僅かに開く。


「……シルヴァ?」


 シルヴァは。


 何も言えなかった。


 父。


 ゲイル。


 二年ぶり。


 いや。


 まともに顔を合わせたのは。


 もっと前かもしれない。


「…………」


 長い。


 沈黙。


 ゲイルの手が。


 ゆっくり持ち上がる。


 息子へ。


 触れようとして。


 止まった。


 シルヴァが。


 ほんの少し。


 後ろへ引いたから。


「……」


 ゲイルの手が下がる。


「そうか」


 声が。


 掠れていた。


「そう……だよな」


 シルヴァは。


 目を逸らした。


 ティナも。


 クジャも。


 口を挟まない。


 やがて。


 ゲイルが言った。


「……帰ってきたんだな」


「…………」


 シルヴァの指が。


 僅かに握られる。


 そして。


 小さく。


「ただいま」


 そう答えた。


 ゲイルの目が。


 大きく見開かれた。

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