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風葬のシルヴァ  作者: 桜
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22/79

第22話 雷鳴

 白嶺山脈。


 夜明け前。


 森の奥を。


 一人の男が走っていた。


「……っ」


 黒い外套。


 赤い瞳。


 脇腹には、まだ新しい傷。


 男――セイルは片手で傷口を押さえながら、木々の間を抜けていく。


 背後。


 気配はない。


 だが。


「…………」


 足を止めない。


 一度だけ。


 後ろを見る。


 暗い森。


 誰もいない。


「撒いたか」


 そう呟いた。


 直後。


 ――バヂッ。


「!」


 セイルが前へ跳んだ。


 次の瞬間。


 さっきまで立っていた場所へ。


 青白い雷が落ちる。


 地面が弾けた。


「……遅い」


 声。


 上。


 セイルが見上げる。


 太い枝の上。


 一人の男が立っていた。


 黒髪。


 使い込まれた旅装。


 片手には剣。


 その刃を。


 青白い雷が這っている。


「ディーン……」


「俺の名前知ってんのか」


 ディーンが枝から飛び降りた。


 着地。


「だったら話が早い」


「何をだ」


「色々だよ」


 剣先を向ける。


「まず」


 倒れた木の向こう。


 そこには。


 数体の魔物。


 すでに斬り伏せられていた。


「こいつら」


「誰が弄った」


「…………」


「次」


 一歩。


「お前ら、何を探してる」


「…………」


「最後」


 さらに一歩。


「何で聖都を嗅ぎ回ってる」


 セイルの目が細くなる。


「知っているのか」


「何を?」


「我々が聖都を調べていることを」


「今ので確定した」


「…………」


 ディーンが少し笑った。


「喋るじゃねえか」


 セイルの表情が僅かに歪む。


「くだらん」


「そう怒るな」


 剣に雷。


 バチッ。


「次はもっと上手く聞く」


     ◇


 先に動いたのは。


 セイルだった。


 右手。


 短剣。


 左手。


 三本の投擲刃。


 同時。


 放つ。


 ヒュッ――。


 ディーンが剣を振る。


 キィン!


 一枚。


 二枚。


 三枚。


 全て弾く。


 その間に。


 セイルが距離を詰める。


 短剣。


 喉。


 ディーンが身体を半歩だけ引く。


 刃が。


 鼻先を掠めた。


「悪くない」


 横薙ぎ。


 セイルが短剣で受ける。


 ガギィン!


「――っ!」


 衝撃。


 さらに。


 雷。


 短剣から腕へ走る。


「ぐっ……!」


 セイルが後退。


「一発受けただけでそれか」


 ディーンが肩を鳴らす。


「もう少し丈夫な武器使え」


「余計な世話だ」


「なら」


 踏み込む。


「壊してやる」


 速い。


 剣。


 上段。


 セイルが受ける。


 雷。


 二撃目。


 横。


 三撃目。


 突き。


 全部。


 無駄がない。


「……!」


 セイルが歯を食いしばる。


 剣術。


 速さ。


 オーラ。


 どれも。


 エルネアで戦った少年とは違う。


 シルヴァの剣は。


 流れを読む。


 崩す。


 変える。


 相手に合わせて形を変えていく。


 だが。


 この男は。


 もっと単純。


 もっと荒々しい。


 なのに。


 一つ一つが。


 完成されている。


 斬る。


 受ける。


 踏み込む。


 雷を纏う。


 それだけで。


 強い。


「……なるほど」


 セイルが距離を取る。


「勇者一行」


「昔の話だ」


 ディーンが答える。


「今は?」


「旅人」


「ただの旅人が」


 セイルが短剣を構え直す。


「我々を追っているのか」


「勘違いするな」


「?」


「俺はお前らを追ってたんじゃない」


 ディーンの目が細くなる。


「調べてたら」


「お前らが勝手に出てきた」


「……」


「迷惑なんだよ」


「何が」


「俺が知りたいことに」


 一瞬。


 雷が強くなる。


「魔王軍が毎回絡んでくんのがな」


 セイルが。


 片手を広げた。


 オーラ。


 空間へ。


 薄く。


 広く。


 広がる。


 ――音が消えた。


「…………」


 風。


 葉。


 虫。


 呼吸。


 雷が弾ける音さえ。


 消える。


 完全な静寂。


 ディーンが眉を寄せた。


 セイルが動く。


 音のない地面。


 足音はない。


 木々の間。


 右。


 左。


 死角。


 ディーンの背後へ。


 短剣。


 首。


 突き出す。


 ディーンは。


 振り向かなかった。


 剣だけを。


 背後へ。


 ガッ――。


 音はない。


 だが。


 短剣は止まった。


「……!」


 セイルの目が開く。


 ディーンが。


 ゆっくり振り返る。


 口が動く。


 声は。


 聞こえない。


 それでも。


 意味は分かった。


『それだけか』


「…………」


 セイルの表情が。


 初めて険しくなる。


 ディーンの視線。


 足。


 肩。


 腰。


 オーラ。


 相手が動く前の。


 僅かな変化。


 耳だけで。


 戦っているわけではない。


 ディーンが剣を下げる。


 切っ先。


 地面。


 突き刺した。


 次の瞬間。


 青白い雷が。


 地中を駆けた。


「――!」


 音はない。


 光だけ。


 セイルが跳ぶ。


 地面を走った雷が。


 木の根。


 岩。


 土。


 四方から弾ける。


 空中。


 逃げ場。


 そこへ。


 ディーン。


 《迅雷》。


 一瞬。


 距離が消えた。


 セイルの目の前。


「――!」


 剣。


 振り抜く。


 血が飛んだ。


 セイルの胸から。


 斜めに。


 深い傷。


 地面へ落ちる。


 同時。


 静寂の膜が崩れた。


 音が。


 戻る。


 バヂィッ――!!


 遅れて雷鳴が森へ響いた。


「ぐっ……!」


 セイルが膝をつく。


 ディーンは。


 目の前へ着地。


「終わりか?」


「…………」


「なら聞くぞ」


 剣先。


 喉元。


「聖都に何がある」


「……」


「お前らが盗んだ研究資料」


「五大恩寵」


「古代封印」


「何を確認したい」


 セイルは。


 荒い呼吸の中。


 ディーンを見る。


「随分」


「?」


「詳しいな」


「俺も調べてたからな」


「何を」


「俺が聞いてる」


 剣先が。


 僅かに近づく。


「答えろ」


「…………」


 数秒。


 セイルが笑った。


「なら」


「?」


「お前自身も」


 赤い瞳。


「確認対象だ」


 ディーンの眉が動いた。


「誰にとってだ」


「…………」


「お前の上に誰がいる」


 返事は。


 ない。


 代わりに。


 セイルの手が。


 外套の内側へ。


「動くな」


 ディーンが言う。


 しかし。


 遅い。


 小さな球体。


 地面へ。


 カッ――!!


 白光。


「ちっ!」


 ディーンが目を庇う。


 セイルが。


 森へ飛び込んだ。


「……!」


 追う。


 一歩。


 二歩。


 そこで。


 ディーンが止まった。


「…………」


 剣を下ろす。


「逃げ足だけは一人前か」


 森の奥。


 もう気配が遠い。


 追えば。


 追いつけるかもしれない。


 だが。


 ディーンは。


 別の方向を見る。


 西。


 聖都アルセリア。


「……確認対象」


 独り言。


「ってことは」


 自分。


 五大恩寵。


 封印。


 そして。


 おそらく。


 他にも。


「戦争でも始める気か」


 剣を鞘へ戻す。


「面倒なことになってんな」


 ディーンは。


 聖都へ向けて。


 再び歩き始めた。


     ◇


 翌朝。


 白嶺山脈。


「シルヴァ」


「…………」


「起きて」


「…………」


「朝」


「…………」


 宿の一室。


 三つ並んだベッド。


 ティナは。


 一番端のベッドの横に立っていた。


 そこには。


 毛布に包まったシルヴァ。


「起きなさい」


「寒い」


「部屋の中よ」


「山の中」


「建物の中!」


「あと五分」


「昨日も聞いた!」


「今日は三分」


「減らせば許すと思った!?」


 隣。


 クジャは。


 すでに旅支度を済ませていた。


 ベッドへ腰掛け。


 カードを一枚ずつ確認している。


「クジャは起きてるわよ」


「クジャすごい」


「感心してないで起きる!」


 ティナが毛布を掴んだ。


「返して」


「起きたらね」


「寒い」


「知ってる!」


 引く。


 シルヴァも掴む。


「離して」


「寒いって」


「だから服着ればいいでしょ!」


 さらに引く。


「ティナ」


「何よ!」


「危ない」


「何が――」


 ズルッ。


「え?」


 ティナの足が滑った。


 前へ。


 ドサッ。


「…………」


「…………」


 シルヴァの上。


 ティナ。


 両手を。


 シルヴァの肩の横へついている。


 顔。


 近い。


「…………」


「…………」


 クジャだけが。


 カードを切っている。


 シルヴァが瞬きをした。


「ティナ」


「……何」


「重――」


「言ったら殴る」


「はい」


 即答。


 ティナが飛び起きる。


 顔。


 真っ赤。


「起きなさい!!」


「今ので起きた」


「最悪!」


 クジャが言う。


「朝から仲いい」


「違う!」


「普通!」


 二人同時。


「…………」


 クジャが二人を見る。


「息合ってる」


「クジャ!」


     ◇


 朝食。


「おかわり二回まで」


 ティナが言った。


「昨日無料だった」


「今日は有料!」


「じゃあ二回」


「最初からそう言ってる!」


 シルヴァがパンを食べる。


 クジャは。


 一枚のカードを見ていた。


 折れた♣4。


「まだ持ってるんだ」


 シルヴァが聞く。


「うん」


「使えないよね?」


「多分」


「捨てないの?」


「まだ」


 ティナも覗く。


「そんなに大事なの?」


「分からない」


「分からない?」


 クジャがカードを指でなぞる。


「昔から使ってる気がする」


「孤児院の頃?」


「多分」


「誰にもらったかは?」


「……」


 クジャが考える。


 何か。


 浮かびそうになる。


 小さな手。


 カード。


『これ、クジャにあげる』


「…………」


「クジャ?」


 ティナの声。


 消えた。


「分からない」


「今何か思い出した?」


「少し」


「何を?」


「誰か」


 折れたカードを見る。


「カードくれた気がする」


「顔は?」


「見えない」


 ティナが。


 それ以上聞くのをやめた。


 シルヴァも。


 パンを食べながら言う。


「じゃあ持ってればいいじゃん」


「使えなくても?」


「大事なら」


「…………」


 クジャがカードを見る。


 それから。


 ケースの奥へ戻した。


「うん」


 ティナが。


 シルヴァを見る。


「たまにいいこと言うわね」


「たまに?」


「たまに」


「いつもじゃない?」


「それはない」


「クジャは?」


「たまに」


「二対一」


「多数決」


「そういう問題?」


     ◇


 宿を出る。


 山道。


 さらに西へ。


 昨日までより。


 傾斜はきつい。


 風も強い。


 ただ。


 天気は悪くなかった。


「今日中に山頂側の関所まで行ければ」


 ティナが地図を見る。


「明日には聖都側へ下れる」


「あと一日?」


「順調なら」


「じゃあ早く――」


「走らない」


「まだ言ってない」


「顔」


 クジャが言う。


「走る顔」


「昨日も言われた」


「同じ顔してる」


「そんな分かりやすい?」


「うん」


 ティナも頷く。


「うん」


「二人とも即答なんだ」


 その時。


 前方。


 小さな祠。


 石でできた。


 古い祈りの場所。


 道行く巡礼者が。


 何人か立ち止まっている。


「何してるの?」


 シルヴァが聞く。


「聖都へ入る前のお祈りじゃない?」


 ティナが答える。


「シルヴァもやる?」


「やらない」


「即答」


「昔やらされた」


「嫌だった?」


「長いから」


「理由そこ!?」


 クジャが祠を見る。


「神に願うことない?」


 シルヴァが考える。


「ディーンに会えますように」


「普通ね」


「飯うまい店ありますように」


「一気に俗っぽくなった!」


「クジャは?」


「カード売ってますように」


「二人とも!」


     ◇


 昼。


 三人は。


 道沿いの岩場で休憩していた。


「今日は甘いのないの?」


 シルヴァが聞く。


「ない」


 ティナが即答する。


「今度は早かった」


「本当にないから!」


 クジャがティナの荷物を見る。


「怪しい」


「ないってば!」


「確認」


「しなくていい!」


 シルヴァが笑いながら干し肉を食べる。


「ティナ」


「何?」


「聖都着いたら」


「うん」


「まず宿?」


「当然でしょ」


「その次」


「研究施設か大聖堂」


「飯は?」


「間!」


「カード屋は?」


 クジャが聞く。


「それも間!」


「じゃあ三人で買い物」


「観光旅行じゃないのよ!」


 シルヴァが言う。


「でもずっと調べ物だけだと疲れるよ」


「それは……」


「ティナも甘いの食べたいし」


「それは関係ない!」


「食べたくない?」


「…………」


 少し。


 間。


「……あったら」


「食べたい?」


「ちょっとだけ」


「じゃあ決まり」


「何が!?」


 クジャが言う。


「三人で甘いの」


「……まあ」


 ティナが小さく笑う。


「時間があればね」


     ◇


 午後。


 再び歩き始めてから。


 しばらく。


「止まって」


 シルヴァが言った。


 三人の足が止まる。


「また血?」


 ティナが聞く。


「違う」


 シルヴァは。


 前方を見る。


「誰かいる」


 曲がりくねった山道。


 その先。


 一人。


 男が歩いている。


 黒い旅装。


 背中。


 剣。


「…………」


 シルヴァの目が。


 大きくなる。


「え?」


 ティナも見る。


 遠い。


 顔までは。


 まだ見えない。


 でも。


 シルヴァは。


 動かなかった。


「シルヴァ?」


「……」


 その歩き方。


 剣の位置。


 肩。


 背中。


 何度。


 後ろを追ったか。


 何度。


 修行中。


『遅え』


 そう言われたか。


「……ディーン」


 声。


 掠れた。


「え?」


 ティナがもう一度見る。


 その瞬間。


 山道の向こう。


 男が。


 角を曲がる。


 姿が消えた。


「――!」


 シルヴァが走り出した。


「シルヴァ!」


 今度は。


 止まらない。


「ディーン!」


 山道。


 全力。


 風。


 足元。


 《風脚》。


「待って!」


「速っ!」


 ティナとクジャも追う。


「シルヴァ!」


「ディーン!!」


 曲がり角。


 飛び込む。


「…………」


 誰も。


 いない。


「……え?」


 道。


 二つに分かれている。


 一方。


 聖都方面。


 もう一方。


 古い山道。


「どっち」


 シルヴァが周囲を見る。


 風。


 気配。


 足跡。


 しかし。


 山風が強すぎる。


「シルヴァ!」


 ティナが追いつく。


「急に走らないでよ!」


「いた」


「うん」


「ディーンだった」


「顔見えなかったでしょ?」


「分かる」


 シルヴァが即答した。


「絶対」


 クジャも少し遅れて到着。


「どこ行った?」


「分からない」


「追う?」


「…………」


 シルヴァは。


 二つの道を見る。


 古い山道。


 聖都へ向かう本道。


「追いたい」


 正直に言った。


 ティナが黙る。


「でも」


 シルヴァは。


 本道を見る。


「どうせ聖都行くなら」


「そこで会えるかもしれない」


「うん」


「それに」


 古い山道を見る。


「二人連れて、知らない道入るのは危ない」


 ティナが少し驚いた。


「……シルヴァ」


「何?」


「成長したわね」


「何が?」


「前なら絶対一人で走ってた」


「今も走ったよ」


「途中まではね!」


 クジャが言う。


「ちょっとだけ成長」


「ちょっと?」


「ちょっと」


 シルヴァが不満そうにする。


 それでも。


 もう一度。


 ディーンが消えた道を見る。


「……近い」


 笑った。


「やっぱり」


 今度は。


 不安より。


 嬉しさが勝っていた。


     ◇


 夕方。


 山頂側の関所。


 三人は。


 ようやく。


 白嶺山脈の最も高い街道部へ辿り着いた。


「着いた……」


 ティナが息を吐く。


「疲れた」


 シルヴァが言う。


「あなた途中走ったからでしょ!」


「でも」


 クジャが。


 前を見る。


「見える」


「え?」


 三人が。


 山の西側。


 眼下へ。


 視線を向けた。


「…………」


 白い街。


 山裾へ広がる。


 巨大な都市。


 中心。


 天へ伸びる。


 何本もの白い尖塔。


 そのさらに奥。


 一際巨大な。


 大聖堂。


 夕日に照らされ。


 街全体が。


 淡い金色に染まっている。


「……綺麗」


 ティナが呟く。


 クジャも。


 静かに見ていた。


「これが」


「聖都アルセリア……」


 ティナが隣を見る。


「シルヴァ?」


「…………」


 シルヴァだけは。


 何も言わない。


 大聖堂。


 尖塔。


 街並み。


 見覚えがある。


 二年前と。


 ほとんど。


 変わっていない。


 胸の奥。


 何かが。


 重くなる。


 母。


 父。


 地下。


 ガルド。


 レオン。


 全部。


 あの街にある。


「……帰ってきた」


 シルヴァが呟いた。


「久しぶり?」


 クジャが聞く。


「二年」


「帰ってなかったんだ」


「うん」


 ティナが。


 シルヴァの横へ立つ。


「行けそう?」


 シルヴァは。


 しばらく街を見る。


「…………」


 それから。


 小さく笑った。


「多分」


 クジャが言う。


「便利」


「だね」


 ティナも少し笑う。


「じゃあ」


 聖都を見下ろす。


「明日」


「アルセリアに入るわよ」


 シルヴァは。


 もう一度。


 大聖堂を見た。


 そこにいる。


 会いたくない男。


 そして。


 会いたかった男も。


 きっと。


 近くにいる。


「……うん」


 白嶺山脈を越え。


 三人の旅は。


 ついに。


 シルヴァの始まりの地へ辿り着こうとしていた。

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