第20話 五つの恩寵
学術都市エルネア。
王立古代史研究院が襲撃を受けた翌朝。
宿の一階にある食堂では、朝から一つの小さな問題が発生していた。
「…………」
ティナが無言で伝票を見ている。
「…………」
シルヴァはパンを食べている。
「…………」
クジャは牛乳を飲んでいる。
静かな朝だった。
ただし。
ティナの額には、うっすら青筋が浮かんでいた。
「シルヴァ」
「ん?」
「これ」
伝票が突き出される。
「何?」
「見なさい」
シルヴァが覗き込む。
パン。
卵。
腸詰め。
鶏肉。
スープ。
豆の煮込み。
追加のパン。
追加の肉。
さらに食後の焼き菓子。
「朝飯」
「知ってるわよ!」
食堂中に声が響いた。
何人かの客が振り返る。
「……ティナ」
「何よ」
「目立ってる」
「誰のせい!?」
「俺?」
「あなた以外に誰がいるの!」
クジャが伝票を横から覗く。
「昨日より高い」
「ほら!」
「でも昨日より美味しかった」
シルヴァが言う。
「感想は聞いてない!」
「昼減らすよ」
ティナがじっと見る。
「本当に?」
「肉一枚」
「誤差よ!」
「じゃあ二枚」
「そういう問題じゃない!」
シルヴァは少し考えた。
「難しいね、お金って」
「あなたが難しくしてるの!」
クジャがパンをちぎりながら言う。
「ティナが財布持ってて正解だった」
「でしょ?」
「俺のお金も入ってるんだけど」
「あなたに渡したら食べ物に変わるでしょ」
「全部じゃない」
「じゃあ何に使うの?」
「剣」
「二択じゃない!」
クジャが小さく頷く。
「分かりやすい」
「俺そんなに?」
「すごく」
「戦ってる時も?」
「その時は違う」
「じゃあいいか」
「よくないわよ……」
ティナが深くため息をついた。
昨日。
研究院地下で魔族と遭遇した。
強化された巨大な魔物。
音そのものを奪う男。
盗まれた資料。
考えなければならないことは山ほどある。
なのに。
朝一番から食費の心配をしている。
「……なんか」
ティナが呟く。
「何?」
「あなた見てると、昨日あんなことあったの忘れそう」
「いいこと?」
「半分くらいは」
「残り半分は?」
「頭痛い」
「怪我?」
「あなたのせい!」
◇
朝食を終えた頃。
宿の扉が開いた。
「失礼します」
大量の書類を抱えて入ってきたのはハインだった。
「おはようございます」
ティナが立ち上がる。
「おはようございます」
クジャも軽く頭を下げる。
「おはよう」
シルヴァは最後のパンを口へ放り込んだ。
「シルヴァ」
「ん?」
「飲み込んでから喋りなさい」
「ん」
「返事も!」
ハインが笑う。
「朝から賑やかですな」
「すみません……」
「何でティナが謝るの?」
「あなたが謝らないからよ!」
ハインは空いている席へ腰を下ろした。
昨日までの柔らかな雰囲気とは違い、今日は少し表情が険しい。
「昨夜から研究院で調査を進めました」
三人の表情も変わる。
「分かったことある?」
シルヴァが聞く。
「いくつか」
ハインが一枚の報告書を広げた。
「まず、昨日の魔物についてです」
紙には巨大な四足獣の簡単な身体図が描かれていた。
首元には印。
「クジャ殿が戦闘中に見抜いた通り、あの魔物には他者のオーラが定着させられていました」
クジャが首を傾げる。
「やっぱり入ってた?」
「ええ」
「誰のか分かる?」
「そこまでは」
ハインは首を振る。
「ただ、本来その魔物が持つ力とは明確に異なっています」
ティナが資料を見る。
「他人のオーラを身体に入れて、強くしてたってことですか?」
「単純に言えば」
「そんなことできるんだ」
シルヴァが言う。
「人間相手には非常に難しいでしょう」
ハインが続ける。
「個人のオーラは、本人の身体と強く結びついています。異物を流し込めば、普通は反発が起きる」
「じゃあ何で魔物は平気だったの?」
「平気だったわけではありません」
ハインの指が図をなぞる。
「筋肉や内臓にはかなりの負担がかかっていました」
「無理矢理使ってた」
クジャが言った。
「そういうことでしょう」
首元。
昨日シルヴァが破壊した刻印。
「この部分が、外部から与えられたオーラを全身へ巡らせる起点になっていたと考えています」
「だから壊したら止まった」
「ええ」
ティナは腕を組む。
「……東方砦を襲った魔物たち」
シルヴァがティナを見る。
「俺も思った」
ガルゼムが率いていた軍勢。
野生の魔物とは明らかに違っていた。
統率され。
命令通りに防衛線へ突っ込み。
傷を負っても止まらない個体がいた。
「あの時は」
ティナが言う。
「捕まえた魔物を訓練してるだけだと思ってた」
「同じ方法だったかは分からない」
シルヴァが答える。
「でも」
「可能性はある」
ハインが頷いた。
「残念ながら、当時の魔物を今ここで調べることはできません」
「そうですよね」
「ただ」
ハインの表情が険しくなる。
「もし同じ技術が以前から使われていたのであれば」
ティナの目が細くなる。
「昨日突然始まった話じゃない」
「ええ」
しばらく。
誰も喋らなかった。
クジャが机の上の地図を見る。
「魔物を強くして」
一つ。
「街道を調べて」
二つ。
「軍隊を調べて」
三つ。
「強い人も調べて」
四つ。
「恩寵も調べてる」
ティナが地図を見下ろす。
「……嫌な集め方ね」
「何が?」
シルヴァが聞く。
「戦争する側が欲しい情報ばっかり」
王都の軍事力。
東方防衛軍。
主要街道。
各地の有力なオーラ使い。
古代の封印。
五大恩寵。
バラバラに見えた資料。
だが。
一つの目的を想定すれば。
すべて繋がる。
「この大陸を攻める前に」
クジャが言った。
「危ないもの探してる?」
「……多分」
ティナが答える。
「どこに何があるか」
「誰が強いか」
「どんな力が残ってるか」
「先に調べてる」
シルヴァが地図を見ながら言う。
「慎重だね」
「軍を動かす側なら当然よ」
「ガルゼムはあんまり慎重そうじゃなかった」
「あれは現場の部隊長でしょ」
「上にもっといる?」
「いるでしょうね」
ティナは東方防衛軍の隊長だった。
魔王軍にも複数の軍団や指揮系統が存在することくらいは知っている。
ただ。
今回の件を誰が指揮しているのか。
どこまで大規模な計画なのか。
そこまではまだ分からない。
「昨日の男は?」
シルヴァが聞く。
「セイルと名乗ったわけでもない」
ティナが答える。
「名前すら分からない」
「魔族なのは間違いない」
クジャが言う。
「うん」
「追わなくていい?」
「追いたいけど」
ティナが息を吐く。
「どこに行ったか分からないもの」
「聖都」
クジャが言った。
二人が見る。
「何で?」
「盗んだ資料」
クジャは昨日見た紙束を思い出す。
「聖都のこと書いてた」
ハインが頷く。
「その可能性は高いでしょう」
ハインは別の紙を出した。
「盗まれた資料を改めて照合しました」
「何がなくなってた?」
「五大恩寵に関する研究資料」
一つ。
「アステラ各地の軍事・街道記録」
二つ。
「そして」
地図。
西方。
「聖都アルセリアに残されている古代封印についての調査記録」
「封印……」
シルヴァが呟いた。
「何を封じてるの?」
「それが分かりません」
「分からない?」
「エルネアにあるのは、過去の研究者がまとめた写しだけです」
ハインが言う。
「詳細な原典は聖都側にある」
ティナが地図を見る。
「つまり」
「昨日の魔族たちが、そこまで調べようとする可能性は十分あります」
「ディーンも向かった」
シルヴァが言う。
「そうね」
「じゃあ」
シルヴァが地図上のアルセリアを指した。
「結局、俺たちも行くしかないね」
その声が。
ほんの少しだけ。
重かった。
◇
「その前に」
ハインが一冊の古い本を机へ置いた。
「皆さんが本来ここへ来た目的を済ませましょう」
「恩寵?」
ティナが聞く。
「ええ」
分厚い表紙。
何度も修復された跡。
「これは原典ではありませんが、複数の古文書を比較して作られた研究院の記録です」
ハインが開く。
最初のページ。
巨大な二つの影が描かれている。
一方は光に包まれた存在。
一方は黒い異形。
「約二百年前」
ハインが言う。
「神と魔王リベリオン・ゼノアが戦った」
ティナが静かに聞いている。
ハインは次のページへ。
「神は敗北し」
「命を失う直前に」
五つの印。
風。
炎。
水。
大地。
光。
「世界へ五つの力を遺した」
シルヴァの目が。
風の印へ。
ティナの目が。
光の印へ。
「五大恩寵」
ハインが言った。
「神自身の力そのものが五等分された、という意味ではないと考えられています」
「違うの?」
「それぞれ性質が違いすぎますから」
「じゃあ?」
「神が持っていた五つの権能を、世界へ残した」
ハインが答える。
「その方が近いでしょう」
シルヴァが風の印を見る。
「俺の風も」
「その一つ」
「でも俺」
シルヴァが自分を指差す。
「神に会ったことないよ」
「二百年前の方ですからな」
「そうじゃなくて」
ティナが額を押さえる。
「シルヴァが言いたいのは、どうやって選ばれたかってことでしょ」
「そう、それ」
「最初からそう言いなさいよ!」
ハインは笑う。
「それについては、分かっていません」
「また分からない」
「古代史とはそういうものです」
「便利な言葉だね」
「研究者に怒られるわよ」
ハイン本人が少し苦笑した。
「恩寵は適合する人間を選ぶとされています」
「適合って何?」
「分かりません」
「また」
「ですから研究しているのです」
「二百年?」
「二百年」
「長い」
クジャが言った。
「長いですな」
ハインも頷いた。
ティナは光の印を見つめていた。
「継承については?」
小さな声だった。
ハインがティナを見る。
「王都で聞いたの」
ティナが続ける。
「恩寵は、前の持ち主が亡くなった後に別の人を選ぶことがあるって」
「あります」
ハインは即答した。
「……やっぱり」
「少なくとも古い記録には、同一の恩寵が異なる時代の人物へ現れた例があります」
「同時に二人は?」
「確認されていません」
「…………」
ティナが手を見る。
三日前。
自分を包んだ。
白金の光。
レオンと同じ光。
分かっていた。
シルヴァとも話した。
それでも。
こうして記録として突きつけられると。
重さが違う。
「ティナ」
「……大丈夫」
シルヴァが何も言う前に答えた。
「大丈夫だから」
「そう?」
「うん」
少し笑う。
「それより」
光の印を指す。
「どうやったらこれ出せるの?」
「分かりません」
「早い!」
「一度発現したのであれば、再び使える可能性は高いでしょう」
「どうやって?」
「そこが」
「分からない?」
「ええ」
ティナが机へ突っ伏した。
「期待したのに……」
「俺は自然に出るよ」
「あなたは黙ってて」
「なんで」
「参考にならないから!」
「同じ恩寵なのに」
「種類違うでしょ!」
クジャが光の印を見ながら言う。
「この前は死にそうだった」
ティナが顔を上げる。
「言い方」
「死にそうになれば出る?」
「絶対試さないからね!?」
「合理的」
「合理的じゃない!」
シルヴァが少し笑った。
「じゃあ俺と練習すれば?」
「何を?」
「光出す練習」
「方法分からないのに?」
「とりあえず剣振る」
「結局それじゃない!」
◇
「残る三つは?」
クジャが尋ねた。
「炎、水、大地」
「現在の保持者について、確かな情報はありません」
ハインが答えた。
「一人も?」
「風については目の前に」
シルヴァを見る。
「光についても、おそらく」
ティナを見る。
「ですが残る三つは」
首を横へ振る。
「分からない」
「死んでる可能性も?」
「恩寵そのものが消滅していないのであれば、どこかに新たな保持者がいる可能性はあります」
「じゃあ世界のどこかにいるかもしれない」
シルヴァが言う。
「そういうことです」
ハインは一枚の古い報告書を取り出した。
「ただ」
「何?」
「大地に関しては、少し気になる話があります」
地図。
白嶺山脈。
シルヴァたちが次に越える場所だ。
「数年前から」
ハインが説明する。
「白嶺山脈で、不自然な現象が何度か確認されています」
「不自然?」
「大規模な崩落が、途中で停止した」
「止まった?」
ティナが聞き返す。
「巨大な岩盤が落下の途中で固定されたように動かなくなったという証言があります」
「オーラじゃないの?」
シルヴァが聞く。
「その可能性は当然あります」
「なら大地って決まってない」
「ええ」
「でも」
クジャが言う。
「聖都の近く」
「そうです」
白嶺山脈。
聖都アルセリア。
古代の封印。
大地にまつわる異常現象。
そして。
ディーンも向かった場所。
「……色々集まりすぎじゃない?」
ティナが呟く。
「行けば分かる」
シルヴァが言った。
「簡単に言うわね」
「だって行くんでしょ?」
「行くけど」
「じゃあ一緒」
「…………」
ティナの動きが一瞬止まった。
「何?」
「何でもない」
「顔赤いけど」
「暑いの!」
「室内だけど」
「暑いの!」
クジャが横から言った。
「また」
「クジャは黙って!」
◇
話が一段落した頃。
ハインは資料を閉じた。
「一つだけ、お伝えしておきます」
「何?」
シルヴァが聞く。
「聖都へ向かうなら」
ハインの表情が真剣になる。
「白嶺山脈の状況を確認してから進んでください」
「危ない?」
「近頃、魔物の目撃数が増えています」
「また?」
ティナが眉を寄せる。
「軍用のものかどうかは分かりません」
「野生?」
「それも含めて不明です」
ハインが言う。
「それから」
「まだある?」
「昨日盗まれた資料」
聖都アルセリア。
「彼らがあの情報をどう使うつもりなのか」
「……先に向かってるかもしれない」
シルヴァが言う。
「可能性はあります」
「分かった」
シルヴァが立ち上がる。
「今日出る?」
「駄目」
ティナが即答した。
「何で?」
「準備」
「昨日したよ」
「白嶺山脈に入る準備はしてない!」
「食料ある」
「服!」
「今のでいい」
「寒いって言われたでしょ!」
「風使えば――」
「寒い風しか出ないでしょ!」
「確かに」
「納得しないで!」
クジャが言う。
「厚い服欲しい」
「ほら」
「クジャは素直ね」
シルヴァが少し不満そうだった。
「俺も素直だよ」
二人が無言で見る。
「何?」
◇
昼過ぎ。
三人はエルネアの市場を歩いていた。
目的は山越え用の装備。
厚手の外套。
手袋。
防寒用の敷布。
ロープ。
保存食。
「これ着て」
ティナが厚手の上着をシルヴァへ押し付けた。
「重い」
「暖かい」
「動きづらい」
「山の中ずっと戦うわけじゃないでしょ!」
「分かんないよ」
「縁起でもないこと言わない!」
クジャは少し離れた店先で。
一組の黒い手袋を眺めていた。
「クジャ」
「何?」
「欲しいの?」
シルヴァが横へ来た。
「今の破れてるから」
右手の手袋。
研究院の戦闘で、端が裂けている。
「買えば?」
「高い」
「いくら?」
クジャが値札を指差す。
「これくらいなら俺が――」
「待ちなさい!」
遠くから声が飛んできた。
ティナがずかずか近づいてくる。
「何?」
「何じゃない!」
「クジャの手袋」
「見れば分かる!」
「破れてるから」
「それも分かる!」
「じゃあ何?」
「…………」
ティナが止まる。
自分でも。
何に腹が立ったのか。
一瞬分からなかった。
「……お金」
「?」
「旅費は私が管理してるって言ったでしょ!」
「でも俺の自由に使っていい分あるよね?」
「あるけど!」
「じゃあいいじゃん」
「……そうだけど!」
クジャが二人を見ている。
「ティナも欲しい?」
「違う!」
「手袋」
「違うって!」
シルヴァがティナの手を見る。
「ティナのも少し古いね」
「え?」
「じゃあ二人分――」
「何でそうなるのよ!」
「駄目?」
「…………」
ティナの勢いが急に弱くなる。
「別に……」
「じゃあ買う?」
「……私は自分で買えるし」
「でも」
「いいの!」
シルヴァが困った顔をする。
クジャがティナを見る。
「妬いてる?」
「――っ!?」
ティナの顔が一瞬で赤くなった。
「何でそうなるのよ!!」
シルヴァが首を傾げる。
「何に?」
「あなたは知らなくていい!」
「意味分かんない」
「分からなくていい!」
クジャが小さく笑った。
「分かりやすい」
「クジャ!!」
結局。
クジャは黒い手袋。
ティナも冬用の白い手袋を一組買った。
店を出る。
クジャが新品の手袋をはめて。
右手を開く。
「どう?」
シルヴァが聞く。
「いい」
「似合ってる」
「ありがと」
その後ろ。
「…………」
ティナが自分の白い手袋を見る。
シルヴァが振り向いた。
「ティナのも似合ってるよ」
「……!」
「暖かそう」
「…………」
「どうしたの?」
「何でもない」
「顔赤い」
「寒暖差!」
「まだ外暖かいけど」
「うるさい!」
◇
夕方。
三人はエルネア湖のほとりにいた。
明日の朝。
学術都市を出る。
そこから先は。
白嶺山脈。
そして。
聖都アルセリア。
夕日に染まる湖を見ながら。
シルヴァは干し肉を噛んでいた。
「それ」
ティナが言った。
「何?」
「明日の保存食」
「一枚だけ」
「さっき夕飯食べたでしょ!」
「口寂しい」
「子供!?」
クジャは少し離れた水辺に立っていた。
「…………」
湖。
赤い光。
波。
そして。
一瞬。
『クジャ』
「…………?」
振り返る。
誰もいない。
シルヴァとティナ。
少し離れている。
「クジャ?」
シルヴァが気づいた。
「何?」
「どうしたの?」
「今、呼んだ?」
「呼んでない」
「私も」
ティナも答える。
「…………」
クジャは湖へ視線を戻した。
「そっか」
「また何か?」
ティナが聞く。
「分からない」
「頭痛?」
「今日はない」
「眼は?」
「大丈夫」
「ならいいけど」
シルヴァが干し肉をもう一枚取ろうとする。
ティナが袋を奪った。
「一枚って言ったわよね?」
「早い」
「何が?」
「取るの」
「あなたが取ろうとするからでしょ!」
その声を聞きながら。
クジャは。
もう一度。
湖を見る。
懐かしい。
何故なのか。
分からない。
◇
翌朝。
エルネア西門。
三人は旅装を整えていた。
シルヴァ。
黒い長マント。
腰には剣。
荷物の上には、ティナに無理矢理買わされた防寒具。
ティナ。
白を基調とした旅装。
傷はかなり塞がっている。
クジャ。
黒い眼帯。
新しい手袋。
カードケース。
「忘れ物ない?」
ティナが聞く。
「ない」
「多分」
「クジャの『多分』は怖いって何回言えば」
「カードある」
「着替えは?」
「ある」
「防寒具」
「ある」
「食料」
「ティナ」
「やっぱり私なの!?」
シルヴァが笑った。
「頼りになるね」
「誰のせいで荷物増えてると思ってるの!」
そして。
三人の視線が。
西へ。
遠くに連なる白い山々。
白嶺山脈。
その向こうにある。
聖都アルセリア。
「…………」
シルヴァの表情から。
少しだけ笑みが消えた。
生まれた場所。
閉じ込められた場所。
母がいた場所。
父がいる場所。
レオンと出会った場所。
二年間。
一度も戻らなかった。
「シルヴァ」
ティナが呼ぶ。
「何?」
「大丈夫?」
「…………」
一瞬。
答えに詰まって。
「多分」
と言った。
クジャが横から見る。
「私の真似」
「便利だから」
「多分」
「そう」
ティナが小さく笑う。
「じゃあ行きましょう」
「うん」
三人が歩き始めた。
学術都市エルネアを背に。
白嶺山脈へ。
◇
同じ頃。
白嶺山脈。
深い谷間を通る旧街道。
巨大な魔物が。
岩壁へ叩きつけられた。
轟音。
身体が崩れ落ちる。
「…………」
一人の男が剣を振る。
刃に纏っていた青白い雷が。
バチッ、と弾け。
静かに消えた。
黒髪。
長身。
使い込まれた黒い旅装。
その足元には。
すでに数体の魔物が倒れている。
男――ディーンは。
山の向こうを見た。
遠く。
白い尖塔が。
僅かに見える。
聖都アルセリア。
「…………」
剣を鞘へ戻す。
そして。
誰に言うでもなく。
「……まだ残ってるといいが」
そう呟いた。
何が。
とは言わない。
ディーンは再び。
聖都へ向かって歩き始めた。




