第2話 居場所
戦いが終わったあとも。
東方防衛拠点には、しばらく風が吹き続けていた。
崩れた城壁。
折れた槍。
地面へ突き刺さった矢。
あちこちで煙が上がっている。
兵士たちは負傷者を運び、魔族や魔物の亡骸を片付け、崩れた防壁の応急修理に追われていた。
そして。
戦場の中央。
巨大な戦斧を手放したまま、ガルゼムが倒れている。
胸から腰へ刻まれた深い斬撃。
もう動くことはない。
「……風葬のシルヴァ」
ティナが小さく呟いた。
「ん?」
シルヴァが振り返る。
白銀の髪。
黒い上衣。
その上から羽織った黒いマントが風に揺れている。
「さっき、あいつが言ってた」
「ああ」
「風葬って何?」
「……さあ」
「さあ!?」
「俺が付けた名前じゃないし」
「じゃあ誰が付けたのよ」
「知らない」
「絶対知ってるでしょ!」
「ほんとに知らないって」
シルヴァが倒れているガルゼムを見る。
「気づいたら、魔王軍の連中がそう呼んでた」
「気づいたらって……」
ティナが呆れた顔になる。
「あなた、この二年間何してたの?」
「キャラバンの護衛」
「その前!」
「ああ」
シルヴァは少し考える。
「魔王と戦ってた」
「知ってるわよ!」
横から声。
「隊長」
レイヴンだった。
右腕を押さえながら歩いてくる。
「何よ」
「夫婦喧嘩はあとにしてくれ」
「誰が夫婦よ!」
「違う」
シルヴァも即答する。
レイヴンが二人を見る。
「そこは息ぴったりなんだな」
「違うって言ってるでしょ!」
「敵は?」
シルヴァが尋ねる。
レイヴンもすぐに表情を切り替えた。
「ガルゼムが死んで統率が崩れた。残存部隊も撤退を始めてる」
ティナが城壁の向こうを見る。
「追撃は?」
「できなくはない」
「やめる」
即答だった。
「こっちも被害が大きすぎる。負傷者を優先して」
「了解」
「城門の修復も急いで。もう一回来られたら持たない」
「ああ」
ティナも歩き出そうとする。
だが。
「っ……」
足が止まった。
そのまま膝が崩れる。
「危な」
シルヴァが咄嗟に腕を掴む。
「……大丈夫」
「大丈夫な人は倒れない」
「誰のせいでこんなになるまで戦ったと思ってるのよ」
「ガルゼム」
「そうだけど!」
「じゃあ俺じゃないじゃん」
「いちいち腹立つ!」
ティナがシルヴァの腕を振り払おうとする。
「いたっ……!」
右腕を押さえた。
ガルゼムの《震撃》を何度も受けていた。
目立つ外傷は少ない。
だが内部への衝撃は、確実に身体を蝕んでいる。
「ほら」
シルヴァがティナへ背を向けてしゃがんだ。
「何」
「乗って」
「……は?」
「歩けないんだろ」
「い、嫌よ!」
「じゃあ置いてく」
「隊長を置いてくな!」
「面倒くさいな……」
「普通に肩貸せばいいでしょ!」
「ああ」
シルヴァが立ち上がる。
「それでいいじゃん」
「最初からそうしなさいよ!」
ティナが渋々シルヴァの肩を借りる。
二人で歩き出す。
少しして。
「……ねえ」
「何」
「さっき」
「うん」
「私を助けに来た時」
「うん」
「頭、まだ痛かった?」
「めちゃくちゃ」
「……」
「お前、本気で殴ったから」
「……ごめん」
シルヴァが横を見る。
「何?」
「もう一回言って」
「言わない」
「珍しいから」
「やっぱり謝るんじゃなかった!」
◇
「だから!」
衛生兵長セラの声が医務室へ響いた。
「怪我人が怪我人を運んでくるなって言ってるでしょ!」
シルヴァとティナが並んでベッドへ座っている。
「俺は普通に歩ける」
「頭を打って気絶した人間の台詞じゃない」
「それティナに――」
「言わなくていい!」
「事実なのに」
セラがティナの右腕を診る。
「隊長」
「はい」
「筋肉も関節もかなり傷んでます」
「骨は?」
「折れてはいません」
ティナがほっとする。
「じゃあ大丈夫ね」
「今日は剣禁止」
「でもまだ警戒態勢が――」
「剣、禁止」
「……はい」
「明日も」
「え」
「明後日も」
「ちょっと待って」
「文句を言うなら一週間」
「分かった! 分かったから!」
シルヴァが笑う。
「大変だね」
ティナが睨む。
「あなたもよ」
「俺は軽傷」
セラがシルヴァの頭へ包帯を巻く。
「痛っ」
「動かない」
「もうちょっと優しくできない?」
「誰のせいで医務室がいっぱいだと思ってるの」
「魔王軍?」
「そうだけど腹が立つ」
「ティナと同じこと言うね」
「私を巻き込まないで!」
シルヴァが笑いながら医務室を見渡す。
そこで。
笑顔が消えた。
負傷した兵士。
血。
包帯。
ベッドだけでは足りず、床へ寝かされている者までいる。
「……死者は?」
セラの手が止まる。
「今、確認できてるだけで十二人」
「……そう」
「まだ増えるかもしれない」
ティナが黙って俯く。
「民間人は?」
「第二居住区で二人負傷。でも命に別状はない」
シルヴァの肩から、ほんの少し力が抜けた。
セラはそれを見た。
「あなたが第二居住区へ入ったおかげよ」
「俺だけじゃない」
「それでも」
包帯を結ぶ。
「あなたが助けた人間がいるのは事実」
シルヴァは少し黙って。
「……うん」
小さく答えた。
◇
「シルヴァ!」
医務室を出た瞬間。
ミアが飛び込んできた。
「うわっ」
腹へ直撃。
「痛い痛い痛い」
「死んだかと思った!」
「死んでない」
「血いっぱいだった!」
「ほとんど俺のじゃないから」
「それ余計怖いよ!」
ミアがシルヴァの服を掴んで離さない。
そこへルカも走ってくる。
「シルヴァ!」
「嫌な予感する」
「最後のやつ教えて!」
「やっぱり」
「こうやってさ!」
ルカが木の棒を剣に見立てて振る。
「ビューンって行って!」
ぶん。
「ズバーンって!」
「何も伝わらない」
「風のやつ!」
「全部風のやつ」
「最後の!」
ルカが満面の笑みで叫んだ。
「《風葬》!」
シルヴァの表情が止まる。
「……聞いてたの?」
「聞こえた!」
「忘れて」
「なんで!? めちゃくちゃかっこいいじゃん!」
「そう?」
「風葬のシルヴァ!」
「やめて」
「風葬!」
「やめろ」
「風葬の――」
シルヴァがルカの口を塞ぐ。
「むぐっ!」
「風葬ー!」
ミアまで真似する。
「ミアまで言わなくていい」
「風葬ー!」
「増えた……」
少し離れたところ。
ロイドとドランが笑っている。
「有名人だったらしいな」
ロイドが言う。
「知らなかった」
ドランが答える。
「あいつ、何も話さねえからな」
「俺たちも聞かなかった」
「それでいい」
ロイドがシルヴァを見る。
二年前。
泥の中で死にかけていた少年。
今では子供二人にまとわりつかれている。
「……ああ」
◇
夕方。
戦いから数時間が経っていた。
キャラバンの人々は、すでに防衛拠点の中で働き始めている。
「もう少し右!」
ドランは防衛軍の職人たちと、壊れた荷車を修理していた。
「そこ固定しろ」
「はい!」
少し離れた場所。
「もっと皿持ってきな!」
エマは炊き出しに混ざっている。
「そっちの子、まだ食べてないだろ!」
大鍋から料理をよそう。
「いっぱい食べな!」
ロイドは避難民の整理を手伝っていた。
「四人家族?」
「はい」
「なら俺たちの馬車の横にまだ空きがある」
そして。
「カイル!」
「何だ!」
「剣教えて!」
「仕事中だ!」
「シルヴァが教えてくれない!」
「俺に押し付けるな!」
「一回だけ!」
「帰れ!」
ルカは若手兵カイルへまとわりついていた。
その向こうでは。
ミアがいつの間にか、同じ年頃の子供たちと遊んでいる。
シルヴァは少し離れたところから眺めていた。
「……早いな」
「何が?」
ティナが横へ来る。
「馴染むの」
「旅してる人たちだもの」
「そういうもん?」
「新しい土地に慣れるのも上手なんじゃない?」
「……そっか」
シルヴァが少しだけ笑う。
ティナはその横顔を見た。
「大事なのね」
「何が?」
「あの人たち」
「……まあ」
「二年間一緒だったんでしょ」
「うん」
シルヴァがロイドを見る。
「俺が倒れてたところを拾ってくれた」
「何も聞かれなかったの?」
「最初は聞かれた」
「何て答えたの」
「覚えてない」
「え?」
「たぶん『知らない』とか」
「……あなたらしい」
「その後は聞かれなくなった」
シルヴァは少しだけ目を細める。
「楽だった」
「……」
「何も話さなくてよかったから」
レオン。
ディーン。
ミルス。
二年前の戦い。
全部。
ティナは、それ以上聞かなかった。
◇
夜。
シルヴァは城壁の上に座っていた。
眼下には、いくつもの灯りが見える。
避難民の居住区。
その一角には、キャラバンの馬車も並んでいる。
「こんなところにいた」
声。
ティナが階段を上ってきた。
「剣禁止じゃなかった?」
「持ってないでしょ」
「ほんとだ」
「あなたは?」
「何が」
「寝なさいよ」
「眠くない」
「昼まで寝てたものね」
「夕方まで」
「もっと悪い!」
ティナが隣へ座る。
少しの沈黙。
遠くでは兵士たちが瓦礫を運んでいる。
「ここ」
シルヴァが口を開いた。
「何?」
「キャラバンの人たち、置いてもらえる?」
「……そのつもり」
シルヴァがティナを見る。
「本当?」
「第二居住区にはまだ空きがある。今は人手も必要だし、働ける人には仕事も回せる」
「ドランなら修理できる」
「見てた。もう城門の修理まで手伝ってる」
「早」
「エマさんも炊き出しに混ざってる」
「早」
「ロイドさんは避難民の整理を手伝ってる」
「……早」
ティナが少し笑った。
「あなたが心配する必要なかったみたいね」
「そうかも」
「ここなら少なくとも、今の街道を旅し続けるより安全よ」
「……うん」
シルヴァは下を見る。
キャラバンの馬車。
二年間。
ずっと一緒だった。
「寂しい?」
ティナが聞く。
「別に」
「嘘」
「なんで分かる」
「顔」
シルヴァが自分の頬へ触れる。
「普通だけど」
「二年前から分かりやすいわよ、あなた」
「初めて言われた」
「じゃあ周りが優しかったのね」
少し。
二人とも笑った。
しばらくして。
ティナが口を開く。
「昼のこと」
「どれ」
「……訓練場」
「ああ」
ティナが膝の上で拳を握る。
「ごめん」
シルヴァが横を見る。
「もう一回言って」
「言わない」
「珍しいから」
「やっぱり謝るんじゃなかった!」
「じゃあ忘れる」
「そういう意味じゃない!」
「難しいな」
「あなたがね!」
シルヴァが笑う。
ティナも小さく息を吐いた。
「私」
夜空を見る。
「二年前、本気で勇者一行に入りたかった」
「知ってる」
「小さい頃からずっと」
「うん」
「レオンみたいになりたかった」
「レオンみたい?」
「誰かを守れる人」
シルヴァは黙って聞いている。
「だから剣を覚えて、オーラも覚えて」
「強かったよ」
「あなたに負けたけど」
「それまだ言う?」
「一生言う」
「怖」
ティナが睨む。
でもすぐに視線を戻した。
「悔しかった」
「うん」
「本当に」
「うん」
「でも……レオンは」
二年前。
選抜大会のあと。
『剣、やめんなよ』
「まだやれるって言ってくれた」
「……」
「だから続けた」
「それで隊長?」
「……色々あったのよ」
「十六で?」
「色々あったの!」
「そこは今度聞く」
「そうして」
また少し沈黙。
「だから」
ティナが続ける。
「あなたが一人で帰ってきたって知って」
「……」
「羨ましかったのかもしれない」
シルヴァがティナを見る。
「私がずっと行きたかった場所に、あなたは行けて」
「……」
「レオンたちと旅して」
「……」
「私は置いていかれて」
拳が強く握られる。
「それで、レオンたちは帰ってこなくて」
声が少し震える。
「あなたを見たら、全部出てきた」
「うん」
「だからって」
ティナがシルヴァを見る。
「あなたが帰ってきたことを責めていい理由にはならない」
シルヴァは答えない。
「……何か言って」
「何て?」
「許すとか」
「別に怒ってない」
「そういうところ!」
「痛かったけど」
「だからごめんって言ってるでしょ!」
シルヴァが笑う。
「じゃあ、許す」
「……軽い」
「どうしろっていうんだよ」
ティナも。
少しだけ笑った。
◇
翌朝。
東方防衛軍指揮室。
机の上には、昨日の戦闘で回収された魔族の武器や書類が並んでいる。
ティナ。
レイヴン。
そして。
「眠い」
シルヴァ。
「今何時だと思ってるの?」
「朝」
「もう昼前!」
「怪我人は寝た方がいいってセラが」
「都合いいところだけ聞かないで!」
レイヴンが書類を机へ置いた。
「昨日のガルゼム」
「うん」
「魔王軍第二軍団所属の部隊長だった」
シルヴァが目を細める。
「部隊長」
「ああ」
「……あれで?」
ティナも真剣な顔になる。
「上には当然、軍団長がいる」
「へえ」
「へえ、じゃない」
「いや」
シルヴァが椅子の背へ身体を預ける。
「結構強かったから」
「あなたが言う?」
「もっと上がいるんだと思って」
口元が少しだけ上がる。
「……面白いなって」
ティナが呆れる。
「戦闘狂なの?」
「違うよ」
「今の顔でよく言えるわね」
レイヴンが続ける。
「とにかく、昨日の襲撃は野生魔物の暴走とは訳が違う」
「ああ」
「魔王軍が明確な意思を持って東へ兵を出してきた」
ティナが頷く。
「王都へ直接報告する必要がある」
シルヴァが聞く。
「伝令じゃダメなの?」
「私が行く」
「隊長なのに?」
「隊長だからよ」
レイヴンが腕を組む。
「留守は俺が預かる」
「大丈夫?」
「昨日まで民間人だった奴に心配されるほど弱くない」
「そっか」
「少しは気を遣え」
「頑張って」
「軽いな……」
ティナがシルヴァを見る。
「シルヴァ」
「何」
「王都に来て」
「嫌」
「早い!」
「遠いんでしょ」
「徒歩で十日前後」
「嫌」
「子供!?」
「キャラバンいるし」
ティナの表情が変わる。
「そのキャラバンのことなんだけど」
「……何」
「ここで正式に受け入れる」
シルヴァが顔を上げた。
「……本当?」
「ロイドさんたちも了承済み」
「いつの間に」
「あなたが寝てた間」
「また?」
「寝すぎなのよ!」
ティナが続ける。
「家も用意できる。仕事もある」
「……」
「ここなら生活していける」
シルヴァは黙る。
「旅は?」
「少なくとも今は難しい」
「……うん」
「あなた自身も分かってるでしょ」
「分かってる」
だから。
ここへ連れてきた。
「それと」
ティナが続ける。
「あなたが王都へ来た方がいい理由がもう一つある」
「俺?」
「二年前のこと」
シルヴァの表情が変わった。
「レオンたちについて」
「……俺は知らない」
「あなたが知らなくても」
ティナはまっすぐ見る。
「王都には何か情報が届いてるかもしれない」
シルヴァは黙った。
二年間。
探さなかった。
探せなかった。
もし。
答えが見つかって。
全員死んでいたと分かったら。
もう。
期待すらできなくなる。
「シルヴァ」
ティナが言う。
「私は行く」
「……」
「あなたが来なくても」
シルヴァは目を閉じる。
レオン。
『生きろ、シルヴァ』
あの日。
白い光に包まれ。
自分だけが戦場から逃がされた。
そして。
二年間。
その続きを見ないふりをしてきた。
目を開く。
「……王都って」
「何?」
「飯高い?」
「知らないわよ!」
「お金ないんだけど」
ティナの顔が固まる。
「……は?」
「護衛だったから、飯と寝床もらってたし」
「二年間!?」
「うん」
「給料は?」
「ない」
「貯金は?」
「ない」
「今いくら持ってるの?」
シルヴァが腰の小袋を確認する。
「銅貨三枚」
「子供のお小遣いじゃない!」
「じゃあやっぱり行くのやめる」
「行くの!」
「金ないって」
「私が立て替える!」
「ほんと?」
「あとで絶対返してもらう!」
シルヴァが立ち上がる。
「じゃあ行く」
「決断理由が最低なんだけど!」
シルヴァが扉へ向かう。
「……でも」
足を止めた。
声だけは。
さっきまでとは違った。
「ちゃんと、確かめたいこともある」
ティナがシルヴァの背中を見る。
「うん」
◇
外へ出る。
昨日までなら。
キャラバンでは、朝になると旅立ちの準備が始まっていた。
馬車へ荷物を積む。
馬の具合を見る。
車輪を確認する。
次の目的地について話す。
それが。
二年間の当たり前だった。
だが今日は。
誰も出発の準備をしていない。
ドランは防衛軍の工房へ向かっている。
エマはすでに炊き出しの準備。
ルカはカイルの後ろを追い回している。
ミアは昨日知り合った子供たちと遊んでいる。
そして。
ロイドがキャラバンの馬車の前に座っていた。
「決めたか」
シルヴァが近づく。
「知ってた?」
「ティナちゃんから聞いた」
「ちゃんって言ったら怒るよ」
「本人の前じゃ言わん」
「賢い」
ロイドが笑う。
「王都へ行くんだろ」
「……うん」
「そうか」
それだけ。
シルヴァが少し戸惑う。
「止めないの?」
「なんで止める」
「いや」
ロイドは馬車を見る。
「二年前」
「……」
「お前がうちに来た時」
シルヴァも馬車を見る。
「死んだ目してた」
「前も言ってたね」
「今はちょっとマシだ」
「ちょっと?」
「かなりかもしれん」
「どっち」
「どっちでもいい」
ロイドが笑う。
「俺たちは、ここでやっていける」
「……」
「お前が毎晩見張らなくても」
「……」
「一人で魔物を全部倒さなくても」
シルヴァは何も言わない。
「だから」
ロイドがシルヴァを見る。
「好きなところへ行け」
「……」
「二年間」
少しだけ声が柔らかくなる。
「お前は俺たちを守った」
「恩返し」
「もう返し終わってる」
「……」
「ここはお前の家じゃない」
シルヴァの目が少し揺れる。
ロイドは続けた。
「――って言ったらミアに殺されるな」
「びっくりした」
「俺も言ってて違うと思った」
「じゃあ言わないでよ」
「言い直す」
ロイドが笑う。
「ここはお前の帰ってくる場所だ」
シルヴァが何も言えなくなる。
「だから」
ロイドが前を見る。
「安心して行け」
風が吹く。
黒いマントの裾が揺れる。
「……明日出る」
「ああ」
「ティナと」
「ああ」
「王都へ」
「ああ」
「帰ってくるか分からない」
「別にいい」
「冷た」
「帰りたくなったら帰ってこい」
シルヴァは少し。
笑った。
「……うん」
「シルヴァ!」
遠くから。
ミアが走ってくる。
「何してるの!」
ルカもその後ろ。
「また秘密の話!?」
「ずるい!」
二人が飛びついてくる。
「重い」
「明日剣教えて!」
ルカが言った。
「明日は無理」
「なんで?」
シルヴァの動きが止まった。
ミアも見上げる。
「どこか行くの?」
「……」
明日。
自分はここを離れる。
二年間。
毎日一緒にいた人たちと。
別れる。
「シルヴァ?」
ミアが首を傾げる。
シルヴァは二人を見る。
そして。
少しだけ困ったように笑った。
「……あとで話す」
夕方までには。
ちゃんと伝えよう。
ありがとうも。
行ってくるも。
全部。
今度は。
突然いなくならない。
誰かに無理やり逃がされることもない。
自分で決めて。
自分の口で別れを告げて。
前へ進む。
穏やかな風が。
東方防衛拠点を吹き抜けていった。




