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風葬のシルヴァ  作者: 桜
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第1話 風葬のシルヴァ

 二年前――。


 ノクティス大陸。


 そこに、かつて大地と呼べるものがあったのか。


 シルヴァには、もう分からなかった。


 山は崩れ。


 大地は裂け。


 黒い空から赤紫の雷が降り注いでいる。


 焼け焦げた地平線の向こうまで、炎と黒煙しか見えない。


 その中心。


 十四歳の少年が、片膝をついていた。


 白銀の髪。


 全身を覆う傷。


 握っている剣にも無数の亀裂が走っている。


 シルヴァ・ライズ。


「はぁ……はぁ……」


 呼吸をするだけで胸が痛い。


 それでもシルヴァは剣を杖代わりにして立ち上がろうとした。


「まだ……」


 足が震える。


「まだ、戦える……!」


「無理だ」


 前方に立つ青年が振り返った。


 金色の髪。


 血で汚れた装備。


 片手には、刃こぼれした剣。


 レオン。


 人々から勇者と呼ばれている男だった。


「無理じゃない」


 シルヴァが睨む。


「俺はまだ動ける」


「立ってるだけで精一杯だろ」


「レオンだって同じだろ!」


「まあな」


 レオンは苦笑した。


 少し離れた場所では、ディーンが剣を構えている。


 さらに後方。


 ミルスが震える指で術式を組み直していた。


 誰一人として無傷ではない。


 だが三人とも。


 シルヴァより前に立っていた。


 そして――。


 その向こう。


 黒い魔力が空へ昇る。


 空気そのものが軋んだ。


 巨大な影が炎の中から歩いてくる。


 たった一人。


 それだけなのに。


 世界全部がこちらへ迫っているような圧迫感。


 魔王――リベリオン・ゼノア。


 シルヴァの指先が震えた。


 身体が覚えている。


 勝てない。


 何度攻撃しても。


 何度立ち上がっても。


 届かない。


 それでも。


 シルヴァは剣を握り直した。


「……行くぞ」


 レオンが言った。


「うん」


 シルヴァが一歩前へ出ようとする。


 だが。


「違う」


「……何?」


 レオンがこちらへ剣を向けた。


 シルヴァの眉が寄る。


「シルヴァ」


「何だよ」


「お前は行け」


 一瞬。


 意味が理解できなかった。


「……どこに?」


「ここじゃないところ」


「は?」


「逃げろって言ってる」


 シルヴァの表情が変わった。


「ふざけんな」


「ふざけてない」


「俺も戦う」


「ダメだ」


「なんでだよ!」


 シルヴァが声を荒らげる。


「今さら俺だけ逃げられるわけないだろ!」


 レオンは答えない。


「ディーンも!」


 ディーンを見る。


「ミルスも!」


 ミルスを見る。


「みんな残るんだろ!?」


「ああ」


「だったら俺も――」


「シルヴァ」


 レオンの声が低くなる。


「お前は十四だ」


「関係ない!」


「ある」


「俺は勇者一行の一員だ!」


「だからこそだ」


 シルヴァが息を止める。


 レオンはしばらくシルヴァを見つめた。


 そして。


 いつものように少し笑った。


「お前は生きろ」


「……何言って」


 足元。


 白い光が灯った。


 シルヴァが視線を落とす。


「……レオン?」


 光が円を描く。


 淡い白金色。


 それがシルヴァの身体を包み始めた。


「待て」


 嫌な予感。


「何してる」


 シルヴァが光の外へ出ようとする。


 出られない。


「レオン!」


「悪いな」


「やめろ!!」


 シルヴァが光を殴る。


「俺も残る!」


 レオンは背を向けた。


「レオン!!」


 光が強くなる。


「勝手に決めんな!!」


 ディーンが一度だけ振り返る。


 ミルスもこちらを見た。


 二人とも。


 何も言わない。


 それが余計に腹立たしかった。


「待て!!」


 シルヴァが叫ぶ。


「俺も戦わせろ!!」


 レオンが最後に振り返る。


 笑っていた。


「生きろ、シルヴァ」


「レオン――!!」


 白い光が弾けた。


 世界が消えた。


     ◇


 雨。


 冷たい雨が頬を叩いていた。


 シルヴァは荒野を歩いていた。


 どこなのか分からない。


 ノクティスなのか。


 別の大陸なのか。


 何日経ったのかすら。


 分からない。


「……レオン」


 返事はない。


 一歩。


 また一歩。


「ディーン……」


 足がもつれる。


「ミルス……」


 剣が地面へ落ちる。


 膝をついた。


「……戻らないと」


 立てない。


「戻ら……」


 視界が暗くなった。


 そのまま。


 シルヴァは泥の中へ倒れた。


     ◇


「――おい」


 誰かの声。


「生きてるか?」


 知らない男の声。


「ロイド、こっち!」


「子供だ!」


「ひどい傷だよ!」


 遠くから何人もの声がする。


 だが。


 シルヴァの意識はそこで途切れた。


     ◇


 二年後。


「――ルヴァ」


 暖かい。


「シルヴァ」


 いい匂いがする。


「起きな!」


「……ん」


 目を開く。


 最初に見えたのは、焚き火だった。


 大きな鍋。


 煮込まれた肉と野菜。


 その向こう側で、エマが腰へ手を当てている。


「やっと起きた」


「……朝?」


「夕方」


「…………」


「何時間寝る気だい」


 シルヴァは荷馬車の荷台から身体を起こした。


 白銀の髪。


 黒い上衣。


 黒い外套。


 首には茶色のマフラー。


 腰には一本の剣。


 二年前より背も伸びた。


 顔つきも少しだけ大人びている。


「昨日、見張りだったから」


「一晩中やる奴があるか」


「途中で交代するより楽だったし」


「またそうやって一人で全部やる」


 エマが木皿を差し出す。


「ほら」


 山盛りだった。


「多くない?」


「誰に言ってる」


「俺」


「足りない?」


「食べる」


「だろうね」


 シルヴァが匙を取った。


 一口。


「うま」


「当たり前だよ」


「シルヴァ!」


 小さな少女が飛びついてきた。


「うわ」


 八歳のミア。


 シルヴァの背中へしがみつく。


「起きた!」


「起きたから降りて」


「やだ!」


「飯食えない」


「じゃあ一口ちょうだい」


「自分のあるだろ」


 今度は少年が走ってくる。


「シルヴァ!」


 十一歳のルカ。


「今日こそ剣教えて!」


「毎日言ってない?」


「昨日はドランの手伝いしてたじゃん!」


「あれ手伝わないと馬車動かなかったから」


「今日はいいだろ!」


「飯食ったら」


「やった!」


「私も!」


 ミアが手を挙げる。


「ミアはダメ」


「なんで!」


「前にルカの頭殴ったから」


「あれはルカが悪い!」


「なんで俺!?」


「棒を持たせると危険」


「むー!」


 少し離れた場所。


 男が笑っていた。


「すっかり兄ちゃんだな」


 ロイド。


 四十五歳。


 この旅の民をまとめている男。


 シルヴァは食べながら睨む。


「誰が」


「お前」


「違う」


「じゃあ父ちゃんか?」


「もっと違う」


「シルヴァがお父さんは嫌!」


 ミアが即答した。


「俺も嫌だよ」


「ひどい!」


 キャラバンに笑いが起こった。


 少し離れた荷馬車では、ドランが車輪を修理している。


「騒ぐなら手ぇ動かせ」


 六十一歳。


 無口な職人。


「ドランも飯食えば?」


「これ終わってからだ」


「冷めるよ」


「お前が食うだろ」


「食わないよ」


 エマが振り向く。


「食べるね」


「食べるかも」


「ほら」


 いつもの夕方だった。


 二年間。


 こうやって旅をしてきた。


 倒れていた自分を拾って。


 何も聞かず。


 食事を与え。


 馬車へ乗せ。


 気づけば、居場所になっていた。


 シルヴァはその代わりに。


 彼らを守ってきた。


 魔物から。


 盗賊から。


 旅の危険から。


 ただ。


 最近は――。


「ロイド」


 シルヴァの声が少し変わった。


「ん?」


「明日、予定通り東へ向かおう」


 周囲の空気が静かになる。


 ロイドも笑顔を消した。


「……やっぱりか」


「今日見つけた足跡」


 シルヴァが皿を置く。


「大牙狼だと思う」


 ドランが手を止める。


「この辺りにいる奴じゃねえぞ」


「俺もそう思った」


「何頭だ」


「最低三頭」


 ロイドの表情が険しくなる。


「最低?」


「足跡が重なってた。もっといるかもしれない」


 エマがミアを近くへ寄せた。


 ここ数ヶ月。


 魔物がおかしい。


 本来なら山奥から出てこない種が街道へ現れる。


 群れない魔物が群れを作る。


 身体が異常に大型化した個体もいる。


 何より。


 人間を見た瞬間。


 自分の命など考えず襲いかかってくる。


「俺一人で全員守りながら旅を続けるのは、そろそろ危ない」


「一人じゃない!」


 ルカが立ち上がる。


「俺もいる!」


「戦力外」


「即答!?」


「十一歳だろ」


「シルヴァは十四で戦ってたんだろ!」


 空気が止まった。


 ルカ自身も。


「あ……」


 しまった、という顔をする。


 シルヴァは少しだけ黙った。


「……俺みたいになるな」


 ルカが何も言えなくなる。


 ロイドが静かに口を開いた。


「東方防衛軍のところなら、避難民を受け入れてる」


「うん」


 シルヴァが頷く。


「あそこまで連れていく」


「その後は?」


 ロイドの問い。


 シルヴァは焚き火を見た。


「……その時考える」


     ◇


 翌日。


 キャラバンは東へ向かった。


 馬車が何台も連なる。


 シルヴァはその先頭を歩いていた。


 数時間。


 やがて。


「見えた!」


 ルカが叫ぶ。


 遠方。


 平原の向こうに巨大な城壁がそびえている。


 東方防衛軍の拠点。


 だが。


 近づくにつれ。


 シルヴァの表情が曇る。


「……多い」


 城門の外。


 人。


 人。


 人。


 大量の避難民。


 荷物を抱えた家族。


 負傷者。


 荷車。


 家畜。


 泣いている子供。


 ロイドも同じものを見ていた。


「思ってたより酷いな」


「ああ」


 シルヴァが呟く。


 魔物の凶暴化は。


 ここまで広がっている。


     ◇


「次!」


 城門前。


 兵士が書類を確認していく。


「どこから来た?」


 ロイドが答える。


「移動キャラバンだ。二十七名」


「負傷者は?」


「今はいない」


「護衛は?」


 ロイドが横を見る。


 兵士もシルヴァを見る。


「こいつだ」


 兵士の眉が上がった。


「一人?」


「一人」


「所属は?」


「ない」


 シルヴァが答える。


「冒険者か?」


「違う」


「傭兵?」


「違う」


「じゃあ何だ」


「……民間人?」


「なんで疑問形なんだよ」


「特に肩書きないし」


 後ろでエマが吹き出す。


 兵士が額を押さえた。


「二十七人となると俺じゃ判断できん。隊長に確認する」


「お願い」


「お前が頼む側なのに軽いな……」


 兵士が奥へ走っていく。


 しばらくして。


 数人の軍人が歩いてきた。


 その中央。


 白を基調とした戦闘服。


 銀色の部分鎧。


 茶色い髪を高い位置で結んだ少女。


 腰には細身の剣。


 若い。


 だが。


 周囲の兵士たちは自然に道を開けている。


「避難希望者二十七名ですね」


 少女が書類を見る。


「東側第二居住区にまだ空きがあります。食料については――」


 顔を上げる。


 止まった。


 シルヴァも。


 止まった。


「…………」


「…………」


 少女の指から書類が落ちた。


「……シルヴァ?」


 その名前を呼ばれるのは。


 二年ぶりだった。


 シルヴァは小さく息を吐く。


「……久しぶり」


 ティナ・ルクス。


 二年前。


 勇者一行最後の一席を決める戦いで。


 シルヴァが倒した少女だった。


     ◇


「全員、受け入れます」


 ティナはすぐに隊長の顔へ戻った。


「東側第二居住区へ案内してください。食事と最低限の日用品はこちらから支給します」


 ロイドが頭を下げる。


「助かる」


「当然のことです」


 ティナが兵士へ指示する。


「カイル」


「はい!」


 十八歳ほどの若い兵士が走ってくる。


「案内を」


「了解しました!」


 そして。


 ティナがシルヴァを見る。


「あなたは残って」


「俺?」


「そう」


「なんで」


「来て」


「いや理由を――」


「来て」


 笑っていない。


 シルヴァがエマを見る。


 エマが肩をすくめる。


「行ってきな」


「嫌な予感しかしない」


「女の子を待たせるんじゃないよ」


「そういうのじゃない」


 ティナの眉が動く。


「早く」


「はいはい」


     ◇


 訓練場。


 人払いされていた。


 シルヴァは中央へ立つ。


 ティナは背を向けている。


「ティナ」


「……レオンは?」


 シルヴァの表情が消えた。


「ディーンは?」


「……」


「ミルスは?」


「……分からない」


 ティナがゆっくり振り返る。


「分からない?」


「二年前」


 シルヴァが口を開く。


「俺たちはゼノアと戦った」


「知ってる」


「……勝てなかった」


 ティナの目が揺れる。


「全員、追い詰められた」


「それで?」


「レオンが俺を逃がした」


「……逃がした?」


「光で飛ばされた」


 シルヴァが拳を握る。


「気づいた時には、知らない場所にいた」


「じゃあレオンたちは?」


「残った」


「その後は?」


「……知らない」


「知らないって何よ」


「見てないから分からない」


「生きてるの?」


「分からない」


「死んだの?」


「分からない」


 ティナの唇が震えた。


「二年間」


 声が小さい。


「みんな待ってた」


「……」


「レオンたちが帰ってくるって」


「知ってる」


「私は知らなかった!」


 ティナが叫ぶ。


「あなたが生きてることすら知らなかった!」


 シルヴァは何も言えない。


「あなたは知ってたの?」


「何を」


「みんなが待ってること!」


「……」


「知ってたなら、なんで帰ってこなかったのよ!」


「帰れなかった」


「どうして!」


 シルヴァの目が伏せられる。


「……怖かったから」


 ティナが止まる。


「俺だけ生きてるって言うのが」


 静寂。


「それだけ」


 ティナの拳が震えた。


 壁へ歩く。


 木剣を一本取る。


 もう一本。


 シルヴァへ投げる。


 シルヴァが受け取る。


「……何これ」


「戦って」


「嫌だ」


「戦って」


「ティナ」


「戦え!!」


 踏み込み。


 木剣がシルヴァの顔へ迫る。


 シルヴァが受ける。


 バンッ!


 重い。


 二撃。


 三撃。


 ティナは止まらない。


「ちょっと待――」


 腹へ蹴り。


「ぐっ!」


 シルヴァが後退する。


「戦いなさい!」


「戦ってる!」


「受けてるだけじゃない!」


 木剣。


 肩。


「っ……!」


「二年前は!」


 横薙ぎ。


 シルヴァが防ぐ。


「私を簡単に倒したくせに!」


 突き。


 頬を掠める。


「レオンに選ばれたくせに!」


 シルヴァの目が揺れる。


 ティナの木剣が胸へ叩き込まれた。


「なんで……」


 ティナの声が震える。


「なんであなたなのよ!」


 シルヴァは動かない。


「なんでレオンじゃなくて!」


 木剣。


「なんで!」


 もう一撃。


「あなたが帰ってきたのよ!!」


 直撃。


 シルヴァが地面へ転がった。


 ティナ自身も。


 言ってから表情を歪めた。


「……」


 シルヴァがゆっくり立つ。


 風は使わない。


 オーラも最低限。


「……立たないでよ」


 ティナが呟く。


「お前が立てって言ったんじゃん」


「本気出しなさいよ」


「嫌だ」


「どうして!」


 シルヴァが木剣を下ろした。


「俺だけ帰ってきたから」


「……」


「レオンたちは残った」


 乾いた笑い。


「だから、これくらいでいい」


 ティナの顔が歪んだ。


「……ふざけないで」


 走る。


「勝手に罰を受けた気になるな!!」


 横薙ぎ。


 シルヴァのこめかみに直撃。


「――っ」


 身体が崩れ落ちた。


「シルヴァ?」


 反応がない。


「……え」


 ティナが駆け寄る。


「シルヴァ?」


 完全に気絶していた。


「……隊長」


 入口から声。


 ティナが振り返る。


 槍を持った男が立っている。


 副隊長レイヴン。


「さすがにやりすぎだ」


「いつから見てたの」


「結構前から」


「止めなさいよ!」


「止めたら俺が斬られそうだった」


「木剣よ!」


「余計怖い」


 ティナが頭を抱える。


「……最悪」


 その瞬間。


 鐘が鳴った。


 カァァァン――!!


 二人の顔が変わる。


 二度。


 三度。


 城壁から怒号。


「敵襲!!」


「魔王軍だ!!」


 レイヴンが槍を構える。


 ティナも即座に立ち上がった。


「シルヴァを医務室へ!」


「了解!」


 もうそこにいたのは。


 怒りに任せて剣を振った少女ではなかった。


 東方防衛隊長。


 ティナ・ルクスだった。


     ◇


 城壁。


 黒い群れが地平線を覆っていた。


 魔物。


 魔族兵。


 空を飛ぶ異形。


 巨大な魔獣。


 その首や額には黒い刻印が刻まれている。


「弓兵、構え!」


 ティナが叫ぶ。


「まだ撃つな!」


 魔獣が迫る。


「まだ!」


 距離。


 さらに。


「撃て!!」


 矢の雨。


 魔物が何体も倒れる。


 だが止まらない。


 巨大魔獣が城門へ突進する。


 ドォォォォン!!


 拠点全体が揺れた。


「第二波来ます!」


「レイヴン!」


「任せろ!」


 レイヴンが城壁から飛び降りる。


 槍へオーラを集中。


「《穿圧》!」


 一点。


 巨大魔獣の額を槍が貫いた。


 その横。


 ティナも地上へ降りる。


 剣を抜く。


 オーラが形を作る。


「《構装》!」


 剣の横へ。


 もう一枚の刃が形成される。


 魔族兵二体。


 一閃。


 さらに一体。


 背後から魔獣。


 ティナがオーラの盾を瞬間的に形成。


 受け止める。


 蹴る。


 斬る。


「左翼を下げないで!」


「はい!」


 若い隊長。


 だが。


 その指揮に迷いはなかった。


 そこへ。


 ドン。


 地面が揺れる。


 魔族兵たちが道を開けた。


 大柄な男。


 黒褐色の肌。


 角。


 巨大な戦斧。


「人間ども!!」


 声だけで空気が震える。


「よく二年も保った!」


 ティナが前へ出る。


「名を名乗りなさい」


「ほう」


 男が笑う。


 斧を肩へ乗せる。


「魔王軍第二軍団――」


 斧を地面へ叩きつける。


 ドンッ!!


 衝撃が走る。


 周囲の兵士が吹き飛んだ。


「部隊長ガルゼム!!」


 ティナが剣を構える。


「ここから先は通さない」


「小娘が」


 ガルゼムが笑う。


「それが人間の隊長か!」


「試してみれば?」


 ティナが踏み込んだ。


     ◇


 速い。


 ティナの剣がガルゼムへ迫る。


 突き。


 受けられる。


 即座に二撃目。


 腕へ傷。


「ほう!」


 ガルゼムが笑う。


「口だけではないらしい!」


 戦斧。


 ティナが剣で受けた。


 その瞬間。


「《震撃》」


 ドンッ!!


「――っ!?」


 剣で防いだ。


 それなのに。


 衝撃が内部へ抜ける。


 腕。


 肩。


 胸。


「ぐっ……!」


 ティナが吹き飛ぶ。


「隊長!」


 レイヴンが割って入る。


 槍。


 《穿圧》。


 斧とぶつかる。


「ぬっ!」


 一瞬。


 押した。


 だが。


「甘い!」


 ガルゼムの拳が槍へ触れる。


「《震撃》!」


「がっ!」


 レイヴンの腕へ直接衝撃。


 槍が飛んだ。


「受けても無駄だ!」


 ガルゼムが笑う。


「俺の力は中へ通る!」


     ◇


「急いで!」


 第二居住区。


 セラが避難民を誘導している。


「子供を先に!」


「こっちだ!」


 カイルも走る。


 エマがミアの手を握る。


「シルヴァは?」


 ミアが聞く。


「大丈夫」


「でも」


「大丈夫だよ」


 エマ自身。


 不安を隠せていない。


 ロイドが城壁の方を見る。


 黒煙。


 爆発。


「……戦争だな」


 ドランが低く言う。


「二年前から終わっちゃいねえのか」


     ◇


「……うるさ」


 シルヴァが目を開いた。


 医務室。


 頭が痛い。


 こめかみに包帯。


「ティナ……」


 ゆっくり起きる。


「本気で殴りやがった……」


 爆発。


 窓が揺れる。


 シルヴァの目が変わった。


 外を見る。


 黒煙。


 走る兵士。


「……何が」


 廊下へ出る。


 負傷兵。


 血。


「魔王軍だ!」


 誰かが叫んでいる。


 シルヴァの顔から眠気が消えた。


「第二居住区にも侵入された!」


 足が止まる。


 第二居住区。


 キャラバンがいる場所。


「……っ」


 走り出した。


     ◇


「ミア!」


 魔族兵が剣を振り上げる。


 ロイドが飛び込もうとする。


 間に合わない。


 エマが少女を抱く。


 その瞬間。


 ヒュン。


 風。


 魔族兵の腕が宙を舞った。


「……え?」


 血が落ちる。


 魔族兵が振り返る。


 白銀の髪。


 黒い外套。


 シルヴァ。


「遅くなった」


「シルヴァ!」


 ミアが叫ぶ。


 シルヴァが剣を振る。


 魔族兵が倒れる。


 さらに三体。


 シルヴァは左手を向ける。


 風が集まる。


「《風刃》」


 空気が裂けた。


 三体まとめて斬り飛ばされる。


「すげえ……」


 ルカが呟く。


 エマがシルヴァを見る。


「あんた頭!」


「ティナにやられた」


「後で説教してやる!」


「俺じゃなくて?」


「二人ともだよ!」


「理不尽」


 シルヴァは少しだけ笑った。


 そして。


 遠くを見る。


「ロイド」


「ああ」


「ここにいて」


「分かった」


「すぐ戻る」


 シルヴァが走る。


 ロイドはその背中を見送った。


     ◇


 ティナが地面へ転がった。


「がっ……!」


 口から血。


 腕が痺れている。


 立てない。


 ガルゼムが笑いながら近づいてくる。


「弱いな」


 斧を引きずる。


「勇者が消えれば、人間なんぞこの程度か」


 ティナの目が鋭くなる。


「……レオンを」


「あ?」


「馬鹿にするな……!」


 立とうとする。


 足が震える。


 ガルゼムが笑った。


「死んだ奴に何ができる!」


 戦斧を振り上げた。


 その時。


「誰が死んだって?」


 ガキィン!!


 戦斧が横へ弾かれた。


「なに!?」


 ティナの前。


 黒い外套。


 白銀。


「……シルヴァ?」


 シルヴァが肩を回す。


「痛っ」


「……」


「お前、殴りすぎ」


「今それ言う!?」


「頭まだ痛い」


「敵見なさい!」


「見てるよ」


 シルヴァの目がガルゼムへ向く。


 その瞬間。


 雰囲気が変わった。


「キャラバンに手を出したの、お前の部下?」


「だったらどうした」


「そう」


 シルヴァが剣を構える。


「じゃあ殺す」


 ティナが一瞬シルヴァを見る。


 さっき。


 訓練場で殴られていた少年とは。


 まるで別人だった。


     ◇


「来い、小僧!」


 ガルゼムが斧を振る。


 シルヴァの足へ風。


「《風脚》」


 ドン!


 一瞬。


「速――」


 剣。


 ガルゼムが斧で防ぐ。


 ガァン!!


 巨体が一歩下がった。


「なに……!?」


 シルヴァが懐へ。


 蹴り。


 腹。


「ぐっ!」


 斬撃。


 腕。


 血。


 ガルゼムが叫ぶ。


「《震撃》!」


 斧。


 シルヴァが剣で受ける。


 ティナが叫ぶ。


「受けちゃダメ!」


 ドンッ!


 だが。


 シルヴァは飛ばない。


 刃を斜めへ滑らせる。


 同時に。


 剣の周囲で風が流れる。


 衝撃が横へ逸れた。


 地面が爆ぜる。


 ガルゼムが目を見開く。


「何……?」


「力の向きが分かれば」


 シルヴァが剣を払う。


「流せる」


 ガルゼムの体勢が崩れる。


 シルヴァの剣。


 胸。


 深く斬る。


「ぐぉっ!」


 ガルゼムが後退。


 ティナが。


 息を呑んだ。


 強い。


 二年前。


 自分を倒した頃より。


 明らかに。


 ガルゼムが咆哮する。


「人間風情がぁぁぁ!!」


 オーラが爆発的に膨らむ。


 巨大な斧を両手で握る。


「《震撃・崩城》!!」


 叩きつける。


 地面が割れた。


 巨大な衝撃波。


 城壁を砕くほどの力。


 シルヴァは逃げない。


 静かに。


 剣を構えた。


 風が吹く。


 一本。


 二本。


 幾重もの風がシルヴァを包む。


 ガルゼムの目が変わった。


「……その風」


 シルヴァが踏み込む。


 衝撃波。


 真正面。


 風が二つに割る。


「馬鹿な!」


 シルヴァが消えた。


 ガルゼムの眼前。


「終わりだ」


 一閃。


「――《風葬》」


 音が消える。


 シルヴァがガルゼムの背後へ抜けた。


 数秒。


 ガルゼムの戦斧が落ちる。


 胸から腰。


 深い斬撃。


「……が」


 血。


 膝をつく。


「こんな……」


 シルヴァが剣についた血を振る。


 ガルゼムはその背中を見る。


 白銀の髪。


 黒い外套。


 風。


「白銀……」


 シルヴァが振り返る。


「その風……」


 ガルゼムの顔が。


 恐怖へ変わった。


「まさか……」


 震える。


「貴様……」


 ティナが眉をひそめる。


「何を言って……」


 ガルゼムが笑った。


 血を吐きながら。


「二年前……」


 息が途切れる。


「ノクティスで……死んだものと……」


 シルヴァの目が僅かに細くなる。


 そして。


 ガルゼムが最後に呟いた。


「――風葬のシルヴァ……」


 巨体が崩れ落ちる。


 静寂。


 風だけが。


 戦場を抜けていく。


 ティナ。


 レイヴン。


 カイル。


 兵士たち。


 そして。


 遠くから見ていた旅の民。


 全員が。


 シルヴァを見ていた。


 ティナが小さく口を開く。


「……風葬?」


 シルヴァは答えない。


 剣を鞘へ戻した。


 黒い雲の切れ間から。


 一筋の光が差し込む。


 白銀の髪が。


 風に揺れた。

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