第八話(後編)
温室の横で作業をしている庭師の側を通り抜け、庭の一角にある東屋のテーブルへ案内されると、そこには侍女が用意してくれた温かいお茶と……そして、見慣れない形状のガラスカップが置かれていた。
息を呑むほど美しいグラデーション。底へ向けて青空が夕焼けに変わるようなカップと、もう一方は月と宵闇が溶け合うようなグラデーションのカップ。だが、そのカップにはあるはずの『持ち手』がない。
(これは隣国で作られている型の、ガラス器か……?)
僕はじっと観察をする。
「お気に召しましたか?隣国のガラスカップですわ」
「……手にとって拝見しても?」
「もちろん。でもその前に、少し喉を潤してからにしてくださいね」
そう言ってハンナ様が微笑む。
持ち手がないことに少し戸惑っていると、「このように」とお手本を見せてくれた。倣って一口飲み、ほう、と心地よい吐息が漏れる。
「美しいですね。直に掴むというのも新鮮です」
「私も同じように思ったのですわ。ただ、我が国で広めるには……直掴みでは、少々優雅さに欠けますの。それをどうにかできればと、思っておりますの。」
「そうでしたか……」
僕はお茶をいただきながら、ふと庭を眺める。温室の前で、庭師たちが何か作業をしていた。
「あの庭師たちは鉢植えを紐で吊るしているんですね……より一層華やかになりそうです」
「ええ。先ほどテオドールが鉢植えを倒してしまったの。それで、いっそブランコのように吊り下げてしまえばと思いつきまして。吊るし方を工夫したいのですが……」
「カゴで吊るすのは素敵なアイデアですね。蔦の種類を細いものに変えてみてはどうでしょうか。後ほどカルディナの領地内で入手しやすい蔓を調べてみましょう……ん?……カゴ……?」
自分の発した言葉に、雷に打たれたような閃きが走った。一瞬躊躇う。だが、僕は自分の感覚を信じると決めたんだ。躊躇いを捨て、ハンナ様の目をまっすぐに見つめる。
「ハンナ様、このガラスカップも……『カゴ』に入れてしまえば良いのではないでしょうか!」
「カップを、カゴに……?」
「ええ!木の蔓では耐久性や手触りに難がありますが、金物ならどうでしょう。金属でカップを包む繊細な枠を作り、そこに持ち手を取り付けるのです」
「……とっても素敵なアイデアね!イメージを描いてみましょう」
ハンナ様が侍女から紙とペンを受け取ると、二人で夢中になってガラスカップの枠のイメージを描き始めた。楽しくて心が踊る。そこへ——
「お姉さま〜!ノアさま〜!!」
テオドール様とアレックスが先を競うように、駆け込んで来た。
「あっお二人も絵をかいているんですね!……僕もティーカップの絵をかきたいです…ええとこの色は……」
テオドール様が持っている図鑑が随分と分厚くて重そうだ。僕はテオドール様の背後からそっと手を添えて、支える。
「ええと…こんぺき!お空の色ですね。こんなお名前なんですね!」
テオドール様は満足気に頷き、侍女が持っていた大きな紙を受け取り、広げる。
「これは勇者テオとちゅうじつな従犬アレックス!これはあの手のひらのような形をした葉っぱの木で… テーブルと、いすと、あとはブランコに乗ったはち植えです!」
「大作ね!お姉さまによく見せてちょうだい」
ハンナ様が近づいて絵を覗きこみ、驚いた顔をする。
「テオくん、こんなに色の違いを描き分けて……すごいわ!」
「お姉さまとノアさまの絵もありますよ。ほらここです。色にはたくさんの名前がついているんです。アレックスの色はこがね色、このテーブルの色は、こげ茶色です。茶色は茶色でも、いろんなお名前があるんですよ!」
ハンナ様がテオドール様の両頬を手で撫でながら、うんうんと頷いて聞いている。
テーブルの上に置いた図鑑をぱらぱらとめくりながら、テオドール様が僕と図鑑を見比べている。
「ノアさまのかみとひとみの色はこれからぬりますよ。ええと…これだ!こはく色!すてきな名前の色ですね!」
「琥珀、色……」
ハンナ様が呟きながら、僕を見つめる。
「ええ……温かみのある、素敵な色ですわね」
ハンナ様の頬にじわじわと赤みがさす。
(……ハンナ様……?)
まっすぐに見つめ返され、僕の心臓がどきりと大きく跳ね上がる。夕焼けのように赤く染まっていくハンナ様の美しい顔から、目が離せない。
そこへ、横から小さな手がハンナ様の頬に伸びた。
「お姉さま、お顔がまっ赤!今日はとってもあついですからね!」
テオドール様は侍女からひんやりとした絞り手拭いを受け取ると、爪先立ちをして「はい!どうぞ!」とハンナ様の頬にぺたりと当てて差し上げた。
「っ、ふふ……ありがとう、テオくん。とっても気持ちがいいわ」
照れくさそうに笑いながら冷たいタオルを頬に当てるハンナ様と、満足そうに胸を張るテオドール様。
(……本当に、温かくて素敵なご家族だ)
胸の奥に残る甘い熱を冷ますように、僕は冷えたお茶をそっと口に含んだ。




