第九話
「王太子殿下は、エイカーの領地に近いところにいらっしゃるのか……。王家動向の欄に、『王家の安寧と豊作祈願のため、マールブローネ修道院にて数ヶ月の参籠』とありますよ。そういえば兄からの手紙に、最近うちの領地の農作物が妙に売れているって書いてあったんですが……このせいですね」
コリンが苦笑しながら、温かいお茶を口に含んだ。
「国王陛下がかなりお怒りだったからな……あの厳しい修道院で女っ気もなく、泥まみれで草むしりをさせられているなんて笑え……コホン。まあ、お前の実家が儲かるなら良いじゃないか。王都が恋しくてたまらないお方のために、高級な日用品でも売り込んでおいたら喜ばれるんじゃないか?」
「……コリン、声が大きいです。不敬罪で捕まっても庇えませんよ」
コリンが肩をすくめる。
コリンの不敬な軽口は聞き流すとして……僕は兄に送る商品の算段を頭の中で組み立てる。やはりコリンはカルディナの血筋だ。どんな話題からでも商機を見逃さない。
「それよりほら、その下の記事を見てみろよ」
指差された紙面には、小さく『王都の邸宅で植物を用いた室内装飾が急増』という見出しが躍っていた。
「ハンナ様の仰っていた『鉢植えを吊るすブランコ』のアイデア、まさに時代の先駆けになりそうですね」
「だろ?アリシア様と隣国王子の婚約の件も動きがありそうだし、うちの商会もウカウカしていられないぞ」
新聞から目を離すと、僕は先日のハンナ様の様子を思い出した。
提案していた数種類の植物の蔓が商会に届き、すぐに鉢植えを吊るすカゴのサンプルが出来上がった時のことだ。
彼女はそのカゴに『ビジュー』と呼ばれる細かな屑宝石のようなものをあしらいたいのだと言って、思い立ったように手を伸ばした。
「例えば……このようなものよ」
そう言って、ご自身が身に着けていた髪留めを躊躇いもなく外して見せてくださったのだ。
さらりと肩に広がる艶やかな髪と、そこからふわりと漂う甘い香りに、僕は一瞬息を呑んで見惚れてしまった。我に返り、慌てて両手でそれを受け取る。
手のひらに残る、ほんのりと温かなハンナ様の体温。心臓がうるさいほど跳ね上がるのを必死で隠しながらも、彼女が提示した素材の面白さに、僕は瞬時に引き込まれてしまった。
(本当に……ハンナ様の閃きにはいつも驚かされる)
彼女の情熱に応えたい。その一心で、僕はガラスカップの持ち手作りに想いを馳せる。
ハンナ様と二人で描いたデザイン画をもとに、さっそく金属加工を施してみたのだったが……。完成した試作品は持ち手が付き、使いやすさは格段に上がったものの、肝心のガラスカップが持つ繊細で優美な雰囲気を打ち消してしまっていた。
(やはり、僕たちの知識だけでは限界がある…)
商会で金物製品を担当しているコリンに相談したところ、彼は「なら、あいつの知恵を借りよう」と、工房の凄腕職人に引き合わせてくれることになった。
放課後、コリンに連れられて向かった商会専属の工房で僕たちが頼ったのは、あの三つ編みの職人だった。
◇
放課後、ノアと共に商会専属の工房を訪れたコリンは、目の前の三つ編みの少女──エラの様子に苦笑していた。
「私なんかでよければ、喜んでお手伝いさせていただきますっ!それにしても……なんて素敵なカップなんでしょう……!」
エラは、差し出されたガラスカップをうっとりと見つめたかと思うと、ものすごい速さでカップのスケッチを描き始めた。
横で見守っていたコリンは、その素早い動きと集中力に少し圧倒され、少し引き気味だ。隣にいるノアも、感心したように手元を見ている。
エラはガラスカップを手にとり、角度を変えて見つめては、コンテを走らせる。しばらく頬杖をついて眺めていたかと思うと、白い紙の上に、繊細な線の美しい花々や、羽、鳥といった様々なモチーフを描き足していった。
夢中になるあまり、頬に張り付いた髪を払った拍子にコンテが付いてしまったのだろう。彼女の白い頬に、まるで猫のヒゲのような黒い筋が入る。
(……まったく、夢中になりすぎだ)
コリンは苦笑しながら胸元からハンカチを取り出すと、無意識のうちにそっとエラの頬を拭った。
「……!?」
肌に触れた温もりにハッと我に返ったエラが、勢いよく顔をあげる。
「あっ すみません!お客様がいらっしゃるのに……えっ!……あ、あの……!?」
自分の頬に触れていたコリンのハンカチと至近距離の顔に気づき、エラは真っ赤になって自分の頬を押さえた。
(……可愛いな)
思わぬ反応にコリンの胸が軽く跳ねる。彼は平静を装って優しく微笑んだ。
「どうぞ、作業を続けてくれ。きっと君にしかできない仕事だ」
「は、はいっ!ありがとうございます……!」
顔を真っ赤にしたまま、再び紙に向かって没頭し始めたエラ。……ずっと見ていられるな。
コリンは脇目もふらず描き続ける彼女の横顔を眺めながら、あとで彼女のために冷たいお茶と軽食をもらってこよう、と心の中で決めるのだった。
視点にブレがあったため、直しました。




