第十二話
「兄さん、これをエイカー男爵家だけで扱うのは危険すぎます」
僕は今、真剣に兄さんを説得している最中だ。
「……どうしてそう思う?」
僕は出来上がったばかりの試作品のソーサーを持ち、光にかざす。
「この青みがかった美しい白さ、手触り、そして圧倒的な軽さと薄さです。エイカーの工房でここまでのものが作れたのなら、カルディナ商会の専門職人を入れれば、間違いなく『王家に献上できるレベル』の極上品が完成します」
「だったらなおさら、うちの目玉として売れば──」
「なおのこと危険です。僕はエイカーの領地と領民が大切なんです。……兄さんだってそうでしょう?弱小貴族が突如としてこんな国家レベルの利権を独占すれば、どうなるか目に見えています。職人の引き抜きや暴利を貪る貴族からの圧迫、下手をすれば家そのものの乗っ取りだってあり得ます。それに、高貴な方々への販売ルート確保や人選……うちの規模では到底裁ききれません」
僕は胸ポケットのハンカチを、服の上からそっと握りしめた。
「食器の最大手であるカルディナ商会に、技術と原料の業務提携を持ち込みましょう。そうして、カルディナから新たな最高級ブランドとして立ち上げてもらうんです」
「……なるほど。こちらは原料の供給元としての地位を固め、安全に莫大なライセンス料をいただくわけか。……分かった、お前の言う通りだ」
兄さんが深く頷き、僕の肩を力強く叩いた。
「商会立ち上げの手続きは僕の方で動こう。カルディナ卿へ手紙を書くから、ノア、お前は至急王都へ向かってくれ」
「……あ、兄さん。その、商会の名前なんですが……僕がつけてもいいでしょうか」
怪訝そうに眉をひそめる兄さんをあとに、僕は照れくささを隠す様に背を向け、王都行きの馬車へと足を進めたのだった。
◇
王都へ帰る道中、宿場町で馬の休息を挟むことにした。
この町には、かつて魔王を倒した勇者アレックスが立ち寄ったと伝わる聖なる泉がある。勇者物語が大好きなテオドール様に、何かお土産でも買っていこう。
ふらりと立ち寄った土産物店で、青く澄んだ小さなガラス瓶が目に留まった。そういえば以前、テオドール様と一緒に絵本を読んだ際、勇者が乙女の祈りが込められたリボンを腕に巻き、聖なる泉の水を小瓶に汲む名シーンがあったことを思い出す。
瓶の中には甘い杏のキャンディーが詰まっていて、首元には可愛らしいリボンが結ばれていた。これなら、テオドール様が大喜びするに違いない。
「お兄さん、良い目をしているね。その乙女のリボンを目当てに小瓶を買っていくお客さんは多いんだが、瓶についているのはちょっと短くてね。大人の方には、こちらの少し上質な長いリボンも人気だよ」
店員に促されて棚に目をやると、光の加減で柔らかく色を変える、実に上品で美しい仕上がりのリボンが並んでいた。
(……ハンナ様)
先日ビジューのついた髪飾りを外したときにさらりと揺れた、ハンナ様のアンティークゴールドの髪が脳裏をかすめる。あの上品で可憐な髪に結ばれたら、きっとよく似合うだろう。
(いや、ダメだ……僕なんかがそんなものを贈るなんて、図々しすぎる……)
首を振って打ち消そうとしたものの、胸ポケットにあるあのマーガレットのハンカチを思い出す。
(……ううん、これはあくまで、素敵なハンカチをくださったお礼だ。深い意味なんてない、感謝の気持ちなんだから)
自分に何度もそう言い聞かせ、赤くなる頬を隠すように、僕はテオドール様用のキャンディー瓶と一緒に、その上質なリボンを買い求めたのだった。




