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断罪会場で「ごめんなさい」と謝ったら、王太子の罪状がドレスに刺繍されました ~濡れ衣令嬢の謝罪は、本当の犯人だけを縫い上げる~  作者: 小竹X


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第六話 謝罪状四十二通

 法衣院に戻ると、私は半日眠った。


 眠ったというより、意識が落ちたという方が近い。証言糸を出した瞬間から体の芯が冷え、裁定室を出た後は足に力が入らなくなった。気づいた時には、法衣院の客室の寝台に横たわり、肩まで毛布をかけられていた。


 窓の外は夕方だった。


 寝台のそばには、ティナが座っていた。彼女は膝の上に糸巻きを置いたまま、うとうとしている。


「ティナ」


 私が呼ぶと、彼女は飛び上がった。


「ルシア様! お目覚めですか。お水、いりますか。スープもあります。医師様は、目が覚めたら絶対に温かいものを飲ませるようにって」


「ありがとう。水を少し」


 ティナは慎重にコップを差し出した。私は水を飲み、ようやく体が自分のものに戻ってきた気がした。


「ノア殿下は?」


「地下記録庫です。王冠の黙罪布について調べるとおっしゃっていました。あ、でもルシア様が起きたら知らせるように言われています」


「地下記録庫……」


 名前だけで埃っぽそうだと思った。


 起き上がろうとすると、ティナが慌てて止める。


「だめです。医師様から、今日は寝台から出ないようにと言われています」


「でも、記録を確認しないと」


「記録は逃げません。ルシア様が倒れたら、ノア殿下が怖い顔になります」


 それは少し想像できた。


 怖い顔、といっても怒鳴るわけではない。静かに眉を寄せ、必要な手配を倍にするのだろう。医師を二人呼び、毛布を三枚増やし、温かいスープを四種類用意する。


 私は小さく笑ってしまった。


「殿下は職務に忠実ですから」


「職務だけでしょうか」


 ティナがぼそりと言った。


「え?」


「いえ、何でもありません」


 彼女は慌てて首を振る。その耳が赤い。


 私は意味を考えかけて、やめた。今は考えることが多すぎる。王太子の仮尋問、国王陛下、黙罪布、母の手紙、証言針。


 そして、胸元に新しく縫われた小さな文字。


 証言成立。第一針。


 この第一針が何を意味するのか、まだ分からない。


 私は針箱を開け、母の手紙をもう一度取り出した。手紙の裏には、細かい文字が続いている。昨日は読めなかった部分だ。


『あなたが証言糸を出せたなら、次に探すべきものがあります。四十二通の謝罪状です』


 四十二通。


 Seedの連想ではない。物語の中に本当に出てきた数字として、胸がざわついた。


『十三年前、王妃エレナ様が亡くなる前後、王宮では四十二人の者が処罰されました。表向きの罪は、管理不備、薬草の取り違え、礼法違反、門限破り。けれど本当は、全員が王妃様の死について何かを見ていた人たちです。彼らは謝罪状を書かされ、罪を認め、王都から消えました』


 私は声に出して読んだ。


 ティナの顔が青くなる。


「四十二人も……」


「謝罪状を書かされた、ということは、自分の罪ではないものを引き受けさせられたのかもしれない」


 私は自分の手を見た。


 謝罪状。


 私も前世で、何度も似たようなものを書いた。始末書。顛末書。お詫び文。自分のミスではないのに、部署の代表として書く。会社の責任と個人の責任が曖昧なまま、紙に頭を下げる。


 この世界にも、それがある。


 紙に罪を置く。


 そして、その紙が誰かを消す。


『四十二通のうち、私は九通だけを隠しました。残りは黙罪布に吸われたはずです。隠した九通は、法衣院の地下記録庫、七番棚の後ろにあります。ノア殿下が信じられる方なら、共に読んでください』


 私は手紙を下ろした。


「ティナ。ノア殿下に伝えてください。地下記録庫の七番棚です」


「はい!」


 ティナが走り出す。


 一人になると、部屋が急に静かになった。


 私は寝台の上で、四十二という数字を考えた。


 四十二人。


 その人たちは、どんな気持ちで謝罪状を書いたのだろう。


 脅されたのか。家族を守るためか。自分さえ消えれば済むと思ったのか。


 私と同じだ。


 そう思うと、胸が苦しくなった。


 しばらくして、ノア殿下が部屋に来た。手には古い革箱を持っている。いつも整っている髪に、少し埃がついていた。


「起きていて大丈夫ですか」


「寝台からは出ていません」


「よろしい」


 短い言葉なのに、本当に安心したような顔をするから、私は目を逸らした。


 ノア殿下は机の上に革箱を置いた。


「七番棚の後ろにありました。あなたの母君が隠した九通です」


 箱を開けると、古い紙束が入っていた。


 九通の謝罪状。


 どれも同じ形式で書かれている。冒頭は「このたびは私の不手際により」。その次に、具体的な罪が続く。


 一通目。


 王妃付き侍女マリエ。罪状、薬湯の温度管理不備。


 二通目。


 薬草係ロウ。罪状、薬草庫の鍵管理不備。


 三通目。


 門番セルジュ。罪状、夜間通行記録の記載漏れ。


 読めば読むほど、些細な罪だった。


 王妃が死んだ日に、これほど多くの小さな不備が同時に起きるはずがない。


 ノア殿下の表情は暗い。


「私は子どもでした。当時、姉上の死は急病だと聞かされた。侍女や門番が何人も処罰されたことも知らなかった」


「子どもだった殿下の罪ではありません」


 自然に言えた。


 ノア殿下が私を見る。


 私は少し驚いた。謝罪ではなく、誰かの罪を正しい場所へ置く言葉が出た。


「ありがとう」


 殿下はそう言った。


 その一言は重かった。


 私は九通のうち、一通を手に取った。紙の端が少し赤く染まっている。


「これ、血でしょうか」


「朱墨かもしれません。法務院で調べます」


 私が紙を近づけた瞬間、寝台の上のドレスがわずかに震えた。


 外套を脱いでいたため、白い布が見える。胸元の赤い文字の隣に、細い線が浮かんだ。


 謝罪状第一号。真の証言者、侍女マリエ。生存。


 私は息を呑んだ。


「生きている……」


 ノア殿下が身を乗り出す。


 文字はさらに続いた。


 現在名、マルタ。ベルネット伯爵家先代侍女。


 マルタ。


 母の針箱を売却から守った人。


 東倉庫の二重壁に隠してくれた人。


 先代侍女マルタは、ただの使用人ではなかった。


 十三年前、王妃様の死に立ち会った侍女マリエだった。


「彼女は、今どこに」


 ノア殿下の問いに、私は記憶を探った。


 マルタは三年前にベルネット伯爵家を去った。義母は「年を取って役に立たなくなった」と言っていたが、私は違和感を覚えていた。マルタは背筋の伸びた人で、最後まで仕事は正確だった。


「たしか、王都の外れの洗濯屋にいると聞いたことがあります。でも、詳しい場所は……」


 ドレスがまた震えた。


 王都東区、雨樋通り、青い看板の洗濯屋。


 ノア殿下はすぐに立ち上がった。


「今から行きます」


「私も――」


「あなたは寝台から出ない」


 即答だった。


 私は反論しようとして、体の冷えを思い出した。ここで無理をして倒れれば、余計に足手まといになる。


「では、マルタに伝えてください。針箱を守ってくれて、ありがとうございます、と」


「必ず」


 ノア殿下は扉に向かったが、途中で振り返った。


「ルシア嬢」


「はい」


「あなたは今日、王の前で謝りませんでした」


「はい」


「それは、かなり大きなことです」


 私は毛布を握った。


「でも、まだ怖かったです」


「怖くない人間だけが強いわけではありません」


 ノア殿下は静かに言った。


「怖いまま、正しい場所に立てたなら、それは強さです」


 扉が閉まった後も、その言葉は部屋に残っていた。


 私は九通の謝罪状を見つめた。


 四十二通のうち、九通。


 まだ三十三通が沈黙している。


 けれど、一人目の証言者は生きている。


 真実は、完全には殺されていなかった。

ここから「四十二通の謝罪状」編に入ります。ルシアが謝罪を武器としてではなく、証言として扱う練習を始める章です。続きが気になる方は、ブックマークや評価で応援していただけると励みになります。

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