第五十八話 王冠の宣誓
ノア殿下の戴冠式は、晴れた日に行われた。
王宮大広間ではなく、王都中央広場。
王冠を民衆の前で戴くのは、前例の少ないことだという。けれど、ノア殿下は望んだ。
「王冠は、沈黙の奥ではなく、証言の前で戴きます」
広場には、白い布が長く張られていた。
王冠の証言布と連動する宣誓布だ。
王、貴族、神殿改革代表、平民代表、法衣院、各領地の使者。
多くの人が立ち会う。
私は証縫官として、宣誓布の右側に立った。
利害関係申告により、私一人ではなく、バルテル副院長と新任証縫官二名が同席している。
ノア殿下は白と深青の正装をまとい、王冠の前に立った。
彼は落ち着いて見える。
でも、私は知っている。
今朝、彼はココアを二杯飲んだ。
緊張している。
王太后が王冠を持つ。
黒布のない王冠。
裏には、ティナが縫った白い証言布。
ノア殿下は宣誓した。
「私は、王位を神聖な沈黙ではなく、法に基づく職務として戴く。王家の罪を民に着せず、民の罪を王家に隠さず、証言を恐れず、虚偽を正すことを誓う」
宣誓布が光る。
虚偽はない。
「私は、王冠を自らの傷の包帯とせず、国の傷を隠す布ともせず、必要なら自らも裁定の場に立つ」
王冠の裏の白布が透明に光った。
広場に静かな緊張が走る。
王太后が王冠をノア殿下の頭に載せた。
新王ノア一世。
民衆から歓声が上がった。
私は拍手した。
誇らしい。
同時に、少し怖い。
王になった彼との距離は、また変わる。
でも、距離は変わっても、糸を切る必要はない。
戴冠式の後、王宮で祝宴が開かれた。
私は証縫官として出席し、貴族たちから多くの挨拶を受けた。
以前なら、こういう場では謝ってばかりだった。
今は違う。
褒められたら礼を言う。
嫌味には事実で返す。
曖昧な圧力には「記録します」と微笑む。
この最後の言葉は、かなり効果がある。
祝宴の途中、ノア陛下が私のところへ来た。
王になっても、彼は近づきすぎない距離で立つ。
「ルシア嬢」
「陛下」
そう呼ぶと、彼は少しだけ複雑な顔をした。
「公の場では正しい呼称です」
「はい」
「私的な場では、ノアで構いません」
心臓が跳ねた。
祝宴のざわめきが少し遠くなる。
「では、私的な場で」
「はい」
彼は小さな箱を差し出した。
「これは、今日渡すべきか迷いました。王になった日に渡せば、王冠の圧力になるかもしれない。ですが、これは王からではなく、ノア個人からのものです」
箱の中には、銀の小さな糸巻きがあった。
宝石ではない。
指輪でもない。
糸巻き。
「求婚ではありません」
彼は先に言った。
「あなたを急かすつもりはない。ただ、これからも関係を縫い続けたいという、私からの一針です」
私は糸巻きを見た。
銀の表面に、小さく文字が刻まれている。
謝罪ではなく、誓いを。
胸が熱くなる。
「受け取ります」
私は言った。
「私からも、一針を返します」
その場で何も渡せない。
でも、言葉を渡せる。
「ノア。私は、あなたと一緒に、謝罪ではなく誓いを縫う日を考えたいです」
彼の目が揺れた。
王ではなく、ノアとして。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
祝宴の光の中で、銀の糸巻きが静かに輝いていた。




