第五十一話 四十二本の白百合
王妃エレナ様の命日に、追悼式が開かれた。
場所は王家霊廟ではなく、王都中央広場。
かつてリュシーが潔白の祈りを行い、公開裁定が行われた場所だ。
広場には、四十二本の白百合が並べられた。
王妃のためだけではない。
四十二通の謝罪状を書かされた人々のため。
名を奪われた候補者たちのため。
生まれなかった王妃の子のため。
そして、沈黙の中で人生を変えられた人々のため。
四十二人のうち、名誉回復が完了したのは二十九人。
生存者は十一人まで確認された。亡くなった人の家族には、補償と正式な謝罪状ではなく、名誉回復証書が渡された。
謝罪状ではない。
王国からの確認書。
あなたの罪ではありませんでした、と書かれた紙。
その紙を受け取って泣く人々を見て、私は何度も胸が詰まった。
式典では、ノア殿下が摂政として挨拶した。
「本日、私たちは王妃エレナの死を悼むと同時に、彼女の告発が目指したものを引き継ぎます。罪を消すのではなく、正しい場所に置く。謝罪を強制ではなく、回復の言葉に戻す。その作業は、今日で終わりません」
彼の声は広場に静かに響いた。
次に王太后が、王妃への手紙を読んだ。
娘を守れなかった母の言葉。
それは謝罪であり、証言であり、祈りだった。
元国王は出席しなかった。
修道離宮から、短い文書が届いた。
そこには、自分の罪を認め、補償作業を継続することが書かれていた。民衆の前で読むには不十分かもしれない。だが、逃げてはいない。
ダミアン殿下からも白百合が届いた。
彼は離宮で、四十二人の名簿を写し続けている。字は最初より丁寧になったと、監督官から聞いた。
リュシーは、七番だったニーナと一緒に花を供えた。
ニーナはまだ本名を完全には思い出していない。でも、自分で選んだ仮名を胸の布に縫っている。
それでいい。
名前は、取り戻す途中でも名前だ。
マリエは王妃の白百合の前で、母の端切れを広げた。
母の文字はもう薄くなっている。
けれど、消えたわけではない。
式典の最後、私は証縫官として四十二人の名を読み上げた。
マリエ・レノ。
セルジュ・ダロン。
ロウ・エメ。
リディア・フォル。
名前が続く。
まだ完全に復元できていない三名については、「名を探している者」として読み上げた。
名前がないままにしないためだ。
広場の人々は静かに聞いていた。
泣いている人もいる。
怒っている人もいる。
何も言えずに立っている人もいる。
それでいいと思った。
追悼は、感情を一つにまとめるためのものではない。
それぞれの感情に場所を与えるためのものだ。
式典後、ノア殿下と私は広場の端に残った。
夕方の光が白百合を照らしている。
「半年で、ここまで来ました」
私が言うと、ノア殿下はうなずいた。
「まだ途中です」
「はい」
「ですが、途中まで来られたことを確認する日も必要です」
彼はそう言って、一本の白百合を私に差し出した。
「これは?」
「あなたの母君へ。王妃の影としてではなく、エレナ・ベルネット個人へ」
私は花を受け取った。
母は王妃を守ろうとした。
でも、母自身も一人の人だった。
そのことを、ノア殿下は忘れなかった。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
白百合を胸に抱くと、白い布が小さく温かくなった。
文字は浮かばない。
ただ、温かい。
真実を縫う布にも、記録しないままでよい瞬間があるのだと思った。




