第四十九話 半年後の法衣院
半年が過ぎた。
王都の春は夏になり、夏は秋へ移った。
白い糸の法は暫定運用から正式運用へ進み、王立法衣院には証言布課と証人保護課が新設された。看板はまだ新しく、廊下には毎日、迷った相談者が来る。
私は証縫官として、以前よりずっと多くの布を扱うようになった。
王妃毒殺のような大事件ばかりではない。
市場の契約違反。
領地の税記録改竄。
使用人への濡れ衣。
婚約破棄に伴う持参金の返還。
親子間の相続争い。
人が生活する場所には、小さな罪の置き換えが無数にある。
白証布はそれを一つずつ縫う。
劇的ではない。
瓦版が飛びつくような事件でもない。
けれど、相談者が「自分のせいではなかった」と知って泣くたび、私はこの仕事が必要なのだと思う。
リュシーは証人保護課で働き続けていた。
最初は「半年だけ」と言っていたが、今では新人の前で腕を組み、泣いている証人に水を出す手順を教えている。
「泣いている人に最初から“落ち着いて”と言わない。落ち着けないから泣いているの。まず水。次に椅子。質問は三つまで」
教え方は厳しい。
でも、保護された子どもたちからの評判はいい。
彼女は泣き方を知っている。
だから、泣かされている人の呼吸を見抜ける。
リディアは法衣院の顧問になった。
体はまだ弱いが、口は強い。証言布課の若い法務官が曖昧な記録を書くと、「その文章、黒糸の餌になるわよ」と容赦なく直す。
ティナは王冠の証言布を縫った針子として有名になった。
本人は「有名より休暇がほしい」と言っている。最近は弟子を取る話も出ているが、彼女は「まずルシア様の針目が安定してから」と言う。
私はまだ弟子未満らしい。
マリエは王妃エレナ記念室の管理をしている。
王妃の遺品、母の針箱の写し、四十二通の謝罪状の復元資料。彼女は毎朝そこを掃除し、王妃と母に小さく報告する。
アイリスからは、毎月手紙が来る。
最初の手紙は、ほとんど愚痴だった。
領地の道が泥だらけ。臨時管理官が細かい。農民が私を見る目が冷たい。数字がまだ可愛くない。
二通目から、少し変わった。
収穫量の記録が父の報告と違う。倉庫番が怖がっている。領民への未払い補償があるかもしれない。
三通目では、彼女は自分で聞き取りを始めていた。
もちろん失敗も多い。
『お姉様ならどうする?』
と書いてくることもある。
私はできるだけ、答えを渡さず、質問を返す。
『誰の罪かを、まず分けてください』
『アイリス自身が見たことと、聞いたことを分けてください』
『謝らせる前に、相手が何を失ったか聞いてください』
彼女は文句を言いながらも、少しずつ変わっている。
ベルネット家の領地では、父の時代に隠されていた負債と不正が次々に見つかった。家の再建には時間がかかる。私はまだ相続権を保留している。
でも、保留は逃げではない。
整うまで待つ、という選択だ。
摂政ノア殿下は、以前よりさらに忙しくなった。
王宮の執務室には相変わらず書類が積まれている。けれど、以前より休憩を取るようになった。少なくとも、私がスープを持っていくと、机から離れて飲む。
利害関係申告書は、制度化の資料として保管された。
リュシーに見られた。
一週間笑われた。
「互いに個人的好意を有する可能性って、何? そこまで固くしないと好きって言えないの?」
私は言い返せなかった。
ノア殿下は真面目に「制度上必要な文言です」と答えた。
リュシーはさらに笑った。
私たちは、ゆっくり関係を縫っている。
公務上は距離を保つ。
裁定で利害が関わる時は、私は外部証縫官に交代する。
私的には、週に一度、法衣院の庭でお茶を飲む。
話す内容は、たいてい仕事だ。
でも、時々仕事ではない話もする。
ノア殿下は少年の頃、王妃エレナ様に隠れて甘い菓子を食べすぎ、母の影法衣師だった私の母に見つかったことがあるらしい。
私は前世で、会社の休憩室にあった自動販売機のココアが好きだった話をした。
彼は自動販売機を理解できなかったが、温かい甘い飲み物という点は理解した。
法衣院の厨房に、似たようなココアが試作された。
甘すぎた。
でも、私は泣きそうになった。
謝罪以外の言葉で、過去を話せるようになっている。
それが、半年後の私の日常だった。




