第四十六話 制度に縫う制限
ヴァレンヌ侯爵家の捜索で、黒い紙の版木が見つかった。
同時に、赦罪帳簿の写しも複数発見された。侯爵は神殿の制度を利用するだけでなく、自分の政敵を脅すために帳簿の一部を保管していたらしい。
彼は逮捕されなかった。
少なくとも、すぐには。
貴族院の重鎮であり、直接命令の証拠はまだ不足している。版木を管理していたのは家令で、侯爵本人は知らなかったと主張した。
白布は、その主張を虚偽と縫った。
それでも、法的手続きは必要だ。
怒りだけで捕らえれば、証言布制度が恐怖の道具だという彼の主張を補強してしまう。
ノア殿下は証拠を積み上げることを選んだ。
「遅く感じますか」
彼が私に尋ねた。
「少し」
「私もです」
「殿下も?」
「はい。法は遅い。しかし、遅さの中に人を守るものがあります」
私はうなずいた。
白証布は速い。
一瞬で罪状を縫う。
だからこそ、法の遅さと組み合わせなければ危険なのだ。
証言布制度の最終案には、いくつもの制限が入った。
証縫官の単独裁定禁止。
複数布照合。
物証確認義務。
異議申立て期間。
証縫官の利害関係申告。
体調不良時の発動禁止。
最後の項目は、なぜか私の事例から強く入れられた。
「個人名は出していません」
バルテル副院長が言った。
「でも、皆が私を見ます」
「前例とはそういうものです」
制度設計の公開審議で、私は証縫官として発言した。
「白証布は、濡れ衣を受け入れた時に強く反応します。しかし、その発動は証人の心身を削ります。したがって、証言布制度は、誰か一人が濡れ衣を着ることを前提にしてはなりません」
会議室には、貴族も平民代表も神殿改革派もいる。
「また、布の文字は分かりやすいため、人はそれを最終判決のように受け取りがちです。ですが、布は裁定官ではありません。布は記録者です。裁くのは、証拠を確認した法です」
ノア殿下が少しだけうなずいた。
私の言葉が、彼の考えと重なるのが分かる。
ただし、私は彼の言葉をなぞっているだけではない。
私自身の経験から言っている。
「最後に、謝罪について。新制度は、謝罪を強制するためのものではありません。むしろ、自分の罪ではない謝罪を拒むためのものです。本当の謝罪は、証拠が整い、本人が自分の罪を認めた時に初めて意味を持ちます」
発言が終わると、会議室は静かだった。
拍手はなかった。
法案審議で拍手するものではないらしい。
少し残念だと思っていると、ティナが後ろで小さく拍手した。
すぐにバルテル副院長に咳払いされ、やめた。
でも、私は嬉しかった。
制度案は承認された。
正式名称は「証言布および白証布運用暫定法」。
長い。
リュシーは「もっと覚えやすい名前にすればいいのに」と言った。
ティナは「白い糸の法」と呼び始めた。
民衆の間では、そちらの名前が広まりそうだ。
法の成立日、ノア殿下は王冠の修繕を法衣院に依頼した。
王冠の裏に、黙罪布ではなく、白い証言布を縫い込む。
ただし、それは王の言葉を無条件に縫うものではない。重大な公的宣誓時にのみ、複数証縫官の立ち会いで起動する。
ティナは王冠を前にして、緊張で顔を真っ白にした。
「王冠に針を入れるなんて、手が震えます」
「私も手伝います」
「ルシア様の針目はまだ王冠には危険です」
「そんなに」
「はい」
結局、ティナが主針を取り、私は糸の保持を担当した。
王冠の裏に白い布が縫われていく。
黒い沈黙の代わりに、透明な記録の糸。
縫い終わった時、王冠は見た目にはほとんど変わらなかった。
でも、私は知っている。
裏側が変われば、かぶる人の重さも変わる。
ノア殿下は王冠を見て言った。
「これで、王冠は少し怖いものになりました」
「怖いのですか」
「はい。王にとって」
「それは良いことですか」
「必要なことです」
王冠は、もう罪を隠すための布を持たない。
次にそれを戴く人は、沈黙ではなく証言の上に立つことになる。




