第四十二話 退位の朝
国王アルヴェール三世の退位は、公開裁定から一月後に決まった。
正式な表現は、自発的退位ではない。
王権濫用、王妃毒殺隠蔽、赦罪制度黙認による統治資格停止。貴族院と臨時評議会の承認を受け、王太后の同意のもと退位。
長い。
だが、その長さが必要だった。
国王が罪を認めて泣いたから退位するのではない。怒った民衆が叫んだから退位するのでもない。証拠と証言と法的手続きによって、王冠を外す。
それが、ノア殿下のこだわりだった。
退位式の朝、王宮には雨が降っていた。
私は証縫官として立ち会うことになった。白いドレスではなく、法衣院の灰色の正装を着ている。胸元には、小さな白い糸車の紋。
ドレスの赤い罪状は、法衣院の証拠庫に保管されている。
少し寂しい気もする。
でも、私はいつまでも罪状を身にまとっている必要はない。
必要な時に証拠として出せばいい。
王宮の大広間で、国王陛下は王冠を前に立っていた。
彼は痩せた。
一月で、髪の白さも増えたように見える。
王太后は椅子に座り、ノア殿下は臨時評議会の代表として立っている。ダミアン殿下は出席を許可されず、離宮から書面で退位への同意を提出した。
王冠の裏から黒布は消えている。
ただの王冠。
それでも、重そうだった。
国王陛下は退位文を読み上げた。
「余は、王妃エレナの死に関わる告発阻止と、その後の隠蔽について責任を認める。王としての資格を失ったことを受け入れ、王冠を退く」
声は掠れていた。
白い証言布が、退位文の横で静かに光る。
虚偽はない。
王冠が台座に置かれる。
その音は小さかった。
けれど、大広間の全員が聞いた。
王冠が置かれた後、国王だった人はノア殿下を見た。
「ノア」
「はい」
「私は、兄としても王としても、お前に重荷を残す」
ノア殿下は答えた。
「重荷は、法と人で分けます」
「お前らしい」
元国王は少しだけ笑った。
そして、私を見た。
「ルシア・ベルネット」
「はい」
「私は、あなたに国の罪を着せようとした。謝罪は裁定で述べた。ここでは、あなたが拒んだことに礼を言う」
礼。
謝罪ではなく。
私は静かに答えた。
「受け取ります」
元国王はうなずき、退位者としての控え室へ下がった。
彼の今後は、王族籍を残したまま、王都外の修道離宮で終身謹慎。神殿ではなく、王立法衣院と貴族院の監督下に置かれる。毎年、赦罪制度被害者への補償報告に署名する義務も課された。
死よりも長い責任だ。
王冠が空位になった。
次の王をどうするか。
ダミアン殿下は継承権停止。国王の第二子は亡くなっている。王太后は高齢。王族の中で最も近く、統治能力があるのはノア殿下だった。
貴族院は、彼を新王候補として推している。
ノア殿下はまだ返答していない。
退位式の後、王宮の回廊で彼と並んで歩いた。
雨音が窓を叩いている。
「殿下は、王になりますか」
私は尋ねた。
ノア殿下はしばらく黙った。
「王になることが、最も法を守る道なら受けます」
「殿下自身は?」
「私自身ですか」
「はい」
彼は窓の外を見た。
「私は、法衣院長でいる方が性に合っています」
「そうでしょうね」
「即答ですね」
「王冠より書類の方が似合います」
ノア殿下は少しだけ笑った。
「ひどい評価ですが、的確です」
でも、笑みはすぐに消える。
「ただ、王冠を避けることが、責任から逃げることになるなら、逃げません」
その言葉に、私は胸が痛くなった。
彼もまた、自分の罪ではないものを背負おうとしているのではないか。
「殿下」
「はい」
「王になるかどうかは、殿下の罪を償うために決めることではありません。姉上を守れなかったと思っている自分を罰するためでも」
ノア殿下は足を止めた。
「厳しいですね」
「証縫官ですから」
「職務ですか」
「少し個人的でもあります」
雨音が続く。
ノア殿下は、ゆっくり息を吐いた。
「では、私も自分の罪ではないものを識別する練習をします」
「はい」
王冠は空位。
国はまだ揺れている。
でも、少なくとも今、彼は王冠を罰として被ろうとはしていない。
それだけで、雨の朝が少し明るく見えた。




