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断罪会場で「ごめんなさい」と謝ったら、王太子の罪状がドレスに刺繍されました ~濡れ衣令嬢の謝罪は、本当の犯人だけを縫い上げる~  作者: 小竹X


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第四十話 リュシーの初勤務

 リュシーが証人保護課の見習いになったのは、私の任官から三日後だった。


 彼女は灰色の制服を着て、鏡の前でひどく嫌そうな顔をしていた。


「地味」


「法衣院の制服ですから」


「聖女候補の衣装は、もっと光ったわ」


「光らない方が、仕事はしやすいです」


「あなた、本当に地味なものを肯定するのが上手くなったわね」


 リュシーは襟元を直しながらため息をついた。


 胸には本名布の小さな写しが縫いつけられている。リュシー・アンベル。その名を隠さないためだ。


 彼女の初勤務は、ミラー修道院から保護された少女の聞き取り補助だった。


 少女は十歳ほどで、名前を答えようとすると泣き出してしまう。神殿では番号で呼ばれていたらしい。


 私は記録係として同席した。


 リュシーは最初、ひどく緊張していた。


「泣かせたらどうしよう」


「泣くことは悪いことではありません」


「私が言うと説得力が変な方向にあるわ」


「だからこそ分かることもあります」


 聞き取り室で、少女は椅子の端に座り、両手を膝の上で握りしめていた。


 法務官が優しく尋ねる。


「お名前を教えてくれますか」


 少女の顔が強張る。


「七番です」


「本当のお名前は?」


 少女は首を振る。


「七番です。名前を欲しがるのは、わがままです」


 その言葉に、リュシーの表情が変わった。


 彼女は席を立たず、声を低くした。


「私も六番だったわ」


 少女が顔を上げる。


「六番?」


「そう。泣き方が下手だと叱られたこともあるし、左目から涙を出せと言われたこともある。本名を欲しがるのは罪だとも教えられた」


 少女の目が揺れる。


「でも、嘘だった」


 リュシーは自分の胸の本名布を見せた。


「私の名前はリュシー。名前を欲しがるのは、わがままじゃない。返してもらうものよ」


 少女は泣き出した。


 法務官が慌てるが、リュシーは手を上げて止めた。


「泣いていいわ。泣き方なんて気にしなくていい。綺麗に泣かなくていい」


 その言葉で、少女は声を上げて泣いた。


 リュシーは黙って待った。


 泣き止むまで、急かさなかった。


 私は記録用の白布に針を当てた。


 証人保護課見習いリュシー・アンベル、対象者の番号呼称強制を確認。泣き方訓練の被害経験を用い、対象者の自発的証言を促す。


 白布は赤ではなく、透明な糸を縫った。


 虚偽ではなく、支援の記録。


 聞き取りの終わり頃、少女は小さな声で言った。


「名前、たぶん、ニーナ」


 リュシーは微笑んだ。


「たぶん、から始めましょう。ニーナ」


 少女はまた泣いた。


 今度の涙は、少しだけ安心に近かった。


 聞き取り室を出ると、リュシーは廊下の壁にもたれた。


「疲れた」


「お疲れさまでした」


「私、役に立った?」


「はい」


 彼女は唇を噛んだ。


「嬉しいのに、腹が立つ。神殿でされたことが、役に立つなんて」


「役に立っているのは、神殿にされたことではなく、それをあなたが言葉にしたことです」


 リュシーは私を見た。


「そういうところ、やっぱり嫌い」


「はい」


「でも、今日は少しだけ好き」


「ありがとうございます」


 彼女は照れたように顔を背けた。


 その日、リュシーは初めて勤務報告書を書いた。


 何度も書き直し、最後にこう記した。


 対象者ニーナは、泣き方を強制されていた。私はその訓練を知っているため、彼女が泣くことを止めなかった。今後は、本名確認と安全な睡眠環境の確保が必要。


 ノア殿下は報告書を読み、合格を出した。


 リュシーは小さく拳を握る。


「聖女候補の祈りより、こっちの方が難しい」


「仕事ですから」


「仕事って面倒ね」


「生活は大事です」


 彼女は笑った。


 名前を奪われた少女が、別の少女の名前を取り戻す手伝いをする。


 それは罪を消すことではない。


 でも、罪の後に何をするかの答えの一つだった。

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