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断罪会場で「ごめんなさい」と謝ったら、王太子の罪状がドレスに刺繍されました ~濡れ衣令嬢の謝罪は、本当の犯人だけを縫い上げる~  作者: 小竹X


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第三十九話 証縫官試験

 証縫官という職は、三百年前に廃れた。


 だから当然、試験制度も残っていない。


 それでも正式に任官するには、何らかの基準が必要だった。白証布を着ているから、王妃事件で活躍したから、という理由だけで私を証縫官にすれば、次に誰かが同じ権限を悪用するかもしれない。


 権限は、善意ではなく制度で縛る。


 ノア殿下の言葉だ。


 その結果、王立法衣院は臨時証縫官試験を実施することになった。


 受験者は一名。


 私だけ。


「一名なら試験ではなく面談では?」


 私が言うと、バルテル副院長は厳かに首を横に振った。


「前例を作るのです。最初の一名ほど厳格でなければなりません」


 試験内容は三つ。


 一つ目、証拠布の保全と針目の基礎。


 二つ目、謝罪と証言の区別に関する口頭試問。


 三つ目、実地裁定補助。


 針目の基礎で落ちる可能性が最も高いと、ティナに言われた。


「ルシア様の針目は、気持ちは真面目ですが、幅が迷っています」


「針目に性格が出るのですか」


「出ます。ルシア様は、途中で謝りそうな針目になります」


「そんな針目が」


「あります」


 針子の世界は深い。


 試験当日、私は作業台の前で白布を縫った。


 まっすぐ縫うだけ。


 それが難しい。


 前世のクレーム対応では、言葉を整える練習はした。でも、布の上で同じ幅を保つ練習はしていない。針は少しずつずれ、糸は時々引きつれる。


 ティナは試験官補助として黙って見ている。


 助けてくれない。


 当然だ。


 これは私の試験だ。


 私は深呼吸した。


 針目がずれた時、以前なら「ごめんなさい」と言って手を止めたかもしれない。


 でも、布に謝っても針目は直らない。


 ずれた場所を確認し、ほどくか、次の針目で整えるか決める。


 罪と同じだ。


 隠すのではなく、戻す。


 私は糸を少しほどき、もう一度縫った。


 完成した布は完璧ではなかった。


 でも、最初から最後まで自分で整えた。


 ティナは布を確認し、真剣な顔で言った。


「合格です。まだ見習いの針目ですが、逃げていません」


「針目も逃げるのですか」


「逃げます」


 やはり針子の世界は深い。


 二つ目の口頭試問は、ノア殿下が担当した。


 試験官席に座る彼は、いつも以上に法務院長らしい。個人的な感情を少しも出さない。


「ルシア・ベルネット。謝罪と証言の違いを述べなさい」


「謝罪は、自分の行為によって相手に与えた損害や痛みを認め、関係を縫い直すための言葉です。証言は、自分が見聞きした事実を、罪の置き場を判断するために示す言葉です」


「自分の罪ではないものに謝罪を求められた場合、証縫官はどう対応しますか」


「まず、求められている謝罪の対象を確認します。自分の行為ではない場合、謝罪ではなく、事実確認と証言の手続きを案内します」


「相手が権力者であれば」


 私は一瞬、国王陛下を思い出した。


 背中が冷える。


 でも答える。


「同じです。ただし、安全確保と記録保全を優先します」


「自分が感情的に謝りたくなった場合は」


「一度、温かいものを飲みます」


 試験室が静かになった。


 ノア殿下の口元がわずかに動いた。


「それは法的回答ですか」


「体温低下と判断力低下を防ぐためです」


 バルテル副院長が真剣に記録した。


 まさか正式な回答になるとは思わなかった。


 三つ目の実地裁定補助は、小さな事件だった。


 市場の菓子職人が、貴族家の注文菓子を台無しにしたとして高額な賠償を求められている。菓子職人は謝罪状に署名しかけたが、娘が法衣院へ駆け込んだ。


 大きな王家の罪ではない。


 でも、構造は同じだ。


 裁定室で、貴族家の執事は言った。


「菓子に異物が入っていた。主人は大変ご立腹です。店の評判を守りたいなら、謝罪状と賠償に応じるべきでしょう」


 菓子職人は震えている。


「私の店が潰れたら、娘が……」


 私は白い小布を置いた。


「まず、異物を確認します」


 出された菓子には、確かに黒い小石のようなものが入っていた。


 白布に糸が走る。


 異物混入時点、納品後。混入者、貴族家下男。目的、賠償金詐取および未払い代金帳消し。


 執事の顔が変わる。


 菓子職人は呆然としている。


 小さな事件だ。


 でも、彼にとっては店と家族の人生を左右する事件だった。


 私は菓子職人に言った。


「謝罪状には署名しないでください。これはあなたの罪ではありません」


 彼は泣きながら頭を下げた。


「ありがとうございます。ありがとうございます」


 私はその礼を受け取った。


 試験後、バルテル副院長は合格を告げた。


「証縫官見習いルシア・ベルネット。あなたを、王立法衣院所属の証縫官として正式任官します」


 証縫官。


 真実を縫う者。


 私は任命書に署名した。


 白い布に透明な文字が浮かぶ。


 正式任官。第一任、自分も他人も、罪の置き場を間違えないこと。


 私は小さく笑った。


「第一任は、ずっと同じなのですね」


 ノア殿下が言った。


「基本が最も難しいので」


 その通りだった。


 でも今の私は、その難しい基本を仕事として選んだ。

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