第三十七話 王妃の墓前
ノア殿下が王妃エレナ様の墓へ行くと聞いた時、私は同行を申し出なかった。
これは、彼と姉の時間だと思ったからだ。
けれど、その日の朝、ノア殿下の方から言った。
「ルシア嬢。可能なら、同行していただけますか」
私は驚いた。
「私が行ってもよいのですか」
「姉上の真実を縫ったのは、あなたとあなたの母君です。報告を共にしてほしい」
その言葉を受け取り、私はうなずいた。
王妃の墓は、王都北の王家霊廟にあった。
白い石の建物。静かな庭。春の花が低く咲いている。
王族の墓に足を踏み入れるのは初めてだった。以前の私なら、場違いだと謝っていたかもしれない。
でも今日は、母の針箱を持っている。
王妃の墓前には、白百合が供えられていた。
かつて毒の記憶を封じる道具にされた花。
けれど、本来は祈りの花だ。
ノア殿下は墓石の前で長く黙っていた。
私は少し離れて立つ。
風が吹き、白い布の端が揺れた。
やがて彼は言った。
「姉上。遅くなりました」
その一言だけで、私の胸が痛くなった。
「私は十三年、あなたの死を病だと思っていました。いえ、疑うことを避けていたのかもしれません。王家の中で、誰も口にしないものを、私も口にしなかった」
ノア殿下の声は静かだ。
でも、指先が震えている。
「あなたを殺した者は拘束されました。兄上も罪を認めました。ダミアンは、自分の罪と傷を分けて歩き始めるでしょう。十分ではありません。あなたも、あなたの子も戻らない。それでも、沈黙は破れました」
墓前の白百合が揺れる。
私は母の針箱を開け、小さな白い端切れを取り出した。
母が王妃のために残した証言布だ。
「王妃様。母エレナ・ベルネットも、最後まであなたを守ろうとしました」
私は墓前に端切れを置いた。
「母の証言も、ここに戻します」
白い端切れに、薄い文字が浮かんだ。
エレナ王妃へ。遅れてごめんなさい。けれど、ルシアが来ました。
それは母の文字だった。
私は息を止めた。
ノア殿下も、その文字を見て目を伏せる。
「あなたの母君は、姉上に謝りたかったのですね」
「はい」
今度の謝罪は、濡れ衣ではない。
母自身の悔いだ。
私はその謝罪を、母の代わりに奪わない。
ただ、墓前に置く。
しばらくして、ノア殿下が言った。
「私は、兄を裁くことが正しいと分かっています。それでも、苦しい」
初めて、彼が自分の苦しさをそのまま口にした。
私は彼を見る。
「はい」
「姉を殺された怒りがあります。兄を失う悲しみもあります。王家の一員としての責任と、法務院長としての責任が、時々逆方向を向く」
「はい」
「私は、あなたに何度も謝らなくていいと言いました。でも、自分にはそれを言えていなかったのかもしれない」
ノア殿下は墓石を見つめた。
「姉を守れなかったことは、私の罪ではない。そう分かっていても、ずっと心のどこかで謝っていました」
私はゆっくり言った。
「それは、殿下の罪ではありません」
ノア殿下の肩が小さく震えた。
私は続けた。
「でも、悲しいことは悲しいままでいいと思います」
「あなたは、本当に証縫官に向いている」
「今のは職務ですか」
「いいえ」
彼は初めて、はっきりそう言った。
「個人的な感謝です」
風が吹く。
白百合の香りがした。
ノア殿下は私に向き直った。
「ルシア嬢。私は、あなたを保護対象として見ています。証人として、証縫官見習いとして、大切に扱うべき人だと」
「はい」
「同時に、それだけではなくなっています」
心臓が強く鳴った。
霊廟の静けさの中で、その音だけが大きく聞こえる。
「今、この場で答えを求めるつもりはありません。あなたは婚約破棄と裁定を経たばかりで、自由になったばかりです。だから、これは私の側の証言として聞いてください」
ノア殿下は、いつものように言葉を正確に選んでいる。
「私は、あなたを一人の女性として大切に思っています」
白い布は動かなかった。
罪の言葉ではないからだ。
証言針も動かない。
でも、私の胸の中には、透明な糸が一本走ったような気がした。
私はすぐに答えられなかった。
ノア殿下は待っている。
急かさず、近づきすぎず、離れすぎず。
「ありがとうございます」
まず、私はそう言った。
「私は、まだ自分の気持ちを正しく置けるか分かりません。殿下に助けられたこと、守られたこと、信じてくださったこと。その全部が大きすぎて、恋なのか感謝なのか、まだ縫い分けられません」
「はい」
「でも、殿下と一緒にいると、謝罪以外の言葉を覚えられます」
ノア殿下の目が少し揺れた。
「それは、かなり光栄な評価です」
「私にとっては、かなり大きな評価です」
彼は静かに笑った。
答えを急がない。
その約束が、言葉にしなくても伝わる。
王妃の墓前に、母の端切れが白く光っていた。
死者は戻らない。
でも、沈黙は破れた。
そして、生きている私たちは、これからの距離を選ぶことができる。




