第三十六話 廃太子の手紙
ダミアン殿下の廃太子は、公開裁定から七日後に正式決定した。
王太子位剥奪。
王位継承権停止。
王族籍は残るが、政治権限は失う。
彼は王都郊外の旧王家離宮で監督下の謹慎に入ることになった。離宮といっても、自由ではない。法務官が常駐し、神殿関係者との接触は禁止。毎月、被害者救済基金の書類整理と、赦罪帳簿の復元作業に従事する。
王太子として育った人にとって、それは屈辱的な処分かもしれない。
けれど、彼の命は残った。
私はその処分を聞いて、すぐに感情を決められなかった。
甘いと思う人もいるだろう。
私自身も、彼にされたことを思い出せば胸が冷える。
でも、処刑されれば終わり、というものでもない。
彼には、自分の罪を抱えて生きる時間が必要なのかもしれない。
その日の夕方、法衣院に一通の手紙が届いた。
差出人は、ダミアン・アルヴェール。
封を見ただけで、私は少し息苦しくなった。
ノア殿下が言う。
「読まなくても構いません」
「処分に関わるものですか」
「個人的な手紙です。検閲済みで危険はありません」
「では、読みます」
私は応接室で封を開けた。
手紙は短かった。
『ルシア・ベルネットへ。
謝罪は公開裁定で述べた。繰り返せば、君に許しを催促するように聞こえるかもしれないので、ここでは言わない。
私は離宮で、赦罪帳簿の復元作業を命じられた。最初は屈辱だと思った。だが、四十二人の名を写していると、君が言ったことを少し理解した。罪には置き場が必要だ。
私は、自分の傷を王冠で隠そうとした。そのために君を布にしようとした。
君が私を許さないと言った時、腹が立った。今も、完全に受け入れられてはいない。だが、許されないまま生きることも、責任の一部なのだろう。
母の花束について、罪を戻してくれたことには礼を言う。ありがとう。
ダミアン』
読み終えた時、胸の中に複雑なものが残った。
怒りが消えたわけではない。
悲しみもある。
でも、手紙の最後の「ありがとう」は、以前の彼からは想像できない言葉だった。
謝罪ではなく、礼。
彼もまた、違う言葉を覚え始めているのかもしれない。
私は返事を書くか迷った。
ノア殿下は向かいで黙っている。
「返事を書くべきでしょうか」
「べき、ではありません。あなたが書きたいかどうかです」
私は少し考えた。
書きたいわけではない。
でも、何も返さないと、彼の手紙が私の中で宙ぶらりんになる気がした。
私は短い返事を書いた。
『ダミアン殿下へ。
手紙を受け取りました。
十三年前の花束について、罪を正しい場所へ戻せたことは、私にとっても必要なことでした。
祝賀会の件について、私はまだあなたを許していません。今後も、許すと約束はしません。
ただ、あなたが赦罪帳簿の名を写すなら、一人一人の名を略さず書いてください。
ルシア・ベルネット』
ノア殿下が読み、うなずいた。
「よい返事です」
「厳しすぎませんか」
「必要な厳しさです」
封をすると、少し肩が軽くなった。
関係を完全に修復する必要はない。
憎しみ続ける必要もない。
距離を決め、必要な言葉だけを置く。
それも、縫い直しの一つだ。
夜、法衣院の廊下を歩いていると、リュシーが窓辺に立っていた。
「ダミアン殿下から手紙?」
「はい」
「私のところにも来たわ」
彼女は封筒をひらひらさせた。
「何て?」
「私を利用したと書いてあった。私もあなたを利用したと返すつもり」
「それでいいのですか」
「ええ。私たち、綺麗な被害者同士じゃないもの」
リュシーは窓の外を見た。
「でも、名前を返してもらったことは、少しだけ礼を言う。あの人も、自分の記憶を返されたから」
彼女の横顔は、少し大人びて見えた。
法衣院で働くかどうかは、まだ決めていないらしい。
「私、泣き方を忘れたいと思っていたけど、最近は忘れなくてもいい気がしてきた」
「どうしてですか」
「泣き方を知っているなら、本当に泣いている人と、泣かされている人の違いが分かるかもしれないから」
それは、彼女にしかできない仕事かもしれない。
「証人保護課に向いています」
「あなた、本当に人を法衣院に入れたがるわね」
「人手不足ですから」
ノア殿下の口調を真似ると、リュシーは笑った。
「似てる。嫌になるくらい」
私は少し恥ずかしくなった。
廃太子の手紙は、終わりではなかった。
でも、一つの区切りにはなった。
私の人生は、もう彼の婚約者としては進まない。
それがはっきりしただけで、夜の空気が少し澄んで感じられた。




