第三十五話 ベルネット家の裁定
父の裁定は、グラシアンの翌日に行われた。
ベルネット伯爵としての罪。
十三年前の祝福の杯運搬。
毒の可能性を知った後の沈黙。
東倉庫の運搬記録焼却命令。
母の針箱と白証布を隠蔽しようとしたこと。
そして、私への長年の扱い。
最後の項目は、法的には扱いが難しかった。
父は私を虐待したとまでは認めなかった。食事を与えなかったわけではない。教育も受けさせた。王太子の婚約者として表向きは丁重に扱った。
けれど、家の中で何かあるたびに私へ謝罪を求め、責任を押しつけてきたことは、アイリスと使用人たちの証言で明らかになった。
私は証人席に座っていた。
父は被告席にいる。
以前なら、父を見ただけで背中が固くなった。今も怖い。けれど、その恐怖は私を完全には支配しない。
ノア殿下が尋ねる。
「ベルネット伯爵。あなたは、ルシア・ベルネットに対し、家内の不和や妹の失敗について謝罪を強いていましたか」
父は口を閉ざした。
また沈黙だ。
でも、沈黙にも証言布は反応する。
回答回避。該当事実あり。
父の顔が歪む。
「家庭内の躾まで裁くのか」
「躾の名で、本人の罪ではないものを認めさせていたかを確認しています」
「家長には家を治める権限がある」
「家長権は、虚偽の謝罪強制を含みません」
ノア殿下の声は冷静だった。
父は私を見た。
「ルシア。お前は本当に、父を公の場で辱めるのか」
まただ。
私が悪いと思わせる言葉。
でも、もう何度も練習した。
「お父様を辱めているのは、私の証言ではなく、お父様の行いです」
父の目が怒りで光る。
「親に向かって」
「親であることは、罪を置き換える権利ではありません」
言えた。
手は震えている。
でも、言えた。
アイリスが証人席に立った。
彼女は白布を握りしめ、珍しく化粧も控えめだった。
「私は、お姉様に何度も罪を押しつけました。花瓶も、ドレスの予算も、手紙も。お父様とお母様が、お姉様なら謝ると思っていたから、私もそう思っていました」
義母ジゼルは別席で顔をこわばらせている。
彼女は母の針箱を売却しようとしたこと、東倉庫の処分に関わったこと、アイリスを使って私の形見を奪ったことを問われた。
義母は最初、すべて使用人のせいにした。
しかし白布が次々に虚偽を縫い、最終的には黙った。
アイリスは義母を見た。
「お母様。私、もうお姉様のものを取っても嬉しくない」
義母の顔が崩れた。
彼女はアイリスを叱ろうとしたが、言葉が出なかった。
家がほどけていく。
でも、もともと正しく縫われていなかった家だ。
裁定の結果、父は爵位停止、領地管理権の一時剥奪、王妃毒殺隠蔽に関する正式審理への移送となった。義母は家産管理権を失い、証拠隠滅未遂で処分を受ける。
ベルネット家の領地は臨時管理官が入ることになった。
私は相続権をどうするか問われた。
父が私を見る。
義母も、アイリスも。
ベルネット家の長女として、私が家を継ぐ道もある。
でも、私は考えていた。
家に戻ることが、母の名誉回復になるのか。
父の罪を私が背負い直すことにならないか。
私はノア殿下の方を見た。
彼は何も言わない。
私の選択を待っている。
「相続権は、現時点で保留します」
私は言った。
「ベルネット家の罪を調査し、領地の人々に必要な補償が行われるまで、私は家長の座を受けません」
父が目を見開く。
「家を捨てるのか」
「違います。家の罪を整理しないまま、私が継いで帳消しにすることを拒みます」
白布に透明な文字が浮かぶ。
相続保留、本人意思確認。
アイリスが小さく言った。
「私、領地に行ってもいい?」
私は驚いて彼女を見た。
「なぜ」
「ベルネット家がどうなってるか、見たことないから。お姉様が継がないなら、私も知らないふりできないでしょう」
その言葉が本気かどうか、まだ分からない。
でも、彼女の白布は虚偽を縫わなかった。
「行くなら、臨時管理官の許可を取ってください」
「うん。あと、針仕事も少し習う」
ティナが後ろで満足そうにうなずいた。
裁定が終わり、父は連行される前に私を見た。
「ルシア」
私は立ち止まる。
「私は、お前に何を言えばいい」
以前なら、私が答えを用意した。
謝ってください。許します。大丈夫です。
でも、それは父が考えるべきことだ。
「それは、お父様が考えてください」
父は何も言えなかった。
私は背を向けた。
家族との距離を、自分で決める。
今の距離は、裁定室のこちら側と向こう側。
それでいい。




