第三十三話 四十二人の名簿
公開裁定の後、王立法衣院には人が押し寄せた。
自分の家族の名が赦罪帳簿にないか確認したい者。
過去の謝罪状を取り消してほしい者。
神殿に寄進した貴族を訴えたい者。
ただ怒りをぶつけたい者。
法衣院の門前には長い列ができた。
前世のクレーム窓口を思い出す。
違うのは、私はもう一人で電話を取らなくていいということだった。
バルテル副院長は臨時受付を設置し、法務官を交代制にした。ティナたち針子は、証言布の仮縫いを担当する。マリエは四十二人の名簿を照合し、リディアとリュシーは神殿施設の内部情報を整理した。
私は証縫官見習いとして、最初の相談者の前に座った。
相手は年配の男性だった。
「兄は十三年前、門限破りの罪で王都を追放されました。真面目な人でした。ずっと、そんなはずはないと思っていました」
彼の手には、古い謝罪状の写しがある。
私は白い小布を机に置いた。
「これは、あなたのお兄様の謝罪状ですか」
「はい」
小布に赤い文字が浮かぶ。
謝罪状対象、門番セルジュ。表向き罪状、夜間通行記録漏れ。真の目撃内容、祝福の杯搬入時刻。
男性は顔を覆った。
「兄は、嘘をついていなかった……」
私は言葉を探した。
ごめんなさい、と言いそうになる。
でも、私の罪ではない。
代わりに言う。
「記録を訂正します。お兄様の名誉回復手続きを始めます」
男性は泣きながら頭を下げた。
次の相談者は、若い女性だった。
母が修道院で死んだという。帳簿には、貴族夫人の宝石紛失の罪を認めた侍女の名があった。
その次は、薬草係ロウの孫。
その次は、謝罪状を書かされた商人の娘。
一人一人に、人生があった。
四十二という数字は、もうただの数ではない。
名前があり、家族があり、失われた時間がある。
夕方になる頃、私は声が掠れていた。
ノア殿下が受付の横に来る。
「交代です」
「まだ列があります」
「だから交代です」
「でも」
「証縫官見習いの勤務時間を超えています」
彼は淡々と言った。
「前世のあなたの職場がどうであれ、法衣院では休憩を取ります」
私は反論できなかった。
前世の職場、という言葉を彼が自然に使うことに、少し胸が温かくなる。
休憩室に連れて行かれると、テーブルにまたスープが置かれていた。
「法衣院の食事はスープばかりですか」
「消化に良いので」
「殿下の指示ですか」
「医師の指示です」
「殿下が医師に言わせたのでは」
「詳細は機密です」
つまり、そうなのだろう。
私はスープを飲んだ。
温かい。
ノア殿下も向かいに座り、書類をめくる。
「四十二人のうち、生存確認は現在七名。死亡確認は十八名。所在不明が十七名です」
「所在不明……」
「修道院、地方領、隣国へ流された者もいるでしょう。長い作業になります」
「はい」
「あなた一人でやる作業ではありません」
「分かっています」
本当に、少しずつ分かってきた。
一人で謝らない。
一人で証言しない。
一人で救わない。
それは諦めではなく、続けるための方法だ。
ノア殿下は書類を置いた。
「ダミアンの処分案が出ました」
私はスプーンを止めた。
「どうなりますか」
「王太子位剥奪。毒殺未遂冤罪事件への関与により、王位継承権停止。一定期間の王族監督下での謹慎後、被害者救済基金への労務奉仕。最終的な身分は貴族院裁定で決まります」
「処刑ではないのですね」
「彼は重大な加害者ですが、証言協力と十三年前の被害性もあります。処刑を求める声は強いですが、法は怒りの量で刑を決めません」
私はうなずいた。
すっきりする結末ではないかもしれない。
でも、正しい場所に置くなら、そうなるのだろう。
「リュシー様は?」
「聖女候補としての身分は無効。祝賀会事件への関与は有罪。ただし神殿による強制と証言協力により、監督付き保護処分案が有力です。本人が望めば、法衣院の証人保護課で見習いとして働ける」
「提案が通ったのですね」
「人手不足ですから」
ノア殿下は少しだけ口元を緩めた。
「あなたの勝手な雇用案も、時に役立ちます」
「ありがとうございます」
「褒めているかは微妙です」
「受け取ります」
ノア殿下は小さく笑った。
休憩室の扉が開き、アイリスが顔を出した。
「お姉様、私も何か仕事ある?」
「休んでいていいのですよ」
「暇なの。法衣院、地味だし」
ティナが後ろから言った。
「では、証言布の端処理を手伝ってください」
「私、針仕事は得意じゃない」
「練習中です」
ティナが私の言葉を真似た。
アイリスは嫌そうにしながらも、作業台へ向かった。
その背中を見て、私は母の二通目を思い出す。
どの距離で生きるか。
今の私とアイリスの距離は、まだ近すぎず、遠すぎず、不安定だ。
でも、同じ部屋で別々の布を縫える距離なら、悪くないのかもしれない。
夜、法衣院の門前の列は少し短くなった。
それでも、明日また人が来るだろう。
四十二人の名簿は、国を縫い直すための最初の糸になった。




