第三十一話 公開裁定の告知
王宮裁定室で起きたことは、翌朝には王都中へ広がっていた。
国王陛下が王冠を外した。
大司祭グラシアンが拘束された。
王太子殿下が自ら罪を認めた。
白いドレスの令嬢が、王宮中の罪を拒んだ。
噂は事実より速く、そして派手になる。
瓦版には、私が巨大な白い翼を広げて黒い布を焼いたと書かれていた。別の瓦版では、ノア殿下が私を抱き上げて王冠を踏み砕いたことになっている。
どちらも違う。
特に後者は、法的にも物理的にも違う。
法衣院の会議室でそれを読んだノア殿下は、無表情で瓦版を畳んだ。
「訂正要求を出します」
「どの部分に?」
「全体に」
私は笑いをこらえた。
笑っている場合ではないのは分かっている。
王都は混乱していた。神殿前では信徒と抗議者が衝突し、王宮前では国王の退位を求める声と王家擁護の声がぶつかっている。貴族院も割れていた。
だからこそ、正式な公開裁定が必要だった。
王妃毒殺事件。
祝賀会毒殺未遂冤罪事件。
赦罪制度と黙罪布。
王太子派蜂起。
全てを一度に裁くことはできない。だが、隠せばまた黒糸が生まれる。
臨時評議会は、三日後に王都中央広場で公開裁定を行うと告知した。
王族、神殿、貴族、民衆の代表が立ち会う。
証拠は王立法衣院が提示する。
私は証縫官見習いとして、白証布と証言針を携えて出席することになった。
「体調は」
ノア殿下が聞く。
「大丈夫です」
「その返答は禁止語にしたい」
「では、昨日より温かいです」
「少し改善しました」
彼は真面目に評価した。
ティナが隣でドレスの補修をしている。
「公開裁定では、ルシア様一人に負担がかからないよう、証言布を分けます」
机の上には、小さな白布が何枚も並んでいた。
リディア用、リュシー用、マリエ用、アイリス用、ティナ用、ベルネット伯爵用、ダミアン殿下用。
それぞれが、自分の証言を自分の布に縫う。
私は中心の白証布を着るが、全てを背負わない。
この形式を提案したのはティナだった。
「だって、ルシア様のドレスばかり働かせるのはおかしいです。布にも分業が必要です」
布の分業。
法衣院の職人たちは最初笑ったが、すぐに真剣になった。白証布の制度は三百年前に廃れた。ならば、今の私たちが新しい使い方を作ってもいい。
バルテル副院長はそれを「分散証言布方式」と名付けた。
名前が固い。
でも、法には固い名前も必要なのだろう。
リュシーは自分用の白布を見て、嫌そうな顔をした。
「これ、私が嘘をついたら縫うの?」
「おそらく」
「嫌な布ね」
「でも、あなたの本名も守ります」
彼女は本名布を見て、しばらく黙った。
「なら、持つ」
リディアは白布を受け取り、肩にかけた。
「十年地下にいた女の証言も、ようやく外で干せるわね」
マリエは九通の謝罪状を丁寧に包み直す。
「王妃様に、遅くなりましたと申し上げる日が来ました」
アイリスは白布を見て不満そうだった。
「私の証言って、花瓶と手紙と予備布よね。大事件の中で妙に小さくない?」
「小さくありません」
私は言った。
「小さな押しつけを返す練習がなければ、大きな罪も返せません」
アイリスは少し照れたように目を逸らした。
「お姉様、たまに格好いいこと言うのやめて」
「やめません」
「昔はすぐ謝ったのに」
「練習しました」
そのやり取りに、ティナが笑う。
会議室の空気は、以前より明るい。
しかし、公開裁定には危険もある。
神殿の過激派が妨害する可能性。王太子派の残党。国王擁護派の貴族。民衆の混乱。
そして、最も厄介なのは、罪が明らかになった後の怒りだ。
誰かを処刑すれば済む、という話にしたがる人が必ず出る。
でも、四十二人の謝罪状や名を奪われた候補者たちの人生は、誰か一人の死では戻らない。
公開裁定は、ざまぁの場ではなく、国を縫い直す最初の場にしなければならない。
私はそのことをノア殿下に言った。
彼は少し驚いた顔をした。
「あなたは、ざまぁという言葉を知っていますか」
「前世で、似た言葉がありました。悪い人が報いを受けると、読んでいる人はすっきりします」
「それは必要な感情です」
「はい。でも、すっきりした後に布が裂けたままなら、また誰かが傷口を隠すことになります」
ノア殿下は長く私を見た。
「あなたは証縫官に向いています」
「見習いではなく?」
「正式任官を提案したいところですが、まずは裁定を終えましょう」
「給金は出ますか」
なぜそんなことを聞いたのか、自分でも分からない。
けれど、ノア殿下は真剣に答えた。
「もちろん。危険手当も請求します」
「なら、頑張れそうです」
リュシーが吹き出した。
「王家と神殿を相手にして、最後は給金の話なの?」
「生活は大事です」
リディアがうなずく。
「十年閉じ込められると分かるわ。生活は本当に大事」
公開裁定の前夜、私は母の手紙をもう一度読んだ。
二通の手紙の最後には、まだ読めていなかった薄い文字が浮かんでいた。
『ルシア。真実を縫う日、あなたは誰かを完全に救うことはできないかもしれません。けれど、誰かの罪を誰かに戻すことはできます。それは冷たい作業に見えて、本当は人をもう一度歩かせるための作業です』
私はその言葉を胸に置いた。
明日、王都の前で裁定が始まる。
私は謝罪ではなく、証言をする。




