第十二話 妹は手紙を盗んだ
アイリスは、法衣院の応接室に不満そうな顔で座っていた。
薄桃色のドレス、巻いた金髪、真珠の耳飾り。いつも通り可愛らしく整えているのに、目の下には少し影がある。ベルネット家にも、昨夜から眠れない空気が流れているのだろう。
私が入ると、アイリスはすぐに立ち上がった。
「お姉様、ひどいわ」
第一声は、それだった。
予想通りすぎて、私は少し落ち着いた。
「何がですか」
「お父様を拘束して、お母様を疑って、家をめちゃくちゃにして。私、社交界で何て言われているか分かる?」
「分かりません」
「ベルネット家は王妃毒殺に関わった家だって。婚約破棄された姉のせいで、妹まで縁談が壊れるって」
以前の私なら、ここで謝っていた。
ごめんなさい。あなたの縁談に迷惑をかけて。
でも、今は違う。
「アイリスの縁談を壊したのは、私ではありません。父が十三年前の運搬記録を焼こうとしたからです」
アイリスは目を見開いた。
「お姉様、そんな言い方する人だった?」
「練習中です」
「何の練習よ」
「自分の罪ではないことで謝らない練習」
アイリスはぽかんとした。
それから、悔しそうに唇を噛む。
「……本当に変わった」
「そうかもしれません」
「昔はもっと、何でも聞いてくれたのに」
「聞いていたのではなく、逆らえなかったのです」
言葉にすると、胸が痛んだ。
アイリスの顔も少し歪んだ。
彼女は私より三歳下だ。義母の娘として大切に育てられた。私のドレスの予算を奪っても、それを悪いことだと思っていなかった。私が謝るのが当たり前だったから、彼女もそう扱った。
それでも、彼女だけを悪者にすれば済む話ではない。
家全体が、私の謝罪を便利に使っていた。
「母の手紙を持っていますね」
私が切り出すと、アイリスの顔色が変わった。
「何のこと?」
「白証布が縫いました。あなたが母の二通目の手紙を持っていると」
アイリスは扇を握りしめた。
「そのドレス、本当に嫌い」
「私も、時々怖いです」
「じゃあ脱げばいいじゃない」
「脱いでも、真実は消えません」
アイリスは黙った。
応接室の外には近衛兵がいる。逃げられないと分かっているのだろう。彼女はやがて、小さな革袋を取り出した。
「盗んだわ」
その声は、思っていたより小さかった。
「お母様が東倉庫を片づける時、古い手紙を燃やそうとしていた。お姉様の名前が見えたから、何となく取ったの」
「なぜ私に渡さなかったのですか」
「だって、渡したらお姉様が喜ぶと思ったから」
あまりにも幼い理由だった。
けれど、アイリスの目には涙が浮かんでいる。
「お姉様はいつも可哀想な顔をして、でも本当はずるいわ。みんながあなたに気を遣う。死んだお母様の形見があって、王太子殿下の婚約者で、何も言わなくても悲劇の人みたいに見える」
「私は、気を遣われていたでしょうか」
「少なくとも私は、ずっと比べられていた!」
アイリスは立ち上がった。
「お姉様は大人しくていい子。お姉様は我慢できる子。アイリスはわがまま。アイリスは贅沢。そう言われるのが嫌だった。だから、お姉様のものを取れば勝った気がしたの」
私は初めて、妹の中にある劣等感を見た。
私が謝るたび、アイリスは得をしていた。けれど同時に、彼女も「わがままな妹」という役を与えられていたのかもしれない。
それは私の罪ではない。
でも、彼女だけの罪でもない部分がある。
「手紙を返してください」
私は言った。
「その上で、あなたが私のものを奪ってきたことについては、いつか自分で考えてください」
「怒らないの?」
「怒っています」
「顔が怒ってない」
「怒り方も練習中です」
アイリスは変な顔をした。
泣きそうで、笑いそうで、怒りそうな顔。
彼女は革袋を机に置いた。
「はい。返す」
「ありがとうございます」
「……お姉様」
「はい」
「私、あなたに謝るべき?」
私は少し考えた。
謝るべきかどうかを、私が決めてしまえば、また罪の置き場がずれる。
「それは、アイリスが決めることです」
「何それ。面倒くさい」
「私もそう思います」
アイリスはしばらく黙っていた。
それから、小さな声で言った。
「……ごめんなさい。手紙を盗んだことは、私が悪かった」
白いドレスは動かなかった。
つまり、それは彼女自身の謝罪だった。
私はその言葉を受け取る準備をした。
「謝罪を受け取ります」
アイリスは泣き出しそうな顔でうなずいた。
「でも、ドレスの予算を取ったこととか、花瓶を割ったのをお姉様のせいにしたこととか、他にもあるから」
「一度に全部謝らなくていいです」
「お姉様、本当に変」
「知っています」
その時、革袋の中の手紙がかすかに光った。
封を開けると、母の文字が現れる。
『ルシアへ。あなたがこの二通目を読む時、あなたは誰かの謝罪を受け取ったあとかもしれません。覚えていて。謝罪を受け取ることは、相手を無罪にすることではありません。罪を認めた人に、次の行動を求めることです』
まるで今の私たちを見ているようだった。
『あなたの妹を憎みすぎないで、と母としては言いたくなります。けれど、憎むなと命じることもまた、あなたに我慢を強いることになります。だから、あなたが決めなさい。許すかどうかではなく、どの距離で生きるかを』
私は手紙を閉じた。
どの距離で生きるか。
家族だから近くにいなければならないわけではない。許さなければ優しくないわけでもない。
アイリスは不安そうに私を見ている。
「何て書いてあったの」
「距離を決めなさい、と」
「私と?」
「はい」
「……遠くにする?」
「今は、少し遠くがいいです」
アイリスは傷ついた顔をした。
けれど、怒らなかった。
「分かった」
その一言に、私は少し驚いた。
アイリスは扇を握りしめたまま、立ち上がる。
「私、帰る。お母様には、手紙は捨てたって言う」
「危険です」
「大丈夫。私、嘘をつくのは得意だから」
「それは自慢になりません」
「お姉様に言われたくない。謝るのが得意だったくせに」
その言い方は以前と同じ少し意地悪なものだったが、棘は弱くなっていた。
扉の前で、アイリスは振り返った。
「ねえ、お姉様」
「はい」
「お父様のこと、怖い?」
私は正直に答えた。
「怖いです」
「私も」
それだけ言って、アイリスは出て行った。
私は手紙を胸に置いた。
家族との距離も、罪の置き場も、自分で決める。
簡単ではない。
でも、今の私はその面倒くささから逃げたくなかった。




