表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
断罪会場で「ごめんなさい」と謝ったら、王太子の罪状がドレスに刺繍されました ~濡れ衣令嬢の謝罪は、本当の犯人だけを縫い上げる~  作者: 小竹X


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/66

第十一話 証縫官見習い

 王太子私室から見つかった祈祷書には、白百合の押し花が挟まれていた。


 白百合は十三年前のものとは思えないほど形を保っていたが、触れると花弁の端から黒い粉が落ちた。法衣院の鑑定官によれば、それは記憶封じに使われる神殿香の残滓だった。


 祈祷書の余白には、五歳の子どもの筆跡で短い言葉が書かれていた。


 母上へ。早く元気になってください。


 私はその文字を見た時、しばらく声が出なかった。


 ダミアン殿下が今の罪で加害者であることは変わらない。


 けれど、五歳の彼は母に花を届けただけだった。そこに何が隠されていたのか知らず、記憶を封じられ、母の死の一部にされた。


 罪は、絡まっている。


 だからこそ、雑に切ってはいけない。


 法衣院の会議室で、ノア殿下は祈祷書を封印箱へ入れた。


「これで、十三年前の花束に神殿が関与したことは示せます。ただし、毒そのものの経路はまだ不足している」


「ベルネット伯爵の証言が必要ですね」


「あなたの父君は、昨夜から黙秘しています」


 父らしいと思った。


 怒鳴る時は大きな声を出すのに、自分の責任になると黙る。


 私は自分の手を見つめた。


 父に会うのは怖い。


 東倉庫での父の顔を思い出すだけで、背中が固くなる。


 けれど、怖いまま正しい場所に立つ。それを私は昨日教えてもらった。


「私が会います」


「予想していました」


 ノア殿下は溜息をついた。


「ですが、その前に手続きがあります」


「手続き?」


 彼は机の上に一枚の任命書を置いた。


 王立法衣院、証縫官見習い任命状。


 候補者、ルシア・ベルネット。


 私は目を瞬いた。


「これは……」


「あなたを単なる参考人のまま動かすには限界があります。証言針を扱い、白証布の発動者であり、王妃毒殺事件の関係者でもある。法衣院の保護下に置くだけでなく、職務権限を与えた方が安全です」


「私に、仕事を?」


「はい。もちろん拒否できます」


 拒否できる。


 ノア殿下はいつも、その選択肢を残す。


 私は任命書の文字を見た。


 証縫官見習い。


 真実を縫う者。


 昨日までの私は、伯爵家の長女で、王太子の婚約者で、謝ることだけが上手な人間だった。今、その肩書きがほどけ、新しい糸が差し出されている。


「見習いになったら、何をするのですか」


「証拠衣の保全、証言布の作成補助、謝罪状の真偽鑑定、裁定室での証言補助。現時点では、あなたにしかできないことが多い」


「失敗したら?」


「見習いは失敗を学ぶ立場です。ただし、危険な仕事は私が止めます」


「過保護です」


「職務です」


「便利な言葉ですね」


 ノア殿下は少しだけ目を逸らした。


 私は任命書に署名した。


 ルシア・ベルネット。


 書き慣れた名前なのに、今日は少し違って見える。


 署名した瞬間、白いドレスの裾に透明な糸が走った。


 証縫官見習い、第一任。自分の罪ではないものを識別すること。


「布にまで見習い扱いされました」


「的確な第一任です」


 ノア殿下は真面目に言った。


 会議室の扉が開き、ティナが大きな布包みを抱えて入ってきた。


「ルシア様、見習い用の作業衣をお持ちしました!」


 作業衣は、淡い灰色の前掛けと袖覆いだった。法衣院の針子が使うもので、胸元に小さな白い糸車の紋が入っている。


「私が着てもいいのですか」


「もちろんです。ルシア様はもう法衣院の人ですから」


 法衣院の人。


 その言葉に、胸が温かくなった。


 ベルネット家では、私はいつも余分な人だった。王宮では、王家の傷を塞ぐ布だった。けれどここでは、仕事を持つ人になれるのかもしれない。


 着替えのため、ノア殿下は退室した。


 ティナに手伝ってもらいながら作業衣を身につけると、白いドレスの赤い文字は前掛けの下に隠れた。完全に消えるわけではないが、少し呼吸がしやすい。


「似合います」


 ティナが言った。


「本当に?」


「はい。令嬢というより、できる職人さんみたいです」


「それは褒め言葉?」


「最高の褒め言葉です」


 彼女の笑顔につられて、私も笑った。


 会議室に戻ると、ノア殿下が一瞬だけ動きを止めた。


「変ですか」


「いいえ」


「では、なぜ黙ったのですか」


「よく似合っています」


 その言い方があまりにまっすぐで、私は返事に困った。


 ティナが後ろで小さく咳払いをする。


 私は書類を手に取り、話題を戻した。


「それで、父の尋問はいつですか」


「明朝です。場所は法務院地下の小裁定室。あなたには立ち会い権があります。ただし、発言は私が許可した時のみ」


「はい」


「そして、もう一つ」


 ノア殿下は別の書類を差し出した。


「ベルネット家から、あなたに面会希望が来ています」


 胸が固くなる。


「父ではなく?」


「異母妹のアイリス嬢です」


 アイリス。


 いつも私を見下ろし、義母と一緒に笑っていた妹。


 彼女が何を言いに来るのか、想像できない。謝罪を求めるのか、家のために黙れと言うのか、それとも王太子殿下への取りなしを頼むのか。


 私は一瞬、断ろうと思った。


 けれど、ドレスの裾が小さく動いた。


 アイリス・ベルネットは、母の手紙二通目を所持している。


「え?」


 声が出た。


 ノア殿下が文字を見る。


「二通目?」


 母の手紙は、まだあった。


 しかも、それを持っているのはアイリス。


 私は作業衣の前掛けを握った。


「会います」


 また一つ、謝らない練習が必要な相手だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ