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第7話 生徒会長の憂鬱

放課後の部室には、紙をめくる音だけが静かに響いていた。

正式な部として認められてからしばらく経ち、超常秘密結社××部――相変わらず名前だけは胡散臭いその部活も、少しずつ学校の中に居場所を作り始めていた。

もっとも、だからといって毎日大事件が舞い込むわけではない。


「……暇だ」


藤野が机に頬杖をついたまま呟く。


「暇だな!」

朝日奈が無駄に元気よく復唱した。

「ヒーローが暇だということは、世界が平和な証拠だ!」


「顔は不満そう」

凪沙がくすっと笑う。


最近、やはり凪沙はよく笑うようになった。

その笑顔が部室の空気を少しやわらかくしていることに、藤野は気づいていた。別に口には出さないけれど。


灰薔薇は窓際の席に座り、脚を組んだまま手元の本に視線を落としている。相変わらず愛想はなく、部活に馴染んでいるのかいないのかも、いまひとつ分からない。

ただ、完全に来なくなるわけでもないあたり、本人なりにここにいる理由はあるのだろう。


…少なくとも、あの廃ビルで水の力を使ったことには、まだ気づかれていないようで、藤野はひそかに安堵していた。


「依頼も来ないしな」

藤野がぼそりと言う。

「チラシ、もう少しまともにしたら?」


「なにを言う! あのデザインこそ、正義と浪漫の融合だぞ!」

「浪漫が邪魔なんだよ」

「フジくん今日も辛辣だね」

「今日もじゃない」


いつものようなやりとりに、凪沙が肩を揺らして笑う。


「次は白崎に描いてもらうか」

「おお、それは名案だ! 凪沙くんは絵が上手だからな!」

朝日奈がぱっと顔を輝かせる。

「ふふ、今度ね」

凪沙も少しうれしそうに笑った。


すると、朝日奈がふいに椅子を引いて立ち上がり、勢いよく窓のほうを向いた。

「よし! こんな時こそ自主的な人助けだ! 校内を見回り、困っている者を――」


ガラッ。


その時、部室の扉が勢いよく開いた。

朝日奈がびくっと肩を揺らす。


入り口に立っていたのは、生徒会長・御堂直文だった。


きっちりと着こなされた制服。

隙のない立ち姿。

いかにも真面目で、いかにも忙しそうで、いかにも朝日奈と相性が悪そうな男。


その姿を見た瞬間、朝日奈が大げさに後ずさった。


「くっ……来たか……! 我ら××部の宿敵、生徒会長ォ……!」

「違う、むしろ逆だ」

御堂は即座に言った。

「え?」

「頼みたいことがある」


朝日奈がきょとんと目を瞬く。


藤野は嫌な予感しかしなかった。

凪沙は少し面白そうに眺めている。

灰薔薇だけが、つまらなそうに御堂を見た。


御堂はため息をひとつつき、部室の中へ入ってくる。


「少し時間をもらえるか」

「もちろんだとも! 困っている人を助けるのが我々の――」

「今のところ一番困っているのはこちらだ」

御堂が真顔で言う。


一瞬、部屋が静まり返った。


凪沙が吹き出す。


「ふふ……」

「なんで笑うんだい、凪沙くん」

「いや、なんか、言い方がちょっと面白くて」


御堂は額に手を当てた。


「弓道部の大会が近いんだ」

「弓道部?」

藤野が眉を上げる。


「御堂会長、弓道部部長でもあるんだよね」

凪沙が言う。


御堂は頷いた。

「その準備と、生徒会の業務が重なっていてな。正直、人手が足りない」

「ほう」

朝日奈が腕を組み、急にそれらしい顔になる。


御堂は続けた。

「君たちの活動理念は“困っている人を助ける”だったはずだ」

「うむ!」

「なら、力を貸してほしい」


その言葉に、朝日奈の顔がぱっと明るくなる。


「これもヒーロー活動か!!」

「まあ、そうなるのかな」

凪沙が苦笑する。

「なんか何でも屋みたいになってきてるね」

「何を今さら」

藤野が言った。


灰薔薇は椅子に深く腰掛けたまま、露骨に興味を失った顔をしている。


御堂はそんな反応を気にせず、必要事項だけを淡々と並べた。


「資料整理、備品運び、掲示物の張り替え、部活動関連の雑務。派手な仕事はないが、手伝ってもらえると助かる」

「地道だな……」

藤野がぼそっと言う。


「地道な仕事を誰かがやっているから、学校は回るんだ」

御堂の返しはやけに現実的だった。


朝日奈は力強く頷く。


「よし、引き受けよう! 困っている生徒会長を見捨てるわけにはいかない!」

「お前、さっきまで宿敵扱いしてただろ」

「それとこれとは別だ!」

「便利な頭だねえ」

凪沙がくすりと笑う。


御堂はようやく少しだけ表情をゆるめた。


「助かる」

その一言だけが、妙に本音っぽかった。


そして、部室の後方へ目を向ける。


「それと、書記にも手伝いの割り振りを頼んである」

「書記?」

藤野が聞き返した、その時。

再び扉が開いた。


「こんにちは」


穏やかな声と一緒に入ってきたのは、ひとりの女子生徒だった。


霞のような淡い色の長い髪。

下ろしているが、片側だけ少し編み込まれていて、それがそのままやわらかな印象になっている。

整った所作に、控えめな笑み。

礼儀正しく、落ち着いていて、いかにも生徒会の人間らしい雰囲気だった。


「生徒会書記の薄氷華澄です」

彼女は丁寧に頭を下げる。

「本日はよろしくお願いしますね」


「よろしく!」

朝日奈が元気よく返す。

「よろしくお願いします」

凪沙も愛想よく微笑む。

藤野も一応、小さく頭を下げた。


だが、その瞬間。


華澄の瞳の奥に、ほんの一瞬だけ、氷みたいな冷たいものが光った気がした。

「……?」

藤野は思わず目を細める。


気のせいかもしれない。

ほんの一瞬だったし、相手はすぐに穏やかな笑みに戻っていた。


「それじゃあ、さっそくお願いしてもいいですか?」

華澄がやわらかく言う。

「人手が増えると、本当に助かるんです」


朝日奈はなぜか胸を張った。


「任せたまえ! ××部、総力を挙げて生徒会を救ってみせよう!」

「救わなくていい、手伝ってくれればいい」

御堂が即座に訂正する。


凪沙が笑い、藤野がため息をつき、灰薔薇だけが変わらず面倒そうな顔をしていた。

そんなわけで、何とも言えない四人の雑用手伝いが始まることになった。


***


こうして、××部と二人の生徒会役員は廊下を進んでいた。

そのとき、生徒会室からひとりの男子生徒が出てきたのが見えた。


長い髪がさらりと揺れる。

整った横顔。背筋の伸びた歩き方。ひどく人目を引くのに、本人はそれを当然のものとして受け入れていそうな雰囲気があった。


藤野は、不思議とどこか見覚えがあるような気がした。


朝日奈が、その背中に一瞬だけ目を留める。

けれど相手は、こちらに一瞥もくれないまま去っていった。


御堂が何気なく言った。

「彼は副会長だ」


凪沙がその姿を目で追う。

「知ってます。みんなから“王子先輩”って呼ばれてますよね」

「へえ」

藤野が小さく呟く。


朝日奈は何も言わなかった。

ただ、ほんの一瞬だけその表情が止まったのを、藤野は見逃さなかった。


「どうかしたか」

御堂が訊く。


「いや! なんでもないさ!」


朝日奈はいつもの笑顔を浮かべる。


その返答が本当に“なんでもない”ものには見えなかったが、御堂は深く追及しなかった。


「作業はここから分担する」

そう言って手元のメモを確認する。


「……と言いたいところだが、その前にここの備品の仕分けだけ手伝ってくれ。これだけでも片づけばだいぶ違う」


生徒会室へ入ると、机の上にも床にも、備品や書類の束が雑多に積み上がっていた。

使いかけの文房具、予備のファイル、去年の行事で使ったらしい札、段ボールに詰め込まれたままの掲示用品。


「うわ……」

凪沙が思わず声を漏らす。

「思ったよりちゃんと大変そう」


「だから人手が欲しいと言ったんだ」

御堂が淡々と返す。


「悪いが俺はこれから弓道部の練習だ。後は頼むぞ、薄氷」


「はい、御堂先輩」


華澄はにこりと笑う。


「よし! では始めよう!」

朝日奈が張り切って箱を引き寄せる。

「正義の仕分けタイムだ!!」

「なんだよそれ」

藤野が呆れる。


華澄は苦笑しながら、机の上の紙を揃え始めた。

「文房具はこっち、掲示物はあっち、使わないものはこの箱へお願いします」

「了解です!」

凪沙が軽い調子で返す。


藤野は無言でガムテープとクリアファイルを分けていく。

朝日奈は「おお、ホチキスの芯がこんなに!」だの「この札はまだ使えるのでは!?」だの、いちいち声が大きい。

その隣で、灰薔薇は露骨に嫌そうな顔をしながらも、一応は手を動かしていた。


「……俺は何をさせられているんだ」

「雑用」

藤野が即答する。

「実に夢のない返答だな」

「事実だろ」

「でも意外とちゃんとしてるね、灰薔薇くん」

凪沙が言う。

「ファイル揃えるの上手」

「褒められても嬉しくない」

「はいはい」


朝日奈がそんな灰薔薇を振り返り、妙に嬉しそうに笑った。


「ふふふ、どうだ灰薔薇くん! こうして皆で汗を流すのも悪くないだろう!」

「汗を流しているのは貴様だけだ」

「細かいことは気にしない!」

「お前が気にしろ」

藤野が言う。


そのやり取りを、華澄はときおりどこか遠くを見るような目で見つめていた。

そんなふうにして、五人での雑用はしばらく続いた。


けれど十分ほど経った頃、灰薔薇がふと手を止めた。


「……くだらん」

「言うと思った」

藤野がぼそっと言う。


灰薔薇は机の上の備品を見下ろし、露骨に興味を失った顔をする。


「こんなものに付き合う義理はない」

「一応、入部したんだよね?」

凪沙が言う。

「入ったが来るとは言ってない」


朝日奈が「むっ」と眉を上げる。


「灰薔薇くん! 人助けに大小はないのだぞ!」

「生徒会の使い走りが人助けか?」

「困っている人間がいるなら、立派な人助けだ!」

「……貴様は本気でそれを言っているのか」

「もちろんだとも!」


灰薔薇は一瞬だけ朝日奈を見たあと、小さく鼻を鳴らした。


「……理解できん」


そう言って踵を返す。


「今日は帰る」

「えっ、本当に?」

凪沙が目を丸くする。


「時間の無駄だ」

それだけ言い残し、灰薔薇は生徒会室を出ていった。


扉が閉まり、少しだけ静けさが落ちる。

「ほんとに帰った……」

凪沙が呟く。

「まあ、あいつらしいけど」

藤野が言う。


華澄は小さく咳払いすると、手元のメモを見直した。


「ここもあらかた片付きましたし、そろそろ分担しましょうか」


そう言って、朝日奈の方を見る。

「朝日奈さんは、こちらへ」

「うむ!」


華澄は生徒会室の裏手へ続く廊下を指した。

「ここの配線なんですけど、どうも最近少し不安定で。照明が落ちたり、電圧が足りなかったりしていて」

「なるほど! そこでオレの出番というわけだな!」

「ええ。朝日奈さん、“電気人間”なんですよね?」

「そうだとも! オレにお任せあれ!!!」


朝日奈がひとりで勝手に盛り上がる。


藤野は嫌な予感しかしなかった。


「おい、大丈夫かそれ」


「大丈夫ですよ」

華澄は穏やかに笑う。

「たぶん」

「最後の一言が不穏なんだけど」

凪沙が言う。


「それじゃあ、藤野さんと白崎さんは私物庫の先を右に曲がった資料室へお願いします。作業内容はこのメモを見れば大体わかるかと」

「はいはい」

藤野がだるそうに紙片を受け取る。

「フジくん、がんばろ」

凪沙が笑った。


朝日奈はすでに華澄の示した配電盤の前に立ち、やる気満々で腕まくりしている。


「さあ! どこへ流せばいい!?」

「ええと、この辺りに少しだけお願いします」

「少しだけだな! 任せたまえ!」

華澄はわずかに不安そうな顔をする。

「本当に少しだけでお願いしますね……?」


***


その声を背に、藤野と凪沙は資料室へ向かって歩き出した。


廊下の突き当たり、薄暗い一角にある古びた扉。

小さなプレートには『資料室』とある。


凪沙がその前で足を止めた。


「……なんか、入る前から埃っぽそう」

「見ただけで分かるな」

藤野が言う。


ガチャ、と扉を開ける。


中には古い段ボールやファイル棚が所狭しと並んでいた。

紙とインクと、長年閉じ込められてきた埃の匂いがふわっと漂う。


「うわ……」

凪沙が顔をしかめる。

「これは、思ったより本格的かも」

「御堂会長の言い方からして、嫌な予感はしてた」

藤野が棚を見上げながら言う。


「これ、ほんとに今日中に終わるのかな」


凪沙が小さくため息をついた。


藤野は華澄から渡されたメモに目を落とす。


「“棚の左半分にある旧生徒会資料を年度ごとに分けて、不要なものは箱へ。右側の備品は種類別に整理”……」


「うわ、ちゃんとしてる」

「ちゃんとしてるな……」

藤野は少しだけうんざりした顔をした。


凪沙はそんな彼の横で、くすっと笑う。


「フジくん、なんかこういうの得意そう」

「なんだよその偏見」

「だって細かい作業してても絶対雑にならなそう」

「……雑にはしないけど」

「ほら」


凪沙はそう言って、近くの段ボールをひとつ持ち上げた。

予想より重かったのか、少しだけよろける。


「っと」

「無理すんな、白崎」

藤野が即座にその箱の底を支えた。


「ありがと」

「別に」

「そういう“別に”って、だいたい優しい人が言うやつだよね」

「そうか?」

凪沙は肩を揺らして笑い、そのまま箱を机代わりの空き棚に置いた。


二人はしばらく黙々と作業を続けた。


紙を揃える音。

ファイルを並べ替える音。


時々、凪沙が「これいるのかな」「絶対いらないでしょこれ」と呟き、藤野が「捨てるな、確認しろ」と淡々と返す。


その静かな時間が、妙に落ち着いた。


「ねえ、フジくん」


凪沙が不意に言った。


「なに」


「この前から、ちょっと聞こうと思ってたんだけど」


藤野の手が止まる。

凪沙は棚の中を見たまま、でも声だけは思ったより真っ直ぐだった。


「フジくんの力のこと、聞いてもいい?」


藤野は少しだけ目を伏せた。


資料室の空気は静かだった。

遠くで誰かが走る足音がして、それもすぐに消える。

ここだけ、妙に切り離されたみたいだ。


「……なんで」


「気になったから」

凪沙は言う。

「嫌なら、別に無理して話さなくていいよ」


その言い方が、少しずるいと思った。

踏み込んでくるようでいて、逃げ道も残してくる。

藤野は少し黙ったあと、小さく息を吐いた。


「……川で事故にあって」

「うん」

「そのあとだよ。力が出るようになったの」


凪沙は茶化さなかった。

急かしもしない。

ただ、静かに聞いている。


「それから、あまり物に触るのが好きじゃなくなった」


藤野は手元のファイルを見たまま言う。


「大事なものほど、なんか……触りたくなくなる」


凪沙は少しだけ首を傾けた。


「壊しちゃいそうで?」

「……まあ、そんな感じ」

藤野は短く答える。


本当はそれだけじゃない。

でも、今ここで全部言う気にはなれなかった。

それでも、不思議と黙り込むことは怖くなかった。


凪沙は棚にもたれ、少し考えるように目を細めた。


「わたし、この前フジくんの力ちゃんと見た時」

「……」

「ちょっと、きれいだなって思った」


藤野が顔を上げる。

凪沙は少し照れたように笑った。


「鉄の棒が、あんなふうにすっと水になるの」

「きれいっていうか、変だろ」

「変だけど」

凪沙は肩をすくめる。


「なんていうか……こわいっていうより、静かで」

「……」

「うまく言えないけど、フジくんっぽい力だなって思った」


その言葉に、藤野は返事ができなかった。

自分ではずっと、面倒で、厄介で、なるべく人に知られたくない力だと思っていた。

なのに、そんな言い方をされると、少しだけどこかが緩む。


「……ちょっと無責任かな」

凪沙がやわらかく笑う。

「本人が嫌がってる力を、勝手にきれいとか言うの」


「いや……」

藤野は言いかけて、言葉を探した。


「別に、……そういうの、言われたことなかったから」


凪沙は目を丸くしたあと、ふっと笑った。


「そっか」

「……うん」


その時だった。


棚の上に積まれていた段ボールが、ぐらりと傾いた。


「っ」

凪沙が息を呑む。


一つだけじゃない。

その後ろにあった箱まで連鎖して、ずるりと滑る。


「白崎!」


藤野がとっさに手を伸ばした。

はめたままの手袋越しに、段ボールの角を掴む。


次の瞬間。


ばしゃあああっ!!


箱と、それを包んでいた手袋ごと、輪郭がするりとほどける。

中に詰まっていた古い書類が一気に崩れ、弾けた水しぶきと一緒に二人へ降りかかった。


「きゃっ……!」

凪沙が肩をすくめる。


藤野も思いきり水を浴びて、一瞬目を閉じた。


「……っ、セーフ」

「セーフじゃないでしょこれ」


凪沙が自分の前髪から雫を払う。


けれど次の瞬間、耐えきれなくなったみたいに吹き出した。


「ふふっ……あはは!」


「……なんで笑うんだよ」


「だって、急に全部水になるの、反則すぎるって……!」


藤野も少しだけ口元を緩める。


「……ははっ」


気づけば、ほんのわずかに声が漏れていた。

凪沙はそんな藤野を見て、また笑う。


その時、藤野ははっとして視線を逸らした。


水を吸った制服が、凪沙の肩口に張りついている。

本人は気づいていないのか、まだ笑ったままだ。

藤野は無言で自分のジャケットを脱ぐと、凪沙の肩にかけた。


「え」

「……そのままだと寒いだろ」

「……ありがと」


凪沙が少しだけ目を細める。

藤野は気まずそうに顔を逸らした。


「別に」

「またそれ」

「うるさい」


少しだけ静かな空気が落ちた。

でも、さっきまでの気まずさとは違う。


妙にあたたかくて、落ち着かないような、それでいて嫌じゃない沈黙だった。


凪沙が足元の水たまりを見て、ふっと笑う。


「生徒会長の荷物、ダメにしちゃったね」

「……やば」

藤野が短く呟く。

「わりと本気で怒られるやつだ」


「一緒に怒られにいこっか」

凪沙がにこっと笑う。


藤野は少しだけ目をそらしてから、小さく言った。


「……ありがとう」

「うん」


***


その頃、生徒会室の裏手では、華澄が固唾をのんで見守っていた。

朝日奈は配電盤を前に、得意げに胸を張る。


「なに、安心したまえ! 電気ならオレの専門分野だ!」


ばちちっ、と青白い火花が散った。


華澄が目を丸くする。

「すごい……本当に電気が回復していきます」

「ははっ、もっと流してやります!」

「ちょ、朝日奈さん、もう十分ですってば!」

「まだいけるいけるいける!!」


バチバチバチバチッ!!


さっきより明らかに出力が上がる。

配電盤の奥で、何かが嫌な音を立てた。

華澄の顔が引きつる。


「朝日奈さん、待って、それ以上は――」


ドカァン!!


次の瞬間、裏手の廊下に派手な爆発音が響いた。


「きゃああああっ!!」


華澄の悲鳴が上がる。



しばらくして。


弓道部の練習を終えた御堂が生徒会室へ戻ってくると、そこにはひどく見覚えのない光景が広がっていた。


資料室帰りらしい、びしょ濡れの藤野と凪沙。

髪の毛がもこもこに爆発し、見事なアフロになった華澄。

そして、その横で「すまない薄氷先輩……!」と本気でしょんぼりしている朝日奈。


「……」


御堂はしばらく何も言わなかった。

言葉を探しているというより、現実を受け入れるのに時間がかかっているようだった。


やがて、深いため息が落ちる。


「もう二度と君たちに仕事は頼まない……」


「すみません……」

藤野が珍しく素直に頭を下げた。

「そ、そんなーーーー!!」

朝日奈が悲鳴を上げる。


御堂はこめかみを押さえたまま、びしょ濡れの二人に目を向けた。


「……で、そこの君たちは、なぜそんなに濡れてるんだい? 雨でも降ったのか?」


その問いに、凪沙がふっと笑う。

藤野もつられて小さく息を漏らした。


「ふふっ」

「……ははっ」


なぜか楽しそうに笑い合う二人を見て、御堂の表情がさらに疲れる。


「……聞かない方がよさそうだな」


「そうかもしれません」


華澄がアフロのまま静かに言った。


生徒会長の憂鬱は、しばらく続きそうだった。

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