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第6話 電気を喰らう灰

朝日奈が反射的に身を引く。

すると、その頬すれすれを灰の刃のようなものが薙いだ。


バチッ、と火花が散る。


「ほう」

灰薔薇が低く言った。

「避けるか」


朝日奈は数歩下がり、灰の舞う廊下の奥で灰薔薇を見据えた。


「……やっぱり、そう来たか」

その声から、いつもの軽さが少しだけ消えている。


灰薔薇は片手を掲げたまま、薄く笑った。


「最初から怪しんでいたくせに、随分と無防備だったな」

「無防備じゃないさ」

朝日奈は肩をすくめる。

「君が本当にその気なら、どこかで来ると思っていた」


灰色の粒子が、灰薔薇の周囲をゆっくり巡る。


「なら、どうして二人を逃がした?」

「逃がしたんじゃない」

朝日奈の目が細くなる。

「君を、あの二人と一緒にしたくなかっただけだ」


その一言に、灰薔薇の口元の笑みがわずかに深くなった。


「……なるほど。ヒーロー気取りにしては、ちゃんと考えてるらしい」

「気取りじゃない。ヒーローだ」

「ふん」


灰薔薇の手が静かに振られる。


次の瞬間、廊下に漂っていた灰が一斉に朝日奈へ襲いかかった。


バチィッ!!


朝日奈がとっさに電撃を走らせる。

青白い火花が灰の群れを貫き、一瞬だけその軌道を乱した。


だが、完全には消えない。


散ったはずの灰は空中でゆらぎ、電流を受け流すように広がっていく。


「……っ」

朝日奈が眉をひそめる。


「どうした」

灰薔薇が淡々と言う。

「その程度か?」


朝日奈は答えず、床を蹴った。


一気に距離を詰める。

正面突破。

いつものように、最短で叩き潰すつもりだった。


けれど、灰薔薇の前にたどり着く寸前で、視界に灰色の膜が割り込んだ。


ざら、と嫌な音がする。


電気が、散る。


「なに……!?」

朝日奈の放った火花が、灰の中で分散し、細かい光の粒になって消えていった。


灰薔薇はわずかに顎を上げる。


「電気は派手でいい」

その声音は妙に静かだった。

「だが、散らせば脅威は薄れる」


朝日奈は舌打ちし、すぐに後ろへ跳ぶ。


その足元に灰が滑り込み、床を擦る。

次の瞬間、小さな爆ぜる音とともに、そこから火花が弾けた。


ドンッ、と鈍い衝撃。


「うおっ!?」

朝日奈が腕で顔をかばう。


廊下の壁が揺れ、古びた窓ガラスがびりびりと震えた。


「爆発までできるのか」

「少しな」

灰薔薇はそっけなく言う。

「貴様の電気を利用すれば、いくらでもやりようはある」


朝日奈は腕を下ろし、じっと灰薔薇を見た。


「……灰は電気を殺す、か」

「やっと理解したか」

「いや、面白いと思ってね」

「は?」

「君の能力だよ。暗くて、陰湿で、実に嫌な感じだ」

「貴様……!」


灰薔薇の額に青筋が浮く。


朝日奈はにっと笑った。


「だが、悪くない!」

「……」

「少なくとも、ただの嫌味な転校生ではなかったわけだ!」

「それを褒め言葉だと思ってるなら、頭がおかしいな」

「よく言われる!」


灰薔薇は深く息を吐いた。

その仕草には、呆れと苛立ちが半々に混じっている。


そして次の瞬間、灰がさらに濃く渦を巻いた。


今度は量が違う。


廊下の床も、壁も、天井近くも。

あらゆるところに灰色の塵が漂い、まるで朝日奈を包囲する霧みたいに広がっていく。


バチッ、と朝日奈の指先に電気が集まる。


「……本気で来る気か」

「試しているだけだ」

灰薔薇は言う。

「貴様がどこまで“本物”なのか」


その言葉に、朝日奈の笑みがわずかに薄れた。


「何を知ってる?」

「さあな」

「灰黒重工の名を出して揺さぶってきたのも、そのためか?」

「……」


灰薔薇は答えない。


その沈黙が、逆に答えみたいだった。


朝日奈の声が少し低くなる。


「君、誰に何を聞いた?」

「誰に、ね」

灰薔薇は小さく繰り返す。

「それを今ここで素直に話すと思うか?」


ざあっ、と灰がうねる。


朝日奈は一気に地を蹴った。


今度は電撃を前面に広げながら突っ込む。

通路の幅いっぱいに青白い光が走り、灰の膜を無理やり押し広げた。


「っ……!」

灰薔薇が初めて表情を変える。


完全には殺しきれない。

灰で散らしても、受けきれないほどの出力。


朝日奈の本来の電力は、こんなものでは済まない。

だが、それでもなお十分すぎる圧だった。


灰薔薇は咄嗟に後退し、舞わせた灰を盾のように重ねる。


バチバチバチッ!!


電流が灰を貫き、散り、なお前へ進む。


「くっ……!」

灰薔薇の腕が小さく震えた。


電気を纏った朝日奈の拳が目前まで迫る。


灰薔薇はとっさに床へ灰を滑らせ、小さな爆発を起こして身をずらした。

その衝撃で朝日奈の一撃は壁を掠める。


ドゴッ、と重い音。


コンクリートにひびが入る。


灰薔薇の目が見開かれた。


「……っ」

今のは、まともに受ければ終わっていた。


朝日奈はゆっくり振り返る。


「灰薔薇くん」

その声は静かだった。

「君は、オレと戦うには足りてない」


灰薔薇は唇を噛む。


悔しさと、焦りと、そして別の何か。

その全部が目の奥で揺れていた。


それでも視線だけは逸らさない。


「……やはり、健在なのか」

「?」

「朝日奈零――“01《ゼロワン》”」


その瞬間。


朝日奈の表情が、はっきり変わった。


いつもの明るさが、すっと消える。

笑みも、軽さも、全部引いて、代わりにひどく冷たい目だけが残る。


「……今、なんて言った?」

低い声だった。


灰薔薇は荒くなった呼吸を押さえ込みながら、なお朝日奈を見上げる。


「“01”」

わざと確かめるように、ゆっくり言う。

「やはり貴様が――」


その先を言い切る前に、朝日奈の足元で電気が爆ぜた。


バチッ!!


一瞬で距離が詰まる。


灰薔薇が反応するより早く、朝日奈の手がその喉元すれすれで止まった。

掴んではいない。

触れてもいない。


けれど、あと数センチでも動けば終わると分かる距離だった。


灰薔薇の背に冷たい汗が伝う。


「……続きは?」

朝日奈が言う。

その声には、怒りとも違う、底の見えない静けさがあった。


灰薔薇は息を詰める。


ここで一歩でも踏み違えれば、自分は本当に終わる。

本能でそう理解した。


長い沈黙が落ちた。


そのとき、廊下の向こうから、ばたばたと駆けてくる足音が近づいていた。

藤野たちが戻ってきたのだと分かる。


やがて朝日奈は、ふっと手を引く。


そして一歩下がった。


「……まだ分からないか?」

「……なに」

「オレは最初から、お前を壊す気で戦ってない」


灰薔薇が目を見開く。


朝日奈はもう、さっきまでの冷たい顔をしていなかった。

少しだけ疲れたように目を細め、それでも真正面から灰薔薇を見ている。


「もう戦う気がない相手を、これ以上傷つける理由はない」

「……っ」

「オレは人を倒したいんじゃない。止めたいだけだ」


灰薔薇の喉が小さく鳴る。


敗北だった。


力でも。

間合いでも。

覚悟でも。


何より、在り方そのもので負けた気がした。


その時、廊下の向こうから足音が駆けてくる。


「ヒナくん!」

凪沙の声だった。

続いて、藤野の靴音。


朝日奈はそちらへ軽く手を振る。


「ああ、こっちは今さっき決着がついたよ!」

「決着?」

藤野が駆け寄って眉をひそめる。


視線の先には、壁際に膝をついた灰薔薇。

頬に汗を滲ませ、肩で息をしている。


凪沙も目を丸くした。


「え、なにこれ」

「すごい音してたけど……」

「大丈夫?? ふたりとも」


朝日奈はいつもの調子に戻ったみたいに笑った。


「問題ない! 少々体験入部が激しくなっただけだ!」

「お前の“少々”は信用ならないんだよ」

藤野が呆れたように言う。


それから、灰薔薇へ視線を向ける。


「……で?」

灰薔薇は何も答えない。


朝日奈はそんな彼を見下ろし、妙に明るく言った。


「それで、まだ××部に入りたいかい?」

「……は?」

藤野が振り向く。

「歓迎するよ。灰薔薇燐くん」

「おい」


朝日奈は笑っていた。

けれどその笑顔は、藤野たちに向けるいつもの無防備なものとは、どこか少しだけ違っていた。


凪沙もさすがに目を瞬く。


「いや、ちょっと待って。今の流れで?」

「うむ!」

朝日奈は胸を張った。

「彼もまた、悩める若者なのだろう!」

「雑すぎるだろ」

「雑かな?」

「雑だよ」


灰薔薇はしばらく無言だった。


その視線は朝日奈だけを見ていた。

悔しさも、警戒も、まだ消えていない。

けれど、その奥に、別の熱が混じっている。


認めたくはない。

だが、目を離せない。


そんな感情が、喉元で引っかかっているみたいだった。


「……」

灰薔薇はゆっくり立ち上がる。


「今日は帰る」

それだけ言って、三人の横を通り過ぎた。


藤野が振り返る。


「おい」

灰薔薇は足を止めない。

ただ、背中越しに小さく言った。


「……答えは、明日だ」


夕方の光の中へ、灰薔薇の背が溶けていく。


朝日奈はその背中を見送りながら、どこか楽しそうに笑った。


「ふむ」

「いや、ふむじゃないだろ」

藤野が即座に言う。

「お前、ほんと何考えてんだ」

「なに、簡単なことだ」

朝日奈はにっと笑う。

「彼はきっと、悪い奴ではない!」

「どこをどう見てそうなるんだよ……」

「ヒナくん、たまにそういうとこすごいよね」

凪沙が半分呆れ、半分笑う。


けれど藤野は、灰薔薇の消えた廊下の先をしばらく見つめたままだった。


悪い予感しかしない。


なのに朝日奈は、それすらも受け入れるみたいに笑っている。


その笑顔が、少しだけ眩しくて。

少しだけ、腹立たしかった。


***


少し前。

藤野と凪沙は、薄暗い階段を駆け上がっていた。

さっき助けた少年は、ひとまず安全な経路から外へ逃がしてある。


古びたコンクリートの壁に、二人分の足音が反響する。

上へ行くほど空気は埃っぽく、湿ったにおいが濃くなっていく。


「……やっぱ怪しいよね、あいつ」

凪沙が小声で言う。


「今さらかよ」

藤野は前を見たまま返した。

「朝日奈も分かってる。だから自分の方に置いたんだろ」

「だよね」


そう言った直後だった。


下の階から、凄まじい衝撃音が響いた。


ドンッ!! と、建物そのものが震えるような重い音。

続けて、バチバチと何かが弾けるような音まで混じる。


二人の足が止まる。


「……っ」

凪沙が振り返る。

「今の、ヒナくんたちの方……?」


藤野も顔をしかめた。


間違いなく、ただ事じゃない音だった。

朝日奈が何かやらかしたのか、それとも――灰薔薇が動いたのか。


一瞬だけ、踵を返しかける。


けれど、その時。


上の階の奥から、誰かの短い悲鳴が聞こえた。


「……!」

凪沙の表情が変わる。


藤野は舌打ちしたい衝動を押さえ込んだ。


「……今はこっちだ」

「うん」

凪沙もすぐに頷く。


朝日奈のことは気になる。

気になるが、あいつは一人でも戦える。

でも、今この瞬間に助けを必要としている誰かが上にいるなら、後回しにはできない。


二人は視線を交わすと、そのままさらに上へ駆けた。


廊下へ出る。


そこでは、二人の男が作業員風の中年男を壁際へ追い詰めていた。

床にはひっくり返った工具箱。

散らばった工具のそばで、男の一人が鉄パイプを振り上げている。


「待て!」

藤野が叫ぶ。


男たちが一斉に振り向く。


「なんだよ、ガキか」

「今日はついてねえな」


凪沙はすぐに状況を見た。

相手は二人。手に得物あり。

追い詰められている男は腰が抜けていて、逃げられそうにない。


「フジくん!」

「分かってる」


男が鉄パイプを振り下ろすより早く、藤野は手袋を外して踏み込んだ。


指先が、鉄パイプに触れる。


ばしゃっ。


鈍い金属音の代わりに、水の落ちる音が響いた。


「……は?」

男が目を見開く。


握っていたはずの鉄パイプは途中から形を失い、水となって床に崩れ落ちていた。


「なっ、なんだよこれ……!」

「動くな」


藤野が低く言う。


もう一人の男が慌てて近くの工具箱へ手を伸ばす。

だが、その前に藤野が視線を向けた。


「それもやめろ」


工具箱の留め具が水に変わり、中身が床へばらばらと散らばった。


「うわっ!?」

「意味わかんねえ!」


男たちは完全に怯んだらしい。

二人そろって後ずさり、そのまま逃げるように廊下の奥へ消えていった。


静けさが戻る。


凪沙はすぐに中年男のそばへ駆け寄った。


「大丈夫ですか?」

「た、助かった……」

「立てる? どこか怪我してない?」

「足、ちょっと打ったけど……なんとか……」


凪沙はその人を支えながら、ちらりと藤野を見る。


床には、鉄パイプだった水が広がっていた。

藤野は手袋を握りしめたまま、少しだけ視線を逸らしている。


「……フジくん」

「なに」

ぶっきらぼうな声だった。


凪沙は少しだけ目を丸くしたあと、ふっと笑った。


「ちゃんと見るの、初めてかも」

「……」

「フジくんの力」


藤野は眉をひそめる。


「大したもんじゃない」

「そうかな」

凪沙は静かに言う。

「今、ちゃんと助かったよ」


中年男も何度も頷いた。


「ほんとに……ありがとう……」

「別に」

藤野は短く返す。

「間に合っただけだ」


その時、また下の階から音が響いた。


さっきよりも大きい。

壁を叩き割るみたいな、重く鋭い衝撃音。


凪沙と藤野が同時に振り返る。


「……やっぱり、ヒナくんの方」

「だろうな」


藤野の顔が険しくなる。


ただの喧嘩じゃない。

あれはもっと、本気の音だ。


凪沙も唇を引き結んだ。


「この人、ひとりで下りられるかな」

「階段までは行けます……! 警備員、呼びますから……!」

「……分かった」


藤野は短く頷いた。


「じゃあ、今度こそ下だ」

「うん!」


二人はほとんど同時に駆け出した。


下の階で何が起きているのか。

もう、考えるまでもなかった。


***


結局、あの廃ビルでの騒ぎは大事には至らなかった。


藤野と凪沙が上の階で保護した作業員も、軽い打撲だけで済んだらしい。

逃げた男たちも、その後駆けつけた警備員に捕まり、あっけないほど早く騒ぎは収まった。


表向きには、ただの小さなトラブル。

新聞沙汰になるような事件でもなく、翌日には学校でもほとんど話題になっていなかった。


けれど、藤野の中には妙な引っかかりだけが残っていた。


灰薔薇燐。


あの男は明らかに朝日奈を狙っていた。

しかも、ただ喧嘩を売ったわけじゃない。

何かを知っていて、何かを確かめようとしていた。


朝日奈は結局、その件について多くを語らなかった。


「まあまあ、色々あったが結果オーライだ!」

だの

「新たな友情の芽生えというやつかもしれないな!」

だの、

いつもの調子で笑ってごまかすばかりだった。


藤野は納得していなかったし、凪沙もたぶん同じだった。

ただ、あの場で灰薔薇を拒絶しなかったのが朝日奈である以上、今は見ているしかないのだと分かっていた。


そして翌朝。


藤野が机に頬杖をついてぼんやりしていると、教室が少しざわついた。


「きたきた」

「なんか毎日目立つな、あの転校生」

「ていうか今日も顔いいな……」


その声に、藤野は嫌な予感を覚えながら顔を上げる。


やっぱり、だった。


教室の入口から入ってきたのは灰薔薇燐だった。


相変わらず隙のない制服姿。

相変わらず、人を見下ろしているような、澄ました顔。

堂々とした態度で、まっすぐこちらへ歩いてくる。


「……来た」

藤野がぼそっと呟く。


「ん?」

朝日奈が顔を上げる。

その隣で、凪沙も「あ」と声を漏らした。


灰薔薇は三人の机の前で足を止めた。


そして、無言のまま一枚の紙を差し出す。


「……これは」

朝日奈が受け取り、目を落とす。


次の瞬間、その目がかっと見開かれた。


「入部届!!」

「は?」

藤野が思わず素っ頓狂な声を出す。


朝日奈が勢いよく立ち上がる。


「灰薔薇くん!! まさか本当に入るとは!!」

「俺も驚いてる」

藤野が即座に言った。


凪沙も目を丸くしている。


「え……ほんとに?」

「そう書いてあるだろう」

灰薔薇は淡々と答えた。

「文字が読めないのか?」


「そういう言い方……」

凪沙が半眼になる。


藤野は入部届を覗き込んだ。


ちゃんと名前が書いてある。

灰薔薇燐。

保護者欄まで抜かりなく埋まっていた。


偽物でも冗談でもない。

本気だ。


「……まさか本当に入るとは……」

藤野が低く言う。


灰薔薇はそんな反応を気にも留めず、少しだけ顎を上げた。


「言っただろう。興味があると」

「どう考えてもそれだけじゃないだろ」

「それを証明する義務が俺にあるのか?」

「あるだろ、むしろ」

「フジくん、落ち着いて」

凪沙が小さくたしなめる。


朝日奈はそんな二人の間に割って入るように、ぱあっと顔を輝かせた。


「ようこそ灰薔薇くん!! 我らが××部へ!!」

「まだ受理してない」

藤野が冷たく言う。

「では受理しよう!」

「軽いな……」

「軽すぎるよね」

凪沙も苦笑する。


けれど朝日奈はまったく意に介さない様子で、嬉しそうに入部届を掲げた。


「これで我が××部はさらに戦力を増し、新たなる高みへ――」

「だから部活なんだって」

藤野が遮る。

「戦力とか言うな」


灰薔薇はそんなやり取りを黙って見ていた。


その表情は相変わらず読みにくい。

だが、完全に無関心というわけでもなかった。

とくに朝日奈へ向ける視線だけが、わずかに熱を帯びている。


藤野はそれを見逃さなかった。


「……」

やっぱり、目的は別にある。


そう確信する。


その時だった。


朝日奈と灰薔薇の視線が、ほんの一瞬だけ噛み合った。


誰にも分からないくらい短い間。

けれどそこには、昨日の続きを黙って確認し合うみたいな空気があった。


――貴様がそういうつもりなら、こちらも利用させてもらう。

そんな灰薔薇の無言が、

――望むところだ。

とでも言うような朝日奈の笑みにぶつかって、すぐに消える。


次の瞬間には、朝日奈はもういつもの調子に戻っていた。


「よし! では歓迎の意味も込めて、本日のヒーロー活動を開始しよう!」

「いや、これから授業だけど?」

凪沙が笑う。

「ヒーロー活動っていうか、いつも見回りしかしてないだろ」

藤野が言う。


灰薔薇は小さく鼻を鳴らした。


「ずいぶん原始的な活動だな」

「地道と言いたまえ!」

朝日奈が胸を張る。

「正義とは、日々の積み重ねの上に成り立つものなのだ!」

「すごいこと言ってるようで、ただの巡回なんだよな……」

藤野が呆れる。


凪沙がくすっと笑う。


「でも、賑やかにはなったね」

「うむ! 素晴らしいことだ!」

「私はまだ手放しで喜べないけど」

「フジくんも?」

「当然」


二人に警戒されているのが分かっているのか、灰薔薇はむしろ少しだけ口元を歪めた。


「安心しろ。俺も、お前たちと馴れ合うつもりはない」

「感じ悪……」

凪沙が小さく呟く。

「相変わらずだな」

藤野もため息をつく。


それでも、入部届は確かにそこにあった。

灰薔薇燐は、本当に××部へ足を踏み入れたのだ。


この日から、四人の放課後はまた少しだけ形を変えていくことになる。


誰もまだ、その先に何が待っているのか知らなかった。

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