第3話 消える足跡
放課後の生徒会室は、妙に静かだった。
窓から差し込む西日が、整然と並べられた書類の端を照らしている。
部屋の中央には長机。その奥に座る生徒会長は、いかにも「真面目」という言葉を形にしたような男だった。
御堂直文。
整った顔立ちに、きっちりとした制服の着こなし。
姿勢は正しく、視線は冷静で、年相応の高校生というより、すでにどこか大人びた空気をまとっている。
その眼差しには責任感と、普段から色々な面倒事を処理している者特有の苦労がにじんでいた。
そんな御堂の前で、朝日奈は胸を張っていた。
「――以上が、我々『超常秘密結社××部』設立の意義と今後の展望だ!」
「いや、展望ってほぼノリだっただろ」
横から藤野が小さく突っ込む。
凪沙は二人の少し後ろに立ち、生徒会室の空気にのまれないよう控えめに様子をうかがっていた。
御堂は机の上に置かれた申請書を一瞥し、ゆっくり顔を上げた。
「超常秘密結社××部、か」
「うむ!」
「まず聞くが、“××”は正式名称なのか?」
「現時点ではそうだ!」
「ふざけているのか?」
ぴしゃり、と言い切られた。
朝日奈が「むっ」と口をつぐむ。
藤野は「ほら見ろ」という顔をした。
御堂は申請書を指先で軽く叩いた。
「部の活動目的は“人助け”……それ自体は結構だ。だが、ふざけた部活の設立を易々と認めるわけにはいかない」
朝日奈が身を乗り出す。
「我々はふざけてなどいない!」
「そう見せる努力をしてから来い」
「ぐっ……」
珍しく朝日奈が言い返せずに詰まる。
御堂はそんな三人を順番に見た。
厳しい視線だったが、頭ごなしに否定しているわけではないようにも見えた。
「申請は保留にする」
「保留!?」
「正式な部として認めてほしいなら、何か実績を作れ。具体的に活動し、それが学校にとって有益であると示せば考えよう」
「実績……」
凪沙が小さく呟く。
御堂は淡々と続けた。
「地域の清掃でも、校内の手伝いでもいい。形だけの理想論ではなく、結果を持ってこい」
「なるほど……つまり、試練ということだな!」
「好きに解釈しろ」
そう言って御堂は、もう話は終わりだとでも言うように手元の書類へ視線を戻した。
朝日奈はしばらく悔しそうに唸っていたが、やがて拳を握る。
「いいだろう! その試練、受けて立つ!!」
「勝手に熱くなるなよ……」
「行くぞ二人とも! まずは実績作りだ!」
「はやいはやい」
半ば追い立てられるように生徒会室を出ながら、凪沙は最後に一度だけ振り返った。
御堂直文は、もうこちらを見ていなかった。
だが、なぜか一瞬だけ、ただの堅物な生徒会長ではないような気配を感じた。
廊下に出ると、朝日奈はすぐさま腕を組んで考え込み始めた。
「実績……実績か」
「そう簡単に都合よく困りごとなんて転がってないだろ」
「いや、ある!」
朝日奈がぱっと顔を上げる。
「困りごとがないなら、こちらから募集すればいいのだ!」
「募集?」
「学校掲示板に“お困りごと募集”の張り紙を出す! これなら全校生徒に我々の存在もアピールできる!」
「うわ、めちゃくちゃ胡散臭い」
「いいじゃん。わかりやすくて」
凪沙が少し楽しそうに笑う。
朝日奈はその一言で勢いを得たのか、びしっと人差し指を立てた。
「よし、決まりだ! 困っている人の声を聞き、それを解決する! まさに正義の組織にふさわしい第一歩!」
「名称が怪しすぎる時点で正義に見えないんだけどな……」
その日のうちに、三人は手書きの張り紙を作った。
放課後、校内の掲示板の隅に新しく貼られた一枚の紙。
『お困りごと募集!』
『超常秘密結社××部(仮)が、あなたの悩みを解決します!』
『小さなことでもお気軽にどうぞ!』
「……やっぱり胡散臭い」
藤野がぼそっと呟くと、朝日奈が首を傾げた。
「え、そうか?」
「“お気軽にどうぞ”の下に“秘密厳守”とか書いたらもっと怪しいよね」
凪沙は張り紙を覗き込みながら、
くすっと笑った。
「それだ!」
「いや、冗談だよ?」
凪沙が笑い、朝日奈が真剣に頷き、藤野がため息をつく。
そんな調子で始まった“実績作り”だったが、翌日には本当に紙が一枚、掲示板に挟まっていた。
朝日奈が一番に見つけ、大げさなくらいの声を上げる。
「来たぞ!! 依頼だ!!」
「声でか……」
「なになに?」
三人で顔を寄せる。
紙に書かれていたのは、拍子抜けするくらい素朴な相談だった。
『迷い猫を探しています。
白い足先が特徴の黒猫です。
見かけたら連絡ください』
紙の端には、小さく猫の絵まで添えてある。
たぶん依頼主が自分で描いたのだろう。少しいびつで、でも一生懸命さの伝わる絵だった。
朝日奈の目が輝く。
「猫探しか!」
「まあ、困りごとではあるな」
「ふふ、たのしそう」
「楽しいかどうかはともかく……依頼は依頼だからな」
藤野がそう言うと、朝日奈は勢いよく依頼書を掲げた。
「よし! 超常秘密結社××部、記念すべき最初の依頼だ!」
「まだ仮だけどね」
「細かいことは気にしない!」
朝日奈はその場でくるりと振り返る。
「さっそく聞き込みに行くぞ! 迷える猫を家族のもとへ帰すのだ!」
「猫相手にその言い方なんなんだよ」
藤野が呆れたように言う。
「でも、いいじゃん。ちゃんと人助けっぽい」
「猫助けだけどな……」
三人は顔を見合わせる。
それは、小さな依頼だった。
学校の部活としては、あまりにも地味で、穏やかで、平和な仕事。
少なくともこの時は、ただの迷い猫探しで終わると思っていた。
まさか、その先にもう少し妙なものが待っているとは知らずに。
***
校門を出た三人は、さっそく依頼書に書かれていた猫の特徴を頼りに、近くの住宅街を歩き回っていた。
白い足先が特徴の黒猫。
名前はノア。
最後に見かけたのは三日前の夕方、自宅近くの路地だという。
「ノアー! ノアくーん!!」
朝日奈が両手を口元に添えて呼びかける。
「お前、猫探しでそんな大声出したら逆に逃げるだろ」
「むっ、そういうものなのか?」
「そういうものだと思う」
「ふふ、たしかに。猫って気まぐれだもんね」
凪沙が笑いながら、電柱の根元や塀の隙間を覗き込む。
最初は本当に、ただの迷い猫探しだった。
依頼書に書かれていた家を訪ね、飼い主の話を聞く。
近所の人にも、それとなく声をかけて回る。
公園、路地裏、空き地、駐車場の下。
猫が入り込みそうな場所を片っ端から探した。
「うちの子も少し前にいなくなったのよ」
最初に妙だと思ったのは、依頼主の家の向かいに住む女性の言葉だった。
「え?」
藤野が足を止める。
女性は買い物袋を抱えたまま、困ったように眉を下げた。
「黒猫ちゃんじゃなくて、うちは茶トラなんだけどね。夕方、いつものように外に出してたら、そのまま帰ってこなくて」
「それはいつ頃だ?」
朝日奈が真顔で尋ねる。
「一週間くらい前かしら……」
「見つかってないのか?」
「ええ。探してるんだけど、全然……」
そう言って、女性は小さくため息をついた。
三人がその場を離れたあと、朝日奈が腕を組む。
「偶然、だろうか」
「……一件だけならな」
藤野が低く言う。
凪沙は何も言わず、少し考え込むように前を見ていた。
その後も聞き込みを続けるうち、似た話がいくつも出てきた。
「うちの猫も先月から帰ってこなくて」
「白い子だったのよ。臆病だから、遠くに行くような子じゃないのに」
「最近、この辺り変なのよねえ。猫ばっかりいなくなるの」
どれも、この学校の周辺。
ここ一、二ヶ月の間に起きていることだった。
しかも、話を聞けば聞くほど、どの飼い主も妙なことを言う。
「鳴き声もしなかった」
「ほんの少し目を離しただけなのに」
「気づいたら、いなくなってたのよ」
「……気づいたら、いなくなってた」
凪沙が小さく繰り返す。
藤野は依頼書を見ながら眉をひそめた。
「ただの迷い猫じゃなさそうだな」
「うむ。しかも偶然にしては件数が多い」
朝日奈が言う。
「猫だけ、っていうのも気になるね」
凪沙が続ける。
「犬とかじゃなくて、猫だけ」
三人は最初の依頼主の家の近くへ戻ってきていた。
ノアが最後に目撃されたという路地。
夕方の光が斜めに差し込み、塀や電柱の影が細長く伸びている。
「依頼主さんが言ってたの、この辺だよね」
凪沙が足を止めた。
「ああ」
「たしか、夕方に家の前で見かけたのが最後だったな」
藤野が答える。
朝日奈は路地を見回す。
「うーむ……特に怪しいものは見当たらん」
「お前の“怪しい”は基準が雑すぎるんだよ」
凪沙は二人のやり取りには乗らず、しゃがみ込んで地面をじっと見ていた。
「……ねえ」
その声に、藤野と朝日奈がそちらを見る。
凪沙の指先が、地面の端を示している。
「これ、足跡かな」
「足跡?」
藤野が隣にしゃがみ込む。
アスファルトの脇、土のたまった部分に、小さな猫の足跡らしきものが残っていた。
「ほんとだ!」
朝日奈も身を乗り出す。
「ノアのものかもしれないな!」
凪沙は足跡をひとつひとつ目で追っていく。
路地の奥へ向かって、少しずつ続いている。
途中までは自然だった。
けれど。
「……あれ?」
凪沙の声が少し低くなる。
「どうした」
「ここ」
彼女が指さした先で、足跡は不自然に途切れていた。
「ここで終わってる?」
朝日奈が首をかしげる。
「抱き上げられたとか?」
「いや……」
藤野が周囲を見る。
そこはただの電柱の根元だった。
塀もない。段差もない。猫が飛び乗れそうなものもない。
あるのは、夕方の光でできた濃い影だけ。
凪沙は立ち上がり、少し離れた位置からその影を見つめた。
「……時間帯、これくらいだったのかな」
「何がだ?」
「猫がいなくなった時間」
そう言って凪沙は、足跡の始点と終点を見比べる。
「聞いた話、どの猫も夕方とか夜の前にいなくなってたよね」
「そういえば……」
藤野が思い返す。
「明るい昼間じゃなかったな」
「うむ。どの家もそんな感じだった」
朝日奈も頷く。
凪沙は電柱の影の上に、自分の足をそっと重ねた。
「もし……」
「?」
「もしこれが、誰かに連れ去られたんじゃなくて」
彼女は影を見下ろしたまま、ゆっくり言った。
「影そのものに取り込まれたんだとしたら?」
一瞬、空気が止まる。
朝日奈の目が見開かれた。
「……影の能力者」
藤野が低く呟く。
凪沙は小さく肩を竦めた。
「まだ半信半疑だけどね。でも、朝日奈くんみたいなのが実在するなら、普通じゃない可能性も考えた方がいいかなって」
「たしかにそうだ!」
凪沙は続ける。
「…やっぱり、足跡が電柱の影で途切れてるの、変じゃない?」
「……変だな」
「しかも夕方ばかりを狙ってるなら、影が長くなる時間帯を選んでる可能性がある」
朝日奈はぱっと顔を上げた。
「なるほど! つまり犯人は、影を使って猫たちを攫っていると!」
「まだ仮説だけどね」
凪沙が言う。
「でも、今のところ一番筋は通る」
藤野はもう一度、地面の足跡と電柱の影を見た。
ただの迷い猫探しだと思っていた。
けれど、どうやらそうではないらしい。
この学校の近くで、猫だけが次々に消えている。
その痕跡は、夕方の影の中で途切れている。
「……ただの迷い猫じゃなかったな」
藤野が立ち上がる。
朝日奈はにやりと笑った。
「面白くなってきた!」
「お前は少し黙れ」
「ええー」
「でも」
凪沙が二人を見て、少しだけ真面目な顔になる。
「だとしたら、まだこの近くにいるかもしれない」
夕陽は、さらに傾き始めていた。
長く伸びる影が、住宅街のあちこちを静かに覆っていく。
三人はその影を見つめながら、同じことを考えていた。
――犯人は、案外すぐ近くにいるのかもしれない。
***
翌朝。
登校した朝日奈が、開口一番大声を上げた。
「大変だ!!」
教室へ入ろうとしていた藤野は、うるさそうに眉をひそめる。
「朝からなんだよ」
「掲示板だ! 我らが記念すべきお困りごと募集の張り紙が……!」
そのただならぬ様子に、藤野と凪沙も顔を見合わせる。
三人で廊下の掲示板まで向かうと、そこには無惨な紙片がぶら下がっていた。
昨日貼ったばかりの張り紙。
それが、まるで腹いせみたいに、びりびりに裂かれている。
「うわ……」
凪沙が小さく声を漏らす。
朝日奈はしばし絶句したあと、怒りに震えた。
「誰がこんないたずらを……!」
「……いたずらじゃないよ、多分」
凪沙の声に、二人がそちらを見る。
彼女は破れた紙をじっと見つめていた。
ただ裂かれただけじゃない。
何度も、感情のままに引きちぎったような跡。
紙の端は乱暴に毛羽立ち、画鋲の周りだけが不自然に残されている。
「これ、たまたま破いた感じじゃない」
凪沙が静かに言う。
「わざわざここまでぐちゃぐちゃにするってことは、張り紙そのものに腹が立ってたってことでしょ」
「つまり……犯人は、我々の活動を快く思っていない者!」
朝日奈が拳を握る。
藤野は腕を組んだ。
「でも、それだけじゃ相手が誰かまでは分からないだろ」
「うん。だから、そこを考える」
凪沙は掲示板から一歩下がり、周囲の廊下を見回した。
朝の校内。
まだ人通りはそれなりにあるが、こんな目立つ場所で紙を裂くのは目立ちすぎる。
だとすれば、人気の少ない時間帯。
あるいは、ここを通っても不自然に思われない人間。
「まず、この張り紙を破ったのは、たぶん学校関係者」
「学校関係者?」
朝日奈が首をかしげる。
「だって、ここ校内だよ? 外部の人がわざわざ入ってきて、ただ張り紙を破るだけってちょっと変でしょ」
「……まあ、そうか」
藤野が頷く。
「それに、最近の猫の失踪事件が起きてるのも、この学校の近くばっかりだった」
凪沙は続ける。
「もし昨日の仮説通り、犯人が影を使って猫を攫ってるなら……この学校区に生活圏がある人の可能性は高い」
藤野は掲示板の破れた紙を見つめた。
「つまり、学校の近くにいて、校内にも自然に出入りできるやつ」
「うん」
凪沙は紙片の一つを指先でつまむ。
「それに、この破き方」
彼女はびりびりに裂けた紙を持ち上げた。
「見せしめみたいでもあるけど、妙に感情的なんだよね。冷静に証拠隠滅したいなら、こんな目立つ破り方しない」
「たしかに……」
朝日奈が真顔で頷く。
「感情任せに紙を引き裂くあたり……かなり幼稚な人物」
凪沙はそう言って、少しだけ目を細めた。
「自分の縄張りを荒らされたくないとか、自分の秘密に近づかれるのが嫌だとか。そういうタイプじゃないかな」
「……ずいぶんはっきり言うな」
藤野が呟く。
「だって、こういうのって性格出るよ」
凪沙は肩をすくめて笑う。
「少なくとも、大人のやり方じゃない」
朝日奈は感心したように声を上げた。
「なるほど! つまり犯人は、この学校に関わる、精神年齢の低い影の能力者!」
「最後の一言で台無しだぞ」
「でもまあ、方向としてはそんな感じかな」
凪沙が苦笑する。
藤野は少し考え込み、それから低く言った。
「もし張り紙を見て焦って破いたなら、犯人は昨日の時点で俺たちの動きを気にしてたってことか」
「そうなるね」
「なら……もう向こうも、こっちを見てる」
その言葉に、一瞬空気が引き締まる。
朝日奈はむしろ楽しそうに口元を上げた。
「望むところだ!」
「お前はもうちょっと危機感持て」
「だが、向こうがこちらを警戒しているなら好都合だ」
「好都合?」
凪沙が首をかしげる。
朝日奈はびしっと指を立てた。
「ならばこちらから誘い出せばいい!」
藤野が嫌な予感に顔をしかめる。
「……お前、またろくでもないこと考えてるだろ」
「囮作戦だ!」
「ほら見ろ」
凪沙は少しだけ考えてから、ふっと笑った。
「でも、ありかもね」
「おい」
「向こうはたぶん、“こっちが気づいた”ことに気づいてる」
凪沙は静かに言う。
「なら、わざと挑発した方が出てきやすいかもしれない」
藤野はため息をついた。
「……つまり、堂々と罠を張るってことか」
「そういうこと」
「面白い!」
朝日奈が拳を握る。
「正義の囮作戦、決行だ!!」
藤野は頭を押さえる。
どう考えても、普通の部活がやることではない。
けれどもう、この流れを止められないことも分かっていた。
凪沙は破れた張り紙を見つめながら、最後に小さく呟いた。
「……こっちを見てるなら、きっとまた動く」
廊下の窓から差し込む朝の光が、掲示板の端を白く照らしていた。
破かれた紙片は、まるで犯人からの子供じみた宣戦布告みたいに、そこに貼りついたままだった。
***
放課後。
空き教室に集まった三人は、破られた張り紙の残骸を机の上に広げたまま、次の一手を考えていた。
「昨日の時点で、相手はこっちを警戒してた」
藤野が腕を組んだまま言う。
「だから張り紙を破った。……だったら、もう一歩踏み込めば出てくるかもしれない」
「うむ! こちらから宣戦布告するということだな!」
朝日奈が勢いよく頷く。
凪沙は机に頬杖をつきながら、少し考え込むように視線を落としていた。
「でも、ただ猫を探してるってだけじゃ駄目だと思う」
「……どういうことだ?」
朝日奈が首をかしげる。
凪沙はゆっくり顔を上げた。
「相手は、“私たちが真相に近づいてる”って感じたから反応したんでしょ」
「まあ、そうだな」
「だったら、もっと分かりやすく地雷を踏んであげればいい」
そう言って、凪沙は破れた紙片を指先でつつく。
「昨日の足跡が消えたのは影の中だった。もし犯人が本当に影を使う能力者なら、“影”って言葉には無視できないはず」
「なるほど!」
朝日奈の目が輝いた。
「つまり、影という単語そのものが挑発になると!」
「たぶんね。しかも、こういうことするタイプって、自分の秘密を言い当てられるのすごく嫌がると思う」
藤野は少しだけ眉を上げた。
「……たしかに。わざわざ張り紙を破るくらいだしな」
「でしょ?」
凪沙は立ち上がると、棚に置かれていた油性ペンを手に取った。
「ただ“影の能力者かも”って書くのは、さすがに露骨すぎる。だから、ちょっとだけぼかす」
「ちょっとだけ?」
「うん。見た人が、“これ自分のことかも”って思うくらいに」
そう言って、近くにあったメモ用紙にさらさらと文字を書き始める。
『影色の猫について。情報をお持ちの方は明日の17時、旧校舎裏へ来てください。』
朝日奈がその文字を覗き込み、感嘆の声を上げた。
「おお……!」
「……なんか不気味だな」
藤野がぼそりと呟く。
「それが狙い」
凪沙はさらりと言った。
「“影色の猫”って表現、ちょっと変でしょ。でも、もし相手が本当に影を使うなら、絶対引っかかると思う」
「しかも、旧校舎裏なら、壁の影も木の影もあるし、相手も出てきやすいはず!」
朝日奈が拳を握る。
「完璧だ!」
「来ると決まったわけじゃないけどな」
「でも」
凪沙が言う。
「来なかったとしても、少なくとも向こうには届く。私たちが“影”に気づいてるって」
凪沙がふと思いついたように、顔をあげる。
「あのさ、朝日奈くん──朝日奈くんの力ってこんなことも出来る?」
「お?なんだ!……ふむふむ」
しばらくして、新しい紙が掲示板に貼られた。
『影色の猫について。情報をお持ちの方は明日の17時、旧校舎裏へ来てください。』
たったそれだけ。
依頼募集の張り紙より、ずっと短い。
けれど、それだけに妙な不気味さがあった。
廊下を通りかかった生徒が、「なにこれ」と首をかしげながら通り過ぎていく。
三人は少し離れた場所から、その様子を見ていた。
「ほんとに来るかな」
朝日奈が小声で言う。
「来るなら、たぶん犯人は相当単純だぞ」
藤野が返す。
「でも、私はきっと来ると思う」
凪沙は掲示板を見つめたまま言った。
消える足跡から始まった、“影の猫攫い”調査。
ついに、その正体が暴かれようとしていた。




