「王国陰謀編」第二章「集いし者たち」8-見習いシーフと魔術師と女戦士-三人の乾杯、酒場の夜-
アランが話をまとめたところで、酒場を包んでいた静寂は途切れ、再び賑わいを取り戻した。
ハーブは、にやにやしながらカミュに話しかける。
「カミュ、あなた、お坊ちゃんだったのね……田舎の」
カミュは、ばつの悪そうな顔をした。
「だって、本当に知らなかったんだよ。
母さんやおじさんがお金を払うところは見てたんだけど……」
「そういうのを、お坊ちゃんっていうのよ」
ハーブは、楽しそうに笑った。
「カミュ、騒ぎを起こしたんだから、私にも食事を奢りなさいよ。
金貨があるんなら大丈夫でしょ?」
立場のなくなっていたカミュは、断ることもできないなと思い、
「わかったよ。
ここのおすすめはなんだい?」
ハーブが答えるより先に、ロブが口を挟んだ。
「カミュ、俺を忘れてないかい?」
「あ、ごめんよ、ロブ。もちろん、ロブも一緒にな」
「しかし、そんなお坊ちゃんだったなんてな。気がつかなかったよ」
ハーブは、にっと笑うと、カミュとロブの首に腕をかけた。
「じゃあ、三人で一緒に食べよ!」
ハーブは、宿の入り口に近い席へ二人を案内して座った。
「ここにしましょ。ここなら見張りも一緒にできるしね」
カミュは苦笑する。
「ちゃっかりしてるなぁ」
「あなたの要領が悪いのよ」
ハーブはそう言うと、給仕係の名前を呼び、さっそく注文した。
「アン、おすすめのセット三つと、ワイルドボアのステーキ、エールも三つね!」
アンは「あいよっ」と返事をすると、厨房へ向かいながら注文を繰り返した。
カミュは、不思議そうに尋ねる。
「エールって、お酒だろ? 大丈夫なのかい?」
ハーブは、むっとした。
「もう成人してるんだから大丈夫よ」
そして、ロブを指差す。
「むしろ、この子のほうを心配しなさいよ」
ロブも、むっとした。
「背が小さくても、あんたらより年上だと思うがね」
ハーブは上からロブを見下ろし、ロブはハーブを見上げる。
二人は、じっと睨み合った。
カミュは、慌てて二人をなだめる。
「まあまあ、楽しくやろうよ」
ハーブは、にこりと笑ってロブのほうを向いた。
「わかってるわよ。グラスランナーが、その背丈でも成人してることはね。
で、あんたの名前は?」
「俺の名はロブだよ、ハーブさん」
ちょうどそのとき、先ほどの給仕係――アンがエールを持ってきた。
ドン、と音を立てて、三杯のエールが入ったジョッキがテーブルに置かれる。
「さぁ、三人の出会いを祝して、乾杯よ!
グラスを持って!」
ハーブの勢いに押され、カミュとロブもジョッキを手に取った。
「かんぱーい!」
三人は、盛大にジョッキを合わせた。
その勢いに乗るように、周りのテーブルからも声が上がる。
「かんぱーい!」
いつの間にか、酒場中が三人の乾杯に便乗していた。
(不思議な子だな。なんやかんやで、周りを巻き込んでく)
三人はグラスを合わせたあと、揃ってエールを飲んだ。
カミュにとって、エールどころか酒そのものが初めてだった。
酒についての感想だけは、これまでいろいろな人から聞いている。
まずい。
苦い。
そんな感想もよく耳にしていた。
だから、気持ちとしては恐る恐るだった。
それでも、ハーブたちに合わせるように、勢いのまま飲み込んだ。
(んっ……うまい!
ほんのり甘くて、ジュースみたいだ)
「このエール、美味しいね!」
「でしょ? ここのエールは、はちみつ酒が入っていてね。
他のところとは違うのよ」
「どおりで甘いんだね。飲みやすくていいよ」
カミュは、知ったかぶりをするように頷いた。
やがて、料理も運ばれてきた。
「はい、今日のおすすめセットです」
給仕のアンが、三人分をまとめて運んできた。
カミュは、目を輝かせる。
(すごいな……)
プレートの上には、パンとサラダ、そして黒いシチューと思われる料理が収められていた。
ハーブは、得意げに説明を始める。
「このパンはね、私の村の名産のガトゥが入ったパンなのよ。
これだけで、心と体が元気になるの」
続いて、サラダを指差す。
「このサラダは、エーデルの南の町の菜園から届けられた新鮮な野菜五種を刻んで、特製ドレッシングをかけた一品。
体が浄化されるわ」
そして、最後に黒いシチューを指差した。
「でもって、この黒シチュー……。
見た目は悪いけど、黒ジャガイモと黒玉ねぎを黒牛の乳で煮込んで、黒牛の肉を入れて、さらに煮込んだ栄養たっぷりの一品よ!
これで体力満杯!」
ハーブは、まるで自分の手柄だと言わんばかりの、得意満面な顔をしている。
「ここの料理はね、冒険者にとって必要不可欠な栄養満点の料理なのよ!」
カミュは料理を頬張った。
(確かにうまい。
これで、栄養満点かぁ……)
「ほんとに、どれもおいしいね。
ありがとう、ハーブ。
君がいてよかったよ。
俺じゃ、選べなかったよ」
「でしょ? 私がいてよかったでしょ」
ハーブは、満面の笑みを浮かべた。
その頬は、ほんのり赤い。
(あれ……これは、この子、酔ってるのかな?)
そう思えるくらい、ハーブは上機嫌だった。
カミュは、ハーブのジョッキを見る。
(エールも、そんなに減ってないみたいだけど……)
「こいつ、もう酔ってるぞ」
察したロブが、カミュに告げる。
カミュはハーブに尋ねた。
「ハーブ、君、用心棒だろう?
そんなに酔った状態で大丈夫なの?」
ハーブは、にやりと笑った。
そして、大剣を片手で掲げる。
「私は、まだ酔ってないわよ。
それに私は、酔ってるほうが強いのよ!」
(あぁ、こりゃダメな奴だ)
カミュとロブは、同時に同じことを思った。
ハーブは剣を鞘に収め、カミュに話しかける。
「カミュ、あんた、この街に何しに来たの?
さっき、十四泊って聞こえたけど……。
もしかして、十五日後の選抜試験を受けるのかしら?」
カミュは答える。
「ああ、冒険者になるために来たんだ」
ハーブは、少し笑いながら尋ねる。
「へぇ、お坊ちゃんが戦えるのかしら?」
カミュは、むっとした。
「大丈夫さ。
母さんやおじさんと旅をしたときは、討伐クエストもこなしていたからね。
母さんやおじさんは強かったけど、討伐クエストでは手伝ってくれなかったんだ。
基本、討伐は俺がやってたんだからね」
最後には、少し自慢げな口調になっていた。
ハーブは、少し驚きながらも、にこやかに頷く。
「へぇ、やるじゃない。
一応、信用しておいてあげるわ。
私も自分の村じゃ、一人で魔獣と戦ったりしていたからね。
といっても、私の村の周りじゃ、大した魔獣は出てこなかったけど」
カミュは、意趣返しのつもりで言った。
「へぇ、君もけっこうやるね」
二人の間には、いつしか小さな張り合いが生まれていた。
ちょうどそのとき、給仕のアンが大きな一皿を持ってきた。
「ワイルドボアのステーキです。
当店自慢の肉料理よ」
ハーブはアンを見上げる。
「もう。アン、私のセリフとらないでよ!」
そして、カミュのほうへ向き直った。
「私が村で倒した魔獣は、こいつ――ワイルドボアが最強くらいだったかな」
明らかな挑発だった。
カミュは苦笑する。
(ああ、この子、負けず嫌いなんだ)
「わかったよ。君の勝ち。
君のほうが強いよ」
ハーブは満面の笑みを浮かべ、ジョッキに入ったエールを飲み干した。
そして、アンに向かって叫ぶ。
「アン! エールをもう一杯ちょうだい!」
さらに、カミュとロブにも目配せする。
「あんたたち、まだ飲み切ってないの?
さっさと飲み切って、次の一杯で、また乾杯しなきゃ!」
ロブとカミュは、観念してエールを飲み干した。
するとハーブは、また叫ぶ。
「アン! エールを二杯追加よ!」
ハーブは、すっかり上機嫌だった。
そして今度は、ロブに絡み始める。
「ロブ、あんた、何度かここに来てたのは知ってるわ。
今日は、何しに来たの?
それになんでカミュと一緒なのよ?」
いきなり立て続けに問い詰められ、ロブは心の中で呻いた。
(うわぁ……今度は俺が標的かよ)
「カミュが怪しそうに見えたんで、少し探ってたんだよ。
そしたら、カミュの従魔に見つかってさ。
で、宿を紹介してくれって言われたから、ここに連れて来たんだよ。
この辺じゃ、冒険者向けの宿で、旨いものを出す宿は、ここくらいだろ」
ロブは、本来の目的については話さず、カミュとも認識が一致している内容だけで説明を組み立てた。
(これなら、理由としては完璧だろ)
ハーブは、理由が少しつまらないと思った。
しかし、自分が働く宿を紹介したことには満足しているらしい。
「ここを紹介するなんて、やるじゃない。
あんた、見直したわ。
そうよ、ここは良い宿。そして飯も旨い!
判ってるわね」
そう言いながら、ご満悦の様子で、ロブの背中をばんばんと叩いた。
「痛いよ。戦士に叩かれたんじゃ、身がもたないよ」
(これだから、酔っ払いは困るんだよ……)




