「王国陰謀編」第二章「集いし者たち」6-魔獣と見習いシーフと魔術師-
アレスは、空高くから一人の人間を見つめていた。
カミュから頼まれたとはいえ――いい加減、飽きてきていた。
見つめられている男の名は、ロブ。
一人の男の素性を探るという依頼をこなすため、先ほどまで対象を追跡していた。
その対象――カミュが建物の中へ入ってしまったため、ロブは建物から出てくるところを、身を隠しながら待ち続けていた。
ロブはシーフの技能を駆使し、周囲の人々に気づかれることなく張り込みを続けている。
だが、その姿を見つめるアレスもまた、ただの鷹ではなかった。
姿かたちこそ、今は鷹そのもの。
しかし、その正体はかなり知能の高い魔獣である。
いくつもの技能を持ち、その中には――「看破」もあった。
そのため、ロブが技能によって姿や気配を隠していても、アレスは彼を見失うことがない。
(カミュは建物から出てこないし……なんか飽きてきたなぁ)
カミュが自分を放っておくのは、今に始まったことではない。
それでも、ただ一人の人間を見つめ続けるだけの監視は、さすがにつまらない。
なまじ知能が高いせいもあるのだろう。
アレスとカミュは従魔契約を結んでいるわけではない。
今回の監視も、あくまでカミュに頼まれて引き受けただけだ。
別に監視を続けなくても、アレスが困るわけではない。
なんとなく面白そうだったから、引き受けただけ。
だが――時間が経つにつれ、どうにも退屈になってきた。
(あいつもカミュが出てくるまで動かないよなぁ……。
ただ見てるだけって、つまらないなぁ……)
しばらく考えたあと――。
(そうだ!)
アレスの表情が、意地の悪そうなものへと変わった。
もし近くでそれを見ている者がいたなら、きっとそう感じただろう。
一方、ロブはひたすら待っていた。
魔道学院から少し離れた場所。
技能を使って自身の姿と気配を隠蔽しながら、じっとその時を待っている。
(今日は、このまま出てこないのかな……)
そう思い始めた――その時だった。
一羽の鷹が、ロブの目の前へ舞い降りた。
(えっ!?)
鷹――アレスは、ロブの目の前に立つと、
「カァ」
と鳴いた。
ロブは、目を丸くした。
鷹が――カラスのように鳴いたのだ。
「はぁ!?」
思わず大声が漏れた。
追跡中、たとえ追跡対象が目の前にいないとはいえ、大声を出してしまう。
これは、シーフとして大失態だった。
だがロブは、すぐさま技能を発動する。
気配を消し、姿を隠蔽する。
そして、アレスから距離を取った。
――しかし。
アレスの視線は、確実にロブを追っていた。
(こいつ……普通の鷹じゃない)
ロブが使っている技能――「気配消去」と「隠形隠蔽」。
本来なら、普通の動物程度であれば十分に欺ける技能だった。
当然、ロブは知らない。
目の前の鷹が、ただの鷹ではないことを。
ましてや、それが上位の魔獣であり、高い知能を持ち、「看破」の技能まで有していることなど――知る由もなかった。
アレスは、そんなロブへ向かって――。
ぴょん。
ぴょん。
ぴょん。
まるで散歩でもするかのように、飛び跳ねながら近づいていく。
(……ん?)
ロブは距離を取る。
しかし、アレスも近づいてくる。
また距離を取る。
それでもアレスは、ぴょんぴょんと追ってくる。
(こいつ……)
ロブは、ようやく気づいた。
(からかってやがる)
見えないはずの自分を、まるで面白がるように追ってくる鷹。
その姿が、ロブにはどうしても――にやにやと笑っているように見えた。
(こいつ、性格悪いぞ。
俺が隠れているのを分かって、ついてきやがる)
それでもロブは、アレスと距離を取りながら移動を続けた。
ただし、魔道学院から離れすぎないように。
そして――。
そんな奇妙な追いかけっこは、三十分ほど続いた。
やがてアレスは気が済んだのか、大きく翼を広げて飛び立つ。
そのまま学院の巨大な門の上へと止まった。
そして、何事もなかったかのように、再びロブを見つめ始める。
ロブもまた、自分が見られていることを理解していた。
もはや逃げることも、隠れることも諦め、学院の門を眺める。
ただ、監視対象――カミュが出てくるのを待つために。
それから、さらに一時間ほど経ったころだった。
ようやく、監視対象のハーフエルフが学院から出てきた。
カミュは、さっそく念話でアレスへ話しかける。
(アレス! どう?
まだ彼はいるの?)
(いるよ。隠れてる。
まぁ、俺からは見え見えだけどね)
(そっか。じゃあ、まずアレスは俺のところへおいで)
アレスは門の上から飛び立つと、まっすぐカミュのもとへ向かった。
そして、その肩へ止まる。
(彼はどこ?)
(門から左方向。建物の影のところだよ)
カミュは、アレスが向いている方向を確認した。
そして、アレスの顔がロブのいる方向を向いたままになるように歩き始める。
――そう。
ロブのいる場所へ、まっすぐに。
それを見たロブは、ぎょっとした。
(あの鷹……あいつの従魔だったのか!)
まずい。
監視対象に、ばれてしまった。
ロブはかなり動揺し、おろおろとする。
もっとも、姿も気配も隠蔽しているため、その狼狽ぶりを周囲の人間に見られることはなかった。
やがてカミュは、建物の影へと近づいていく。
(アレス。この目の前にいるってことで、間違いない?)
(あぁ。かなり狼狽えているがな)
アレスは、どこか嫌味な感じの表情で答えた。
カミュは、見えない相手へ向かって手を差し伸べる。
「誰かは分からないけど、俺はカミュ。
姿を見せてくれないかな。
この街に知り合いは、さっきの学院にしかいなくてさ。ちょっと困ってたんだ」
ロブは、あっけにとられた。
姿を隠して追跡してきた相手に――手を差し伸べられたのだ。
こんなことをする人間は、見たことがない。
ロブは観念した。
やがて姿を現すと、差し出された手を取り、握手を交わした。
「あんた、どういう神経してるんだい?
姿が見えない相手に手を差し出すなんて」
カミュは、にこやかに答えた。
「北門から、ずっとつけてただろ。
まぁ、俺じゃなくてアレスが見つけたんだけどね。
つけてるだけなら、殺されることはないかなって思って」
ロブは、苦い表情を浮かべた。
「確かに、殺し目的じゃないけどさ。
見えない相手にそんなことするやつ、初めて見たし、聞いたこともないよ」
そして、アレスへ目を向ける。
「あっ……アレスって、もしかして、その鷹のことかい?」
カミュは得意げな表情を浮かべた。
「そうそう。俺の相棒、アレス。
賢いんだよ。それに、いろいろ技能も持ってるし。頼りになるやつなんだ」
ロブは、少し得心した。
(技能持ちか。
だから俺の居場所が分かったんだな。
しかし……こんなのと一緒にいるなんて、聞いてないぞ)
カミュは続けた。
「ところで、なんで隠蔽まで使って、俺をつけてたんだい?」
(まぁ、聞かれるよな)
ロブは少し考えてから答えた。
「いやなに、この街じゃハーフエルフなんて珍しいし。
しかも北門から入ってきただろ?
ちょっと興味が湧いて、つけてみたんだよ」
――もちろん。
こんな説明だけでは理由にならない。
そう思ったロブは、さらに言葉を続けた。
「俺、シーフ見習いでさ。
シーフ技能の特訓がてら、つけてみたのさ。
それに、見習いとはいっても、必要なら情報収集をするのが、この街の流儀でもあるんだよ。
街の治安を裏から守るのも、シーフギルドの務めだからね」
ロブは、少し肩をすくめる。
「外部から来た魔術師のハーフエルフってだけでも、調査対象としては十分だろ?」
そして、少し苦笑した。
「あと少し出てくるのが遅かったら、家に帰ってるところだったよ。
ギルドへの報告は――
『今日の昼過ぎに、魔術師の風貌をしたハーフエルフが、ウィルヒルト魔道学院に入っていった』
ってね」
カミュは、その話を聞きながら考える。
(きっと、母さん絡みで、誰かが俺の素性を調べようとシーフギルドに依頼したんだろうな。
まっ、よくあることだし。
命を狙われてるわけじゃないなら、まぁ、こんなもんかな)
カミュは、少しだけ口元を緩めた。
「この街、初めてなんだ。
ここに住んでるんだったら、話が早い」
「ん?」
「いい宿――それと、飯のうまい、魔術師向きのところを教えておくれよ」
ロブは目を瞬かせた。
「十五日後だったかな。冒険者の選抜試験とかってのがあるんだろ?
それまで厄介になれる場所が必要なんだよ」
そしてカミュは、悪戯っぽく笑った。
「なぁ、いいだろ?
調査対象が『教えてくれ』って言ってるんだからさ。
教えてくれれば、そこに行くから。
なんなら、今日の夕食をおごるよ」
満面の笑みを浮かべ、カミュは再び手を差し出した。
「俺はカミュ。
ハーフエルフの魔術師、カミュ。
これからよろしく」
ロブは少し困惑しながらも、その手を取った。
「俺は、ロブ。
グラスランナーのシーフ――ロブ」
そして、にやりと笑う。
「さっき、夕食をおごるって言ったよな?」
「言ったけど?」
「飛び切りいい宿を紹介してやるよ。
宿が立ち並んでるところは、ここから南。
『冒険者の道』沿いだからな」
「『冒険者の道』?」
ロブは思わず苦笑した。
「ほんとに、この街が初めてみたいだな。
宿に行くまでの間、いろいろとこの街のことを教えてやるよ」
「ほんとか! 助かるよ、ロブ」
ロブはカミュにエーデルの街について説明しながら、宿を目指して歩き始めた。
向かう先は――。
かつてハーブが辿り着いた宿。
そして、ラージェン、ダム、グドとも縁を結んだ場所。
『旅の夢と希望の館』。
こうしてまた一つ、新たな縁がつながった。




