「王国陰謀編」第二章「集いし者たち」5-魔術師ー魔道学院長との再会-
「アレス! そのまま監視してて」
カミュは、アレスへ念話で指示を出した。
少し前、アレスから報告を受けていた。
自分の後をつけてきているグラスランナーがいる――と。
アレスは一見すると鷹にしか見えない。
だが、その正体は魔獣であり、かなり高い知能を持っている。長い旅を共にしてきた、カミュの相棒ともいえる存在だった。
(まっ、とりあえず、つけてきているだけならいいかぁ。特に悪いことをしているわけじゃないし。
けど、サーチ《探索魔術》に引っかからない程度の技能持ちってことだから、シーフか、その上位職なのかもな。
ちょっと興味は湧くけど、その前にすることを済ませないとね)
「さて」
カミュは目の前にそびえる建物を見上げた。
「ここが、『ウィルヒルト魔道学院』かぁ」
いかにも魔術師が好みそうな、古式ゆかしい建築様式。
その建物は、エーデルンの北西区画、そのさらに北西の端に堂々と建っていた。
正面には、いかにも由緒ありげな巨大な門。
その門には、大きく――
『ウィルヒルト魔道学院』
と刻まれている。
――ウィルヒルト魔道学院。
聖王国エーデルンの首都エーデル、北西区画の最北西に位置する魔術学院である。
学院を設立したのは、エーデルン建国に最も貢献した魔導士、ウィルヒルト。
ここでは基本的な魔術・魔法から高度な技術まで幅広く学ぶことができ、優秀な者には、魔術の研鑽を積むための研究課程や研究室が与えられる。
魔術師を志す者にとって、まさに憧れの場所であった。
その研究成果は、エーデルン発展の礎の一つとされるほど高名であり、由緒正しい学院でもある。
事実、エーデルンにおける魔法技術の多くは、この学院で研究・開発されたものだと言っても過言ではない。
生活、産業、そして軍事。
その成果は国のあらゆる分野に寄与し、今やエーデルンの暮らしに欠かせないものとなっていた。
巨大な門の左側には、「通用門」と書かれた小さな門があり、その横には「受付」と記された窓口が設けられている。
カミュは迷うことなく受付へ近づくと、北門でも提示した書状を受付の魔術師へ手渡した。
「紹介状です。これを確認してください」
受付の魔術師は、それなりに高位の魔術師だったらしい。
書状を受け取ると、特に戸惑うこともなく、その内容を確認し始めた。
その書状には、いくつもの魔術が施されていた。
魔術を読み解くことができなければ、そこに記された文章そのものを理解できないようになっている。
北門の警備兵程度では内容を確認できなかったのも、当然だった。
ヴィルハーン帝国であれば、警備兵が内容を確認できない書状が提示された場合、書状確認用の魔術師を呼ぶなどして対応する。
すぐに魔術師を用意できない場合、門の通過そのものを許可しないのが一般的だった。
受付の魔術師は書状を確認し終えると、
「少々お待ちください」
そう告げ、受付所の奥にある扉から姿を消した。
それから五分ほど経ったころ。
受付に残っていた別の魔術師が、カミュへ声をかけた。
「こちらへ」
そう言って、通用門を指し示す。
同時に、小さな門が静かに開いた。
「ありがとうございます」
カミュは軽く会釈すると、通用門をくぐり、学院の敷地へ足を踏み入れた。
門の先には、先ほど書状を確認していた魔術師とは別の人物が待っていた。
「こちらへ、どうぞ」
その人物に先導され、カミュは学院の中を進んでいく。
やがて、応接間と思われる部屋へと案内された。
「こちらでお待ちください」
案内役の魔術師は扉の前で足を止めた。
「なお、この応接間には結界が施されております。この扉以外からの出入りはできません。また、音声が応接間の外へ漏れることもありませんので、ご安心ください」
そう告げると、魔術師は部屋を出ていった。
「なんか、大仰だなぁ」
カミュは室内を見回す。
そして――。
「あっ、お茶菓子と飲み物が置いてある!」
さっそく椅子へ腰を下ろすと、お茶菓子へ手を伸ばした。
(お腹、空いてたんだよね)
カミュは幸せそうに菓子を頬張った。
それから十分ほど経ったころ。
コンコン。
扉を叩く音が響いた。
続いて扉が開き、一人の老魔導士が姿を現した。
魔導士。
そう、魔術師とは明らかに違っていた。
フード付きのローブではなく、襟付きのマント。
その下に着ている服も、身分の高い貴族を思わせる、仕立ての良いスーツのような装いだった。
手にした杖の先端には、大きな魔石と思われる宝石が嵌め込まれている。
老魔導士は扉を閉めると、カミュへ向かって懐かしそうな笑顔を浮かべた。
「ようこそ、『ウィルヒルト魔道学院』へ。
カミュ、大きくなったなぁ。
ハイエルフの長老の村で会って以来だな。
お前の母は元気か?」
「そんなに大きさは変わってないよ、ダームウェルさん」
カミュもまた、懐かしさを覚えた。
少し照れたように笑いながら、言葉を続ける。
「母は、十年ほど前に村を出ました。『運命を探す』って言って。
それから、こうも言いました。
『カミュが村を出るのは十年後。エーデルンへ行って、冒険者になりなさい』
そして――
『冒険者となることで、縁がつむぎ織りなす道となり、いずれ父と母に再会し、その先を知ることができる』
って」
ダームウェルは、少し難しい顔をした。
「道……ROADか」
そして、小さく息を吐く。
「お前も、あの方も……お前の父も母も、難儀なものだな」
その言葉には、カミュの両親を知る者だからこその重みがあった。
「お前が訪ねてきてくれたから、てっきり、この学院に入学してくれるものだと思っていたんだがな。残念だよ」
「冒険者かぁ……」
ダームウェルがそう呟いた直後だった。
何かを思いついたように、その顔がぱっと明るくなる。
「――おおっ、そうだ!」
そして、楽しそうに笑った。
「近々、『月の砂漠』の探検隊の選抜試験がある。推薦状を書いてやろう」
「推薦状?」
「そうだ。無駄なことは極力省いたほうがいいだろう。推薦状があれば、面倒な試験を受けずに通過できるぞ!」
いかにも魔術師らしいというべきか。
研究者らしいというべきか。
あるいは――これがダームウェルという男の性格なのか。
本人はいたって楽しそうだった。
「それまでの間、俺のところで過ごすといい。
大したところじゃないが、ちょっとした魔術の研究には事欠かない場所だからな」
カミュは、やれやれといった表情を浮かべた。
とはいえ、面倒が減るのなら、それはそれでいい。
「ありがとう。じゃあ、試験までの間、お世話になるよ。
おじさんの家って、どこにあるんだい?」
ダームウェルは、にこやかに答えた。
「ここだよ。学院の中にあるんだ」
「えっ!? 学院の中?」
「そう。なんせ俺は――」
ダームウェルは胸を張った。
「学院長、ダームウェル・ウィルヒルトだからな」
「それって……私物化じゃない?」
「いやいや。どうせ俺は、研究と事務仕事で学院に籠もっているんだ。家を持ったところで、寝るために帰って、またここへ来るだけだろ?」
「いや、そういう問題じゃないと思うけど……」
「寝るだけなら、ここでも大丈夫だしな」
「お風呂は?」
「風呂?」
ダームウェルは首を傾げた。
「あぁ、入浴か。生活魔法の洗浄と、神聖魔法の浄化で十分だよ。火魔法を組み合わせて一気に乾燥させれば、何の問題もない」
「あぁ……これだから魔導士は……」
カミュは呆れたように頭を抱えた。
対してダームウェルは、にこやかに、そして得意げに答える。
「誉め言葉として受け取っておこう」
「褒めてないよ……」
カミュは、はぁ……とため息をついた。
しかし、少し考えたあと、改めて口を開く。
「ダームウェルさん。俺はどこかの宿にお世話になるよ」
その言葉を聞いた瞬間、ダームウェルの表情がわずかに曇った。
だが、それ以上は何も言わなかった。
「選抜試験は、いつなんだい? あと、推薦状はいつ取りにくればいい?」
気を取り直したように尋ねる。
「選抜試験は十五日後だ。推薦状は……そうだな。五日後に、またここへ来るといい」
「わかった」
「受付には話を通しておくよ」
ダームウェルは、ふと思い出したように続けた。
「しかし、お前も親に似て、そういうところを気にするんだな」
「そういうところ?」
「風呂とか、生活のあれこれとかだよ。せっかく魔術師なんだし、魔法で解決すればいいと思うんだがな」
「いや、そういう問題じゃないんだって……」
カミュは苦笑した。
「ま、とにかく応援してやるからな。いろいろ済んだら、今度はこの学院に入学しろよ。
あの方の息子ってだけで、この学院に箔が付くってもんだからな」
カミュは、やれやれといった表情で答える。
「親に関係なく頑張るよ」
「そう言うと思ったよ」
ダームウェルは笑った。
「まだ始まってもいない冒険が終わったら、ちゃんと報告に来るよ。
まぁ、入学するかどうかは、そのときの気分次第だけどね」
「まだ時間は大丈夫だろ?」
ダームウェルはソファへ腰を下ろした。
「もう少し、あれからのことを教えてくれよ。
それと、今使える魔法についても教えてくれ。推薦状を書くのに必要だからな」
「わかった」
二人は向かい合うようにソファへ座った。
テーブルの上には、先ほどから手つかずになっていたお茶菓子と飲み物が並んでいる。
やがて二人は、十五年前にダームウェルと別れてから今日までのこと。
カミュの母や父について。
ダームウェルがこの学院で過ごしてきた日々について。
そして、カミュが今使うことのできる魔法について――。
様々な話を交わした。
そうして、気づけば三時間ほどの時が過ぎていた。
久方ぶりに再会した二人は、昔と変わらぬ空気の中で言葉を重ねていた。
その日、カミュは学院を後にした。
そして――。
十五年前に一度途切れた二人の縁は、再び静かにつながったのである。




