「王国陰謀編」第二章「集いし者たち」4-戦士、交わる-
今日は、よく晴れていた。
ここ数日、これほどまでに空が晴れ渡った日はなかった。
ダムは、朝から何度目になるか分からないほど、同居しているグドの部屋の扉を叩いていた。
「グド! 今日はいい天気じゃぞ。外へ出て、気晴らしでもせんか」
返事はない。
「グド! もう日も高く上がっておる。それに、怪我はわしが治したんじゃ。もう起き上がれるじゃろう」
しばらくして、部屋の中から物音が聞こえた。
「ダムさん……あんたの声は大きすぎるよ。分かったから、そんなに怒鳴らないでくれ」
やがて扉が開き、グドが姿を現した。
まだ眠そうな顔をしているものの、顔色は悪くない。どうやら、すっかり元気を取り戻したようだった。
「わしは、これから寺院へ行かねばならん。食事はそこへ用意しておいたから、しっかり食べるんじゃぞ」
ダムは、グドの顔を覗き込む。
「それに、体も回復しているようじゃから、散歩でもして少し体を動かすといいじゃろう。今日は絶好の散歩日和じゃ」
「ああ、分かったよ。ダムさん」
「では、わしは行ってくるとしよう」
ダムは、そう言って身支度を整える。
「今日の夕食は、わしの行きつけの宿屋でしよう。おぬしの体も回復したようじゃから、しっかりしたものを食べたほうがいいじゃろうからの」
「分かったよ」
そう言い残し、ダムは家を出ていった。
グドは、テーブルに用意されていた食事をすっかり平らげると、自分も家を出た。
グドは以前、一度だけこの街を訪れたことがあった。
エイラスたちと共に訪れた、あの時である。
しかし、その時は急ぎの旅だった。
必要なものを買い込むと、ほとんど街を見て回ることもなく、そのまま立ち去ってしまった。
だから、エーデルについて詳しいわけではない。
それでも、散歩をする程度なら困らないだけの知識はあった。
何しろ、ここはこの国の首都である。
大まかな街の造りくらいなら、この国で暮らす者ならば、誰もが知っていて当然だった。
グドは大通りへ出ると、西門の方角へ向かって歩き始めた。
しばらく歩き、西門が近づいてきた頃だった。
グドは、前方に剣を振る人影を見つけた。
「……ん?」
さらに近づいてみる。
そこで初めて、その剣がかなり大きなものであることに気づいた。
そして――。
その大剣を振るっているのが、どう見ても自分より小柄な女の子だったことに驚いた。
「すごいね。君」
思わず口から出た言葉だった。
グド自身、なぜそんな話しかけ方をしたのか分からなかった。
だが、その言葉を聞いた少女の表情は、明らかに険しくなった。
「あなたも、ここへ泊まりに来たの?」
「え?」
「だったら、あまりしゃべらないほうがいいわ」
少女は、剣を肩に担ぎながら、じろりとグドを見る。
「そんな言葉遣いじゃ、長生きできないわよ」
「……しまった」
グドは、思わず心の中で呟いた。
「ごめん。気分を害したなら謝るよ。でも、本当にすごいと思ったんだ」
慌てて言葉を続ける。
「そんな大きな剣を振り回す人なんて、なかなかいないし……それに、知っている人で、そうやって大きな剣を使っていた人がいたから……」
その瞬間だった。
少女の表情が変わった。
険しい、というよりも――何かを必死に求めるような顔だった。
少女は、グドへ一歩近づく。
「……その話、本当なの?」
「えっ?」
「その“大きな剣を使っていた人”を知っているって話よ」
少女の声が、わずかに震えていた。
「なんていう人? 今、どこにいるの?」
一歩。
さらに一歩。
少女はグドへ詰め寄る。
「ねえ、黙ってないで教えてよ。さあ、早く!」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
グドは思わず後ずさった。
「そんなにいきなり続けざまに言われたら、答えられないじゃないか」
「……そうね」
少女は、はっと我に返った。
「ごめんなさい」
そして、今度は落ち着いた声で尋ねる。
「じゃあ……教えて。その人のこと」
グドは、少女の顔を見つめた。
そして、答えた。
「その人の名前は、エイラス=ク=パルマ」
「!」
少女の目が大きく見開かれる。
「今、どこにいるのかは分からない。もしかしたら……」
グドは、そこで言葉を止めた。
その先を口にすることが、どうしてもできなかった。
――死んでいるかもしれない。
その可能性を、自分の口から認めてしまうような気がしたからだ。
「そう……」
少女は、静かに呟いた。
「父さんじゃないのね」
「……え?」
「でも、どうしてそんな顔をしてるの?」
少女の声には、先ほどまでの勢いはなかった。
「何があったの?」
少女自身も寂しげな顔をしている。
それでも、グドの表情に浮かんだものは、それ以上に深いものだった。
少女は、少し考えるように黙ったあと、改めて口を開いた。
「あなた、名前は?」
「え?」
「私はハーブ」
少女――ハーブは、自分の胸に手を当てる。
「父を捜すために、そして父と同じ剣士を目指すために、この街へ来たの」
ハーブは、自分の大剣へ視線を落とした。
「父も、今の私と同じように大きな剣を使う剣士だったの」
その声には、誇らしさと寂しさが入り混じっていた。
「数年前、私を残して村を出て行ったわ。だから……さっきの話を聞いて、取り乱してしまったの」
「そうだったのか……」
グドは、黙ってハーブの話を聞いていた。
「ねえ、どうしたの?」
ハーブは心配そうに首を傾げる。
「私が聞いたこと……いけなかったのかしら?」
「いや」
グドは、ゆっくりと顔を上げた。
「君は悪くないよ」
そして、少しだけ笑う。
「俺の名前はグド」
「グド……さんね」
「ああ」
グドは、しばらく迷った。
だが、ハーブに正直に話すことにした。
「エイラスさんは……もしかしたら、死んでしまったかもしれないんだ」
ハーブの表情が曇る。
「でも、僕は信じてる」
グドは、努めて明るく言った。
「きっと生きてるって」
「……どうして?」
「だって、伝説のエルウスの騎士で、デモンスレイヤーの称号まで持っている人なんだろ?」
グドは笑った。
「そんな簡単に死ぬわけないよね」
「……そうね」
ハーブも、少しだけ笑う。
「そんなすごい人なら、きっと生きてるわよ」
二人の視線が重なった。
ほんの一瞬だった。
けれど――。
「ふっ」
「ふふっ」
どちらからともなく、笑いがこみ上げてきた。
不思議だった。
父を捜す者と、その父を知る者。
本来なら、もっと悲しい話になるはずだった。
それでも今は、なぜか笑えていた。
「でも、本当にすごいね。君」
グドは、改めてハーブの大剣を見る。
「そんな大きな剣を、その体で振るんだから」
ハーブは、少し得意そうに笑った。
「この剣、とっても軽くできているのよ」
「へえ」
「なんでも、すごい名工が作った業物らしいの。私は、そんなこと全然分からないけど……」
ハーブは、大剣の柄を軽く撫でる。
「いい剣よ。振ってみる?」
「えっ、いいの?」
「ええ。ほら」
ハーブは、大剣をグドへ差し出した。
「じゃあ……」
グドは恐る恐る剣を受け取った。
そして――。
「……よっ!」
軽く振る。
「ほ、本当だ。軽いや」
グドは目を丸くした。
「でも、やっぱり普通の人じゃ、さっきみたいには振れないよ」
「褒められてると思っていいのかしら?」
ハーブは、グドの顔を覗き込んだ。
「あなただって、ずいぶん軽そうに振ってるじゃない」
「いやあ、そんなことないよ」
グドは照れくさそうに笑った。
「僕は男だし。それに、今はこんな格好だけど……僕だって剣士なんだよ」
「へえ……」
ハーブの目が輝いた。
そして、にっこりと笑う。
「じゃあ、私の練習相手になってよ」
「え?」
「あなただって、練習相手がいないと腕が鈍っちゃうでしょ?」
ハーブは大剣を構え直した。
「それとも、私じゃ不満かしら?」
「えぇっ!?」
グドは困ったように頭を掻く。
「そ、そんなことないけど……うーん、どうしようかなぁ……」
そのときだった。
「どうせ暇じゃろう、グド」
背後から、聞き慣れた声がした。
「くよくよ考えず、剣を振るのも悪くないのではないかな」
「ダムさん?」
振り返る。
そこには、いつの間に戻ってきたのか、ダムが立っていた。
「偶然とはいえ、さっき言っておった宿屋が、ここじゃ」
ダムは、ハーブへ視線を向ける。
「夕飯までの間くらい、このお嬢さんの練習相手になってもいいじゃろ」
「ダムさん……」
グドは、背中を押されたような気がした。
けれど、それは嫌なものではなかった。
むしろ、不思議と心地よかった。
「……よしっ」
グドは、笑った。
「じゃあ、お相手願おうかな」
「そうこなくっちゃ!」
ハーブも、嬉しそうに笑った。
「ダムさんもありがとうね。あとでアラン兄ちゃんに、サービスするよう言っておくわ」
「ふむ。それはありがたいのう」
ハーブは、グドへ打ち合い用の練習刀を手渡した。
「では、お願い致します」
ハーブは軽く一礼すると、静かに構える。
「こちらこそ、お願いします」
グドもハーブにならい、一礼して身構えた。
次の瞬間――。
ハーブが剣を振り上げた。
そして、一気に間合いを詰める。
大剣が、唸りを上げて振り下ろされた。
グドは、それをいとも容易く受け止めた。
重い。
だが、受け止められないほどではない。
グドはそのまま剣を弾き返し、薙ぎ払うように剣を振る。
ハーブは怯まなかった。
迫り来る剣筋を見切り、身を翻してかわす。
――一合。
たった一度の打ち合い。
それだけで、二人には分かった。
互いの剣質。
技量。
そして――。
相手が、自分と同じ場所に立っていることを。
二人の感想は、同じだった。
実力は伯仲している。
まさに――相手にとって不足なし。
その認識が、二人の剣士としての心に火をつけた。
「次は、僕から行くよ」
グドが先に踏み込む。
連続した突き。
一撃、二撃、三撃――。
その剣速は速い。
だが、ハーブは慌てない。
自らの剣を相手の剣先へ合わせ、最小限の力で軌道を逸らしていく。
受けるのではない。
流す。
そして、一定の間合いを保ちながら、グドの攻撃が途切れる瞬間を待つ。
――来た。
ハーブの剣が下段から跳ね上がった。
グドは紙一重でかわす。
そのまま身体を捻り、剣を振り下ろす。
ハーブもまた、紙一重でかわした。
そして、すぐさま跳びすさり、間合いを広げる。
「グドさん、すごいわね」
ハーブの顔には、もう笑みが浮かんでいた。
「これほどとは思ってなかったわ」
「ハーブさんも、すごいですよ」
グドも笑う。
「これなら、いい練習になりそうだ」
「じゃあ――」
ハーブは、大剣を握り直した。
「次は、本気で行くわよ」
「分かりました」
グドも剣を構える。
「望むところです」
ハーブは、剣の平――面積の広い部分をグドへ向けた。
通常の剣術にはない構えだった。
グドは眉をひそめる。
何をするつもりなのか。
分からない。
だからこそ――。
グドは、構えごとハーブを弾き飛ばすような勢いで、剣を振り下ろした。
だが、その刹那。
ハーブの姿が、グドの視界から消えた。
「――!」
いや。
消えたように見えただけだった。
ハーブは、グドの構えによって生まれた死角を突き、一気に背後へ回り込んでいた。
それは、並外れた俊敏さがなければ到底できない芸当だった。
ハーブは回り込みながら、剣を横薙ぎに振り抜く。
――しかし。
グドは、その一撃をかわした。
紙一重。
ほんのわずかな差だった。
「そんな……」
ハーブの口から、驚きの声が漏れる。
信じられなかった。
実戦を経験したことのない彼女には、その動きが理解できなかった。
「次は、僕から行くよ」
グドは笑みを浮かべ、剣を振り上げた。
そして――。
自らの背後へ剣を隠す。
正面にいるハーブからは、剣が見えない。
「……?」
ハーブは、剣筋を見切る術を失った。
剣そのものが見えない。
隙だらけにも見える。
だが――。
対峙しているグドに、隙など見当たらなかった。
二人は、しばらく無言で睨み合った。
風が吹く。
木々が揺れる。
それでも、どちらも動かない。
やがて――。
痺れを切らしたハーブが動いた。
その瞬間。
ハーブの予期しない方向から、グドの剣撃が飛び出した。
「――っ!」
ハーブは無理な態勢ながらも、どうにか剣を受け止める。
だが――。
その勢いまでは殺せなかった。
ハーブの身体が、大きく弾き飛ばされる。
「ご、ごめん!」
我に返ったグドが、慌てて駆け寄る。
「大丈夫かい?」
「大丈夫よ」
ハーブは立ち上がり、身体についた土を払った。
そして、グドを見る。
「私の負けね」
悔しそうではある。
けれど、その顔には笑みがあった。
「でも――今日のところは、だからね」
「え?」
「さあ、練習再開よ!」
ハーブは、再び剣を構える。
「受けと攻めを交互にしましょ」
そして、いたずらっぽく笑った。
「真剣勝負は――また明日よ」




