「王国陰謀編」第二章「集いし者たち」2ー精霊使いー旅の館、その出会いー
まだ日の高い昼下がり。
『旅の夢と希望の館』は、当然といえば当然のことながら、活気がなかった。
こうした旅の館は、昼間であれば食事を求める客を受け入れてはいるものの、本格的に人が集まるのは日が暮れてからである。
そんな館の前で、一人の戦士が剣を振るっていた。
その剣は、彼女の身長の三分の二ほどもあろうかという大剣だった。
振るう者の背丈は、戦士としては小柄なほうである。
それでも、その小さな身体から繰り出される一振りは、大剣の重量をものともせず、鋭く空を裂いていた。
「はぁ……たいくつだなぁ」
幾度目かの一閃を終え、ハーブは大きく息を吐いた。
そして、ようやく剣を振るう手を止める。
「でも、こうでもしないと鈍っちゃうしなぁ。誰か、いい練習相手いないかなぁ」
その戦士は、女だった。
名をハーブという。
彼女は数日前から、ここ『旅の夢と希望の館』で世話になっていた。
旅に出るまでの間、館の用心棒を務めることになったのである。
もっとも、この館の主人であるアランとは同郷の者であり、昔馴染みでもある。
そのため、用心棒というよりは、居候と言ったほうが正しいのかもしれなかった。
ここ数日の間に、そのことをからかってきた者も、わずかながらいた。
だが――。
彼らは皆、見るも無残な姿に叩きのめされ、それ以来、この館で姿を見かけることはなくなった。
ハーブの剣技が高いことは確かだった。
しかし、それだけではない。
彼女が身に着けている鎧と、手にしている大剣。
それらは、父の形見だった。
そして、ただの形見ではない。
ハーブの能力を十二分に引き出すほどの、名のある逸品だった。
だからこそ、宿泊客を練習相手にするわけにもいかない。
かといって、わざわざ絡んでくるようなごろつきでは、相手にもならない。
結局のところ、剣舞でもしながら時間を潰すしかなかったのである。
そのときだった。
ふいに、背後へ気配を感じた。
ハーブは剣を下ろし、振り返った。
そこには、黒いマントを纏った一人の男が、こちらへ向かって歩いてきていた。
(あんな格好で暑くないのかしら?)
そんなことを思いながら、ハーブは男を眺める。
やがて男が近づいてくると――。
ハーブは、彼の肩に乗っているものに気づいた。
男は、ハーブの目の前で足を止めた。
男が口を開くより早く、ハーブが声をかける。
「珍しいものを肩にのっけてるのね。水の精霊でしょ、その子」
「……これが見えるのか?」
男の表情が変わった。
驚きだった。
男は、まじまじとハーブを見つめる。
「昔から見えるのよ」
ハーブは、さも当然のことのように答えた。
「とはいっても、精霊使いじゃないわよ。まぁ、格好を見れば分かるとは思うけど」
「では、精霊使いとしての素質があるか、エルフの血が少し混じっているのだろう」
男はそう言って、ハーブを興味深そうに見つめた。
「どちらにせよ、たぐい稀な素養であることは間違いないな」
「じゃ、あなたは精霊使いなの? それとも、エルフ?」
「いかにも。私は精霊使いだ」
男は静かに答えた。
「だが、エルフではない。しかし、精霊に対する愛情は、エルフ並みと思ってくれていい」
「ふーん」
ハーブは男の姿を上から下まで眺めた。
そして、口元に微笑を浮かべる。
「じゃ、変な人なのね」
少しばかり茶化すような口調だった。
だが、男は動じなかった。
「確かに、そうかもしれん」
真面目な顔で、そう答える。
「だが、私はそれでいいと思っている」
「……」
予想外の返答に、ハーブは一瞬、言葉を失った。
やがて、ふっと笑う。
「ところで、この館の部屋に空きはあるのかな。剣士のお嬢ちゃん」
男は真面目な顔のまま尋ねた。
どうやら、先ほどの仕返しらしい。
「あるわよ」
ハーブは少しムッとした。
「いい度胸してるわね。お客じゃなかったら、ぶっ飛ばしてるところよ。おじさん」
そう言ってから、ハーブは男を睨む。
「それにね。私はハーブって、ちゃんと名前があるの。今度『お嬢ちゃん』なんて呼んだら、ただじゃおかないわよ」
「うむ。肝に銘じておこう、ハーブ殿」
男は素直に頷いた。
「私もラージェンという名があることを、覚えておいてもらおう」
「分かったわ、ラージェンさん」
ハーブは少し笑った。
「ここにいる間、よろしく。私はここの用心棒だからね」
そう言って、ハーブは館の入口へと歩き出した。
「アラン! お客さんよー! ちょっと変わってる人だけどねー!」
館の中へ向かって声を張り上げる。
その後ろで、ラージェンは一瞬、絶句した。
だが――。
「……ふっ」
やがて、わずかに笑みを浮かべる。
そして、そのままハーブの後に続き、館の中へと入っていった。




