「王国陰謀編」第二章「集いし者たち」1ー魔術師ー首都エーデル、その北門前にてー
「ふぅ、やっと着いたなぁ」
そう呟きながら、比較的背の高い、魔術師然とした男が城門を見上げた。
エーデルン王国の首都――エーデル。
その北門を、カミュはしばし見つめていた。
十数年前、ベルデス共和国との街道を通じた国交が途絶えて以来、この門を行き交う人々の顔ぶれは、大きく変わっていた。
かつて最も多かったのは、両国を往来する商人たちだった。
しかし今では、首都エーデルへ仕事を求めてやって来る若者や、国内を移動する者たちの姿が、その大半を占めている。
国境をめぐる緊張が消えて久しい。
それは人々に平穏をもたらした一方で、守る側の緊張感までも少しずつ奪っていった。
とりわけ、この北門はそうだった。
国内から来る者が多いこともあり、警備はすっかり形骸化している。時には、門番の姿すら見えないことがある。
平和とは、ときに恐ろしいほど人を怠惰にする。
もっとも――。
この若者、カミュにしてみれば、そんな事情など知ったことではない。
門の脇に警備兵の姿を見つけると、カミュは被っていたフードを外し、そのまま真っ直ぐに歩いていった。
「この書状が、通行証の代わりになるはずです。確認をお願いします」
そう言って、一通の書状を差し出す。
「……む?」
受け取った警備兵の顔が、わずかに強張った。
久しぶりの正式な手続き――というより、その形式そのものに面食らったのである。
警備兵は慌てて書状へ目を落とした。
もちろん、その慌てぶりをカミュに悟られぬよう、必死に平静を装いながら。
――読めない。
正確には、書状に記された内容が理解できない。
見慣れない文面だった。
しかし、それを口にするわけにはいかなかった。
なにしろ自分は、門を守る警備兵なのだ。
「…………」
しばしの沈黙。
警備兵は、いかにも内容を吟味しているかのような顔を作りながら、頭の中で必死に考えを巡らせた。
そして――。
「うむ。この書状に間違いはないであろう。通ってよし」
堂々と言い切った。
カミュは、ほんの一瞬だけ警備兵の顔を見た。
その目が、僅かに細くなる。
どうやら、何も分かっていないらしい。
だが――。
「ご苦労さまです」
気づかない振りをした。
書状を受け取ると、カミュはそのまま門をくぐり、エーデルの街へと足を踏み入れた。
(しかし、あの警備兵……大丈夫なのかな?)
歩きながら、カミュは先ほどのやり取りを思い返す。
(あんなにいい加減な警備してて、ヴィルハーンだったら、下手すりゃ死刑だぞ)
思わず苦笑する。
(よっぽどエーデルンは平和なんだな)
そんなことを考えながら、懐から書状を取り出した。
宛先には、こう記されている。
――エーデルン魔術師学院。
通称、『ウィルヒルト魔道学院』。
(さてと……確か、北門から城壁沿いに進んで、西の端だったよなぁ……)
記憶を頼りに、カミュは歩き出した。
首都エーデル。
その街並みには、まだ見慣れないものが多い。
これから自分がどんな場所へ向かうのか。
そこで何が待っているのか。
カミュには、まだ知る由もなかった。
そして――。
そんなカミュを、遠くからじっと見つめる者がいた。
人の往来に紛れながら。
カミュの歩みに合わせるように、その距離を一定に保っている。
小さな影。
その影は、カミュの後を静かに追っていた。




